姓は「矢代」で固定
第1話 内に秘めた思い
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元治元年九月二十八日
千鶴side
「お茶、置いておきます」
夕餉の折、千鶴は炊事をこなしたついでに、自分が食べはじめる前にお茶を淹れた。それを持って広間へ行き、トントンと皆の膳の側へ置いていく。
「おぉ、すまん」
「あの、山南さんは…?」
空席が気になって場を見渡した千鶴に、食事前に山南を呼びに行った沖田が答える。
「ちょっと調べものをしてるみたいだよ」
「そう、ですか…」
八月末頃の平助君に先立ち、九月初めに近藤さんも永倉さんも、隊士募集のために江戸に発ってしまって、幹部の人数がすっかり減ってしまっていた。
一番賑やかな彼らが居ないというのに、さらに一人居ないとなれば、否応なしに寂しいものを感じる。
…なんだか最近、山南さんが籠もりがちだし……弥月さんも、全然帰ってらっしゃらないし…
監察の仕事で出かけたまま、全く帰ってきていない弥月さん。もう一ッ月くらいになるけれど、ちゃんとご飯は食べているだろうか。
そして、少なからずその影響があるのだろう、山南さんが研究室から出て来ない日が増えている気がする。
彼のところへ持って行った膳は、きちんと空っぽになって返って来るけれど……その事はどうしても気にかかった。
「…お茶、後の方が良かったですね。入れすぎちゃいました」
盆に残った湯呑みを見て、私がそう呟けば。
土方さんは「置いとけ置いとけ」と……気にするなとでも言うように、それに応えてくれた。
「あれば誰か飲むだろ」
スラッ
「そうそう、私が飲むでしょ」
「…あ! 弥月さんっ、おかえりなさい!」
カシャン
ペチャ
カランカラン
「ちょうど喉乾いてたんだー、それ貰って良い?」
「はい、どうぞ。お疲れさまでした」
「お…」
「あ…」
「ありがとう。ついでにご飯残ってると嬉しいんだけど、さすがに無いかなぁ?」
「いいえ!弥月さん達が帰って来たときのために、いつも少し多めに作って」
「おいおいおいおいおいおいおいおい!!?」
「てめえちょっと待てコルア゛ァァぁぁぁ!!!?」
膳をひっくり返す勢いで、土方と原田が立ち上がり、弥月を指さす。
すると、彼はそちらへ顔を向けてニイッと笑った。
「YES、アイアム!――というわけで、新選組総長補佐 矢代弥月、復活ッ!!」
弥月さんはさり気なく私に湯呑みを渡した後、その場でクルクルっと回って、彼らに指をビシッと指し返す。
キビキビと動くその姿は、この一ッ月、彼がとても元気だったことを教えてくれてホッとした。
私と同じく、彼の不思議な動きにも、皆さんは気に留めていないようで。
土方さんは鬼のような形相で彼に掴みかかって、唾を飛ばす勢いで言葉をぶつけた。
「てめえっ!! 何がどうでどうして何でいるんだよ!?」
「首は!? 傷は!? 脚あんのかお前!?」
原田さんも後ろから、彼の頭をわしづかみにして揺すっていた。
脚、首? 傷? もしかして、どこか怪我してるのかな?
それなら先に処置をしなければ、と千鶴は声をかけようとしたが。
弥月はニカッと笑って、土方の手をほどき、今度は自分に向かって指を指した。
「はい、どうぞ首!」
「――っホントに切ってやがる…!」
「まじかよ!? アッハッハ、なんでお前生きてんだ!!?」
弥月さんはピョンピョンと跳ねて、アハハッと笑う。
「脚もついてますよ~」
「たりめぇだろうが!」
「左之、どけ」
「あ?」
バンッダダダダンッ
その瞬間、それ以外の音は止んだ。
弥月が回転しながら宙を飛んで、そのまま障子を押し飛ばし、庭の方まで吹っ飛んでいった。
シン…と静まり返った室内。
「ふざけるより先に言う事があるだろう!!?」
ビリビリと空気が震えた。
千鶴は恐怖に固まる。悲鳴も上げられないほどに、それは突然で……これが殺気というものなのだと理解する。
「どれだけ心配したと思ってる!!そこへ直れ!!」
怒りにブルブルと震える斎藤を横目に、沖田は弥月が飛んで行った方へ行き、縁側から落ちた彼を「あー…」と言って見下ろす。
「…はじめ君、気絶してるから」
「なんだと!?」
滅多ない彼の怒声に、沖田は「僕のせいじゃないし…」と半笑いする。
「…殴るの下手だな、斎藤」
「…だな。殴る時は、頬だろ。それか腹な。死んだら困るだろ」
土方も原田もあまりの斎藤の豹変ぶりに……一応、かろうじて死なない程度にと思い、弥月を擁護した。
「……」
さすがに斎藤さんも返す言葉がないらしく、それでも彼の怒気は収まらない。
えっと…
千鶴は斎藤の視線の延長線上に行くことが出来ず、その場でおずおずと言う事には。
「え……あの、弥月さん、大丈夫なんですか…?」
「――っ、知らん!放っとけ!!」
ええぇ…
「まあ、大丈夫なんじゃない? そのうち起きるよ」
そう言った沖田はもう元の位置に座って箸を持ちあげていて。
弥月も障子もそのまま置いて、いそいそと食事に戻る面々に、千鶴はどうして良いか分からず。右往左往した後、ひとまず草履を履いて、庭へ下りたつ。
「弥月さん、大丈夫ですか?」
ぺちぺちと頬を叩いてみると、「う゛ぅぅんんン」と反応がある。
「雪村、放っといて構わねえから飯食え、飯」
「いえ、そういう訳にも…」
「辛い」
「ううわ、こりゃひでぇ! これ作ったの総司だろ!?」
「置いとけ置いとけ、あいつに食わせりゃいい」
「なに、人がせっかく作ったのを猫跨ぎみたいに」
それから沖田さんが文句を言ったり、斎藤さんが「塩分のとり過ぎは…」等々、やいやいと言い合いをしていたのだけれど。
結局、弥月さんが起きたときには、広間には人数分の「おひたし」ばかりが乗った、膳がひとつ残っていた。
「なにこれ、笑かす」
その膳を前に弥月さんは本当に大笑いして。そして「辛い」と言いながらも楽しそうに、それを残さず食べきった。
***
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