姓は「矢代」で固定
第1話 内に秘めた思い
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***
千鶴side
お寺を出たところで、遠くから「キュイ―――ッ」という音を聞いて、反射的に後ろを振り返る。
「今、変な音しませんでしたか?」
「したね。イイイィーンって、変な高い音」
弥月さんと立ち止まっていると、後から歩いていた土方さんが、同じように後ろの山を振り返って言った。
「あれは鹿の声だ」
「え、鹿って鳴くんですか?」
「さすが、伊達に歳くってませんね。歳三だけに」
…笑うところなんでしょうか
私が表情を作りかねて固まっていると。土方さんは、私と弥月さん二人を順番に見た後、私に視線を戻して「そうだ」と応えた。
土方さんと弥月さんの間の冷えた空気に、私は肝を冷やしたけれど、弥月さんは何事もなかったように話を続ける。
「ふむ。じゃあ、これが『紅葉かき分け鳴く鹿ぞ』ってやつだね」
「馬鹿でも百人一首くらい言えるんだな」
「土方さんって、私のことガチで馬鹿だと思ってますよね」
「まあな」
土方さんの応えに、弥月さんは不自然な笑顔で「ホオォォォ?」と言い返すと、まるで物干しざおに吊られたような不気味な姿勢で、土方さんにまとわりつく。
「矢代、副長を威嚇するな」
「ふーん」
なるほど、威嚇してたんですね…
さすがと言いますか、弥月さんの動きの意味を、理解できた斎藤さん。彼の注意に、弥月さんは反抗的に口を尖らせつつも、その奇妙な動きは止めた。
普段から気にして見ていても、弥月さんと土方さんの関係はよく分からない。
弥月さんが元々間者の疑いがあって、軟禁されるような立場だったと聞いた。だから、山南さんが怪我をした時の責任の所在も、それが争点の一つになっていたらしい。
けれど、彼らはお互いに信頼して、戦場で背を預ける間柄でもある。
それが一見、矛盾していて、ひどく不均衡で
だから最初は、江戸で噂に聞いていた『壬生狼』という集団が、本当に自分にとって邪魔な人を殺すことばかり考えてる人達だって思ってて…
「あ、ねえ。見て、あのウサギの可愛い」
「え?」
弥月さんに袖を引かれて、彼が指さすそちらを見ると、小物を並べた露店があった。
「ウサギの…干支の根付ですか? ほんとう可愛いですね」
「だよね。千鶴ちゃんはどれが好き?」
「え? えっと…」
弥月さんが本格的に物色しだすので、チラリと後ろを窺うと。土方さん達は気にしていない様子で、二人で話をしていた。
「気にしなくていいよ。多少の寄り道に付き合えないほど、二人とも心狭くないから。ちょっと見るだけなら大丈夫」
「…それなら良いんですけど……」
「この梅の形のも可愛いよね? あ、でも千鶴ちゃんは、鶴が好き?」
組紐がついた根付は、木彫りの動物だったり、花の形をしていたり。
ひとつずつ順番に目にして、全部可愛いと思うけれど、私にはついつい選んでしまう形と色があった。そんな単純な自分が面白くて、少し笑ってしまう。
「えっと、鶴も好きなんですけど……やっぱりこれかなあ?」
「はい、店長。これとこれ、別々に包んでちょーだい」
「え!?」
「へえ、まいど」
しまった。値段を見てない
“見るだけ”のつもりで、好きな形を選んだのだけれど。露店にしては綺麗な彫りをしていたから、そこそこ値が張るかもしれない。
焦って財布を出そうとしたが、千鶴の手はやんわりと弥月の手に抑えられる。
「ここは、おにーさんに任せなさい」
「え!?」
「ってのは、半分冗談で……あのね、黙ってろって言われたんだけど、これ土方さんからだから」
弥月さんは懐からだした巾着を見せて、一瞬だけ自分の唇に指を一本当てて、大きな笑顔をつくる。
「私たちは会津から給金もらってるけど、千鶴ちゃんには出ないから、自由に使えるお金ないでしょ」
「いえ、でも、江戸から持ってきたお金がまだ残ってますから…」
「それはそれ、大事にとっときな。土方さんからね、本当はお給金渡したいんだけど、きっと素直に受け取らないし、外出もままならないから、なんか適当に買ってやれって渡されたんだ」
「そんな…」
私は屯所に住まわして、ご飯を食べさせてもらってるだけで十分なのに…
振り返って、少し離れた土方さんに声をかけようとすると、「駄目。話したのバレたら私が怒られる」と、弥月さんに首の向きを戻された。
「もっと良い簪とか着物とか買ってやれって話もしたんだけど、今の現状使えないじゃん? だから、ごめんね。今は根付で」
「そんな……本当に、ありがとうございます…」
支払いを終えた弥月さんから、恐縮してその包みの一つを受け取ると。
「そんな、申し訳なさそうな顔しないで! もっとニコニコして!」
「いえ、だっていつも皆さん、お菓子とか本とか、何かしら買って来て下さったりして…改めて、申し訳ないなぁと…」
「それはね、ほんっっっとに皆、千鶴ちゃんに感謝してるから! 千鶴ちゃんが喜んでくれたら、それが私たちも嬉しいの!」
そういうものかしら…?
少し腑に落ちなかったけれど、「はい、笑って笑って」とせっつく弥月さんは何故か楽し気で。私は困惑しながらも、釣られてフフッと笑った。
「…ありがとう、ございます」
「うん、よし!可愛い!」
「かわ…っ」
頭を撫でられて、返す言葉に詰まる。
弥月さんがよく褒めて下さるのは、嬉しいけれど……これだけはどうしても慣れないから、止めて欲しいと思わなくもない。
「おい、買い終わったなら行くぞ」
「はーい」
「あ、あのっ、ありがとうございます!」
弥月さんに秘密だと言われたけれど、どうしても言いたくて。
素知らぬ振りをしている土方さんは、すぐに向こうを向いてしまっていて、「どういたしまして~」と、代わりに弥月さんが答えてくれた。
先頭を行く土方さんの背を見て笑いながら、弥月さんは斎藤さんの横に着く。そして、頭に被っていた布をつまんで笑った。
「ふふっ、私もこれ、斎藤さんに買ってもらいましたもんね」
「懐かしいな」
「その節からお世話になってます」
「そう思うなら、もう少し行動を自重しろ」
「あははっ、すいませーん」
買ってもらったという事は、きっと弥月さんがまだ隊士ではなく、監視されていた頃の話なのだろう。冗談を交えながら穏やかに笑って、対等に話す二人を羨ましく思う。
…最初は怖かったし、『新選組』は本当に人を斬る集団だったけれど…
それだけではなかった
「斎藤さんも、いつもありがとうございます」
「…こちらこそ、感謝している」
私が突拍子もなくお礼を言うと、斎藤さんは少し驚いた顔をしながらも、私へふわりと微笑んで。弥月さんに「話したのか?」と問うては、「なんのこと?」と言う返答を得て、二人で笑っていた。
隊士ではない自分は、土方さんと同じ位置には立てないけれど、いつか今日のお礼と感謝を、きちんと彼に受け取ってもらえるよう、毎日頑張っていこうと思った。
千鶴side
お寺を出たところで、遠くから「キュイ―――ッ」という音を聞いて、反射的に後ろを振り返る。
「今、変な音しませんでしたか?」
「したね。イイイィーンって、変な高い音」
弥月さんと立ち止まっていると、後から歩いていた土方さんが、同じように後ろの山を振り返って言った。
「あれは鹿の声だ」
「え、鹿って鳴くんですか?」
「さすが、伊達に歳くってませんね。歳三だけに」
…笑うところなんでしょうか
私が表情を作りかねて固まっていると。土方さんは、私と弥月さん二人を順番に見た後、私に視線を戻して「そうだ」と応えた。
土方さんと弥月さんの間の冷えた空気に、私は肝を冷やしたけれど、弥月さんは何事もなかったように話を続ける。
「ふむ。じゃあ、これが『紅葉かき分け鳴く鹿ぞ』ってやつだね」
「馬鹿でも百人一首くらい言えるんだな」
「土方さんって、私のことガチで馬鹿だと思ってますよね」
「まあな」
土方さんの応えに、弥月さんは不自然な笑顔で「ホオォォォ?」と言い返すと、まるで物干しざおに吊られたような不気味な姿勢で、土方さんにまとわりつく。
「矢代、副長を威嚇するな」
「ふーん」
なるほど、威嚇してたんですね…
さすがと言いますか、弥月さんの動きの意味を、理解できた斎藤さん。彼の注意に、弥月さんは反抗的に口を尖らせつつも、その奇妙な動きは止めた。
普段から気にして見ていても、弥月さんと土方さんの関係はよく分からない。
弥月さんが元々間者の疑いがあって、軟禁されるような立場だったと聞いた。だから、山南さんが怪我をした時の責任の所在も、それが争点の一つになっていたらしい。
けれど、彼らはお互いに信頼して、戦場で背を預ける間柄でもある。
それが一見、矛盾していて、ひどく不均衡で
だから最初は、江戸で噂に聞いていた『壬生狼』という集団が、本当に自分にとって邪魔な人を殺すことばかり考えてる人達だって思ってて…
「あ、ねえ。見て、あのウサギの可愛い」
「え?」
弥月さんに袖を引かれて、彼が指さすそちらを見ると、小物を並べた露店があった。
「ウサギの…干支の根付ですか? ほんとう可愛いですね」
「だよね。千鶴ちゃんはどれが好き?」
「え? えっと…」
弥月さんが本格的に物色しだすので、チラリと後ろを窺うと。土方さん達は気にしていない様子で、二人で話をしていた。
「気にしなくていいよ。多少の寄り道に付き合えないほど、二人とも心狭くないから。ちょっと見るだけなら大丈夫」
「…それなら良いんですけど……」
「この梅の形のも可愛いよね? あ、でも千鶴ちゃんは、鶴が好き?」
組紐がついた根付は、木彫りの動物だったり、花の形をしていたり。
ひとつずつ順番に目にして、全部可愛いと思うけれど、私にはついつい選んでしまう形と色があった。そんな単純な自分が面白くて、少し笑ってしまう。
「えっと、鶴も好きなんですけど……やっぱりこれかなあ?」
「はい、店長。これとこれ、別々に包んでちょーだい」
「え!?」
「へえ、まいど」
しまった。値段を見てない
“見るだけ”のつもりで、好きな形を選んだのだけれど。露店にしては綺麗な彫りをしていたから、そこそこ値が張るかもしれない。
焦って財布を出そうとしたが、千鶴の手はやんわりと弥月の手に抑えられる。
「ここは、おにーさんに任せなさい」
「え!?」
「ってのは、半分冗談で……あのね、黙ってろって言われたんだけど、これ土方さんからだから」
弥月さんは懐からだした巾着を見せて、一瞬だけ自分の唇に指を一本当てて、大きな笑顔をつくる。
「私たちは会津から給金もらってるけど、千鶴ちゃんには出ないから、自由に使えるお金ないでしょ」
「いえ、でも、江戸から持ってきたお金がまだ残ってますから…」
「それはそれ、大事にとっときな。土方さんからね、本当はお給金渡したいんだけど、きっと素直に受け取らないし、外出もままならないから、なんか適当に買ってやれって渡されたんだ」
「そんな…」
私は屯所に住まわして、ご飯を食べさせてもらってるだけで十分なのに…
振り返って、少し離れた土方さんに声をかけようとすると、「駄目。話したのバレたら私が怒られる」と、弥月さんに首の向きを戻された。
「もっと良い簪とか着物とか買ってやれって話もしたんだけど、今の現状使えないじゃん? だから、ごめんね。今は根付で」
「そんな……本当に、ありがとうございます…」
支払いを終えた弥月さんから、恐縮してその包みの一つを受け取ると。
「そんな、申し訳なさそうな顔しないで! もっとニコニコして!」
「いえ、だっていつも皆さん、お菓子とか本とか、何かしら買って来て下さったりして…改めて、申し訳ないなぁと…」
「それはね、ほんっっっとに皆、千鶴ちゃんに感謝してるから! 千鶴ちゃんが喜んでくれたら、それが私たちも嬉しいの!」
そういうものかしら…?
少し腑に落ちなかったけれど、「はい、笑って笑って」とせっつく弥月さんは何故か楽し気で。私は困惑しながらも、釣られてフフッと笑った。
「…ありがとう、ございます」
「うん、よし!可愛い!」
「かわ…っ」
頭を撫でられて、返す言葉に詰まる。
弥月さんがよく褒めて下さるのは、嬉しいけれど……これだけはどうしても慣れないから、止めて欲しいと思わなくもない。
「おい、買い終わったなら行くぞ」
「はーい」
「あ、あのっ、ありがとうございます!」
弥月さんに秘密だと言われたけれど、どうしても言いたくて。
素知らぬ振りをしている土方さんは、すぐに向こうを向いてしまっていて、「どういたしまして~」と、代わりに弥月さんが答えてくれた。
先頭を行く土方さんの背を見て笑いながら、弥月さんは斎藤さんの横に着く。そして、頭に被っていた布をつまんで笑った。
「ふふっ、私もこれ、斎藤さんに買ってもらいましたもんね」
「懐かしいな」
「その節からお世話になってます」
「そう思うなら、もう少し行動を自重しろ」
「あははっ、すいませーん」
買ってもらったという事は、きっと弥月さんがまだ隊士ではなく、監視されていた頃の話なのだろう。冗談を交えながら穏やかに笑って、対等に話す二人を羨ましく思う。
…最初は怖かったし、『新選組』は本当に人を斬る集団だったけれど…
それだけではなかった
「斎藤さんも、いつもありがとうございます」
「…こちらこそ、感謝している」
私が突拍子もなくお礼を言うと、斎藤さんは少し驚いた顔をしながらも、私へふわりと微笑んで。弥月さんに「話したのか?」と問うては、「なんのこと?」と言う返答を得て、二人で笑っていた。
隊士ではない自分は、土方さんと同じ位置には立てないけれど、いつか今日のお礼と感謝を、きちんと彼に受け取ってもらえるよう、毎日頑張っていこうと思った。