第七話 あなたの瞳に映るもの

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偽名

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 驚いたような容保公の表情。それが怒りに変わるか、呆れに変わるか。将又、私の自論に興味を示すか。


 近藤さん達がいる前で、自分勝手に巻き込むようで申し訳なくはあるが。少なくとも、死んでいった彼らのために、私はここで命を張ることに躊躇いはなかった。



「――貴様っ、無礼にもほどがあ」
「よい、止めろ」


 パシッと両手で扇を閉じた彼は、無表情に私を見ていた。


「ぬしの発言一つで、ぬしの身だけでなく、新選組の立場が悪くなるとは考えなんだか?」

「考えないわけないです。ですけど、近藤局長率いる新選組は手放すべき存在ではないと、公が少しだけ冷静になってお考えになれば、容易に分かることでしょうから。
 ならば今、私一人が首を落とされる方に賭けたまでです」

「ふむ……儂がここで全員は殺さぬだろうという前提ありきの、危うい賭けだの。それでぬしは何を得るというのか?」

「何も。…ただ、末席とはいえ死んでいった臣下、殺した敵の名誉を蔑ろにする公には、ついていけない者がいるとお伝えしたい」



  そんな上役、後ろから刺されて死ねばいい



「――っく、ははっ!」


 公は笑う。

 笑うところなんか無い筈だ。


 怒りのままに、訝しむように眉根を寄せる。
 容保公は皆に刀から手を放すよう指示をして、トンと扇を膝の横に立てた。


「近藤! ぬしは本当に配下に恵まれるようだ。上に助言をくれる者は貴重であるからな、大事にすると良い。土方といい、山南といい、ぬしの組下は頼れる男ばかりだ」

「恐れ入ります」

「そう怖い顔をするな、矢代弥月。美人が台無しだぞ」

「……」

「怒るな、悪かったと思っている。本当に失礼したな、矢代。近藤も沖田もすまなかった……冗談だ。」

「存じ上げております」



  ……は?




  は?

  容保公は……いや、近藤さんは何と言った? 冗談だと、存じ上げていた、だと…?



 先ほどまでのねっとりとした話し方とはうって代わり、扇を放り出した容保公は、快活な口調で爽やかな笑みを見せた。


「今日は矢代が土方の代わりなのだろう? 近藤と共に並ぶぬしの気概が"本物"かどうか試したくてな。近藤にも一芝居うってもらったのよ。
 物怖じせぬ性格と狡猾さでは土方に劣らぬが、あの男よりは忍耐と、ここが少し足りないようだ」


 容保公はトントンと自分の頭を指差した。


「……」

「矢代、聞こえておるか?」



  …駄目だ、状況についていけない……なんなんだ、この人



 屯所内の隊士たちも個性が強い人ばかりだが、この人も大概だ。なんだこれ、江戸時代は日本中こんなんか。


「矢代、さっきまでの無表情が崩れているぞ。土方にも同じように小姓にならぬかと問いを立てたが、あれは儂が種明かししてすらも、終始シレッとした顔をしていた。
 ぬしは『短気は損気』と、あれを見倣うべきではあるな」

「はぁ…」



  土方さん、同じこと言われたんだ…



 内心同じようにブチ切れていたのだろうが、そこは流石土方さんとしか言いようがない。ちょっと尊敬します。



  …ってか、なんだ? じゃあ私は正義感振りかざしただけの、恥ずかしい奴ですか?



「して、それを少し触ってみたいのだが構わぬか?」

「それ?」

「その髪だ」

「…ああ、はい。構いません」



  もう言う通りにします、偉い人



 近づくために立ち上がろうとしたのだが、容保公が「動くと皆が不安がるからそこにいろ」と。確かに先ほどの件で、まだ気色ばんでる家臣が殆どて、私の動きはこの場の全員に注視されていた。
 近藤さんもそわそわとこっちを見ていたけれど、大丈夫です。もう危ない事はしません。


「では、失礼して」
「あ…」


 結い紐もとられて、パサリと肩に落ちてきた髪。ちょっと待て、これ誰が後で結ぶんだ。



  さすが。遠慮ないなぁ、この人



「…思ったより、普通なのだな」

「そうですね、ただの髪です」

「ふむ」


 パラパラ落としてみたり、クルクル回してみたり、指で鋤いてみたり。害はないのでされるがままになっておく。

 横からジッと至近距離で見られているが、私は人形。さっき解脱した。


「……って!」

「おお、すまぬな。思わず」


 頭皮に痛みが走ったので、見れば公が私の髪を一本摘まんでいて。


「いやいや、ワザとですよね!? 普通に痛いですから!」

「ははっ!そうか、すまない!」


 こちとら痛い目にあって怒っているというのに。何が可笑しいのか、公は愉しそうに笑っている。


「容姿は抜きにしても、ぬしの臆面ない所が気に入っているのだが、本当に側仕えはせぬか?」

「……ご冗談を。家臣さん達が困ってますよ」


 その提案は取りようによっちゃ魅力的ではあるが、公の顔には「面白いから」と書いてあった。365日、珍獣扱いされるのは御免だ。


「ははっ、またフラれてしまったわ」


 そういうと弥月の髪を離して、彼は元いた座布団の上に座った。


「そうそう、そもそも今日の呼び立ては新選組の処遇の変更だったか。矢代のことも含めて、ぬしらの活躍は会津にも届いておるからな。教えてやれ」


 容保公が家臣の一人へ指示をだすと、帳簿を開いた男が「新選組局長、大御番頭取。副長、大御番頭。副長助勤、大御番組。以下、大御番並とする」と述べた。


「はっ、ありがたき幸せ!」


 近藤に倣ってまた深々と頭を下げるが、いまいち大御番がどの程度かよく分からないし、自分が役職にそこまで興味がないことに気付いた。



  でも昇進ならお祝いしなきゃだよね~、給料増えるかなぁ…



 考えることを放棄した弥月は、何の甘味を食べるかばかりに頭を巡らせていた。



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