姓は「矢代」で固定
第八話 届かない距離
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文久四年一月二日
今日の私はちょっとばかり浮足立っていた。ウキウキとした高揚感と、少しばかりの緊張感に、にやけそうになる顔を何度も自制する。
もちろん、見た目には裾を絡げないないように、出来るだけ淑やかに歩いているし、私と並ぶように…一歩ほど前を歩く山南さんに後れを取らないよう、伏し目がちに彼に付いて行っている。
「弥月さん」
「はい」
「そんなに気を張らなくても構いませんよ。確かに不要には目立たない方が良いのかもしれませんが……妙に貴女の気配が薄くて、素人に見えませんから」
「はい…いえ、ええ…」
楚々とした口調で返事はしたものの、どうしてよいか分からず困惑して。
「けど、どうにも気を付けていないと、なんだかはしゃいでしまいそうで…」
わずかに振り向いた山南へ、弥月が困り顔とともに「大丈夫です、すみません」と返すと、彼は柔和な笑みを浮かべてクスクスと笑った。
「なるほど。やはり君も女性ですから、華やかな着物は嬉しいものなのですね。深緋色のそれはよく似合っていますよ。貴女の黒髪は新鮮で良いですが、もし本来の髪色ならば、もっと見栄えがするのでしょうね」
「…それだと、大道芸の珍獣連れて歩いてるみたいな感じになりますよ」
「褒めているのですから、素直にお受け取りなさい」
「…ありがとうございます……これでも、ちょっと派手過ぎじゃないかって心配してたんですけど…」
道行く女性の着物を見ると、やはり青色や暗褐色系統の地味な色を着ている人が殆どである。稀に明るい色を着ているとすれば、身形が良く、駕籠に乗って移動するようなお嬢さん。
山南は周りを少し見渡して、「そうですねぇ」と曖昧な相槌をしてから、ケロッとした様子で言った。
「江戸では咎め立てられるかもしれませんが、こちらでならきっと大丈夫でしょう」
こちらと称されるは、“天下の台所”と名高き、大坂。
将軍の上京の折。江戸から海路で大坂に到着する予定である彼の人の警護に当たるため、土方は数名の隊士を連れて年末に下坂した。会津から要請を受けた必要人員は多くなく、本来、局長と総長、以下数名でこれに当たる予定であったが、ここのところ近藤の体調が芳しくないため、土方を代理として立てたのである。
そして総長は情報収集のために、弥月とともにゆっくりと下阪していた。
ここはまだ枚方の宿場町を出たばかりであり、大坂の城下町や堺などの都心からは離れてはいるが。
この時代で、京から初めて出た弥月にとって、様々な人が行き交う街道は、そこここに新鮮なものがたくさんあり、とても楽しい道中である。着物云々なくとも、もちろんはしゃいで回りたい気分ではあるのだ。
「でも、そもそも私がコレをする必要ありますか?」
「絶対の必要性は無いかもしれませんが、『する』のと『しない』ので効果が違うのであれば、『する』に越したことはないでしょう? 町人や商人の口を滑らさせるには、女性を連れているという点は大きいですから」
「……ぐう」
「それは、ぐうの音くらいは出る、ということでしょうか」
クツクツと笑っている彼は、明らかに私で遊んでいる。
「…わざわざ山南さんがこんな地味な役回りしなくても、すす…山崎さんとかこっち回してくれたら良いじゃないですか。どうせ山崎さんも大坂で情報収集してるんでしょう?」
「おや、私では役不足ということでしょうか?」
「いや、そういうことじゃなくてですね…」
「君の貴重な姿を拝むまたとない機会ですからね。他の方にさせるなんて勿体ない」
「……逆ですよね。わざわざ観る機会作ったんですよね、イイ感じに適当な理由つけて、私に痴態を晒させたいだけだったんですよね」
「おや、ばれましたか」
「そりゃバレますよ」
「沖田君でさえ見たというのに、私が見てないなんて不公平だと思いませんか?」
「思いませんよ。どういう理屈ですか…」
沖田さんと野試合した理由を説明して以来、彼にバレたことが気に入らないのか、なぜか時々そのフリを入れてくる。「そういえば私は見たことがありませんね」と、このひと月に何度言われたことか。
「まあまあ、そう不機嫌な顔せず。美味しいもの食べさせてあげますから、役得と思ってください」
わお、ご飯出せば釣れると思われてる……食べるけどね!
これは屋形船にでも乗せて頂いて、彼のおごりで豪華晩餐を楽しむしかない。
「さて、今度はあの問屋さんに入りますから、お得意の『はんなり』した雰囲気をお願いしますね」
「嫌味ですか。了解しました」
因みに今回の役は、年始の挨拶まわりに大坂へ向かう商人と、その奥方らしい。
***
「正月とはいえ、人の賑わいは流石大坂といったところでしたね。ですが、今日の収穫はこちらは特になしというところなのですが……山崎君の方はいかがでしたか」
「こちらもです。大坂組の情報と併せましても、討幕派の動きは特に目立って見受けられません。諸藩の準備や商人は兎も角、街の住人は至って落ち着いた様子です」
「そうですか……しかし、今回の上洛は公武合体に向けての期待が大きいですからね。討幕派にとっては、あまり好ましくない上洛となるはずです。少しでも不穏な動勢があれば、見落とさないようにお願いします」
「心得ております」
大坂城まで後一歩のところに、今晩は宿をとっていた。
今回は普通の町人…初詣客に扮して動いているらしい山崎は、大坂での数日間の調査報告を山南にあげている。
弥月はその部屋の隅に座して考えていた。
政治に関することはあまり得意ではなく、尊王だとか佐幕だとかが理解できず、以前からほとほと手を焼いていたが、この道程で随分と情勢というものに詳しくなったと思う。
そうして一つの疑問というか、問題を発見した。
以前、私は彼らに『未来』の話をした。その時はそれがどういう意味を持つか、最低限のことしか理解していなかったし、その後も取り立てて考えたことはなかった。こちらの生活に慣れることに手一杯だったというのもあるし、政治は苦手だからと逃げて理解しようとしていなかった。
けれど、今更ながら気付いた。新選組は『攘夷派』である。
芹沢さん以外には『近々開国する』なんて、あからさまな事は言っていないが、未来の文明の利器や知識なんかをひけらかして、暗に『外国との交流』を示し、それを是としていたのではないだろうか。つまり、彼らは私に『開国派』という印象を持っているのではないだろうか。
平助たちは、ただただ未来の技術革新を面白おかしく見ていただけだろうけれど……頭脳派の山南さんだとかは、そう感じたのではないだろうか。
……にしては、敵視されたことも、敢えて未来のことを訊かれたこともないけど…
「――ですね、弥月君、聴いていましたか?」
「…家茂公は五日ごろに天保山沖に到着する予定です。明日、山南さんは私と別行動で、大坂屯所にいる土方さんと一旦合流します。
私は山崎君と情報収集をしながら天満まで行きます。それ以降は家茂公が到着するまで、大坂で情報収集の予定です」
「よろしい。では、続けます」
山南さんが頷いたのにホッとして、ぺこりと頭を下げる。
烝さんは心なし驚いた顔をしていた…失礼な。
「公が到着された後は、我々は会津藩の指示に従うことになります。山崎君と弥月君は要請された数に入っていませんので、基本的には隊より先を行き、今一度不穏分子がいないかの確認を行ってください。
恐らく他藩からも同様の監察や諜報機関が出動していると思いますので、くれぐれも揉め事だけは起こさないように、弥月君」
「まさかの名指しっすか」
フラグ立っちゃいますよ。そのフラグ毎回回収してるんで勘弁してください
「君たちの存在は会津藩も知りません。変装して歩かせているのはそのためでもあります。揉め事だけは起こさないように、弥月君」
「二回も言いますか!?」
「会津公のところで何をしてきたかは私の耳にも届いていますよ。本当は家茂公の到着以降は男装でも構わないつもりでしたが、予定外に会津藩に悪い方向へ顔が売れてしまったので、今回はその格好のまま仕事なさい」
丸い眼鏡の向こうで、目を細めてニコリと微笑まれたけれど……この威圧感は。
「…はい、すみませんでした……」
怒ってます。怒られてます、怖ァい
***