姓は「矢代」で固定
第九話 それぞれの一歩
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***
山崎side
土方副長から弥月君の一人での外出と、単独での任務遂行が許された。
それはつまり、副長が彼女を信用したということで。
しかし、あくまで俺は彼女の直属の上司ではないわけで、伝令を頼まれる謂れもなく。それに、副長から直接彼女へ伝えれば相当喜ぶだろうと思ったのだが。
山南総長がこの話の最中、副長を生温かい目でずっと見ていたから、その指摘は一度あったのだろうと察した。
そして、監察の仕事に引き続き弥月君を使うよう指示が出た。それを伝えるべく、見張りとして常駐しているだろう、雪村君の部屋へ向かったのだが。
途中、「千鶴ちゃ―――ん」と、屯所中に届いているだろう声量で、弥月君の居場所を知ったときには苦笑いせずにいれなかった。
それは、世間という名の平隊士たちから、なるべく彼女を隔離しておきたい土方副長への、全くささやかでない対抗措置なのだろう。
以前、何故雪村君を庇うのかと聞いた時、弥月君は必ずしも彼女を擁護しなかった。
『見えない所にいると、良くない噂しか立たないから』と、あまり多くは語らなかったが、弥月君なりに色々考えての結果なのだと信じている。無策無謀の危険性を理解できない人ではない。
そうして、楽しそうな彼女らを邪魔するのも悪いと思い、少ししてから伝えにいこうと思ったのだ。
「千鶴ちゃんってさ、十六歳だったよね?」
「はい」
「旦那とかいないの?」
だから決して、最初から聞き耳を立てるつもりだったわけでは無い。隊内の人間が気になる話をしていれば、つい情報収集してしまうのは職業柄だ。
…なんだ、その…雪村君は間者の疑いがあるわけだ。だから、そういう経歴だとかは知っておいた方が、都合が良い場合もあるかもしれない
廊下を歩く彼女らの後ろを、山崎はこっそりと付いて歩いた。
「気立ても良いし、家事なんでもできるし、可愛いし、どこにでも今すぐにでも出せるのになぁ」
「そんな事ないです、私なんてまだまだで…貰ってくれる人なんて誰も…!」
「それこそ、そんな事ないわー…引く手数多の華の十六の娘さんを、ここで過ごさせるなんて本当ありえない。十六なんて、もっとキラッキラに過ごして良いと思うんだよね」
「いえ、私はそんなに…」
そう言う弥月君は十七……いや、年を超えたから十八になったか…
“鬼も十八、番茶も出花”と、だれかの声が頭を過(よ)ぎる。だれか知らんが、余計な事を言ってくれるな。
『十六のキラキラ』とはどういう状態か具体的には不明だが、少なくとも雪村君の現状のそれとはほど遠いというのだから、当然弥月の現状もほど遠くて然りだろう。
「いやいや、千鶴ちゃん。閉じ込められてても、感覚麻痺させちゃ駄目だよ。こんな老い先短い甲斐性もない男達の世話することを、当たり前に思っちゃ駄目だからね。目標は外だよ、外。夢のマイホーム…じゃなくて、幸せいっぱい花嫁さん」
花嫁さん…
花嫁さん、だと?
これほど、彼女の口から出て、違和感のある単語があるだろうか。
色々ツッコミたい所はある。十八の彼女に『老い先短い』と言われるほど、隊内の誰も老けてはいないと思うし、『甲斐性がない』と言われるほど、今は薄給ではない。なんなら俺は酒は嗜む程度だし、博打もしないし、結婚したらお金は妻に預ける派だと明言しよう。
だが、花嫁さんとは…
笑い転げる方の可笑しいではなく、違和感の方のオカシイだ。
綿帽子と弥月君の顔が融合しない。しかもそれを被ってしまったら、横に並ぶ男がやけに小さくみえてしまうのではないか。
…寧ろ、君は紋付きがよく似合う気がする
今度は容易に想像できた。会津藩邸へ行くときに着たと聞いたが、俺は見損ねた。黒い羽織に、金の髪がよく映えることだろう。
…そうか。あの金髪だから、白無垢が奇妙な感じになるのか。ならば、髪さえ黒ければ…
ポンッと手を打って、再度想像するべく目を瞑る。
これならば女装していたときの彼女に、白い打掛を上からあてがえば良いだけだ。
そもそもあの端正な顔立ちに、似合わない物がそうそうある訳ない。刀を握ったときにみる真剣な面差しは、女装をしているときには形を変えて、凛として芯の強い女性像になる。
若いから振袖が似合うだろうし、白い肌に、白い綿帽子をのせると、まるで雪原の中に佇んでいるような無垢の優美さをもつ。打掛の裏地の赤絹は、彼女が澄ました顔をしていてさえ、内側から滲み出る華やかさを引き立てるだろう。
なるほど。この順序でいけば違和感なく想像できる。色直しでの赤色の着物の時は、金髪で着せたらきっと縁起の良い豪華な
「…寝てます?」
「わああぁぁぁ!!!」
ガタタタタドッ
ものすごく近くでした声に驚き、目を開けると人の顔。再び驚き、咄嗟に後ずさって尻もちをついた。声も出た……なんと監察にあるまじき大失態。
「…大丈夫ですか?」
驚いたのは山崎本人だけではなく、山崎にあるまじき声に驚いた弥月もだったのだが。弥月はとりあえず転んだ彼に手を差し出した。
心底驚いた山崎は、まだドキドキとしている心臓をなだめるように呼吸しながら「あぁ、すまない」とその手をとる。
「烝さん、目の前で手振ってるのに全然気づかないし、でも表情的には起きてるから……と思ったんですけど、突然声かけてすみません」
「…いや、俺がこんな所で瞑想していたのが悪かった。驚かせてすまない」
「どういたしまして。でも確かに、こんな角で立ち止まってたら、曲がってきた誰かがぶつかるかもしれないので、するなら真っ直ぐな所が無難ですよ」
「…そうだな。次からは気を付けよう」
まさか、君達を尾行していたからだと言えるはずもなく。
「…君に伝言だ。非番時にも、矢代君の単独での外出を許可するそうだ。門限など忘れないよう気をつけるようにと」
「え…土方さんが許可したってことですか?」
「そうだ、君がひたむきに頑張ったからだ。認められて良かったな」
褒めてやると、嬉しそうに照れ笑いをする彼女は、やはり年相応に幼さがあった。
しかし、すぐに何か思いついたような顔をして、悪い笑みを浮かべるのだから、きっと碌でもない悪戯を考えているに違いない。恐らく、土方副長の所へ近々向かうことだろう。
…まあ、沖田さんのそれと違って、さほど害はないから良しとするか
「ところで烝さん、さっき話聞いてましたね?」
「あ、いや…」
すぐに取り繕えず、しまったと思うがもう遅い。
何故バレた!?
「何故バレたかと言いますと、それは今日が十五日にほど近いからであります」
「…?」
「申し訳ありませんが、詳細は企業秘密であります」
絶対に彼女の実力的に、そこまで察知能力は高くないはずだ。特に、雪村君と熱心に話していたからこそ、バレているなんて思いもしなかった。
そのように問えば、彼女は曖昧な説明についてきちんと解説する気はないらしく、「こんな所で突っ立ってたら分かりますよ」と、適当に笑って誤魔化された。
内容的にも、今は俺がしつこく追及する側ではない。
「…すまない。聞き耳をたてるつもりはなかったんだが、話に割入り損ねてというか、つい悪い習慣がというかが働いた」
俺の謝罪を聞いて、しばしの間、仏頂面をしていた弥月君だったが、「分かります、私にも経験ありますから」と、うんうんと頷いた。
「別になにも聞かれて困る話はしてませんでしたし、問題ないですよ。ただの女子会」
「…今のは聞かれて困るだろうから控えるように」
「はーい」
本当に分かっているのか、ケラケラと笑う彼女の緊張感のなさに、こちらばかりがヤキモキしている気がする。
「二十過ぎると行き遅れって聞いた事ありますし、大変ですよね~」
「…君は」
思わずそこまで言って、口を噤む。
どう訊けば外聞が悪くなく、彼女を傷つけないかと考えたのだが。
彼女はそれを察したかのように、にへらっと笑って言った。
「私としては、まだまだ結婚しなくて大丈夫な歳なんですよね。許嫁なんていませんし、良い人もいませんし、今は剣一筋で十分です」
「…君は本当に男らしいな」
弥月君らしい回答に思わず破顔してそう言ったのだが、彼女が小声で「それ褒めてます?」と訊くので、その質問を逆に意外に思う。
「…女として扱われたくないんだろ?」
「『女のくせに』『女だてらに』って言われるのが嫌いなんです。京女として、はんなりとした女らしさは褒められて悪い気はしません。まあ私の場合は、男らしいって言われても嬉しいんですけど」
「…複雑だな」
「いえ、どちらも褒め言葉には違いないですから」
それは何か違う気もするが、彼女がそれで良いなら良いのだろう。
「じゃっ! 私は梅干しのために焼酎かっぱらって来なきゃいけないので」
と、走り出した彼女が、仮に花嫁衣裳が似合ったとしても、大人しく誰かの隣に立つことなんて、やはり俺には想像し得なかった。
山崎side
土方副長から弥月君の一人での外出と、単独での任務遂行が許された。
それはつまり、副長が彼女を信用したということで。
しかし、あくまで俺は彼女の直属の上司ではないわけで、伝令を頼まれる謂れもなく。それに、副長から直接彼女へ伝えれば相当喜ぶだろうと思ったのだが。
山南総長がこの話の最中、副長を生温かい目でずっと見ていたから、その指摘は一度あったのだろうと察した。
そして、監察の仕事に引き続き弥月君を使うよう指示が出た。それを伝えるべく、見張りとして常駐しているだろう、雪村君の部屋へ向かったのだが。
途中、「千鶴ちゃ―――ん」と、屯所中に届いているだろう声量で、弥月君の居場所を知ったときには苦笑いせずにいれなかった。
それは、世間という名の平隊士たちから、なるべく彼女を隔離しておきたい土方副長への、全くささやかでない対抗措置なのだろう。
以前、何故雪村君を庇うのかと聞いた時、弥月君は必ずしも彼女を擁護しなかった。
『見えない所にいると、良くない噂しか立たないから』と、あまり多くは語らなかったが、弥月君なりに色々考えての結果なのだと信じている。無策無謀の危険性を理解できない人ではない。
そうして、楽しそうな彼女らを邪魔するのも悪いと思い、少ししてから伝えにいこうと思ったのだ。
「千鶴ちゃんってさ、十六歳だったよね?」
「はい」
「旦那とかいないの?」
だから決して、最初から聞き耳を立てるつもりだったわけでは無い。隊内の人間が気になる話をしていれば、つい情報収集してしまうのは職業柄だ。
…なんだ、その…雪村君は間者の疑いがあるわけだ。だから、そういう経歴だとかは知っておいた方が、都合が良い場合もあるかもしれない
廊下を歩く彼女らの後ろを、山崎はこっそりと付いて歩いた。
「気立ても良いし、家事なんでもできるし、可愛いし、どこにでも今すぐにでも出せるのになぁ」
「そんな事ないです、私なんてまだまだで…貰ってくれる人なんて誰も…!」
「それこそ、そんな事ないわー…引く手数多の華の十六の娘さんを、ここで過ごさせるなんて本当ありえない。十六なんて、もっとキラッキラに過ごして良いと思うんだよね」
「いえ、私はそんなに…」
そう言う弥月君は十七……いや、年を超えたから十八になったか…
“鬼も十八、番茶も出花”と、だれかの声が頭を過(よ)ぎる。だれか知らんが、余計な事を言ってくれるな。
『十六のキラキラ』とはどういう状態か具体的には不明だが、少なくとも雪村君の現状のそれとはほど遠いというのだから、当然弥月の現状もほど遠くて然りだろう。
「いやいや、千鶴ちゃん。閉じ込められてても、感覚麻痺させちゃ駄目だよ。こんな老い先短い甲斐性もない男達の世話することを、当たり前に思っちゃ駄目だからね。目標は外だよ、外。夢のマイホーム…じゃなくて、幸せいっぱい花嫁さん」
花嫁さん…
花嫁さん、だと?
これほど、彼女の口から出て、違和感のある単語があるだろうか。
色々ツッコミたい所はある。十八の彼女に『老い先短い』と言われるほど、隊内の誰も老けてはいないと思うし、『甲斐性がない』と言われるほど、今は薄給ではない。なんなら俺は酒は嗜む程度だし、博打もしないし、結婚したらお金は妻に預ける派だと明言しよう。
だが、花嫁さんとは…
笑い転げる方の可笑しいではなく、違和感の方のオカシイだ。
綿帽子と弥月君の顔が融合しない。しかもそれを被ってしまったら、横に並ぶ男がやけに小さくみえてしまうのではないか。
…寧ろ、君は紋付きがよく似合う気がする
今度は容易に想像できた。会津藩邸へ行くときに着たと聞いたが、俺は見損ねた。黒い羽織に、金の髪がよく映えることだろう。
…そうか。あの金髪だから、白無垢が奇妙な感じになるのか。ならば、髪さえ黒ければ…
ポンッと手を打って、再度想像するべく目を瞑る。
これならば女装していたときの彼女に、白い打掛を上からあてがえば良いだけだ。
そもそもあの端正な顔立ちに、似合わない物がそうそうある訳ない。刀を握ったときにみる真剣な面差しは、女装をしているときには形を変えて、凛として芯の強い女性像になる。
若いから振袖が似合うだろうし、白い肌に、白い綿帽子をのせると、まるで雪原の中に佇んでいるような無垢の優美さをもつ。打掛の裏地の赤絹は、彼女が澄ました顔をしていてさえ、内側から滲み出る華やかさを引き立てるだろう。
なるほど。この順序でいけば違和感なく想像できる。色直しでの赤色の着物の時は、金髪で着せたらきっと縁起の良い豪華な
「…寝てます?」
「わああぁぁぁ!!!」
ガタタタタドッ
ものすごく近くでした声に驚き、目を開けると人の顔。再び驚き、咄嗟に後ずさって尻もちをついた。声も出た……なんと監察にあるまじき大失態。
「…大丈夫ですか?」
驚いたのは山崎本人だけではなく、山崎にあるまじき声に驚いた弥月もだったのだが。弥月はとりあえず転んだ彼に手を差し出した。
心底驚いた山崎は、まだドキドキとしている心臓をなだめるように呼吸しながら「あぁ、すまない」とその手をとる。
「烝さん、目の前で手振ってるのに全然気づかないし、でも表情的には起きてるから……と思ったんですけど、突然声かけてすみません」
「…いや、俺がこんな所で瞑想していたのが悪かった。驚かせてすまない」
「どういたしまして。でも確かに、こんな角で立ち止まってたら、曲がってきた誰かがぶつかるかもしれないので、するなら真っ直ぐな所が無難ですよ」
「…そうだな。次からは気を付けよう」
まさか、君達を尾行していたからだと言えるはずもなく。
「…君に伝言だ。非番時にも、矢代君の単独での外出を許可するそうだ。門限など忘れないよう気をつけるようにと」
「え…土方さんが許可したってことですか?」
「そうだ、君がひたむきに頑張ったからだ。認められて良かったな」
褒めてやると、嬉しそうに照れ笑いをする彼女は、やはり年相応に幼さがあった。
しかし、すぐに何か思いついたような顔をして、悪い笑みを浮かべるのだから、きっと碌でもない悪戯を考えているに違いない。恐らく、土方副長の所へ近々向かうことだろう。
…まあ、沖田さんのそれと違って、さほど害はないから良しとするか
「ところで烝さん、さっき話聞いてましたね?」
「あ、いや…」
すぐに取り繕えず、しまったと思うがもう遅い。
何故バレた!?
「何故バレたかと言いますと、それは今日が十五日にほど近いからであります」
「…?」
「申し訳ありませんが、詳細は企業秘密であります」
絶対に彼女の実力的に、そこまで察知能力は高くないはずだ。特に、雪村君と熱心に話していたからこそ、バレているなんて思いもしなかった。
そのように問えば、彼女は曖昧な説明についてきちんと解説する気はないらしく、「こんな所で突っ立ってたら分かりますよ」と、適当に笑って誤魔化された。
内容的にも、今は俺がしつこく追及する側ではない。
「…すまない。聞き耳をたてるつもりはなかったんだが、話に割入り損ねてというか、つい悪い習慣がというかが働いた」
俺の謝罪を聞いて、しばしの間、仏頂面をしていた弥月君だったが、「分かります、私にも経験ありますから」と、うんうんと頷いた。
「別になにも聞かれて困る話はしてませんでしたし、問題ないですよ。ただの女子会」
「…今のは聞かれて困るだろうから控えるように」
「はーい」
本当に分かっているのか、ケラケラと笑う彼女の緊張感のなさに、こちらばかりがヤキモキしている気がする。
「二十過ぎると行き遅れって聞いた事ありますし、大変ですよね~」
「…君は」
思わずそこまで言って、口を噤む。
どう訊けば外聞が悪くなく、彼女を傷つけないかと考えたのだが。
彼女はそれを察したかのように、にへらっと笑って言った。
「私としては、まだまだ結婚しなくて大丈夫な歳なんですよね。許嫁なんていませんし、良い人もいませんし、今は剣一筋で十分です」
「…君は本当に男らしいな」
弥月君らしい回答に思わず破顔してそう言ったのだが、彼女が小声で「それ褒めてます?」と訊くので、その質問を逆に意外に思う。
「…女として扱われたくないんだろ?」
「『女のくせに』『女だてらに』って言われるのが嫌いなんです。京女として、はんなりとした女らしさは褒められて悪い気はしません。まあ私の場合は、男らしいって言われても嬉しいんですけど」
「…複雑だな」
「いえ、どちらも褒め言葉には違いないですから」
それは何か違う気もするが、彼女がそれで良いなら良いのだろう。
「じゃっ! 私は梅干しのために焼酎かっぱらって来なきゃいけないので」
と、走り出した彼女が、仮に花嫁衣裳が似合ったとしても、大人しく誰かの隣に立つことなんて、やはり俺には想像し得なかった。