姓は「矢代」で固定
第七話 あなたの瞳に映るもの
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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文久三年十二月二十七日
二条城の東の方、鴨川の向こうくらいに会津藩邸はあるらしく、屯所からは近いようでなかなか遠い。
その道のりを近藤さんは駕籠に乗って、私と沖田さんが左右に付いて歩く。収まってしまえば何の違和感もないのだが、この陣形になるのにも一悶着あった。近藤さんが歩いて行くか駕籠に乗っていくかに揉め、駕籠ならばどの種類の駕籠を使用するかに揉め、格式がどうだとか、体裁がどうだとか面倒臭いことばかりだ。
でも何より、この事態に沖田さんが文句ひとつ言わずにいることに、私はまずビックリだわ
チラリと駕籠の向こう側の彼に視線をやると、偶然彼とバチリと目が合った。
「なに」
「いえ、別に」
「君、紋付きなんて持ってたの?」
「ないですよ、だから借り物です。生まれて初めて着ました」
「そう」
小綺麗な格好をしていけと土方さんに命じられたため、貸し物屋から紋付きの羽織り袴一式を借りてきたのである。
髪紐はいつも通り結んでもらった。斎藤さん、マジでお母さん。
そのまま二人の会話終了、となろうとしたのだが。
近藤が御簾を上げて、微笑ましい様子で弥月へ声をかけた。
「弥月君の髪の色だと、より一層黒が引き締まって見えるな。よく似合っているぞ」
「本当ですか!?この服恰好良いから、そんなん言われると嬉しいなぁ。近藤さんも貫禄がいつもの倍あって、すっごくカッコいいですよ」
「そうか? 照れるなぁ」
近藤は本当に照れているらしく、嬉しそうに笑ってくれる。この人のこういう素直で可愛らしいところがとても好きだ。
御簾あげて雑談に混ざろうとか、土方さんなら絶対しないよ
会話するにしても絶対御簾越しだろう。何様だと思うが、たとえお公家様風でも似合うイケメンだから腹立たしい。
「馬子にも衣装っていうのはまさに君の事だよ」
「沖田さんにも、その言葉そっくりそのままお返ししますから」
顔だけは人一倍整っている彼には、黒紋付きが腹立たしいくらいに似合っているなんて、見惚れるくらいに似合っているなんて、絶対に言ってやるもんかと、一目見た時から心に深く決めていた。その顔面爆発しろ。
「まぁでも正直、私自身も成人式よりは七五三の気分です」
「弥月ちゃんも五つで袴着したの?」
「そうですね。五つで袴着しましたね」
沖田さん的には嫌味か揶揄いでそう言ったのだろうけれど、勝ち誇った顔で笑って返してやる。生まれて初めて剣道着に袖を通したのは、事実5つか6つの頃だ。
「にしても、意外でした。近藤さんは兎も角、沖田さんも自前の紋付き持ってるなんて」
「当たり前じゃない。どこの馬の骨とも知れない君と一緒にしないでくれる」
「…それ、三ケ月前に言えたなら頷いてあげましたよ。小金持ちになったからって成金ぶらないでください」
弥月が溜息交じりに言うと、近藤は感慨深そうに「そうだな」と述べた。
「しかし、今はそこまで切迫した状態ではないからな。弥月君はいつも斎藤君のお下がりばかり着ているようだが、着物を新しく仕立ててはどうだろうか」
「そう、ですね…」
それは自分でも考えたことがあるが、どうにも困ってはいないから二の次になっている。
それよりは、菓子とか菓子とか菓子とか…
「…節約が信条なので、まぁ必要なときに考えます」
「足りぬなら俺が少し出しても…」
そのような提案がくるとは思ってはいなかったため、弥月は驚いたが、なんとも「近藤さんらしい」と思って苦笑する。
「なーに言ってるんですか、貧乏所帯のころ苦労したんでしょう? 『勿体ない精神』忘れたら駄目ですよ、局長!」
「…そうだな。しかし、ならせめて…」
「給金に困ってるわけじゃないですから、大丈夫ですよ。それに、古着屋で一枚買ってこようか悩んでたところだったので、今買う決心がつきました」
実は沖田さんに女装を問い詰められた日に、彼に一枚着物を駄目にされて以来、新しく古着屋で買おうか悩んだのだ。
「新しい上衣、何色にしたら良いと思います?」
そんな和やかな雰囲気だったり無かったりして、会津藩邸までの道のりを行った。
***
弥月にとって“藩邸”というものは物珍しくて仕方ないが、物珍しくて見られている側でもある。任務の一環として、近藤の後ろで大人しく伏し目がちに廊下を歩いていた。
猫。私は借りてきた猫
私がキュッと口を引き結んで静かに歩くのがそんなに気になるのか、時々チラチラと横に歩く沖田さんの視線を感じる。
「近藤殿か、久しく」
「おぉ!これは板倉殿、ご無沙汰しております!」
藩主の謁見への取次に先導される道すがら、近藤が知り合いらしい人に深々と腰を折ったのに倣い、弥月と沖田は深く頭を下げる。
誰だろう、という疑問を、前へ聞こえないように沖田さんに問う。
「なんの人?」
「知らない」
使えない……のは、お互い様だわ
「――して、近藤殿。後ろにいる御仁は…」
「うちの組の者です。こっちは江戸の頃から私のところで塾頭をしていた沖田と、もう一人は我々の新しい同士で矢代と言います」
「ああ、沖田殿は前に御前試合で会ったことがあるな。武者は若い者ばかりだったが、さすが近藤殿のお墨付きなだけのことはある、迫力ある試合だった。しかし貴殿の方は…」
「彼は四ッ月ほど前に入隊したばかりですが、塾頭に引けを取らぬ腕の持ち主ですよ」
ぬおぉぉぉ…!? 近藤さん、ちょ、ちょっと待って!
この場の対外的なものとはいえ、他所の流派の師範にとても誉められているものだから、なんだか居たたまれないというか、こそばゆい。日本人的に謙遜したくて仕方ないが、そんなことすれば間違いなくボロが出るだろうと、慎ましやかに「身に余る評価です」と小さく述べておく。
しかし、それからも板倉というらしい男の視線が外れないのは、私に発言を求めているのか。いつものごとく私の容姿に何か思うところがあるのだろうけれど、自ら余計なことは言うまい。
「…矢代弥月と申します。お見知りおきを」
「これはまた…あの男は違った面妖な…」
「あの男、ですか…?」
いったい誰と比べられているのか……比べられる人が可哀想だ
「いや……ははっ、浪士組は随分と見目のよい男衆ばかりが揃っていると思うただけよ」
「実力も太鼓判を押させて頂きたい」
「おぉ、それは申し訳なかった!…っとすまない、公と約束していたのだな。それに…彼は公が呼んだのだろう? 公は面白いものには目がないからな」
ニヤニヤと笑いながら問うた板倉は、どう答えたら良いか迷った近藤へ、うんうんと頷いて見せた。
「大丈夫だ。今日の公はとっても機嫌が悪い!」
ハッハッハと彼は笑いながら、「頑張り給え、若者よ」と、弥月の肩をポンと一つ叩いて通り過ぎるのを、新選組三名は揃って不可解な表情で見送った。
え、それは何がどう大丈夫なんですか…
***
近藤は容保公に謁見しており、二人は控えの間でそれが終わるのを待っていた。
あー…このまま帰れないかなー…
容保公が以前『私を見たい』って言ったことなどすっかり忘れて、滞りなくスッと帰れるのを期待する。
「近藤、例の者を連れてきたと聞いておるぞ。さっきから家臣らの話がそれで持ち切りだわ」
き・た☆
うへぇ…という顔をコッソリしてみるが、「控えておろう。供の者らも入れ」と言われ、目の前の衾を開けられちゃ、腹を括って入るしかない。
嫌だイヤだと心の中で叫びながら、心頭滅却心頭滅却と頭の中で唱える。
部屋に入る前に座る位置だけ確認してから、頭を垂れながら入室し、ツヤツヤの真新しい畳に膝を着いて平伏する。
「苦しゅうない、面を上げよ」
声に応じて視界を広げると、室内全員の視線が、刺さるほどに私の顔面一点に集中している。
あぁ、面倒くさい
「そこなる山吹色の者、何か申せ」
何かって……噺家じゃないんだから…
容保公の物言いに、カチン来るほどではないものの、モヤモヤとするものを感じたが、まあ実質偉いのだから仕方ない。
弥月は眉ひとつ動かさず、用意していた文面通りに口を開いた。
「お初にお目にかかります、矢代弥月と申します。この度は御前にお呼びだて頂いたとのことで、何も持たぬ身ではございますが、日頃の感謝を述べるべく参上致しました」
そうは言ったものの、上から下まで珍獣のようにマジマジと眺められるものだから、いくら慣れているとはいっても居心地が悪いことこの上ない。しかも、「おお」とか「なんと」とか周りの感嘆の声が聞こえるくらいだから、本当に「獣が喋った」くらいに思われているのだろう。
いっそのこと、pineapplepen!とか言った方が、納得してもらえるのかもしれない。
「謙遜を通り越して、嫌味にすら聞こえる、随分と京らしい言葉を使うものだ。その形(なり)は南蛮の血筋の者か?」
「いいえ、御前に並べるほどにもない、血筋も明らかならぬ下賎の、流浪の身でございます」
「その形で夷敵ではないと?」
「…流浪の身でございますれば、蛮族の血が入っていないとも限りません。しかし、近藤局長の傘下の身でありますれば、御前と敵対することなどありえません」
「フッ、それで問いを逃れたつもりとは小賢しい奴だ……まあ良い。近藤のように馬鹿正直なものの傍らには、それくらい狡賢い者が必要だろうからな」
…それは言ったらあかんやつだ
明からさまに眉を跳ね上げて、怒気を漂わせた沖田さんに「落ち着け」と目配せする。確かに私も今の発言にはイラッとしたが、謁見してまだ少しと経っていないのに、この揉め事になりそうな空気は頂けない。
私としては、とりあえず「よいお年を~」的な用件だけ終えたら、とっとと帰りたいところなのだ。
「そっちの大きい男は見たことがあるな。」
「はっ、弥生の御前試合で現新選組総長である山南と剣を交えたのが、こちらの沖田でございます」
「……あぁ、あの野良試合のことか。なるほど、あの時も思ったが、近藤はよっぽど優男に好かれるのだな……いや、優男を侍(はべ)らすのが好きとみえると言った方が正しいのかな」
広げた扇で口元を隠してクツクツと容保公が笑うと、失笑というか、近藤に対する嘲笑が家臣の間に流れる。
…下品。てか、さっきから一々腹立つんだけど。機嫌とかそういう問題じゃなく、性格悪くない? その扇は仰ぐの?この寒いのに馬鹿なの?
身分を問わず浪人集団の実力を買っており、山南さんや土方さんが一目置くくらいだから、よっぽど凄い人なのかと思っていたのだが、どうやら身分だけの色物好きのようだ。
マジで早く帰りたい…
「…そこの、儂の小間使いにならぬか?」
「…」
この場合、『そこの』とは。
① 沖田さん
② 私
扇の向こうから視線だけで見下ろして、ドブネズミでも見るかのようにして彼は言った。
「その珍妙なる色といい、女と見紛う優形気に入った。儂に奉公をせぬかと問うている」
その場合、質問の相手は沖田さんでも通らぬことはないが。まぁ、そこまで無理に無視したって仕方ない。
「はぁ、つまり観賞用ですか?」
「そうだのう…」
本当に馬鹿殿だ
「今とさほど変わらぬであろう?」
ブチッと何かが切れた気がした。
つまり、私が観賞用に新選組に飼われてる、って言いたいんだよな、この馬鹿殿は。
つまり、新選組がそういう集団だって言いたいんだよな。
死んでいった敵
殺された仲間
殺した仲間
言って善いことと、悪いことがある。
遜(へりくだ)っていた腰を伸ばし、徐に顔を上げる。真っ正面からその男を見据えた。
「…恐れながら、それがいくら容保様の命といえど、それは新選組に対する最大限の侮辱と受け取りますが宜しいですか」
「矢代!」
近藤の制止の声がかかり、周囲に控えていた家臣達の手は腰の柄を握る。
そうした周りの剣呑に気づいていてさえも、弥月は扇の向こうの男の返答を待った。
「…そのつもりだとすれば、何か問題があるのか?」
「…いえ。たとえ何かあったとしても、今は申し上げるべきことが御座いません」
「ほう……ならば、何かあるとすれば、いつなら申せるのだ?」
「そうですね……近々、幕府が滅びた後になら、可能になりますでしょうか」
家臣の殺気を含む熱気から一転、空気が凍りつくのが分かった。
土方さん、貴方ならこの侮辱を聞き流したでしょうか
***