姓は「矢代」で固定
第八話 届かない距離
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「あの!升市…金貸しの鴻池って、どこですか!?」
人を掴まえては方向を確認して。知らないと断られたり、間違った案内に惑わされたり、行きすぎては引き返して。
知らない土地で知らない場所を目指すことは難しく、遠回りばかりしているような気がして、とてももどかしかった。
早く…!
***
文久四年一月四日
ザザーン…ザザーン…
「天保山 山が無いけど 天保山。字余り」
海に辿り着きました。京都市民にとってはもの珍しい海です。
「とはいえ、日本海まで行かなくても、今なら大坂湾でも泳げるんだよね。マジ凄い」
忘れがちだが私は令和っ子。いくら水質改善したと政府が言おうと、神戸と大坂の海は泳ぐ場所じゃないって思う。ついでに言うなら、道頓堀で泳ぐとか奇行すぎる。カーネルさんマジ勇者。
「…泳ぎたいのか?」
「まさかの寒中水泳。正月あるある」
どんなボケですか、烝さん。今一月ですよ
「それとも、私が褌(ふんどし)いっちょで海へ走りそうな感じしますか?」
「……」
「…しそうなんですね、分かります。すっごい楽しそうだとは思うんですけど、寒いの苦手なので今は遠慮します」
「…問題はそこではないからな」
「ですよね――あ゛あぁさっぶ!風さっぶぅぃからあぁ!!」
盆地も寒いが、海風も寒い。
「…そんなに叫ぶと周りが不審がるだろう」
「そうですかね? 山南さんの時とは違って、これでも大丈夫な気がするんですけど…」
山南さんの横にこのトンチキが居たらチグハグ過ぎてあれだが。烝さんなら生温かく見守ってくれそうとか思ったりもするのだけれど、やっぱりダメだろうか。
弥月がそう思って小首を傾げて山崎を見ると、何故か彼にスイ―ッと視線を逸らされたが。山崎はひとつ溜息を溢してから「ほどほどにしておいてくれ」と。
それを許可の返事と受け取った弥月は、ニコリと笑って「じゃあいきましょっか」と、彼の手を引いて歩いた。
そろそろ予定では家茂公が到着するらしいので、今日は港周囲の様子を確認しにきた。船着き場は警備のため封鎖されていて近づけないが、当日に自分たちが潜める場所など、地形や建物、店の状況を把握して歩いていた。
そして昼過ぎに休憩がてら入った食事処でのこと。
向うの席で待ち合わせしていたらしい男が「すまん、遅れて」と言って話だしたのが、何とはなしに弥月達の耳に入った。
「来る途中、やなもん見たわ」
「どないした?」
「升市がエライ事なっとってな。相当ガラ悪い連中がおって、店の外まで強面が溢れとった。ありゃどう下手に出ても、店ひっくり返されるわ」
「はー…正月だってのに、気の毒なこって…」
「昼間っから大胆やなぁ。あっこ用心棒かなんか雇っとったろ?」
「あかんあかん、ありゃ死人出るまで終わらんやつやわ」
「はぁ、怖い怖い…」
「しかも連中、ハシゴしてるみたいやったしなぁ……奉行所は全然来る様子ないし、ほんま何しとんねん」
山崎さんの方を見ると、彼もこちらを見ていて目が合った。
ここ数日で、大坂では京よりも更に新選組の評判は悪いことは知っている。だから、これこそ新選組の出番で、名誉挽回・汚名返上のまたとない機会なことは確実である。
「…俺は屯所へ戻って増援を呼んでくる。弥月君はそいつらを追ってくれ」
「…けど、連絡手段がないですよ」
「構わない。たとえ次の被害があろうと、単独で交戦はするな。やつらがまだ升市にいて、次にどこかを襲うとしたら、そう遠くない場所だろう。俺は屯所を出たら北へ向かう。適宜笛を使うから、可能ならば応答してくれ」
「分かりました」
そうして山崎は屯所へと、弥月は話をしていた男から確認した升市へ、それぞれ走りだした。
***