姓は「矢代」で固定
第七話 あなたの瞳に映るもの
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***
昨日も一昨日も夜中にずっと泣いていたというのに、まだ私はこの目から水を出せるらしい。弥月さんの横でひとしきり泣いて、これでもかってくらいに泣いて、「もう大丈夫です」って言いながらもう2回くらい泣いて。
ときどき懐紙をくれながら、ずっと弥月さんは横にいてくれた。困った顔なんてせずに、泣き止めない私を笑わずに、「大丈夫」って言いながら肩を抱いてくれた。
千鶴は涙は乾いたものの、恥ずかしさに顔を上げられずにいた。
どうしよう、きっと目が赤いよ……それに、なんてお礼を言ったらいいのか…
ぐずぐずと鼻を啜っていたのを噛んでゴミを棄てると。彼の手が自分の肩から離れたのに気付いた。
「……――っ!?」
弥月さんはその手で、私の膝にある空いていた方の手を包み込むように握った。
「…涙、止まった?」
真横に座っているから、下から窺うように少しだけ顔を覗き込んで、彼は私と目を合わせた。手を握られたことに動揺したし、顔を見られるのは恥ずかしかったけれど、弥月さんが心配そうな顔をしているから、大丈夫と微笑んでみせる。
「…はい。ありがとうございます」
「…そっか、よかった」
弥月さんはホッとした表情で、今度は頭を撫でてくれた。
弥月さんとはそんなに歳は変わらなさそうなのに、彼はすごく大人に見えて、包み込むような優しさに安心感があった。
だけど…
感情の波が落ち着いて冷静になったら、別のことで緊張して、心臓が速く脈を打ち始めてしまった。
弥月が腰を下ろした位置により、二人はぴったりと肩を寄せ合うことになっていて。再び抱かれた肩から、全身が熱くなるのを感じる。
だって、この手、振り払うわけにもいかないし…!
距離をとれば良いのだろうけれど、どう離れればよいか分からず。かといって真横に顔があるので、顔どうしの距離をとろうと思えば、必然的に俯きがちになるしかなくて。
そうすると、また私が泣きだしたと思ったのか、彼は「大丈夫、一緒に頑張ろうね」って言って、泣き止むのを待ってくれるばかりになってしまい。
「弥月さん…」
「ん、どうした?」
その優しく甘やかすような声は、ほぼほぼ耳元で聞こえていた。
―――顔が…っ、近いです…!
「あの……近い…です、ので……」
「へ…?」
千鶴は恥ずかしさに顔が沸騰しそうになって、ずりずりと少しずつ距離を取る。
そして、弥月は彼女から三寸程離れられた後、空になった自分の手をグーパーしながら困ったように笑った。
「あー…ごめん嫌だったか。てか、親しくない男に触られるとか普通嫌だよね。ごめん」
「! いいえ!そうじゃなくて…!
嫌じゃないですけど、すみません! 私、男の子とあんまり遊んだこととかなくて! ごめんなさい、近いとどうしたら良いか…!?」
千鶴は耳まで真っ赤で、それこそ困った表情でワタワタと「嫌じゃないんですけど!」と繰り返し弁解する。
ポカンとした表情の弥月さん。なぜか視線を上から下へ動かして真顔になり、それから箍が外れたように破顔する。
「あっはっはっ! 千鶴ちゃん、可愛い!」
「………――っきゃあぁぁっ!?」
おとっ、男の子にだっ、抱きつかっ、れっ!!?
一瞬、何が起きてるか理解しかねた千鶴だったが。抱擁されていることに驚嘆し、目を白黒させて手足をバタバタさせ始めた時、スパンッと音を立てて勢いよく襖が開く。
「矢代、無駄に怯えさすな」
「うわ、鬼が来たよ」
「なんだと?」と言う土方を無視して、弥月は千鶴に向き直る。
「あはは!ごめんね、あんまり千鶴ちゃんが可愛いから思わず」
「い、いえ…あの…びっくりしただけなので…」
「――ったく、思わずじゃねぇよ、この色好きが…」
「やっばい、屯所一番のイケメンに褒められた」
「褒めてねえ!!おい、照れてんじゃねぇよ! てめぇ、意味不明な言動は自重しろとあれほど言っただろうが!」
「だって超かわいいんですよ。こんな純粋な子、天然記念物ですよ。それをここで私以外の誰が保護してくれるってんですか。
だから私は新選組の生きものがかりとして、彼女を大切に育てます。自分の女を育てるなんてなんて素敵なギャルゲー」
「…だからそれが意味不明だって言ってんだうが…」
頭が痛いと言いたいのだろう、土方さんは顔を覆うように片手で頭を抱えた。
そうして彼で遊んでいるのだろう、悪戯っ子のようにニヤニヤと楽しそうにして、陽気に私へ目で合図を送って来る弥月さん。
そのやり取りがなんだか可笑しくて、私はクスリと笑ってしまった。
弥月はそれに満足したように頷いてから、クルンと回りながら立ち上がる。
「ところで土方さん、何か用ですか?」
「用が無きゃ来るわけねぇだろ。急だが、平助のとこの夜の巡察行ってくれ。ここはもう監察と交代だ」
「マジで!? 久しぶりだよ、巡察! やったぁ!!」
「やったぁじゃねえ! 危険だから人数増やすんだ、遊びじゃねぇんだぞ!!」
「わーかってますって! 烝さーん、こーたいーっ!!」
「おいこら、矢代! 山崎じゃねえ、島田を呼べ!!」
途端キラキラした笑顔のまま、その場を放り出して駆け出す彼。土方さんの制止の声など聞こえているのか、いないのか。
じ、自由な人…
嵐のようなその光景に唖然とした千鶴だったが、場に残っていた目の前の人が溜息をついた後に出した声には、更に驚きに目を見開く。
「ハァ…ったく、あいつは仕方ねぇなぁ…」
それは怒るというよりも、どこか幼子を見守るような温かな声音で。前髪をかき上げながら戸口を見る表情は苦い笑みが溢れていて。
私の今まで見た、眉間に深い皺を寄せる表情や、弥月さんに「鬼」と呼ばれるような人からは想像もつかない表情であった。
弥月さん…本当に不思議な人…
一昨日初めて会った人なのに、彼に触られて恥ずかしかったけれど、不思議と嫌だとは思わなかった。
私、いつからこんなに節操が無くなったのかな…
「おい、お前」
「わっ、はい!」
姿の見えなくなった彼を想い返していたところに、思いがけず声をかけられて、驚いて肩を震わせる。そして声を発した土方さんの方を恐る恐る見上げると、彼の眉間には、再び怒りとも侮蔑ともとれぬ皺が刻まれていた。
「誰かに妙なことされたら、我慢せずに言え」
「え…?」
「…てめぇのせいで隊内の風紀が乱れるなんざ、たまったもんじゃねぇ」
それだけ言うと、彼は去ってしまった。
土方さんのすぐに逸らされた視線は乾いたものだったけれど、落とした言葉は決して厳しいものではなかった。
彼らが出て行った後の、隙間の空いた障子から見える空はとても澄んでいた。
弥月さんの明るい笑顔を思い出せば、温かい気持ちになって、私も自然と笑みが零れる。
そして、フウッと息を吐きだした後に、大きく息を吸いこんで、さらに吐きだせば。ここへ来て、初めてキチンと息ができた気がした。
昨日も一昨日も夜中にずっと泣いていたというのに、まだ私はこの目から水を出せるらしい。弥月さんの横でひとしきり泣いて、これでもかってくらいに泣いて、「もう大丈夫です」って言いながらもう2回くらい泣いて。
ときどき懐紙をくれながら、ずっと弥月さんは横にいてくれた。困った顔なんてせずに、泣き止めない私を笑わずに、「大丈夫」って言いながら肩を抱いてくれた。
千鶴は涙は乾いたものの、恥ずかしさに顔を上げられずにいた。
どうしよう、きっと目が赤いよ……それに、なんてお礼を言ったらいいのか…
ぐずぐずと鼻を啜っていたのを噛んでゴミを棄てると。彼の手が自分の肩から離れたのに気付いた。
「……――っ!?」
弥月さんはその手で、私の膝にある空いていた方の手を包み込むように握った。
「…涙、止まった?」
真横に座っているから、下から窺うように少しだけ顔を覗き込んで、彼は私と目を合わせた。手を握られたことに動揺したし、顔を見られるのは恥ずかしかったけれど、弥月さんが心配そうな顔をしているから、大丈夫と微笑んでみせる。
「…はい。ありがとうございます」
「…そっか、よかった」
弥月さんはホッとした表情で、今度は頭を撫でてくれた。
弥月さんとはそんなに歳は変わらなさそうなのに、彼はすごく大人に見えて、包み込むような優しさに安心感があった。
だけど…
感情の波が落ち着いて冷静になったら、別のことで緊張して、心臓が速く脈を打ち始めてしまった。
弥月が腰を下ろした位置により、二人はぴったりと肩を寄せ合うことになっていて。再び抱かれた肩から、全身が熱くなるのを感じる。
だって、この手、振り払うわけにもいかないし…!
距離をとれば良いのだろうけれど、どう離れればよいか分からず。かといって真横に顔があるので、顔どうしの距離をとろうと思えば、必然的に俯きがちになるしかなくて。
そうすると、また私が泣きだしたと思ったのか、彼は「大丈夫、一緒に頑張ろうね」って言って、泣き止むのを待ってくれるばかりになってしまい。
「弥月さん…」
「ん、どうした?」
その優しく甘やかすような声は、ほぼほぼ耳元で聞こえていた。
―――顔が…っ、近いです…!
「あの……近い…です、ので……」
「へ…?」
千鶴は恥ずかしさに顔が沸騰しそうになって、ずりずりと少しずつ距離を取る。
そして、弥月は彼女から三寸程離れられた後、空になった自分の手をグーパーしながら困ったように笑った。
「あー…ごめん嫌だったか。てか、親しくない男に触られるとか普通嫌だよね。ごめん」
「! いいえ!そうじゃなくて…!
嫌じゃないですけど、すみません! 私、男の子とあんまり遊んだこととかなくて! ごめんなさい、近いとどうしたら良いか…!?」
千鶴は耳まで真っ赤で、それこそ困った表情でワタワタと「嫌じゃないんですけど!」と繰り返し弁解する。
ポカンとした表情の弥月さん。なぜか視線を上から下へ動かして真顔になり、それから箍が外れたように破顔する。
「あっはっはっ! 千鶴ちゃん、可愛い!」
「………――っきゃあぁぁっ!?」
おとっ、男の子にだっ、抱きつかっ、れっ!!?
一瞬、何が起きてるか理解しかねた千鶴だったが。抱擁されていることに驚嘆し、目を白黒させて手足をバタバタさせ始めた時、スパンッと音を立てて勢いよく襖が開く。
「矢代、無駄に怯えさすな」
「うわ、鬼が来たよ」
「なんだと?」と言う土方を無視して、弥月は千鶴に向き直る。
「あはは!ごめんね、あんまり千鶴ちゃんが可愛いから思わず」
「い、いえ…あの…びっくりしただけなので…」
「――ったく、思わずじゃねぇよ、この色好きが…」
「やっばい、屯所一番のイケメンに褒められた」
「褒めてねえ!!おい、照れてんじゃねぇよ! てめぇ、意味不明な言動は自重しろとあれほど言っただろうが!」
「だって超かわいいんですよ。こんな純粋な子、天然記念物ですよ。それをここで私以外の誰が保護してくれるってんですか。
だから私は新選組の生きものがかりとして、彼女を大切に育てます。自分の女を育てるなんてなんて素敵なギャルゲー」
「…だからそれが意味不明だって言ってんだうが…」
頭が痛いと言いたいのだろう、土方さんは顔を覆うように片手で頭を抱えた。
そうして彼で遊んでいるのだろう、悪戯っ子のようにニヤニヤと楽しそうにして、陽気に私へ目で合図を送って来る弥月さん。
そのやり取りがなんだか可笑しくて、私はクスリと笑ってしまった。
弥月はそれに満足したように頷いてから、クルンと回りながら立ち上がる。
「ところで土方さん、何か用ですか?」
「用が無きゃ来るわけねぇだろ。急だが、平助のとこの夜の巡察行ってくれ。ここはもう監察と交代だ」
「マジで!? 久しぶりだよ、巡察! やったぁ!!」
「やったぁじゃねえ! 危険だから人数増やすんだ、遊びじゃねぇんだぞ!!」
「わーかってますって! 烝さーん、こーたいーっ!!」
「おいこら、矢代! 山崎じゃねえ、島田を呼べ!!」
途端キラキラした笑顔のまま、その場を放り出して駆け出す彼。土方さんの制止の声など聞こえているのか、いないのか。
じ、自由な人…
嵐のようなその光景に唖然とした千鶴だったが、場に残っていた目の前の人が溜息をついた後に出した声には、更に驚きに目を見開く。
「ハァ…ったく、あいつは仕方ねぇなぁ…」
それは怒るというよりも、どこか幼子を見守るような温かな声音で。前髪をかき上げながら戸口を見る表情は苦い笑みが溢れていて。
私の今まで見た、眉間に深い皺を寄せる表情や、弥月さんに「鬼」と呼ばれるような人からは想像もつかない表情であった。
弥月さん…本当に不思議な人…
一昨日初めて会った人なのに、彼に触られて恥ずかしかったけれど、不思議と嫌だとは思わなかった。
私、いつからこんなに節操が無くなったのかな…
「おい、お前」
「わっ、はい!」
姿の見えなくなった彼を想い返していたところに、思いがけず声をかけられて、驚いて肩を震わせる。そして声を発した土方さんの方を恐る恐る見上げると、彼の眉間には、再び怒りとも侮蔑ともとれぬ皺が刻まれていた。
「誰かに妙なことされたら、我慢せずに言え」
「え…?」
「…てめぇのせいで隊内の風紀が乱れるなんざ、たまったもんじゃねぇ」
それだけ言うと、彼は去ってしまった。
土方さんのすぐに逸らされた視線は乾いたものだったけれど、落とした言葉は決して厳しいものではなかった。
彼らが出て行った後の、隙間の空いた障子から見える空はとても澄んでいた。
弥月さんの明るい笑顔を思い出せば、温かい気持ちになって、私も自然と笑みが零れる。
そして、フウッと息を吐きだした後に、大きく息を吸いこんで、さらに吐きだせば。ここへ来て、初めてキチンと息ができた気がした。