姓は「矢代」で固定
第二話 はじめてのお仕事
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文久三年九月二十八日
朝、「総長補佐」として『掃除』という仕事を頼まれ、原田隊に参加するのは、夜の巡察からとなった。新体制になったときに、私の役職名は変わっていたらしい。
その小間使いのような扱いは横に置いておいて。昨日の件を昨日のうちに片づけて正解だったと、ほっと弥月は胸を撫で下ろした。
そして、なんだかんだと山南に使われて、夕方。
今日から、原田隊と安藤隊での深夜巡察は八日間つづく。 つまり、ついに来た来た夜半の『死番』。
「あ゛――……まじで何も起こんないで下さい」
死番とは、隊の先頭を歩く者のことで、平隊士と伍長に日替わり交代で回ってくる。隊長の位置は特に決まりはないようだ。
副長助勤達と違って、補佐の私はその特権階級的な扱いは受けないことになっていて……と言っても、自分が斎藤さんに良い子ちゃんぶった結果、できてしまった役割なので文句は言えない。
きっと平隊士達の反感を買うので、今更言うつもりもない。
でも、危険度高いのは気ぃ重いんだよねー…
斎藤隊での夜半の巡察当番のときは、まだ入隊直後だったため死番は免除された。日中の死番は数回経験しているが、夜半のそれは今回が初めてだ。
「とりあえず、寝よ」
不安はあるが、深夜に備えて、お昼寝の時間を確保。
立てつけの悪い戸を閉めると、昼間でも薄暗闇になる部屋。口の中に投げ入れた金平糖を堪能しつつ、布団にくるまって目を閉じた。
***
弥月が原田隊に配属された理由は、ここ数日で欠員が原田隊と安藤隊に一名ずつ出たため、この深夜の巡察当番の戦力不足を補うためである。
鍛練に剣術だけでなく、槍術に重点を置く原田隊。弓術と打根(うちね)術も教える安藤隊。どちらの隊長も剣術の腕は申し分ないが、新選組の中でも少し特殊な二隊。
弥月がそこに加わるのはなんだか場違いな気はするが、頭数くらいは補強できるだろうとの土方の采配である。
亥の刻。
弥月は羽織に袖を通し、襷をかけて「よし」と気合を入れる。
仕事は、仕事
正面玄関の前で、気のせいではなく雰囲気の暗い隊士の一団に、弥月は「混ざりにくいなぁ」と、顔を引き攣らせる。
足音に気づいてか皆がこちらを向いたので、弥月は「よろしくお願いしまーす」と意味もなく敬礼しながら挨拶をする。
すると、隊士たちは一様にキョトンとした顔をした。
「…もしや、矢代さも一緒してくれはるんか?」
「いやいや、安藤助勤。『くれはる』とかそんな有難い人間じゃないですから。それに斎藤さんのところ隊士多めだったので、ここに転属されたんです。
…って言うか、気味が悪いのでいつも通り喋って下さい。」
「気味悪ぃて失礼やな。儂(わし)はえつも丁寧だがや」
弥月はパタパタと手を振りながら、覇気無く応えたのだが。それでも少し「ほっ」とたような彼らの表情を見て、「やっぱり来て良かったかも」と思う。
安藤早太郎、副長助勤。弓術の名手で、東大寺の通し矢で一万云本弓を引いて、八割がた中(あ)てたという話だ。つい最近まで知恩院にいたらしい。坊主が強すぎる。
本人は「昔とった杵柄(きねづか)だわさ」と、京都弁なのか大阪弁なのか、みゃーみゃー弁なのかよく分からないことを口にはするが、依然現役なのはその左手前腕と背筋が語っている。恐ろしい中年禿げ坊主。桃源郷育ちか。
ザリッ
「揃ってっか?」
「はい!原田隊な……六名、全員います!」
「あぁ、あと今日から弥月も俺んとこだ。…今更自己紹介はいらねえよな?」
「え、あ……はい。たぶん?」
話を振られて、その場にいる全員の顔を確認する。名前を覚えられていない人もいたが、全員顔見知りだ。
「原田さ、順路どにゃあやったけ?」
「『ろ』だな」
情報漏洩を防ぐために、その場で隊長から知らされる順路。
『ろ』の道順を、隊列が横になった隊士さんに確認していると、私の真後ろの安藤助勤が話しかけてきて、死角になりそうな所をいくつか教えてくれた。
昼間だったら気にならない柳の陰なんかが、妙に気になるらしい。
それは微妙に違うと思うが、追及するのも怖いので言わない。別に信じてはいないが、坊主が言うと何となく怖い。
とりあえず今日は死番ではないし、提灯係にならなかったので、それにも少しホッとしながら、「明日は我が身」と言い聞かせて出立した。
***
結局、幸い何も起こらなかった。現在時刻、たぶん丑一つ頃。疲れた、眠い。
「お疲れさまっしたー」
そう言って、今まで噛み殺していた欠伸を「ふあぁ」と盛大にかます。目に涙を浮かべながら、後ろ手を振って自室へ向かう。
明日は朝稽古前まで寝て……って、駄目だ。朝は…
不意にグッと肩を掴まれる。振り向くと、私を引き止めたのは左之さんだった。
「弥月には言い忘れてたけどな……眠そうなところ悪いけど、まだ終わりじゃねぇんだよ」
「へ…?」
振り返ると、皆さんこちらを見ていて。
申し訳なさそうな顔とか、苦笑いとか、疲れた顔で引き攣り笑いとか色々な表情をしているが、一様に『さあ、一緒に頑張りましょう』と目で語っている。
「このまま夜稽古するぞ」
「…なんそれ」
弥月はものすごく嫌な顔をしたのだが、左之助は苦笑いをしたのみで。選択肢がないことは百も承知なので、でっかい溜息を一つ溢すしか弥月にできることはなかった。
みんなは文武館へ移動して行ったが、途中で水が欲しくなるだろうと、弥月は勝手場にあった盥(たらい)に水を汲んで、湯呑みも持って後から向かう。
雑とか気にしたら負け負け
「早よまわしーやぁ」
文武館に戻ると、安藤が戸口で腕を組んで待っていた。
「……すんません、何を回すんですか?」
「え…あぁ、早く準備しってことやな」
「なるほど。でも、なんで安藤助勤が待ってるんですか?」
「原田さとこのと二人一組になるんに、俺と矢代さが組むになったもんで」
「へー…勝ち上がりですか?」
「いや、二人一組で総当たりだわさ。おみゃーさんが相棒」
文武館内に入ると、すでに始まっているらしい。道場内に灯りは数か所置いてあるだけで暗くて分かり辛いが、槍と木刀をそれぞれ手に持ち、二対二で打ち合いをしていた。
「…安藤助勤が味方なら百人力です」
「ははっ、おだてても何も出えへんで」
盥を道場の角に置きながら、ニヤリと彼が隣で笑ったのを察する。立ったままの彼を見上げて、弥月はにっこりと大袈裟なまでに口に笑みを乗せて、小首を傾げて言う。
「はい。私、槍より打根の相手してみたいので、原田隊を請け負ってもらえると助かります」
つまり、作業分担。槍の相手はよろしく
まだ槍と対峙したこともないのに、いきなり夜稽古とか無謀すぎる。剣で槍倒すには三倍の実力で同等って、斎藤さんが言っていた。
そう思って、弥月はさりげなく嫌な方を安藤押し付けたのだが、彼はさして気にしておらず、愉快そうに笑う。
「ふっ…ははっ!ええな、そりゃあ! 長物相手はすけないからエエ機会だがや!
長けりゃ良いってもんじゃねえ、打根術がおそぎゃあこと思い知らせとかなな!」
嬉々として、だが周りに聞こえないようにかボソボソと「腕が鳴るわ」と言う彼を、「頼りになる~」とおだてて、弥月はほくそ笑むのだった。
***
パチンッ
「――っいえぇぇい!!さっすが、安藤さん! 素敵に無敵で元気に勇気をありがとう!!」
「はっはっは! こにゃあんばよういく思わんかったわさ。
矢代さも流石、儂んとこのをこてんこてんにしてくれよって!」
「超楽しくてヤバかったです! 背負い投げされそうになった時はマジ危機でした! 今度、私にもあの交わし方教えて下さい!!」
行灯で僅かに照らされる、部屋の隅にある死屍累々の山。
そして道場の真ん中で小躍りする二つの影と、彼らと同じくして、最後まで戦ったもう一組。
「…おまえら、狡くねえ?」
左之助がひきつり笑いを浮かべて言う。
だが、弥月はふんぞり返って、鼻息荒く言った。
「狡くなーいでーすよ! ねぇ、安藤さん?」
「ほうじゃほうじゃ、こすうないわな! 儂らちゃんと木刀か槍しか使ってへん!」
「そうだそうだ! 私が木刀で、安藤さんが槍だっただけじゃないか!」
「納得いかねえ! なんで安藤さんが槍使うんだよ!! しかもさっきまで二人とも木刀だったじゃねえか!!」
抗議の声をあげる原田に、弥月はチッチッと舌打ちしながら立てた指を振ってみせる。
「そんなの長物使いがいない、私達の組が不利だからに決まってるじゃないですか。秘策の秘策は最後まで取っとくもんですよ」
してやったり顔の弥月の横で、案山子の腕のように槍持った安藤がうんうんと頷く。
「まだまだ青いのぉ。油断大敵だがや、原田さ。木刀相手が多すぎて、長物との戦い方忘れとりゃぁすか?」
悔しそうな表情をする左之助に向かって、ひゃっひゃっひゃと笑う二人は、勝利者の威厳も何もない。
先程までずっと弥月達は二人とも木刀で戦っていたのだ。だが、今日一の本命、左之助のいる組と対峙した途端に『待った』をかけた。
『そいつ、貸りてもええか?』
負組の使っていた槍を指さす安藤を見て、首を傾げる者もいれば、その意図が読めた者……主に安藤隊の面々……は、「まじかよ」という顔をした。
打根術が達人級の安藤は、当然っちゃ当然、長物も素人ではない。ポカンとしていた左之助に向かって、ニヤリと不敵に笑いながら、槍を薙刀のように両手で頭上に掲げて構えた。
意外な新手に驚きながらも、左之助は嬉々として安藤と打ち合いをしていたのだが、試合を楽しみ過ぎて、安藤の相方の存在を忘れていた。
弥月が先に、左之助の相方と決着をつけて、そこに加わったのだ。
結果、左之助は安藤との長物対決に水を挿されて、勝負に負けた。
左之助と安藤がサシで長物対決をすれば、どちらが勝つのかは目に見えている。
とはいえ、武芸者としては負けず嫌いなのは皆同じ。安藤は度肝を抜いて勝負に勝つ案を出した。
「滅多に見れない安藤助勤の勇姿ですよ。良いもん見たと思わなきゃ」
「おいおい、矢代さ。そんなことあらすか。儂はいつでもできる男だわさ」
「あはは! 私、安藤さんとこで背負い投げとか教えて欲しいかも!!」
「おみゃ身体細けぇから、あんま柔術向いてにゃぁと違うか」
「う゛っ……それを言われると辛い…」
「――っ納得いかねえ!! もう一回だ、安藤さん!!」
苦虫を噛み潰したような顔をしていた左之助が、そう言って勢いよく立ち上がったのを、弥月が「おぉ、復活」と感心し、安藤が「お手柔らかに頼むわ」と笑った。