姓は「矢代」で固定
第八話 届かない距離
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***
弥月side
弥月は広間のすぐ傍まで来て、二の足を踏んでいた。
男装束に戻すために自室に寄った後、土方さん達も先に向かっているであろう、主要幹部が食事を摂っている広間へ向かった。
そして私は広間の三歩手前まで来て、片足を踏み出すとも、身体が先に進まず。それ以上前へ進めなくなっていた。
…どう言えば…
どうしたって言い訳など立たなかった。こんなことになって、皆に合わせる顔がない。
ガラッ
「戻ったか」
けれど、そんなにすぐ傍に人がいることに気付かない彼らではない。中から戸を開けて、怯えたような表情をした弥月と目があったのは、彼女と同じように苦い顔をしている土方だった。
「…入れ」
顎を癪った土方が先に室内に戻るのに、少し間をおいてから弥月は続いた。
「失礼、致します…」
「弥月!」
誰かの歓待するような呼び声が聞こえたが、それに応じる心のゆとりは無かった。そしてそれを察したらしい面々も、すぐに口を噤む。
山南さんはここにいなかったが、恐らく一度ここに来たのだろうことは、私も部屋の空気を呼んで察した。
「おぉ、弥月君も戻ったか。勤め御苦労だった。報告は先に山崎君から聞いているから、今日はもう休むと良い」
弥月は近藤の労いの言葉に重々しく頷いた。けれども、彼から労いを聞くために、ここに赴いたわけではない。
私は山南さんを護れなかった
それを謝罪しなければならないのだと、勢いに任せて顔を上げ、口を開く。
『申し訳ない』で、済むこと?
「――っ」
自らの思いで、言葉に詰まった。
私の『山南さん達なら自分でどうにでもするだろう』という油断が、取返しのつかない、自分の身では替えられない、大きな失態を招いた。
どうして彼らと別行動をしたのか……何のためにいつも局長達の外出には護衛が付いているのか、きちんと考えていれば、私が浮かれていなければ、こんなことにならなかったはずだ。
近藤さんを前に、膝の拳をグッと握る。
『君の信念が許す限り、生きて、俺達に力を貸して欲しい』
任務として護衛を命じられたわけではなかった。けれど、副長補佐として、それを期待されていた。
私の思い全てを受け入れてくれた山南さんや近藤さんの、期待に応えたかったのに。そこに自分の存在意義があったのに。
感情と乱脈した思考ばかりが先走って、食いしばった歯の奥から、言うべき言葉が見つからない。
「矢代。蘭医と山崎とで何か話していただろう。筋肉がどうだとか…何の話だったんだ」
「…それは……」
土方さんに問われて、先日の院での記憶を呼び起こす。
『筋断裂』『神経縫合』『輸血』『血液製剤』『抗生物質』『ステロイド軟膏』…
神に祈る思いで、自分が知る限りのあらゆる医学用語を列挙したが、殆ど理解されず。ただ“それがまだ存在しないこと”を理解した。初診時に『血管の結紮』と『縫合』をしてもらえたが、まだ蘭方医学と言っても解剖学が浸透したばかりで、破損した後のそれを治す方法はあまりに少なかった。
「…浅い知識ばかりで……私には何もできないことを知っただけでした…」
そんなこと最初から分かっていたのに、無い物に縋りつく自分の無力さを呪った。
「…未来から来たってんなら……知らなかったのかよ…」
ボソリと呟くように言ったのは、平助。
知らなかった
けれど、それを言い訳にする気はない。『自分は何も知らない』ことを分かっていて、それを周りも承知している上で、この仕事を引き受けた。
そして、私は目の前で、彼を斬られた。
仕事として役割を引き受けたからには、私が『誰かの代わり』であることを忘れてはならない。この中の『誰か』なら勤められただろうことを、私の不徳で仕損じた。
「…申し訳…ございません…」
頭を床板に擦り付けた。こんなもので許される事でもないけれど、今の自分にはこれしかできない。こんなこと、彼らの怒りを僅かでも鎮めるための手段でしかない。
どうしようもなく申し訳が立たず、弥月が顔を上げられないでいると、藤堂は更に質問を重ねる。
「弥月さ、いつも『何もしたくねぇ』って言うけどさ……今回も知ってて見ないふりしたとかねぇよな…?」
違う
そんなこと、望んでない
止めどなく流れる彼の血を、血の気がなくなる彼の顔を、彼を亡くしてしまうかもしれない恐怖を、見ないふりなどできるはずがなかった。
けれど、言葉にならなかった。どれだけ言い訳を重ねても、目の前にある結果は同じだ。
彼の剣技は返ってこない
「弥月……なんで黙ってんだよ…」
「おい…まじで、そうなのか…?」
「…弥月…?」
藤堂ばかりでなく、原田や永倉までもが気色ばむ。
「――っなぁ!なんとか言えよ、弥月!?俺ら仲間だよな!?」
それは彼の悲鳴にも似た、ずっと溜め込んでいた心の叫び……『信じたい』気持ちで隠し続けてきた、私への疑念。
それを受け止める義務が私にはある。
シン…と静まり返った部屋で、時間だけが過ぎた。
誰が立ち上がったのが先だったのか。あちらこちらで蹴飛ばされた膳が返り、食器が高らかに音を立てて転げた。
「やめろ、平助!」
「止めんな、新八っさん!」
「…総司、この手をどけろ」
「今は辞めときなって。ねぇ、土方さん」
「あぁ…今回のことに矢代に責はねえ」
土方に「全員退け」と命じられて、新八の手から帯を放された平助は、納得がいかない様子で再び声を荒げる。
「なんで弥月が何も知らなかったって言えるんだよ!?」
「…そうは言ってねぇ。俺は『矢代に責はない』と言っただけだ」
「はぁ!?」
「俺と山南さんは矢代達とは別行動をしていて、偶然に賊に居合わせた。そいつらとの斬り合いの最中にこいつが現れた……だから寧ろ、今より悪い状況を回避できたのは、賊の噂を聞いて機転を利かせて動いた、こいつと山崎のおかげだ」
「――っ、んだよそれ…!」
その場の状況を理解できても、納得がいかなかった。
そして皆は弥月自らの言葉を待っていたのだが、弥月は謝罪以外の何を述べれば良いのかが分からなかった。
「…弥月君、君はできる限りのことをしてくれたんだな?」
それは平伏する私への、近藤さんの譲歩だった。
私はそれに一度、たった一度頷けば、それでこの場を一旦治めることができる機会を与えられている。
耐え難く、板の間に爪を立てた。
私の怠慢はなかったと、そう言えば良い
「――ぅしわけ、ありません…力及ばず…」
「―――っ、ぃい加減にしろよ弥月! 知ってたのかって、俺達は聞きてえんだ!」
今度は原田が声を荒げた。彼が立ち上がり、弥月に掴みかかろうとするのを、今度は誰も止めなかった。
「弥月君。違うなら違うと、きちんと弁明なさい」
「――さっ…!」
突如聴こえた人の声に、全員が硬直し、弥月は僅かに頭を上げる。
再び同じ戸から現れた山南は、部屋全体を一瞥してから、全く柔らかさの無い、呆れ交じりの声をだした。
「君が姿を見せませんし、ここが騒がしいと思ってみれば、やはり貴方のせいですか」
彼の是非以外の言葉を聞くのは久しぶりだった。
「あの日、私達の身に何か起こることを貴方が知っていたなら、もっと躊躇うか、無理にでも付いてくるか……或いは、端から援護などしに来なかったでしょう。更に言うなら、君は関わりたくなければ最初からこの任務を断ったはず。
補佐としての責任を感じるのは結構なことですが、貴方に庇われたからといって、怪我をした事実が変わるわけではありません。ありもしない罪で不要な反感を買うのではなく、真実を明らかになさい」
彼は怒っていた。見たこともない激しい怒りの感情を、静かに私に向けている。
弥月は少しだけ頭を上げて、彼の包帯の巻かれた腕を瞳に映してから、再び深く深く頭を垂れて、絞り出すように声を発する。
「…知、りませんでした……お役に立てず、申し訳ございません…」
「…私は君に予知して欲しくて、君を連れて行った訳ではありません。行き過ぎた謙虚さは卑屈にしか映りませんよ」
「はい…」
漸く弥月が彼と視線を合わせるまでに顔を上げると、山南は満足したように一つ頷いてから、近藤の方へ向いて言った。
「この子の処遇は私が決めたいのですが、構いませんでしょうか」
「あ、あぁ…」
「恩に着ます。では私はこれで……貴方も今すぐその煤けたような陰気な頭、どうにかなさい」
「…はい、すみませ」
トンッと音を立てて閉められた広間の内は、再び沈黙が落ちた。
「矢代君、髪をきちんと洗ってから休みなさい」
そこで口火を切ったのは井之だった。棒立ちのままだった原田を避けて、弥月を立ち上がらせ、部屋の外へと導く。
「源さん…あの…」
廊下に出てから、ようやく声を出した弥月へ、井上はただ首を横に振る。
「君の分も夕餉があるから、一緒に勝手場まで来てくれるか?
君の部屋でも、監察の部屋でも構わないから、そこできちんと食べて、きちんと髪を洗って、着替えて、今日は何も考えずゆっくり寝なさい」
ポンッと背中を叩いて、彼は先を歩く。
何も考えず…
…
……
そんなことできるはずも無かった。
弥月は零れそうになる数滴の雫をぬぐいながら、歯を食いしばって、井上の後を追った。
弥月side
弥月は広間のすぐ傍まで来て、二の足を踏んでいた。
男装束に戻すために自室に寄った後、土方さん達も先に向かっているであろう、主要幹部が食事を摂っている広間へ向かった。
そして私は広間の三歩手前まで来て、片足を踏み出すとも、身体が先に進まず。それ以上前へ進めなくなっていた。
…どう言えば…
どうしたって言い訳など立たなかった。こんなことになって、皆に合わせる顔がない。
ガラッ
「戻ったか」
けれど、そんなにすぐ傍に人がいることに気付かない彼らではない。中から戸を開けて、怯えたような表情をした弥月と目があったのは、彼女と同じように苦い顔をしている土方だった。
「…入れ」
顎を癪った土方が先に室内に戻るのに、少し間をおいてから弥月は続いた。
「失礼、致します…」
「弥月!」
誰かの歓待するような呼び声が聞こえたが、それに応じる心のゆとりは無かった。そしてそれを察したらしい面々も、すぐに口を噤む。
山南さんはここにいなかったが、恐らく一度ここに来たのだろうことは、私も部屋の空気を呼んで察した。
「おぉ、弥月君も戻ったか。勤め御苦労だった。報告は先に山崎君から聞いているから、今日はもう休むと良い」
弥月は近藤の労いの言葉に重々しく頷いた。けれども、彼から労いを聞くために、ここに赴いたわけではない。
私は山南さんを護れなかった
それを謝罪しなければならないのだと、勢いに任せて顔を上げ、口を開く。
『申し訳ない』で、済むこと?
「――っ」
自らの思いで、言葉に詰まった。
私の『山南さん達なら自分でどうにでもするだろう』という油断が、取返しのつかない、自分の身では替えられない、大きな失態を招いた。
どうして彼らと別行動をしたのか……何のためにいつも局長達の外出には護衛が付いているのか、きちんと考えていれば、私が浮かれていなければ、こんなことにならなかったはずだ。
近藤さんを前に、膝の拳をグッと握る。
『君の信念が許す限り、生きて、俺達に力を貸して欲しい』
任務として護衛を命じられたわけではなかった。けれど、副長補佐として、それを期待されていた。
私の思い全てを受け入れてくれた山南さんや近藤さんの、期待に応えたかったのに。そこに自分の存在意義があったのに。
感情と乱脈した思考ばかりが先走って、食いしばった歯の奥から、言うべき言葉が見つからない。
「矢代。蘭医と山崎とで何か話していただろう。筋肉がどうだとか…何の話だったんだ」
「…それは……」
土方さんに問われて、先日の院での記憶を呼び起こす。
『筋断裂』『神経縫合』『輸血』『血液製剤』『抗生物質』『ステロイド軟膏』…
神に祈る思いで、自分が知る限りのあらゆる医学用語を列挙したが、殆ど理解されず。ただ“それがまだ存在しないこと”を理解した。初診時に『血管の結紮』と『縫合』をしてもらえたが、まだ蘭方医学と言っても解剖学が浸透したばかりで、破損した後のそれを治す方法はあまりに少なかった。
「…浅い知識ばかりで……私には何もできないことを知っただけでした…」
そんなこと最初から分かっていたのに、無い物に縋りつく自分の無力さを呪った。
「…未来から来たってんなら……知らなかったのかよ…」
ボソリと呟くように言ったのは、平助。
知らなかった
けれど、それを言い訳にする気はない。『自分は何も知らない』ことを分かっていて、それを周りも承知している上で、この仕事を引き受けた。
そして、私は目の前で、彼を斬られた。
仕事として役割を引き受けたからには、私が『誰かの代わり』であることを忘れてはならない。この中の『誰か』なら勤められただろうことを、私の不徳で仕損じた。
「…申し訳…ございません…」
頭を床板に擦り付けた。こんなもので許される事でもないけれど、今の自分にはこれしかできない。こんなこと、彼らの怒りを僅かでも鎮めるための手段でしかない。
どうしようもなく申し訳が立たず、弥月が顔を上げられないでいると、藤堂は更に質問を重ねる。
「弥月さ、いつも『何もしたくねぇ』って言うけどさ……今回も知ってて見ないふりしたとかねぇよな…?」
違う
そんなこと、望んでない
止めどなく流れる彼の血を、血の気がなくなる彼の顔を、彼を亡くしてしまうかもしれない恐怖を、見ないふりなどできるはずがなかった。
けれど、言葉にならなかった。どれだけ言い訳を重ねても、目の前にある結果は同じだ。
彼の剣技は返ってこない
「弥月……なんで黙ってんだよ…」
「おい…まじで、そうなのか…?」
「…弥月…?」
藤堂ばかりでなく、原田や永倉までもが気色ばむ。
「――っなぁ!なんとか言えよ、弥月!?俺ら仲間だよな!?」
それは彼の悲鳴にも似た、ずっと溜め込んでいた心の叫び……『信じたい』気持ちで隠し続けてきた、私への疑念。
それを受け止める義務が私にはある。
シン…と静まり返った部屋で、時間だけが過ぎた。
誰が立ち上がったのが先だったのか。あちらこちらで蹴飛ばされた膳が返り、食器が高らかに音を立てて転げた。
「やめろ、平助!」
「止めんな、新八っさん!」
「…総司、この手をどけろ」
「今は辞めときなって。ねぇ、土方さん」
「あぁ…今回のことに矢代に責はねえ」
土方に「全員退け」と命じられて、新八の手から帯を放された平助は、納得がいかない様子で再び声を荒げる。
「なんで弥月が何も知らなかったって言えるんだよ!?」
「…そうは言ってねぇ。俺は『矢代に責はない』と言っただけだ」
「はぁ!?」
「俺と山南さんは矢代達とは別行動をしていて、偶然に賊に居合わせた。そいつらとの斬り合いの最中にこいつが現れた……だから寧ろ、今より悪い状況を回避できたのは、賊の噂を聞いて機転を利かせて動いた、こいつと山崎のおかげだ」
「――っ、んだよそれ…!」
その場の状況を理解できても、納得がいかなかった。
そして皆は弥月自らの言葉を待っていたのだが、弥月は謝罪以外の何を述べれば良いのかが分からなかった。
「…弥月君、君はできる限りのことをしてくれたんだな?」
それは平伏する私への、近藤さんの譲歩だった。
私はそれに一度、たった一度頷けば、それでこの場を一旦治めることができる機会を与えられている。
耐え難く、板の間に爪を立てた。
私の怠慢はなかったと、そう言えば良い
「――ぅしわけ、ありません…力及ばず…」
「―――っ、ぃい加減にしろよ弥月! 知ってたのかって、俺達は聞きてえんだ!」
今度は原田が声を荒げた。彼が立ち上がり、弥月に掴みかかろうとするのを、今度は誰も止めなかった。
「弥月君。違うなら違うと、きちんと弁明なさい」
「――さっ…!」
突如聴こえた人の声に、全員が硬直し、弥月は僅かに頭を上げる。
再び同じ戸から現れた山南は、部屋全体を一瞥してから、全く柔らかさの無い、呆れ交じりの声をだした。
「君が姿を見せませんし、ここが騒がしいと思ってみれば、やはり貴方のせいですか」
彼の是非以外の言葉を聞くのは久しぶりだった。
「あの日、私達の身に何か起こることを貴方が知っていたなら、もっと躊躇うか、無理にでも付いてくるか……或いは、端から援護などしに来なかったでしょう。更に言うなら、君は関わりたくなければ最初からこの任務を断ったはず。
補佐としての責任を感じるのは結構なことですが、貴方に庇われたからといって、怪我をした事実が変わるわけではありません。ありもしない罪で不要な反感を買うのではなく、真実を明らかになさい」
彼は怒っていた。見たこともない激しい怒りの感情を、静かに私に向けている。
弥月は少しだけ頭を上げて、彼の包帯の巻かれた腕を瞳に映してから、再び深く深く頭を垂れて、絞り出すように声を発する。
「…知、りませんでした……お役に立てず、申し訳ございません…」
「…私は君に予知して欲しくて、君を連れて行った訳ではありません。行き過ぎた謙虚さは卑屈にしか映りませんよ」
「はい…」
漸く弥月が彼と視線を合わせるまでに顔を上げると、山南は満足したように一つ頷いてから、近藤の方へ向いて言った。
「この子の処遇は私が決めたいのですが、構いませんでしょうか」
「あ、あぁ…」
「恩に着ます。では私はこれで……貴方も今すぐその煤けたような陰気な頭、どうにかなさい」
「…はい、すみませ」
トンッと音を立てて閉められた広間の内は、再び沈黙が落ちた。
「矢代君、髪をきちんと洗ってから休みなさい」
そこで口火を切ったのは井之だった。棒立ちのままだった原田を避けて、弥月を立ち上がらせ、部屋の外へと導く。
「源さん…あの…」
廊下に出てから、ようやく声を出した弥月へ、井上はただ首を横に振る。
「君の分も夕餉があるから、一緒に勝手場まで来てくれるか?
君の部屋でも、監察の部屋でも構わないから、そこできちんと食べて、きちんと髪を洗って、着替えて、今日は何も考えずゆっくり寝なさい」
ポンッと背中を叩いて、彼は先を歩く。
何も考えず…
…
……
そんなことできるはずも無かった。
弥月は零れそうになる数滴の雫をぬぐいながら、歯を食いしばって、井上の後を追った。