姓は「矢代」で固定
第七話 あなたの瞳に映るもの
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
いつの間にか、近藤さんは僕の隣に立っていた。
そして僕の足元にある一つの死体を黙視してから、いつまでも続く弥月君の鍔迫り合いに目をやる。
「…総司は本当のところ、彼のことはどう思っているんだ?」
「…本当のところもなにも……間者疑いのままですよ」
まるで僕が臍を曲げたままの子どものように訊かれたので、決まり悪げにそう言うと。近藤さんは「そうか」と溢して、それを是とも非とも言わなかった。
「…近藤さんは、本当に彼が仲間だと思ってるんですか」
「そうだなぁ、少なくとも、今、俺の護衛として剣を振っている彼を、敵だとは思っていないぞ」
「それはそうかもしれませんけど…」
それはなんだか、はぐらかすような曖昧な回答だと感じる。
もっと明確で根本的で、確信的な正解が必要じゃないのか。
「総司……お前にとっての仲間っていうのは何だろうな」
「え…?」
「仲間じゃないという判断は案外簡単かもしれないな。機密情報を他所に漏らしたり、俺達の命を狙うなら間違いなく敵なんだろうな。
しかし、尊王攘夷の思想をもって、新選組に所属して指示に従うなら仲間か? それとも自分の命をかけて、俺の命を守ってくれたら仲間か? そうじゃないなら、仲間とは言えないのか?」
「それは…」
答えに詰まった僕に、近藤さんはゆっくりと頷いた。
「賢い子だな、総司は。それしか仲間と言えないなら、藤堂君や永倉君、原田君はきっと仲間ではないのだろう」
「…新八さんたちは、年月が違いますよ…」
沖田は自分の返答は不十分であると気付いていた。年月がものをいうならば、弥月も年月さえ経てば、仲間だと認めるということか。
「それに、弥月君は僕たちと考え方が違います……大事にしているもの、それに捧げられるものが違う」
だから彼は仲間とは違うと暗に言うと、近藤さんは「うーん」と首をひとつ捻ってから、「そうだろうか?」と再び問いを返す。
「一人一人、少しずつ考え方や価値観というのは違うものだ。大切なものは同じでも、その順番は違うかもしれない。
たとえ同じ目標を目指していても、其々に方法や手段が違うかもしれない。自分にできないことが、誰かにできるから、人は皆で協力して何かを成そうとするだろう?
だから今、この瞬間に、同じものを目指して、同じ方向へ歩こうとしている……それだけで、十分に仲間足り得るんじゃないかな」
「…でもそれで、彼が最初から僕たちを騙すつもりで、そういうフリをしているだけだったなら、どうするんですか……この瞬間に、彼が裏切るなんてことがあったら…」
「どうもしないさ。ただ、彼が俺たちと共に歩いてくれている間、彼なりに懸命に働いてくれたことに感謝するだけさ。その先のことはその時に決めたらいい。
人の思いに永遠はないからな。新しい知識や考えを見に付ければ、見える世界は変わっていく。だから今、俺に見えている彼を、俺は仲間と信じているよ」
近藤さんは、悪い可能性に振り回されず、ただ自分に見えている事実だけを信じていると。
…
…分かってる
……
……分かってるんだ。彼が…彼女が、僕たちと同じ方へ歩こうとしているのを。追い付こうと必死に頑張っていることを…
彼の剣が濁っていないことを
…けど、近藤さんが傷ついてからじゃ遅いんだ…
それを言えずに、沖田は口を強く引き結ぶ。
同意も反論もできない頑なな沖田へ、近藤は変わらぬ姿勢で語りかけた。
「疑うのは悪い事じゃない。…俺は単純だからな。総司は俺が騙されたり間違ったりしないように、俺の代わりにたくさんのものを警戒し、吟味してくれているんだろう?
だけどな、一生懸命な人を信じたいと思うのは、人間の性なんだ。それは総司にも備わっている心だ。仲間としての自分を信じてほしいと言った彼を、信じたいと思うのはごく自然なことだと思うぞ」
信じたい? 僕が、彼を?
「もっと彼と話をしてごらん。分からないものは信じられないからな、きちんと彼の言葉に耳を傾けてみなさい。
お前たちは出会った頃の印象だけで話をして、お互いが何も変わっていないと思っているだろう?」
彼の何かが変わった。けれど、変わらない何かがあった。
弥月君のことを信じたいのかどうかは分からないけれど、彼女の変わらない何かを知りたいと思った。
「彼は言わないだけで、色々考えて…っと」
「…終わりました」
そろそろ片が付く頃ではあったが、近藤さんが言葉を切ったのは、弥月が近づくのを見てのことだった。
弥月は懐から出した手ぬぐいで顔や手をゴシゴシと拭きながら、顰め面のまま近藤らに声をかけた。
「ご苦労。少し見ないうちに、弥月君も腕をあげていたので驚いたぞ。加勢する必要も感じられないほどに、泰然として相手の動きをよく見れていたな」
「いえ……時間ばかりかかってお恥ずかしい…」
近藤の称賛に、弥月は社交辞令のように応える。そして浮かない表情をしたまま、抜き身だった刃の血のりを簡単にぬぐってから、刀身を鞘に納める。
「そんなことは気にすることない。十分に成長しているぞ。なぁ、総司」
「……そうですね、そこの即死。見事な太刀筋です」
少し間が空いたが、そう同意を示すと、ふっと弥月は地を這わせていた視線を、沖田の方へと上げる。
「…」
何かを言おうとしたらしく口を開きかけたが、視線と肩が降りると同時に、彼女は再び口を閉じた。
…気力もない、って感じだね
それから、グルリと周囲一帯を見渡した彼女は、あるものを見止めて、突然に「え!?」と素っ頓狂な声をあげた。
「あの人、なんで!?」
「……僕が殺したよ」
今度はバッと勢いよく僕を振り返る。
僕は彼女と視線を合わさず、「立ち上がったからね」とだけ口にした。きっと『殺さなくても良いだろう』といった抗議が飛んでくるのに身構える。
本当に面倒くさいな
「…そうですか」
今度は僕が彼女を見る番だった。
弥月君はまるで自分が傷むような、泣きそうな表情を見せた後、ゆっくりと顎をひいて目を閉じる。
…黙祷、ね…
少しの間の後、次に目を開けた時の彼女の眼は、強い意思を持っていた。
ほんのわずかの時に、彼女は何を想ったのだろうか。自身が嫌悪するはずの人殺しをしてさえ、弥月の眼は澄んでいた。
「弥月君、それは怪我しているんじゃないか?」
ふと気付いた近藤が弥月の腕を指さす。
「あぁ…はい。避けきれなくて、ちょっと斬られましたけど……まあ貸衣装がエライ事になってしまった以外は支障ないです」
「ちょっと見せてみなさい」
弥月は「大した傷じゃないですよ」と言いながら袖をグイッとたくし上げて、肩までを露にする。確かに切れて出血してはいるが、それほど深い傷ではない。
近藤は少し見分した後、「そうだな、とりあえずは」と、弥月が渡した新しい手ぬぐいで傷口を縛った。
「む? こっちの傷は治ってはいるが最近だろう? 相当深かったのではないか?」
「え。あぁ、それは…」
近藤さんに指さされた傷を見て、そこで言葉を切った彼女の表情が変わる。どうしてか困った風に……けれど、優しい穏やかな顔で微笑んだ。
「芹沢さんに。ガツンと一発」
言い終わって、今度は楽しげに笑う弥月君は、それがいつ、どうして、とまでは言わなかった。勿論、僕らはその予想はつくから、言う必要はないのだが。
「…だから、偉い人に手当してもらうのは二回目ですね」
……
「は!?」
「まさか、芹沢さんが!?」
一瞬、意味を理解しそこねたが、どうやら僕らの疑問というか驚きは真実らしく。
「あはは、やっぱそう思いますよね。私もビックリしましたもん。あの人が私の手当のために、地面に膝付いてるんですよ。なんかもうそれだけで感動ですよね」
え、なに。死亡補正かかってるとかじゃなくて? 本当に?
僕に言わせれば、感動どころの騒ぎじゃない。そんなこと天地がひっくり返っても起こりえない。
二人がぽかーんと間の抜けた表情をするので、弥月はまた笑ってから、袖を治しながら「さ、帰りましょう」と言った。
「…そうだな。帰ろう」
「…そうですね、帰りましょう」
ここへ来て、今日一番の吃驚を隠せないまま、芹沢さんに関する自分の記憶をたどりながら歩き出した。
え? 本当にあの人が?
そうして再び屯所への道を三人で歩く。
はずだった。
「どっこいしょ」
遠く背に聞こえた小さい声に、僕と近藤さんが振り向くと。
「…!? 弥月君! それは…!」
「え、だって折角捕らえましたから」
薪でも背負うように、いつの間にか紐で縛ったらしい男一人を、背に負った弥月君がいた。
最後に斬り合っていた男は殺していなかったらしい。
「隊務の基本ですよ。『殺さず捕らえてお持ち帰り』。でもそれは監察だからじゃなくて、やり合った皆の仕事ですからね。まぁ、そこの人は苦手みたいですけど」
「…だって面倒じゃない」
「はいはい、そう言うと思ってましたよ。だから私がこうしてちゃんと仕事するんじゃないですか」
「弥月君……いや、まあ、その気持ちというか、仕事への真面目さは嬉しいんだが…」
「だが。だが、なんですか、近藤さん。
大体、お二人とも。ここの片付けは屯所に帰ってから監察に頼めばいいとか思ってたでしょ? というより、もはやそんなこと考えもしてなかったですよね。 是非片付ける側の身になって、できるだけ殺さないか、せめて綺麗な死体にして頂きたいものですと、常日頃から思っておりますれば」
「それはそうなんだが……そうではなくて……それは俺が持」
「はいはい、重いんだからサクサク帰りますよ。助勤や局長に手伝わせるわけにいかないんですから」
有無を言わさずズンズンと進んで、男一人背負いながら彼らの先を行くその勇ましい姿に、沖田は呆気にとられ、近藤は驚嘆の息を溢さずにはいられなかった。
…
……あれ、女の子だっけ?
ちょっと自分の勘違いだったんじゃないかと思う。
いつの間にか、近藤さんは僕の隣に立っていた。
そして僕の足元にある一つの死体を黙視してから、いつまでも続く弥月君の鍔迫り合いに目をやる。
「…総司は本当のところ、彼のことはどう思っているんだ?」
「…本当のところもなにも……間者疑いのままですよ」
まるで僕が臍を曲げたままの子どものように訊かれたので、決まり悪げにそう言うと。近藤さんは「そうか」と溢して、それを是とも非とも言わなかった。
「…近藤さんは、本当に彼が仲間だと思ってるんですか」
「そうだなぁ、少なくとも、今、俺の護衛として剣を振っている彼を、敵だとは思っていないぞ」
「それはそうかもしれませんけど…」
それはなんだか、はぐらかすような曖昧な回答だと感じる。
もっと明確で根本的で、確信的な正解が必要じゃないのか。
「総司……お前にとっての仲間っていうのは何だろうな」
「え…?」
「仲間じゃないという判断は案外簡単かもしれないな。機密情報を他所に漏らしたり、俺達の命を狙うなら間違いなく敵なんだろうな。
しかし、尊王攘夷の思想をもって、新選組に所属して指示に従うなら仲間か? それとも自分の命をかけて、俺の命を守ってくれたら仲間か? そうじゃないなら、仲間とは言えないのか?」
「それは…」
答えに詰まった僕に、近藤さんはゆっくりと頷いた。
「賢い子だな、総司は。それしか仲間と言えないなら、藤堂君や永倉君、原田君はきっと仲間ではないのだろう」
「…新八さんたちは、年月が違いますよ…」
沖田は自分の返答は不十分であると気付いていた。年月がものをいうならば、弥月も年月さえ経てば、仲間だと認めるということか。
「それに、弥月君は僕たちと考え方が違います……大事にしているもの、それに捧げられるものが違う」
だから彼は仲間とは違うと暗に言うと、近藤さんは「うーん」と首をひとつ捻ってから、「そうだろうか?」と再び問いを返す。
「一人一人、少しずつ考え方や価値観というのは違うものだ。大切なものは同じでも、その順番は違うかもしれない。
たとえ同じ目標を目指していても、其々に方法や手段が違うかもしれない。自分にできないことが、誰かにできるから、人は皆で協力して何かを成そうとするだろう?
だから今、この瞬間に、同じものを目指して、同じ方向へ歩こうとしている……それだけで、十分に仲間足り得るんじゃないかな」
「…でもそれで、彼が最初から僕たちを騙すつもりで、そういうフリをしているだけだったなら、どうするんですか……この瞬間に、彼が裏切るなんてことがあったら…」
「どうもしないさ。ただ、彼が俺たちと共に歩いてくれている間、彼なりに懸命に働いてくれたことに感謝するだけさ。その先のことはその時に決めたらいい。
人の思いに永遠はないからな。新しい知識や考えを見に付ければ、見える世界は変わっていく。だから今、俺に見えている彼を、俺は仲間と信じているよ」
近藤さんは、悪い可能性に振り回されず、ただ自分に見えている事実だけを信じていると。
…
…分かってる
……
……分かってるんだ。彼が…彼女が、僕たちと同じ方へ歩こうとしているのを。追い付こうと必死に頑張っていることを…
彼の剣が濁っていないことを
…けど、近藤さんが傷ついてからじゃ遅いんだ…
それを言えずに、沖田は口を強く引き結ぶ。
同意も反論もできない頑なな沖田へ、近藤は変わらぬ姿勢で語りかけた。
「疑うのは悪い事じゃない。…俺は単純だからな。総司は俺が騙されたり間違ったりしないように、俺の代わりにたくさんのものを警戒し、吟味してくれているんだろう?
だけどな、一生懸命な人を信じたいと思うのは、人間の性なんだ。それは総司にも備わっている心だ。仲間としての自分を信じてほしいと言った彼を、信じたいと思うのはごく自然なことだと思うぞ」
信じたい? 僕が、彼を?
「もっと彼と話をしてごらん。分からないものは信じられないからな、きちんと彼の言葉に耳を傾けてみなさい。
お前たちは出会った頃の印象だけで話をして、お互いが何も変わっていないと思っているだろう?」
彼の何かが変わった。けれど、変わらない何かがあった。
弥月君のことを信じたいのかどうかは分からないけれど、彼女の変わらない何かを知りたいと思った。
「彼は言わないだけで、色々考えて…っと」
「…終わりました」
そろそろ片が付く頃ではあったが、近藤さんが言葉を切ったのは、弥月が近づくのを見てのことだった。
弥月は懐から出した手ぬぐいで顔や手をゴシゴシと拭きながら、顰め面のまま近藤らに声をかけた。
「ご苦労。少し見ないうちに、弥月君も腕をあげていたので驚いたぞ。加勢する必要も感じられないほどに、泰然として相手の動きをよく見れていたな」
「いえ……時間ばかりかかってお恥ずかしい…」
近藤の称賛に、弥月は社交辞令のように応える。そして浮かない表情をしたまま、抜き身だった刃の血のりを簡単にぬぐってから、刀身を鞘に納める。
「そんなことは気にすることない。十分に成長しているぞ。なぁ、総司」
「……そうですね、そこの即死。見事な太刀筋です」
少し間が空いたが、そう同意を示すと、ふっと弥月は地を這わせていた視線を、沖田の方へと上げる。
「…」
何かを言おうとしたらしく口を開きかけたが、視線と肩が降りると同時に、彼女は再び口を閉じた。
…気力もない、って感じだね
それから、グルリと周囲一帯を見渡した彼女は、あるものを見止めて、突然に「え!?」と素っ頓狂な声をあげた。
「あの人、なんで!?」
「……僕が殺したよ」
今度はバッと勢いよく僕を振り返る。
僕は彼女と視線を合わさず、「立ち上がったからね」とだけ口にした。きっと『殺さなくても良いだろう』といった抗議が飛んでくるのに身構える。
本当に面倒くさいな
「…そうですか」
今度は僕が彼女を見る番だった。
弥月君はまるで自分が傷むような、泣きそうな表情を見せた後、ゆっくりと顎をひいて目を閉じる。
…黙祷、ね…
少しの間の後、次に目を開けた時の彼女の眼は、強い意思を持っていた。
ほんのわずかの時に、彼女は何を想ったのだろうか。自身が嫌悪するはずの人殺しをしてさえ、弥月の眼は澄んでいた。
「弥月君、それは怪我しているんじゃないか?」
ふと気付いた近藤が弥月の腕を指さす。
「あぁ…はい。避けきれなくて、ちょっと斬られましたけど……まあ貸衣装がエライ事になってしまった以外は支障ないです」
「ちょっと見せてみなさい」
弥月は「大した傷じゃないですよ」と言いながら袖をグイッとたくし上げて、肩までを露にする。確かに切れて出血してはいるが、それほど深い傷ではない。
近藤は少し見分した後、「そうだな、とりあえずは」と、弥月が渡した新しい手ぬぐいで傷口を縛った。
「む? こっちの傷は治ってはいるが最近だろう? 相当深かったのではないか?」
「え。あぁ、それは…」
近藤さんに指さされた傷を見て、そこで言葉を切った彼女の表情が変わる。どうしてか困った風に……けれど、優しい穏やかな顔で微笑んだ。
「芹沢さんに。ガツンと一発」
言い終わって、今度は楽しげに笑う弥月君は、それがいつ、どうして、とまでは言わなかった。勿論、僕らはその予想はつくから、言う必要はないのだが。
「…だから、偉い人に手当してもらうのは二回目ですね」
……
「は!?」
「まさか、芹沢さんが!?」
一瞬、意味を理解しそこねたが、どうやら僕らの疑問というか驚きは真実らしく。
「あはは、やっぱそう思いますよね。私もビックリしましたもん。あの人が私の手当のために、地面に膝付いてるんですよ。なんかもうそれだけで感動ですよね」
え、なに。死亡補正かかってるとかじゃなくて? 本当に?
僕に言わせれば、感動どころの騒ぎじゃない。そんなこと天地がひっくり返っても起こりえない。
二人がぽかーんと間の抜けた表情をするので、弥月はまた笑ってから、袖を治しながら「さ、帰りましょう」と言った。
「…そうだな。帰ろう」
「…そうですね、帰りましょう」
ここへ来て、今日一番の吃驚を隠せないまま、芹沢さんに関する自分の記憶をたどりながら歩き出した。
え? 本当にあの人が?
そうして再び屯所への道を三人で歩く。
はずだった。
「どっこいしょ」
遠く背に聞こえた小さい声に、僕と近藤さんが振り向くと。
「…!? 弥月君! それは…!」
「え、だって折角捕らえましたから」
薪でも背負うように、いつの間にか紐で縛ったらしい男一人を、背に負った弥月君がいた。
最後に斬り合っていた男は殺していなかったらしい。
「隊務の基本ですよ。『殺さず捕らえてお持ち帰り』。でもそれは監察だからじゃなくて、やり合った皆の仕事ですからね。まぁ、そこの人は苦手みたいですけど」
「…だって面倒じゃない」
「はいはい、そう言うと思ってましたよ。だから私がこうしてちゃんと仕事するんじゃないですか」
「弥月君……いや、まあ、その気持ちというか、仕事への真面目さは嬉しいんだが…」
「だが。だが、なんですか、近藤さん。
大体、お二人とも。ここの片付けは屯所に帰ってから監察に頼めばいいとか思ってたでしょ? というより、もはやそんなこと考えもしてなかったですよね。 是非片付ける側の身になって、できるだけ殺さないか、せめて綺麗な死体にして頂きたいものですと、常日頃から思っておりますれば」
「それはそうなんだが……そうではなくて……それは俺が持」
「はいはい、重いんだからサクサク帰りますよ。助勤や局長に手伝わせるわけにいかないんですから」
有無を言わさずズンズンと進んで、男一人背負いながら彼らの先を行くその勇ましい姿に、沖田は呆気にとられ、近藤は驚嘆の息を溢さずにはいられなかった。
…
……あれ、女の子だっけ?
ちょっと自分の勘違いだったんじゃないかと思う。