姓は「矢代」で固定
第八話 届かない距離
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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数日前のこと。
千鶴ちゃんの見張り(昼寝休憩あり)をしている最中、珍しく地上を徒歩で来た烝さんは、彼女の部屋の外へ私を連れ出し、小声で「次の任務のことだが」と切り出した。
「この前、先触れしておいた話だが、家茂公の護衛のため、年始の上京に合わせて、副長達が大阪へ出張することになった。監察方も二名その任務に就く」
「それを私がするんですか?」
「そうだ。年内に俺は副長の隊に同行して大阪入りするが、それとは別で君は後から、総長と大阪入りすることになっている。
…今回も監察方の任務となるから、準備しておいてくれ」
「了解でーす」
やった、お出かけ! しかも大坂!!
嬉しさでニヤつくのを隠すことなく、笑顔で敬礼して見せたが、なぜか烝さんはなんとも言えない……歯になにか詰まったような表情をしていて。
「…君にとっての『準備』とは、『準備』だからな」
?
「心のじゃなくて?」
首を傾げて問うと、今度は烝さんは明から様に視線を逸らした。
「それもしてくれて構わないが……前回同様の準備だ」
前回……ってと、茶屋…
「…え?」
***
「さーんなーんさんっ! あっそびーましょー!!」
前川邸の一角、昼でも薄暗い陰気な空気を纏う蔵。
そこに併設する部屋へ、少し遠くから楽しげな文句で声をかけた。その弥月の所業に、通りかかった隊士がギョッと目を向いていたが……まあ問題ない。
ガタリとつっかえ棒が外れる音がして、開いた戸から現れた山南は、いつも通り弥月へニコリと微笑んだ。
「どうしましたか、矢代君」
「大坂出張の件についてちょっとお尋ねしたいことがあって来たんですが、どうしてあんな準備が必要なのかを詳細に窺わなければ全く持って納得できな」
「あぁ、そうです。その件で言っておかなければいけない事があって、後で君を訪ねようと思っていたんです」
捲し立てるように文句を言うべく勢いつけて来たのに、彼にわざとらしく上から重ねられた。
「この前の時よりは、綺麗な着物を用意しておいてもらいたいのですが…」
そう言いながら、山南さんはちらりと周囲へ視線を走らせる。そして手を口に当てて、こっそり話したいことを示す。
相当に不満顔をしていた私だったが、仕方なく片耳を差し出すと、彼は笑いをかみ殺すようにしてから背を屈めて、小さな声で耳元に囁いた。
「身形の良い武士の妻……私の奥方様に見えるように、少しばかり上等な着物を用意してくださいね」
「……」
……はい?
もう一度、彼の言葉を咀嚼し直すが、どうしても合点がいかない。
至近距離にある心底可笑しいといった彼の顔に、ものすごく不審な目を向けて、「はい?」と再度問い直す。
「それは了承の返事ということですね」
「いやいや、違いますから」
なんだって、奥方? 妻? 話の流れから、それは私がなりきれってことだろう。この私が、山南さんの奥方様とやらに。
「まあ、詳細は現地でお伝えしますから、準備だけはしっかりしていて下さいね」
「いやいや、『また後でね~』で許される範囲外だと思うんですけど」
「今聞いても、後で聞いても、貴方がすることは同じですから。今の私は忙しいので、また後で」
言う事は言ったとばかりに、さっと踵を返して部屋に戻っていく彼を観る。
…駄目だ。絶対、開始直前まで話すつもりない
弥月は眉間に深い川の字を刻んで、さきほどの山崎と同じような表情をしていた。そしてモヤモヤした気持ちを抑えきれず、天を仰いで、頭を抱える。
「あぁっ! もう、めんどくさい!!」
次の任務も相当気疲れするだろうことを思って、その場に他の隊士がいるのも構わず思わず叫んだ。
この時はまさかあんな事になるだなんて、誰も予想だにしていなかった。
***