姓は「矢代」で固定
第八話 届かない距離
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文久四年一月二十二日
千鶴side
「千鶴、起きてるか?」
「……ん、あ、はい……あっ、はい!わ、ちょっと待って下さい!」
「あぁ、いや、慌てなくて構わねえから」
飛び起きると、既にしっかりと室内は明るかった。
障子越しに原田さんの声がして、今、目が覚めた。遠い記憶に、少し前から呼ばれていたような気がするのは、彼がクツクツと笑っているから、夢ではないのだろう。
慌てて乱れた髪と、襟元を整えて障子を開ける。
「おはようございます!」
「おはようさん」
とりあえず元気よく挨拶したは良いものの。いつもの華やかな空気を纏った彼がニコリと笑うので、起きたばっかりの顔を見られたことが、なんだか恥ずかしくなる。
「私、寝過ごしましたか?」
「いいや、今まだ五ツ前だからな……ただ…」
中途半端に言葉を切った原田さんは、首の後ろに手を回して、困ったように笑う。
「…俺としては役得なんだけどな。でも、それで屯所内歩く訳にいかねぇから、とりあえず服着てこいよ」
!!
そう言われて、カカカ…と顔が熱くなり、丹前(どてら)の前をつかみ合わせる。
「すすすすすみません!」
スパンッ
反射的に勢いよく、音をたてて障子を閉めた。
改めて自分の格好を確認すると、寝間着の上に丹前をひっかけ、髪を下ろしたままである。
いつもなら寝起きに私が多少しどけない恰好をしていても、弥月さんは何の問題もない風にしていたから、気にする方が自意識過剰なのかもと思っていたけれど。
そうだよね! やっぱりそうだよね、はしたなかったよね!!
急いで寝巻を脱ぎ、上衣を着て、袴を穿き、髪を高い位置で一つにまとめる。
「……すみません、お待たせしました」
「気にすんな。でも勿体ないから、あんま簡単に見せない方がいいぜ」
「…気を付けます…」
前、斎藤さんにも見られたことがあるけれど、どう思われたんだろう…
弥月さんの基準をあまり信用してはいけないことが分かり、これ以上醜態をさらす前に、気付かせてくれた原田さんに本当に感謝する。
「あー…っと、朝餉までいつも何してんだ?」
「えっと、もしかして、今日は弥月さんじゃないんですか?」
「あぁ、知らなかったのか。昨日は夜も弥月がここにいたからな。今日は弥月は非番なんだよ」
「そう…です、か…」
「ん?なんだ、弥月じゃねぇと嫌か? 残念。俺じゃ役不足だったか」
原田がニヤリと笑って揶揄う様に言うと、真に受けた千鶴は赤くなってワタワタと両手を振る。
「ちっ、違います! 今日からは弥月さんと一緒に食事しようと思ってたので…」
「…弥月と?」
不思議そうに復唱した原田に、千鶴は「はい」と頷き、神妙な面持ちで話す。
「弥月さん、帰って来られてから元気がないし、ボーッとしてるし……誰と食事してるのか訊いても教えて下さらないから、もしかしたら、あまり食べてらっしゃらないんじゃないかと思って…」
すると、原田さんも難しい顔をして「弥月もか…」と呟いたので、反射的に訊き返す。
「も、ですか…?」
「ん…あぁ、山南さんも、どうも全然食わねぇって話らしくて……飯作る当番が変わっても駄目みたいで、どうしたもんかって云う話でな…」
「そうなんですね…」
そういえば、昨日から味付けが変わっていた。一昨日までのもまぁ…不味くはなかったけれど、昨日は今までで一番、出汁の効いた美味しいお味噌汁だと思った。
ご飯が美味しくても、ご飯を食べない…
山南さんは怪我を左腕にしてから
弥月さんは彼と一緒に帰ってから
……
「…千鶴?」
「……あの、勝手場に行くことってできませんか?」
もしも、全くの見当違いでなければ…
普段はたおやかな千鶴の眼に、強い意志の光が宿ったのに、原田は魅入っていた。
***