姓は「矢代」で固定
第七話 あなたの瞳に映るもの
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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***
「弥月君、すまなかったなぁ。公は以前、トシにも全く同じことを尋ねられたから、冗談ということはすぐに分かったんだが……俺も言うに言えず…」
「いえいえ、近藤さんのせいじゃありませんから……寧ろ、すみません。私が暴走するんじゃないかと思って、近藤さんはヒヤヒヤでしたよね」
結局のところ、私が自論ぶちまけて無駄に恥ずかしい思いをしただけで。実は私があの場で何を言ったとして、私以外の誰にも利害なんて無かったのだ。あぁ、疲れた。
「沖田さんはずっと黙ってましたけど、知ってたんですか?」
「いや、知らなかったけど。もし公があの怒った家臣を止めなかったら、あっちが立ち上がりきる前に、僕が君を斬ってたよ」
沖田さんは「近藤さんの危険になるからね」と。
なんだそれ
つまり、沖田さんの手綱を私が持っているつもりで、私の手綱は沖田さんが持ってたってことか。つまり、私が暴走した場合には『私を斬ってでも止める』という保険を、土方さんは最初から用意していたってことか。
信用なかったことにも腹立つけど、実際その保険使いかけたわけだし、土方さんの判断が間違ってないのが余計になんか腹立つ。
「いやはや……しかして、怒った君が刀を抜いてしまったらどうしようかと、ハラハラしたなぁ」
「そこまで冷静さは失ってませんよ…」
…というよりも、怒ったら刀抜くってヤバい人じゃない? え、近藤さん的に私の雰囲気ってそんな感じ? 私キレキャラ?
会津公にも言われたが、土方さんに比べて、忍耐と脳ミソが足りないようだ。あの人の裏をかけるような知恵がなければ、『いざ』という時に困るだろう。
どうすれば鉄仮面できるのかを、帰ったら斎藤さんにご教授してもらおう。
「さ、帰りましょうか」
***
沖田side
会津公に新選組ばかりではなく、直接的に近藤を貶されて、沖田はひどく頭に来ていた。しかし、自分はそれに関して抗議できるような立場ではないと……それをすれば余計に近藤さんの立場が悪くなるだけであると理解していた。
「はぁ、つまり観賞用ですか?」
間違いなく僕と同じように苛々していた様子だった弥月君からは、ついに殊勝な態度が抜け落ちて、呆れ交じりに公へ問い返している。
彼女は自分を含めた、新選組の価値を認識していて、自尊心と誇りをもっている。だから、それを正しく評価できず、適切な使いどころも判断できない上司の無能さ加減に、呆れて果てて抗議する気も起きないのだろう。
そんなこと、わざわざ訊くまでもないのにさ…
今は尊王攘夷派として不逞浪士を取り締まるために、会津の後ろ盾があることが重要なのだ。実際は僕たちのことを臣下とすら思っていないだろう公の話など、右から左へ聞き流せばよいものを。
僕に対してといい、気に入らないものに突っかかっていくのは、どうやら彼女の習性らしい。
負けず嫌いというか、なんというか…
内心その強情さに溜息をつきそうになったとき。
「今とさほど変わらぬであろう」
…――っ!?
突然、全身が粟立つ様な感覚が走った。隣で会津公に相対して、顔を伏していた彼女の気配が一瞬で変わったのだ。隣を窺い見ると、彼女はゆっくりとその頭を上げていく。
「末席とはいえ死んでいった臣下、殺した敵の名誉を蔑ろにする公には、ついていけない者がいるとお伝えしたい」
彼女は気味が悪いほどに無表情で、そのよく通る声は冷静なものに聞こえる。
けれど
それが激しい怒りを抑えていてのものだと、僕にはすぐに分かった。
他人の名誉が、自分の命よりも大事だと
そんな綺麗ごとを、偽善ではなく心から思っているのだと、弥月は実際に命を張って示す。
…本当に、ね……
自分に酔っているのか、立場と言うものを知らないのか。
物怖じせず話しつづける弥月君を、状況を読めない究極の馬鹿だと思った。このまま公に異見し続けるようであれば、向こうの手を煩わせる前に、僕が斬らなければならない。
一本の筋が通そうとする彼女を人として尊敬はするが、その正義感は諸刃の剣。
隣で座する彼女と、自分の横に置いた刀の存在を意識する。
「そうですね…」
柄に手をかけたなら、一瞬
「…近々、幕府が滅びた後になら、可能になりますでしょうか」
それは幕府の終わりを示唆する言葉。今の情勢では、事によっては戯れでは済まされない、幕臣に敗北を連想させるもの。
警告はいつもしてたよ
パンッ
「よい、止めろ」
突然に叩かれたような音がして。畳から離れた沖田の指は、刀に届く前に、宙でピタリと止まる。
そこから局面が二転三転してから、公が臣下に刀から手を離すよう指示したとき、公の視線は僕にも送られた。そして、公は口の端に不敵な笑みを浮かべる。
へえ…
公の『止めろ』には、僕のわずかな動きが含まれていたらしい。
どうやら土方さんから聞いていた以上に、会津公は喰えない人のようだ。
***
沖田は近藤と共に前を歩く弥月の背を見る。
「そこまで冷静さは失ってませんよ」
どうだか…
緊張感から解放されてヘラヘラと笑う弥月君の顔は、さきほどとは全くの別人で。
あの時、彼女の首を本当に斯き斬るまでには、後ほんのわずかだった。会津藩士が得物を抜くより先にこの子を黙らせ、非礼を詫びれば、最悪の事態は避けられるだろうと、その時は感じていた。
今ではそれを実行しなくて良かったと、少しだけ思っている。
だって、容保公のアレも冗談だったわけだし。刃傷沙汰にして、新しい畳汚すとかしたら、絶対怒られるじゃない
容保公は数々の新選組を卑下した言葉を、全部冗談だと言った。それが本当かは疑わしいし、藩士らは冗談だと思っていなかったのだろうけれど。
自分たちは昇進もしているし、特に文句はない。
ただ、偉い人との面倒なやりとりは、やはり土方さんに任せておくしかないと再認識した。
「さ、帰りましょっか!」
門の外で待たせておいた駕籠に、弥月が手を振る。近藤と沖田はそれに続いて、藩邸の門をくぐった。
そして、感じた違和感。
感じるのは…視線
「…近藤さん、悪いんですけど、帰りは駕籠じゃなくてもいいですか?」
「どうした、総司」
「なんで?」
どうやら二人とも気付いていないらしい。僕が付いてきて本当に正解だよ。
僕は二人にだけ聞こえるように、「見られてる」と唇を動かす。それに近藤さんと弥月君はハッとした表情になって、辺りの気配を探った。
二人はそれでも分からないのか、やや怪訝な表情をするが。正直、僕もどこにいるかハッキリとは分からないから、それを教えることはできない。
「お客さんどないしました?」
突然押し黙った三人に、駕籠かきが不思議そうに声をかける。
「…そうだなぁ!たまには俺も身体を動かさんといかんしな。みんなで歩いて帰るか!」
流石です、近藤さん
近藤はいつもの朗らかな笑顔で、ニコリと沖田に笑いかける。そして黙りこんだままの弥月の肩を叩いた。
「そこまで遠くない。歩いて帰ろう。君、待たせていたのにすまないな」
「いや、いいっすけど…」
「賃料はきちんと払うよ……弥月君」
「…! 待たせていたのにすみませんでした」
弥月は帰りの分まできちんと彼らに握らせる。駕籠かきはそれを確認して、不審な顔をしながらも「まいど」と、駕籠を持って去った。
「…さぁ、みんなが心配する前に帰らないとな!」
「そうですね、近藤さんに法度破らさせるわけにはいきませんから」
僕が弥月君に会話に混ざるように視線を送ると、弥月君は「そうですね」と相槌を打って微笑んだ。とても余裕のない、どこを見てるのか分からない視線で。
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「弥月君、すまなかったなぁ。公は以前、トシにも全く同じことを尋ねられたから、冗談ということはすぐに分かったんだが……俺も言うに言えず…」
「いえいえ、近藤さんのせいじゃありませんから……寧ろ、すみません。私が暴走するんじゃないかと思って、近藤さんはヒヤヒヤでしたよね」
結局のところ、私が自論ぶちまけて無駄に恥ずかしい思いをしただけで。実は私があの場で何を言ったとして、私以外の誰にも利害なんて無かったのだ。あぁ、疲れた。
「沖田さんはずっと黙ってましたけど、知ってたんですか?」
「いや、知らなかったけど。もし公があの怒った家臣を止めなかったら、あっちが立ち上がりきる前に、僕が君を斬ってたよ」
沖田さんは「近藤さんの危険になるからね」と。
なんだそれ
つまり、沖田さんの手綱を私が持っているつもりで、私の手綱は沖田さんが持ってたってことか。つまり、私が暴走した場合には『私を斬ってでも止める』という保険を、土方さんは最初から用意していたってことか。
信用なかったことにも腹立つけど、実際その保険使いかけたわけだし、土方さんの判断が間違ってないのが余計になんか腹立つ。
「いやはや……しかして、怒った君が刀を抜いてしまったらどうしようかと、ハラハラしたなぁ」
「そこまで冷静さは失ってませんよ…」
…というよりも、怒ったら刀抜くってヤバい人じゃない? え、近藤さん的に私の雰囲気ってそんな感じ? 私キレキャラ?
会津公にも言われたが、土方さんに比べて、忍耐と脳ミソが足りないようだ。あの人の裏をかけるような知恵がなければ、『いざ』という時に困るだろう。
どうすれば鉄仮面できるのかを、帰ったら斎藤さんにご教授してもらおう。
「さ、帰りましょうか」
***
沖田side
会津公に新選組ばかりではなく、直接的に近藤を貶されて、沖田はひどく頭に来ていた。しかし、自分はそれに関して抗議できるような立場ではないと……それをすれば余計に近藤さんの立場が悪くなるだけであると理解していた。
「はぁ、つまり観賞用ですか?」
間違いなく僕と同じように苛々していた様子だった弥月君からは、ついに殊勝な態度が抜け落ちて、呆れ交じりに公へ問い返している。
彼女は自分を含めた、新選組の価値を認識していて、自尊心と誇りをもっている。だから、それを正しく評価できず、適切な使いどころも判断できない上司の無能さ加減に、呆れて果てて抗議する気も起きないのだろう。
そんなこと、わざわざ訊くまでもないのにさ…
今は尊王攘夷派として不逞浪士を取り締まるために、会津の後ろ盾があることが重要なのだ。実際は僕たちのことを臣下とすら思っていないだろう公の話など、右から左へ聞き流せばよいものを。
僕に対してといい、気に入らないものに突っかかっていくのは、どうやら彼女の習性らしい。
負けず嫌いというか、なんというか…
内心その強情さに溜息をつきそうになったとき。
「今とさほど変わらぬであろう」
…――っ!?
突然、全身が粟立つ様な感覚が走った。隣で会津公に相対して、顔を伏していた彼女の気配が一瞬で変わったのだ。隣を窺い見ると、彼女はゆっくりとその頭を上げていく。
「末席とはいえ死んでいった臣下、殺した敵の名誉を蔑ろにする公には、ついていけない者がいるとお伝えしたい」
彼女は気味が悪いほどに無表情で、そのよく通る声は冷静なものに聞こえる。
けれど
それが激しい怒りを抑えていてのものだと、僕にはすぐに分かった。
他人の名誉が、自分の命よりも大事だと
そんな綺麗ごとを、偽善ではなく心から思っているのだと、弥月は実際に命を張って示す。
…本当に、ね……
自分に酔っているのか、立場と言うものを知らないのか。
物怖じせず話しつづける弥月君を、状況を読めない究極の馬鹿だと思った。このまま公に異見し続けるようであれば、向こうの手を煩わせる前に、僕が斬らなければならない。
一本の筋が通そうとする彼女を人として尊敬はするが、その正義感は諸刃の剣。
隣で座する彼女と、自分の横に置いた刀の存在を意識する。
「そうですね…」
柄に手をかけたなら、一瞬
「…近々、幕府が滅びた後になら、可能になりますでしょうか」
それは幕府の終わりを示唆する言葉。今の情勢では、事によっては戯れでは済まされない、幕臣に敗北を連想させるもの。
警告はいつもしてたよ
パンッ
「よい、止めろ」
突然に叩かれたような音がして。畳から離れた沖田の指は、刀に届く前に、宙でピタリと止まる。
そこから局面が二転三転してから、公が臣下に刀から手を離すよう指示したとき、公の視線は僕にも送られた。そして、公は口の端に不敵な笑みを浮かべる。
へえ…
公の『止めろ』には、僕のわずかな動きが含まれていたらしい。
どうやら土方さんから聞いていた以上に、会津公は喰えない人のようだ。
***
沖田は近藤と共に前を歩く弥月の背を見る。
「そこまで冷静さは失ってませんよ」
どうだか…
緊張感から解放されてヘラヘラと笑う弥月君の顔は、さきほどとは全くの別人で。
あの時、彼女の首を本当に斯き斬るまでには、後ほんのわずかだった。会津藩士が得物を抜くより先にこの子を黙らせ、非礼を詫びれば、最悪の事態は避けられるだろうと、その時は感じていた。
今ではそれを実行しなくて良かったと、少しだけ思っている。
だって、容保公のアレも冗談だったわけだし。刃傷沙汰にして、新しい畳汚すとかしたら、絶対怒られるじゃない
容保公は数々の新選組を卑下した言葉を、全部冗談だと言った。それが本当かは疑わしいし、藩士らは冗談だと思っていなかったのだろうけれど。
自分たちは昇進もしているし、特に文句はない。
ただ、偉い人との面倒なやりとりは、やはり土方さんに任せておくしかないと再認識した。
「さ、帰りましょっか!」
門の外で待たせておいた駕籠に、弥月が手を振る。近藤と沖田はそれに続いて、藩邸の門をくぐった。
そして、感じた違和感。
感じるのは…視線
「…近藤さん、悪いんですけど、帰りは駕籠じゃなくてもいいですか?」
「どうした、総司」
「なんで?」
どうやら二人とも気付いていないらしい。僕が付いてきて本当に正解だよ。
僕は二人にだけ聞こえるように、「見られてる」と唇を動かす。それに近藤さんと弥月君はハッとした表情になって、辺りの気配を探った。
二人はそれでも分からないのか、やや怪訝な表情をするが。正直、僕もどこにいるかハッキリとは分からないから、それを教えることはできない。
「お客さんどないしました?」
突然押し黙った三人に、駕籠かきが不思議そうに声をかける。
「…そうだなぁ!たまには俺も身体を動かさんといかんしな。みんなで歩いて帰るか!」
流石です、近藤さん
近藤はいつもの朗らかな笑顔で、ニコリと沖田に笑いかける。そして黙りこんだままの弥月の肩を叩いた。
「そこまで遠くない。歩いて帰ろう。君、待たせていたのにすまないな」
「いや、いいっすけど…」
「賃料はきちんと払うよ……弥月君」
「…! 待たせていたのにすみませんでした」
弥月は帰りの分まできちんと彼らに握らせる。駕籠かきはそれを確認して、不審な顔をしながらも「まいど」と、駕籠を持って去った。
「…さぁ、みんなが心配する前に帰らないとな!」
「そうですね、近藤さんに法度破らさせるわけにはいきませんから」
僕が弥月君に会話に混ざるように視線を送ると、弥月君は「そうですね」と相槌を打って微笑んだ。とても余裕のない、どこを見てるのか分からない視線で。
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