姓は「矢代」で固定
第九話 それぞれの一歩
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***
弥月side
スタスタ
「ねぇ、どこへ行くんですかー?」
「…」
スタスタ
「沖田さーん」
「…」
スタスタ
「行けば分かるとかじゃなくて、私、この恰好だとキャラ設定なきゃ動き辛くて仕方ないんですよ~」
「…」
「沖田さーん、おーい」
借家を出てから、再び彼には完全なる無視・無言を決め込まれてしまった。
――っんと、調子狂うなぁ
せめて「煩い」とか、「京女のわりに」とか、嫌味の一つでも言ってくれた方が、関わり甲斐もあるのだが。
沖田さんとの試合から三ヶ月が経とうとしているが、私たちの関係は全く改善していないわけではない程には改善しているくらいの仲だと思う。ちょっと自分でもよく分からない。
しかし、“私が女であることを黙っている”という約束はきちんと守ってくれている。それと年末に一緒に近藤さんの護衛に就いたときに、至極珍しく『見事な太刀筋』と私を褒めたあの時から、あまり度を過ぎた嫌味は効かない。
なんか言いたげに見てるなぁ…と思う時はあるんだけどね
でも、きっとそれはお互い様で。特に何も嫌味を言ってこない沖田さんを、私も「意外だ」なんて思って、ジッと観察していることがあるから。
そうして以前より会話しない割には、以前よりよく一緒にいるなあなんてことも思う。
ふとした時に沖田さんに見られていると、緊張感が生まれるのは変わりないが…横に居ることにそれほど苦痛はない。
まあ、それは殺される心配をあんまりしなくなったからかな
この人のまとわりつくような視線が、これ以上なく気持ち悪かったのだが。視界にいるだけで向けられていたそれが、最近は全くと言っていいほど感じられないのだ。
…ん?
ピタリと止まった沖田さんから、五歩ほど離れた位置で止まる。…一応、彼の一撃目を避けられる自信のある距離。
「沖田さん、到着ですか?」
無視、無言。
ちょっとそろそろ、いい加減にして欲しいんだけど
場所から察しろというのも無理難題なくらいに、ちょっと屯所から離れているだけの、ここはただの道端。
「あのさぁ、私にだって心の準備ってものがあるから。面倒ならザックリとで良いんで、説明くらいしてもらえないですかねぇ」
「ななしちゃん…?」
「…」
咄嗟に返事をしそうになったのを、グッと飲み込んだ。
この声…
背後から聴こえた、知った声にゆっくりと振り返る。
「ほんまにななしちゃんやわ」
彼女は驚いたという顔をしていたが、それ以上に私は驚いていたし、歩み寄りたいような、逃げ出したいような、錯綜した気持ちに狩られていた。
「な、んで…」
「あぁ、よかった。全然雰囲気違うから、そっくりさんなんやろかって、ちょっと心配になったえ」
クスクスと彼女は笑う。
こんな優しい笑顔を、彼女がもう一度自分へ向けてくれるなんて思いもしなかった。
「お店行ったら新しい女の子おって、ななしちゃんはもう辞めたって言わはるし。お父はんも事情は何も知らんって言わはるし。うち、お礼も何も言ってへんのにと思って、えらい困ったんえ」
「……」
「ななしちゃん。うち喋ってるんやから、ちゃんと返事しいな」
彼女のちょっとムッとした顔すらも、私には懐かしい。
「…だって、私、貴女に、みんなに、迷惑かけて…そんな……」
恨み言なら言われても、感謝してもらうことなんて何も無い
言いながら、視線が足元に落ちる。彼女が大切そうに両腕に抱えるそれを、私が見たいと思うことすらも罪のような気がした。
「うーん、それはそうかもしれへんけどね……でも、この子、ななしちゃんにも会って欲しかったから」
最初から一歩も動かない私に、彼女は溜息を吐きながら歩み寄った。
「見て。女の子」
彼女が抱える、白いおくるみに包まれた赤子。顔の横に両拳をおいて、すやすやと寝息を立てている。
彼女は赤子に向けて微笑んだ。これ以上ない愛しいものを見る、母親の顔で。
「…怒ってないの?」
弥月が恐る恐る尋ねると、目の前の彼女は心外だとでも言うように、厳しい表情をする。
「怒ったえ。あん時、ほんまに怖かったんやから。
それに、勇気出して新選組の詰所に言っても、ななしなんて人はおらんって追い返されてまうし……あの羽織着て集団で街中歩いてはった沖田さんに話しかけたんやって、どれだけ怖かったか」
彼女が「ねえ、分かる?」と弥月を睨むので、弥月が咄嗟に「ご、ごめんなさい」と謝ると、彼女は悪戯っぽく笑った。
「そやけど、ななしちゃんがあの後どうなってしまったんやろかって、ずっと心配してたんやから。ななしちゃんはうちのこと心配やなかったん?」
「そっ、私だって…!」
烝さんに、彼女は無事出産したと聞き、どれだけホッとしたことか。
店番を放りだした事を店のお父はんに謝ったときに、彼女の家の場所を教えてくれたけど、彼女に恐がられるのが怖くて、会いに行けなかった。
グッと拳を握る。
「…ごめんなさい。巻き込んで、怖い思いさせて。
会いたかったけど、謝りたかったけど、あなたも赤ちゃんも無事やったら、もうそれでええと思った。関わらん方がええ、忘れてもらった方がええと思って、壬生狼って罵られるのが怖くて会いに行かれへんかった。ほんまにごめんなさい…」
弥月がそう言い、深く深く頭を下げると、彼女はホッと一息吐いた。
「…あの日ね、うちに付いてくれはった黒い人が、ななしはんは新選組にはおるけど悪い人ちゃうから嫌わんといたってって、うちはもっと安全に逃がすつもりやったんやって、去り際に言わはってな」
彼女は思い出し笑いをして「あの人も何回か団子食べに来はったやろ?」と。
「でも言われんくても、ななしちゃんが悪い人やないん、うち知っとったえ。そやし、沖田はんの事とか色々事情があったんやろうとは思うから、そないでも守ろうとしてくれて、ほんまおおきになぁ」
彼女の感謝の言葉に、私はなんと応えれば良いか分からなかったけれど
「ありがとう」
許してくれて、ありがとう
ただそう思った。
「…一応、訊いときたいんやけど、ななしちゃんって新選組の人なん?」
「アハハ……それ、実は私にとって命に関わる超重要機密事項やから、内密にお願いしてもええかな?」
「…分かったわ。この子の命の恩人の頼みやもん、絶対誰にも話さんから安心して……って言う女は信用できへんかもしれんけど、うち口は固いから!」
「よろしくお願いしますー…」
***
弥月side
スタスタ
「ねぇ、どこへ行くんですかー?」
「…」
スタスタ
「沖田さーん」
「…」
スタスタ
「行けば分かるとかじゃなくて、私、この恰好だとキャラ設定なきゃ動き辛くて仕方ないんですよ~」
「…」
「沖田さーん、おーい」
借家を出てから、再び彼には完全なる無視・無言を決め込まれてしまった。
――っんと、調子狂うなぁ
せめて「煩い」とか、「京女のわりに」とか、嫌味の一つでも言ってくれた方が、関わり甲斐もあるのだが。
沖田さんとの試合から三ヶ月が経とうとしているが、私たちの関係は全く改善していないわけではない程には改善しているくらいの仲だと思う。ちょっと自分でもよく分からない。
しかし、“私が女であることを黙っている”という約束はきちんと守ってくれている。それと年末に一緒に近藤さんの護衛に就いたときに、至極珍しく『見事な太刀筋』と私を褒めたあの時から、あまり度を過ぎた嫌味は効かない。
なんか言いたげに見てるなぁ…と思う時はあるんだけどね
でも、きっとそれはお互い様で。特に何も嫌味を言ってこない沖田さんを、私も「意外だ」なんて思って、ジッと観察していることがあるから。
そうして以前より会話しない割には、以前よりよく一緒にいるなあなんてことも思う。
ふとした時に沖田さんに見られていると、緊張感が生まれるのは変わりないが…横に居ることにそれほど苦痛はない。
まあ、それは殺される心配をあんまりしなくなったからかな
この人のまとわりつくような視線が、これ以上なく気持ち悪かったのだが。視界にいるだけで向けられていたそれが、最近は全くと言っていいほど感じられないのだ。
…ん?
ピタリと止まった沖田さんから、五歩ほど離れた位置で止まる。…一応、彼の一撃目を避けられる自信のある距離。
「沖田さん、到着ですか?」
無視、無言。
ちょっとそろそろ、いい加減にして欲しいんだけど
場所から察しろというのも無理難題なくらいに、ちょっと屯所から離れているだけの、ここはただの道端。
「あのさぁ、私にだって心の準備ってものがあるから。面倒ならザックリとで良いんで、説明くらいしてもらえないですかねぇ」
「ななしちゃん…?」
「…」
咄嗟に返事をしそうになったのを、グッと飲み込んだ。
この声…
背後から聴こえた、知った声にゆっくりと振り返る。
「ほんまにななしちゃんやわ」
彼女は驚いたという顔をしていたが、それ以上に私は驚いていたし、歩み寄りたいような、逃げ出したいような、錯綜した気持ちに狩られていた。
「な、んで…」
「あぁ、よかった。全然雰囲気違うから、そっくりさんなんやろかって、ちょっと心配になったえ」
クスクスと彼女は笑う。
こんな優しい笑顔を、彼女がもう一度自分へ向けてくれるなんて思いもしなかった。
「お店行ったら新しい女の子おって、ななしちゃんはもう辞めたって言わはるし。お父はんも事情は何も知らんって言わはるし。うち、お礼も何も言ってへんのにと思って、えらい困ったんえ」
「……」
「ななしちゃん。うち喋ってるんやから、ちゃんと返事しいな」
彼女のちょっとムッとした顔すらも、私には懐かしい。
「…だって、私、貴女に、みんなに、迷惑かけて…そんな……」
恨み言なら言われても、感謝してもらうことなんて何も無い
言いながら、視線が足元に落ちる。彼女が大切そうに両腕に抱えるそれを、私が見たいと思うことすらも罪のような気がした。
「うーん、それはそうかもしれへんけどね……でも、この子、ななしちゃんにも会って欲しかったから」
最初から一歩も動かない私に、彼女は溜息を吐きながら歩み寄った。
「見て。女の子」
彼女が抱える、白いおくるみに包まれた赤子。顔の横に両拳をおいて、すやすやと寝息を立てている。
彼女は赤子に向けて微笑んだ。これ以上ない愛しいものを見る、母親の顔で。
「…怒ってないの?」
弥月が恐る恐る尋ねると、目の前の彼女は心外だとでも言うように、厳しい表情をする。
「怒ったえ。あん時、ほんまに怖かったんやから。
それに、勇気出して新選組の詰所に言っても、ななしなんて人はおらんって追い返されてまうし……あの羽織着て集団で街中歩いてはった沖田さんに話しかけたんやって、どれだけ怖かったか」
彼女が「ねえ、分かる?」と弥月を睨むので、弥月が咄嗟に「ご、ごめんなさい」と謝ると、彼女は悪戯っぽく笑った。
「そやけど、ななしちゃんがあの後どうなってしまったんやろかって、ずっと心配してたんやから。ななしちゃんはうちのこと心配やなかったん?」
「そっ、私だって…!」
烝さんに、彼女は無事出産したと聞き、どれだけホッとしたことか。
店番を放りだした事を店のお父はんに謝ったときに、彼女の家の場所を教えてくれたけど、彼女に恐がられるのが怖くて、会いに行けなかった。
グッと拳を握る。
「…ごめんなさい。巻き込んで、怖い思いさせて。
会いたかったけど、謝りたかったけど、あなたも赤ちゃんも無事やったら、もうそれでええと思った。関わらん方がええ、忘れてもらった方がええと思って、壬生狼って罵られるのが怖くて会いに行かれへんかった。ほんまにごめんなさい…」
弥月がそう言い、深く深く頭を下げると、彼女はホッと一息吐いた。
「…あの日ね、うちに付いてくれはった黒い人が、ななしはんは新選組にはおるけど悪い人ちゃうから嫌わんといたってって、うちはもっと安全に逃がすつもりやったんやって、去り際に言わはってな」
彼女は思い出し笑いをして「あの人も何回か団子食べに来はったやろ?」と。
「でも言われんくても、ななしちゃんが悪い人やないん、うち知っとったえ。そやし、沖田はんの事とか色々事情があったんやろうとは思うから、そないでも守ろうとしてくれて、ほんまおおきになぁ」
彼女の感謝の言葉に、私はなんと応えれば良いか分からなかったけれど
「ありがとう」
許してくれて、ありがとう
ただそう思った。
「…一応、訊いときたいんやけど、ななしちゃんって新選組の人なん?」
「アハハ……それ、実は私にとって命に関わる超重要機密事項やから、内密にお願いしてもええかな?」
「…分かったわ。この子の命の恩人の頼みやもん、絶対誰にも話さんから安心して……って言う女は信用できへんかもしれんけど、うち口は固いから!」
「よろしくお願いしますー…」
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