姓は「矢代」で固定
第七話 あなたの瞳に映るもの
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文久三年十二月二十四日
千鶴ちゃんを監禁し始めて早七日。
皆が彼女の部屋で雑談することに、違和感がなくなりつつある今日この頃。
…いやいや、やっぱ千鶴ちゃんはビビってますけど
最初は緊張して表情筋が凍りついていたのが、やっと愛想笑いするようになった程度で。
時々、平助と新八さんの掛け合い漫才のようなものに対応しかねて、助けを求める視線を私に投げる。そういう時、私は自分の両頬を指で押し上げて、真顔のまま千鶴ちゃんに一つ頷いてみせる。『とりあえず笑っとけ』の意味を込めて。
だってさー、私はここに座ってることが仕事なんだけどさー…
私は基本的に彼女の監視が仕事だ。そして、その私を含めて見張ることは、沖田さんや斎藤さんあたりの暗黙の了解ではあるのだろうけれど。
しかし、頻繁に訪れる平助や新八さんあたりは、恐らくそんな考え微塵もないと予想する。彼らは交代とか非番とか関係なしに、暇さえあればここに来ているのだ。平助に至っては、もはやここに来るための時間を作っているとしか思えない。
あーあーもー…鼻の下伸びきってますよ、あなたたち
非常に可愛い千鶴ちゃんに、お近づきになりたい気持ちは分からなくもない。
けれど、斎藤さんとか沖田さんとかを見習って、一日一回くらいの節度を持ってほしいところだ。
もう年末だよ? 暇ならあんたらの汚い部屋片づけたら?と思う…
「…って、あ」
弥月は「ひーふーみー」と、指折り数え直す。それから確信をもって一つ頷き、いつの間にか集めていた視線を受けて、一言発した。
「今日はイブだ」
「いぶ?」
「そう、祭りの前日のことをイブって言うんですけど。
西洋の言い伝えで、ですね。12月25日は祭りの日なんですけど、前日の24日深夜、子どもがいる家には枕元に赤い服を着た白い髭のご老人が来るから、子どもは起きてなきゃいけない日なんです」
「なんだそれ…」
弥月の言葉に、場が混乱の渦に呑まれてざわつくのはいつものことだが。世にも奇妙な西洋文化に、皆が興味をもつのは時世もあり。
「ナマハゲのようなものか?」と斎藤さん、冷静な分析。
「いや、寧ろありゃ、夜中起きているガキがいんなら叱る、良い奴だろ?」と知識はある、新八さん。
「だいたい枕元に、知り合いでもねぇ爺さんが来るって、どんな言い伝えだよ…」
左之さんのツッコミの後、千鶴ちゃんが小さく手を上げたので、視線が集まる。こういう時、おずおずとでも話に入れるようになったのは良い傾向だ。
「あの…不審者が来るなら、起きてなきゃいけないのは親御さんの方じゃないでしょうか?」
「確かにそれもそうだな」
「節分の豆まきみたいな、鬼を退治しろ!って感じじゃねーの?」
平助の意見に、「「「あぁ」」」と全員が納得しかけた。
「で? それが何なの」
「おっと、沖田さんも登場ですか」
「ホラ吹きが今日はどんな法螺吹いてるのかと思ってね」
「…事実ですもーん」
その“ホラ吹き”の真意に気付いた弥月は、「余計なことは言うな」の意味を込めて、口元だけでニッコリと笑ってやる。
「その年の一年よい行いをした子どものところには、素敵な贈り物を持ってくるんです」
「てか、俺らには関係なくね? 子どもじゃねぇし」
「違うよ、平助。信じるものの所にしか来ないから。私は今でも信じている。そう、信じている。私は中二病じゃなくピーターパンだから」
***
「…って言ったところで、来るわけないもんねぇ」
翌朝。
目を覚まして、早々に枕元を見回すが、当然なにも無い。
「分かってる……分かっちゃいるけど、がっかりするもんは仕方ない」
この歳になれば、幼い頃から私の元へ来ているサンタの正体なんて、嫌でも知っているけれど。「知らない」と公言することで、幼い頃の夢を守っていた。
「さっ、仕事仕事」
クリスマスは国民の休日ではない。平成天皇の誕生日もここにはないのだから、じゃあ働くしかない。
朝稽古の最中に土方さんに呼び出しを食らった。どうせ碌な話じゃないけれど、まあ暇で死にそうな監視以外の仕事をくれるならありがたい。
「局長の護衛ですか……私に振るなんて珍しいですね」
それこそ千鶴とは比べ物にならない程に居慣れた感があるとはいえ、間者疑いのある弥月は、いつも近藤から近くない任務に就けられていた。
まあ、実力順から言っても、相応の役割配分だとは思うけどね
護衛は幹部や古参組がついていくことが多い。
土方は不本意を全面に押し出した表情で、溜息交じりに弥月の問いに答えた。
「容保公の指名だからな。次の謁見にはてめぇを連れて来いってな」
「ほう、容保公……っていうと、将軍様でしたっけ?」
「…会津の藩主だ」
「あぁ!ここ直属の上司様」
納得して、ぽんっと手を打つ。
そりゃそうだ、そんな気安く将軍様に会えるわけがない。国王様と県知事くらいの違いでしょ、たぶん。
「容保様って、この浪人集団に寛容な事といい、目新しいもの好きなんですかね~」
「……かもな」
「ちょいちょい、否定してくださいよ。
…って言うか、良いんですか? こんなのがそんな所に新選組の代表みたいに出てっても」
「俺だって、てめぇを送り出すなんぞ反対だけどな……そうそう断れる相手じゃねぇんだよ…」
至極困っているといった風に、机に肘をついて頭を抱える土方に、弥月はしたり顔で笑みを見せる。
「じゃあもう仕方ないですね。綺麗に猫被るのなら自信ありますから任せてください」
「んなもん誇るな。それに、てめぇの持久力の無さには期待できねぇ」
「ごもっとも」
弥月は土方の的確なツッコミに満足して。
土方は弥月の“余所行き”を知らないわけではないから、それに希望をかけて、なんとか自分を納得させたいらしい。
「でも、まあもう一人……押しの一手というか、まとめ役に魁さんあたりを付けてもらえれば、見た目的にも許されるでしょ。慎重派かつ堅実派かつ、とりあえず強そう」
この若輩の優男だけだと、間違いなく舐められる。今の“新選組局長”に、対外的に威厳が必要なのはなんとなく分かる。
「…それが、総司が行くって言って、聞かねぇんだよ」
「…まじっすか」
なにがどうして。そんな偉い人とかいる所、嫌いそうなのに
「容保公は兎も角、近藤さんとてめぇを二人にはさせらんねぇってな」
「えぇ…個人面談はとっくになんですけど…」
「あ? なんだそりゃ」
「なんでもないでぇす」
お喋りなお口はチャック。
「ゾロゾロ連れ立っても恰好つかねぇから、近藤さんと護衛二人にしてぇんだ……謁見するのに、てめぇらだけじゃ心許なさすぎるが…」
相当悩んでいるらしい。
そりゃ私も“ぽわぽわ系近藤さん”と“自由奔放な仲間たち”だけで送り出すなんて、もはや狂気に近いのではないかと思う。
「土方さんは?」
「俺は年始の家茂公の上京の警護に先立って、明日から下阪予定だ」
「え、それ私も行くやつじゃないですか? 一昨日くらいに烝さんから聞きましたよ?」
「てめぇは山南さんと後から来い。俺は山崎たちと先入りで大坂組の奴らと打ち合わせる」
「了解でーす」
お気楽に了承する弥月に、土方は再び頭を抱えてしまう。
「…最悪、外観的なものとかを目ェ瞑ったとしてもだ。容保公の前で要らないことしてこねぇかってだけが…」
「ちなみに、今回の要件は何ですか?」
「…まぁ、年末の挨拶程度のもんのはずだ」
ブツブツと「密命はねぇんだろうが…」と呟いていることから鑑みるに、大した用で呼ばれた訳ではないのだろう。
「ふむ……いざって時の戦力的には問題ない、って思ってもらえてるのは光栄です」
「…そういう話はしてねぇ」
「ですよね。手綱、握る人がいないですよね」
「……分かってるなら、なんとかしやがれ」
呻るような声で、上目使いに言われる。
つまり。つまるところ
弥月はフゥと肩を竦めながら息を吐く。
「はいはい。最初からそう釘刺してくだされば、仕事してきますよ」
「…頼んだからな」
「合点承知の助です」
「………本ッ当に頼んだからな」
「…はいはい。猫被った状態で、心許ない人達の手綱握ってろってことでしょ。何言われても波風立てないようにするんでしょ」
「…手当は出す」
「当然」
こちとらなんでも屋じゃないんだけどな、と弥月は思ったが、流石に土方さんが可哀想になってそれ以上何も言わなかった。