姓は「矢代」で固定
第八話 届かない距離
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***
山崎side
笑う意気すらもないんだと悟った。
「私、食べるより好きな事なんてないんですけどね」
そう言う瞬間、彼女の口元や目元が緩んだが、それでも哀を孕んだ声をした。気鬱な自分を冗談でめかし込みたいのだろうけれど、強がって笑うときの表情に変わることさえなかった。
「…帰ってからあまり話をしていなかったな。
君が気落ちしていることは知っていたが、そこまで自分を追いつめているとは思わなかった。気付けなくてすまない…」
起こったことの責任は誰にもないと、俺は思っていた。
…例えば、もしも総長達が二人で賊を止めに入らなければとか、もしも俺がもっと早く屯所から応援を連れていくことができていたらとか、もしも最初から矢代君が総長と共にいたならばとか……色々、想いはした。
けれど、過去に「もしも」は付け加えられない。
皆がそれぞれ、その時に必要なことをしていた。そして問題にぶつかったとき、できる精一杯のことをしたのだ。油断していたかもしれないが、誰も怠慢していたのではない。
俺達はただの浪士集団の集まりから、会津公の信頼を得て、快進撃を続け…
…俺達は自惚(うぬぼ)れていたのだ。その高すぎる勉強料が、山南総長の腕だった
「君はきちんと命じられた通りに働いた。君に責はない」
沈鬱な表情をした山崎に、矢代はフルリと左右に首を振る。
「いいえ、無い訳ではないです。私が悪いのは、目の前のことしか見えていなかったこと、自分で考えなかったことです。
昨日、斎藤さんに叱られました……それから何度も何度も考えたんです。やっぱり私の責任だと思う時もあれば、もしかしたら私は全く悪くないんじゃないか、って結論に至った時もあります」
矢代は初めから山崎ではなく、遠くを見て話していた。その視線は段々とさがり、今はもう足元に据えられていた。
「だけど、どの答えも、やっぱり今の私は逃げているだけだと気づいたんです。ここから続く“現実”を見たくないから……自分で自分を責めていれば、人に傷付けられても痛くないから。
もし罰を与えられるなら、それで許される気がしたから」
そして、弥月は身を支えるように、自身の左腕をギュッと掴んだ。
爪を食いこんでいることすらも贖罪の意識からなのか、痛みなど感じていないかのように、ギリギリと力を込めているのに気付き、山崎は眉を顰める。
「だから、山南さんに『左腕の代わりを』って言われたことが、一番堪(こた)えました。ずっと彼を近くで見てなきゃいけないんだって」
今度こそ彼女は笑う。
否、自身を軽んじ蔑んだ。
「永遠に許されない」
「口を開けなさい」
彼女の思考は話すごとに、僅かずつ見る角度を変えながら、負の感情を増していく。ならば、その話は続けない方が良い。
唐突な俺の指示に、一瞬、キョトンとした表情をしたが、俺が手に持ったおにぎりを見つけて渋い顔をする。彼女の目の前にそれを突きだすと、さらに不快に顔を顰めるが、しばらくすると、文句を言う事もなく口を開いた。
…流石というか。そこは元々から変わらず、パクリと気持ちの良い食いつきっぷりが見られた。
そして、最初は渋い顔をしたまま黙々と、モグモグと咀嚼していたが、ふとした瞬間に表情が変わり、その臥せっていた瞼を持ち上げて、目を丸くする。
「――っ」
口元を手で押さえ、噛み痕を凝視する彼女の空いている手を取って、食べかけのそれを握らせる。
それは山南さんから、もしも弥月君がまだ泥沼に浸かっていた場合の、奇策として持たされたものだった。
***
弥月side
「…おかかと、梅干し…」
「もうひとつは、昆布と大根の葉だそうだ」
具材が二種類入って、少し贅沢なだけで、誰だって作れるただのおにぎりだった。
けど…
だって、私がこれを好きなのを知っているのは…
『お得感あって好きなんです』
それは下坂を始めて最初の昼、食事をしたときのこと。出立前に、あさげの残りの米で握った、おにぎりを頬張りながら話した。
寒空の下だったけれど、のどかな川沿いで一息ついた。
何の変鉄もない塩だけのおにぎりだったけれど、何故かとても美味しかった。
『いつまでもパリッとした海苔ですか…それは大変嬉しいですね』
『でしょう? でも、炙った焼きたての海苔なんて食べてことないから、それもすっごい気になります!』
『海苔は安いものではありませんからね……今度一緒に花巻でも食べに行きましょうか』
『えっ!奢りですよね!?やったぁ!』
彼は笑っていた。
『さ、行きましょうか。ななしさん』
悪戯に恭(うやうや)しく私に手を差し伸べて、いつもとはどこか違う朗らかな笑い顔でそう言って……一緒にいることが楽しいのは、私だけではないのだと思った。
『それでは、また後日。一応、私の監督下ということになりますので、揉め事だけは起こさないように』
『分かりましたって! 山南さんもお気を付けて!』
私は何も考えず、彼にヒラヒラと手を振った。
あの瞬間に、ああなることは決まった
抑えきれず、ボロボロと涙が溢れる。
「――ぅっ…」
まだ飲み込んでいないのに、嗚咽が出そうになって、手で口元を押さえた。
「――う゛ぅぅ…っ」
なんであの手を握っておかなかったんだろう
ずっと後悔していた。後ろばかり見ていた。
山南さんと別れていても、もう少し早く走っていれば、あの角を曲がらなければ、きちんと地図を頭にいれておけば…
…先にも立たなければ、後を絶たない後悔が、延々と続いた。
『謝罪は結構』
心に冷たい鉛が落ちた気がした。永遠に許されないことをしたのだと、謝る事さえさせてもらえないのだと思った。
けれど
この私の心を温めるばかりのおにぎりを渡すのならば、それが彼の恩情であってほしいと思うのは、私の身勝手だろうか
『まだ、終わりじゃない』
斎藤さんのその言葉に驚き、まるで未来への道が突然に見えたような、そんな感覚を得た。
もしも……もしも、許されるならば…
また、貴方が隣で笑ってくれる日は来ますか
***
山崎side
笑う意気すらもないんだと悟った。
「私、食べるより好きな事なんてないんですけどね」
そう言う瞬間、彼女の口元や目元が緩んだが、それでも哀を孕んだ声をした。気鬱な自分を冗談でめかし込みたいのだろうけれど、強がって笑うときの表情に変わることさえなかった。
「…帰ってからあまり話をしていなかったな。
君が気落ちしていることは知っていたが、そこまで自分を追いつめているとは思わなかった。気付けなくてすまない…」
起こったことの責任は誰にもないと、俺は思っていた。
…例えば、もしも総長達が二人で賊を止めに入らなければとか、もしも俺がもっと早く屯所から応援を連れていくことができていたらとか、もしも最初から矢代君が総長と共にいたならばとか……色々、想いはした。
けれど、過去に「もしも」は付け加えられない。
皆がそれぞれ、その時に必要なことをしていた。そして問題にぶつかったとき、できる精一杯のことをしたのだ。油断していたかもしれないが、誰も怠慢していたのではない。
俺達はただの浪士集団の集まりから、会津公の信頼を得て、快進撃を続け…
…俺達は自惚(うぬぼ)れていたのだ。その高すぎる勉強料が、山南総長の腕だった
「君はきちんと命じられた通りに働いた。君に責はない」
沈鬱な表情をした山崎に、矢代はフルリと左右に首を振る。
「いいえ、無い訳ではないです。私が悪いのは、目の前のことしか見えていなかったこと、自分で考えなかったことです。
昨日、斎藤さんに叱られました……それから何度も何度も考えたんです。やっぱり私の責任だと思う時もあれば、もしかしたら私は全く悪くないんじゃないか、って結論に至った時もあります」
矢代は初めから山崎ではなく、遠くを見て話していた。その視線は段々とさがり、今はもう足元に据えられていた。
「だけど、どの答えも、やっぱり今の私は逃げているだけだと気づいたんです。ここから続く“現実”を見たくないから……自分で自分を責めていれば、人に傷付けられても痛くないから。
もし罰を与えられるなら、それで許される気がしたから」
そして、弥月は身を支えるように、自身の左腕をギュッと掴んだ。
爪を食いこんでいることすらも贖罪の意識からなのか、痛みなど感じていないかのように、ギリギリと力を込めているのに気付き、山崎は眉を顰める。
「だから、山南さんに『左腕の代わりを』って言われたことが、一番堪(こた)えました。ずっと彼を近くで見てなきゃいけないんだって」
今度こそ彼女は笑う。
否、自身を軽んじ蔑んだ。
「永遠に許されない」
「口を開けなさい」
彼女の思考は話すごとに、僅かずつ見る角度を変えながら、負の感情を増していく。ならば、その話は続けない方が良い。
唐突な俺の指示に、一瞬、キョトンとした表情をしたが、俺が手に持ったおにぎりを見つけて渋い顔をする。彼女の目の前にそれを突きだすと、さらに不快に顔を顰めるが、しばらくすると、文句を言う事もなく口を開いた。
…流石というか。そこは元々から変わらず、パクリと気持ちの良い食いつきっぷりが見られた。
そして、最初は渋い顔をしたまま黙々と、モグモグと咀嚼していたが、ふとした瞬間に表情が変わり、その臥せっていた瞼を持ち上げて、目を丸くする。
「――っ」
口元を手で押さえ、噛み痕を凝視する彼女の空いている手を取って、食べかけのそれを握らせる。
それは山南さんから、もしも弥月君がまだ泥沼に浸かっていた場合の、奇策として持たされたものだった。
***
弥月side
「…おかかと、梅干し…」
「もうひとつは、昆布と大根の葉だそうだ」
具材が二種類入って、少し贅沢なだけで、誰だって作れるただのおにぎりだった。
けど…
だって、私がこれを好きなのを知っているのは…
『お得感あって好きなんです』
それは下坂を始めて最初の昼、食事をしたときのこと。出立前に、あさげの残りの米で握った、おにぎりを頬張りながら話した。
寒空の下だったけれど、のどかな川沿いで一息ついた。
何の変鉄もない塩だけのおにぎりだったけれど、何故かとても美味しかった。
『いつまでもパリッとした海苔ですか…それは大変嬉しいですね』
『でしょう? でも、炙った焼きたての海苔なんて食べてことないから、それもすっごい気になります!』
『海苔は安いものではありませんからね……今度一緒に花巻でも食べに行きましょうか』
『えっ!奢りですよね!?やったぁ!』
彼は笑っていた。
『さ、行きましょうか。ななしさん』
悪戯に恭(うやうや)しく私に手を差し伸べて、いつもとはどこか違う朗らかな笑い顔でそう言って……一緒にいることが楽しいのは、私だけではないのだと思った。
『それでは、また後日。一応、私の監督下ということになりますので、揉め事だけは起こさないように』
『分かりましたって! 山南さんもお気を付けて!』
私は何も考えず、彼にヒラヒラと手を振った。
あの瞬間に、ああなることは決まった
抑えきれず、ボロボロと涙が溢れる。
「――ぅっ…」
まだ飲み込んでいないのに、嗚咽が出そうになって、手で口元を押さえた。
「――う゛ぅぅ…っ」
なんであの手を握っておかなかったんだろう
ずっと後悔していた。後ろばかり見ていた。
山南さんと別れていても、もう少し早く走っていれば、あの角を曲がらなければ、きちんと地図を頭にいれておけば…
…先にも立たなければ、後を絶たない後悔が、延々と続いた。
『謝罪は結構』
心に冷たい鉛が落ちた気がした。永遠に許されないことをしたのだと、謝る事さえさせてもらえないのだと思った。
けれど
この私の心を温めるばかりのおにぎりを渡すのならば、それが彼の恩情であってほしいと思うのは、私の身勝手だろうか
『まだ、終わりじゃない』
斎藤さんのその言葉に驚き、まるで未来への道が突然に見えたような、そんな感覚を得た。
もしも……もしも、許されるならば…
また、貴方が隣で笑ってくれる日は来ますか
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