姓は「矢代」で固定
第六話 新たな出会い
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弥月side
沖田さんが去るのを横目に映して、どうにもモヤモヤしたものを抱えるが。今はこちらが優先だと、弥月は彼の人がいる部屋の障子へ視線を戻した。
「あのー、今入って大丈夫ですかね?」
そう声をかけると、中から了承の返事があった。スッと開けると、思った通り緊張した面持ちで怖々とこちらを見上げた、雪村千鶴。
私の顔を見て少し目を瞠ったのは、やはりこの形(なり)のせいだろう。経験上、3日も経てば慣れてくれるはず。
「こんばんは、雪村さん」
「こっ、こんばんは…」
「改めまして、主に昼間の見張りを担当します、矢代弥月です。よろしくお願いします」
「いえっ、あの、こちらこそよろしくお願いします…」
戸惑いながらもペコリと頭を下げる彼女に、本当によろしくお願いされて良いのか、疑問に思わないでもないが……単に素直な性格なのだろう。もしかしたら天然なのかもしれない。
「えっと…とりあえず、挨拶ついでに二、三聞きたいことがあるんですけど…座っても良いですか?」
「あっ、はい…」
お互いがお互いの顔色を見ながら、声を発する。
弥月は部屋に入る時は緊張などしていなかったのだが、ガチガチに緊張している千鶴に吊られて、自身の笑顔が少しばかり強張るのを感じる。
「えっと、すみませんね……こんな不便って言うか、不快って言うか、人権もへったくれもない生活強いることになって。
ずっと見張りがいるって言っても、逃げるとか変な事しないなら、部屋の中までずっと見てるわけじゃないから、気楽にしてて良いので」
「はい…」
彼女の暗い声に、そんなこと言われても無理だと、辛いと思っているのが伝わってくる。
ほとんど同じ境遇でも、こうしてまだ生きて、徐々に自由を獲得してきている前例がいるのだと教えてあげたかったが。
それよりも先に、ハッキリとさせておかなければいけない事があった。
「えっと…私、あまり雪村さんが捕まった経緯を聞いて無くて……どうしてあんな時間に町を歩いてたんですか?」
「それは…落としものを探してて…」
予想していてさえ、ドキリと心臓が鳴った。
自分の懐にある物がどうしようもなく気になるのに、何も知らないふりをして「落し物?」と問い返す私は、すごく卑怯な人間だと思う。
「父様からの手紙を…私、京にいるはずの父様を探しに来たんですけど……一番最後に届いた手紙を失くしてしまって……江戸から持ってきたのは、それだけだったんです。
気付いた時には手元になくって、もうとっくに風に飛ばされてしまったかもしれないとは思ったんですけど…もしかしたら歩いて来た道に落ちてるかもって思ったら、探しに出ずにはいられなくて……夜道が危険なのは分かってたんですけど...」
彼女が今にも泣きだしそうな顔で、そう尻すぼみに話すのを、私は冷静に見ていられなかった。
私の胸元にある彼女の探し物。これを渡したら彼女の不安が軽くなることを知りながら、どうしても言い出せなかった。
仮に、彼女に私が女性だとバレることで、“新選組の矢代弥月”の立場が危うくなったとして……それで彼女の疑いが無くなるならば、それは仕方のないことだ。不注意な私の自業自得だ。
けれど、これが彼女の手元に戻ったところで、昨晩『何か』を見てしまったらしい彼女の監禁が、解除されはしないだろうことは明白で…
彼女の不安と、私の立場を天秤にかけた。
ごめんなさいと思いながら、それを言えずに、自分に向けて皮肉った笑み溢す。
「で、その危険な夜道で、あれを見てしまったと……実際のところ、どこまで理解したんですか?」
「…私、何も見ていません」
「大丈夫ですよ、しらばっくれなくて。残念だけど、監禁の事実はもう変わりませんし。
それなりにアレを見たから、こうして捕えられなきゃいけなかったんですよね」
「…捕まっている理由は絶対に誰にも言わないと、約束しているので…」
きゅっと引き結んだ彼女の唇は、これ以上弥月と話すことを拒否しているようだった。
「...そう......訊いてごめんなさい」
弥月はこっそりと安堵の息を溢してから、ひとつ頷いて立ち上がる。
私が個人的に欲しい情報を得られはしなかったが、見張りとしては安泰だった。
土方さんからも一切教えてもらえなかった、彼女が捕らえられた理由。ここで私にそれを言うようならば、監察方として報告しなければならなかったが......ひとまず彼女の口の堅さは問題ないだろう。
...ホントに...いったい誰の味方のつもりで...
「――あのっ!」
障子に再び手をかけようとしたところで、背中にぶつかってきた大きな声に、少なからず驚いて振り返る。落ち込んでいた彼女の声は、ずっと蚊が鳴くほどに小さいものだった。
けれど、今の雪村千鶴は意思のある眼をしていて、確信と期待を含んだ声を発する。
「あの…っ、最初に声だけで『逃げたら駄目だ』って言って下さったのも、真っ黒な着物とほっかむりを着てて、『弁明しても大丈夫だから』って助けようとして下さったのも、矢代さんですよね!?」
なぜか私は「そうだ」とすぐに答えられなかった。
返事に迷って、僅かの間口ごもる。
「あ……えっと、話し方が全然違うので、違う人なのかなとも思ったんですけど…」
返事のない私に自信がなくなったのか、再び段々と小さくなる声。
確かに、最初はななしとの違いを意識して彼女と関わろうとした結果の話し方だったのだが...
「ん……まあね。ごめんね、役に立てなくて…」
きっと当面の間、私が彼女の話し相手の大半を務めることになるだろう。けれど自分の負い目が大き過ぎて、正直なところ彼女にどう接すればよいのか分からなかった。
そうして気まずげに視線を逸らせて、弥月はそのまま逃げるように去ろうとした。
けれど、まるで喰らいつくように、千鶴は強い声を発して弥月を引き留める。
「いいえ! 本当に、本当に勇気が出ました。嬉しかったんです、誰か助けようとしてくれる人がいるんだと思って!
新選組に捕まってしまったんだと分かった時、この人達は信用しちゃダメだと思って、人としての情があるなんて考えてもみなくて……ただ『殺されたくない』、『逃げなきゃ』と思うことしかできなかったんです。
もしあの時、この部屋から逃げ出していたら……もし私があそこにいた理由…..京に来た理由を話して、みなさんに私の事を分かってもらおうと思わなかったら、きっと私はもう生きていませんでした。
だから、矢代さん。本当にありがとうございます…!」
深々と、彼女は両の手をついて頭を下げた。
「そんな…っ、お礼なんて言わないで……私、何もしてないから…!」
私が手紙を持って帰ったから..!
彼女を害しているのは自分もなのだと...彼女に感謝されて、どうしようもなく居たたまれなさを感じた。
けれどフッと頭を上げた千鶴は、弥月を真っ直ぐに見て、わずかに目元を緩めた。
「…いえ、見張りが矢代さんだと聞いて、少しだけ気が楽になったんです。だから、それだけで…」
そう言ってもう一度、彼女は感謝の言葉を述べる。
弥月は平伏した千鶴に、こんな状況でさえ真摯な態度の彼女に、ただ心を打たれた。
彼女は間違いなく、逆境を跳ね返す力をもった強い心の持ち主だと。
自分の事で手一杯な、私。彼女と自分を天秤にかけて、自分を選んだ。
それでも彼女のことを助けたいと思ったのは本当で......偽善のような気持ちで、綺麗ごとで終わらせたくは無かった。
同じ境遇に陥った彼女の力に、少しでもなりたい
彼らにどう接してもらえたから、私は安心できたのか……ここまで挫けずに歩いて来れたのか...
「…私、本当は肩っ苦しいの苦手なんだ」
一番最初に私の名前を親しげに呼んで、人懐こい表情で笑った、平助。
彼はずっと…私が監視対象であってさえ......同じ高さでものを考えようとしてくれた。裏表なんてなくて、ただ純粋に私の話を聞いてくれた。ここでなりに、私らしく居て良いのだと思えた。
それは間違いなく、私の心の支えのひとつ。
「そんなに年も変わらないし、弥月って呼んでよ。だからさ、私も『千鶴ちゃん』って呼んでいい?」
気負わなくて良いのだと、伝えたかった。
あの時の、まるで夢の中にいるような、まだ人の生死を見ていない軽い気持ちで過ごしていた日の私。あの時の私の言葉で言うなら、「住めば都」だ。
「…はいっ! 弥月さん!」
千鶴がニコリと微笑む。
弥月が隠している事実を知らない、彼女の嬉しそうな顔。それに弥月は胸を痛めながらも、堅い蕾が綻んだような彼女の笑顔に釣られてくしゃりと笑った。
「…? あの、弥月さんって、お姉さんか妹さんはいますか?」
「いないけど…?」
あまりに突拍子もない質問に、私が首を傾げてみせると。それを訝しんだと思ったのか、千鶴ちゃんは慌てて話を続ける。
「あ、えと、他意はないんですけど、昨日、弥月によく似た女性に好くしてもらったので……空似だったみたいですね」
「…そうみたいだね」
ギギギと音がしそうなぐらい、ぎこちない動作で顔を逸らしてしまった。純粋な子に嘘をつくことほど、後ろ暗いことは無いと思う。
キュルルル…
「――っ!」
……
その時、控えめに鳴ったのは間違いなく彼女の腹の虫で。
お腹を庇うようにして俯き、耳まで真っ赤になる千鶴に、弥月は笑ってはいけないと思いながらも。小さな笑いが漏れてしまいそうになる。
「そういえば私、朝も昼も食べてなくて、お腹空いてるんだ。たぶんもうすぐ夕餉だから、ちょっと勝手場見て来るよ」
「いえっ、あのっ…」
「まだできて無かったら、金平糖とお茶でちょっと誤魔化そうよ。
あ、そうか。ご飯さ、ここで一緒に食べても良い? 監察方みんな出払ってるから、一緒に食べる人探さなきゃいけなかったんだよねー」
ニイッと笑って見せる。
これから一緒にいる千鶴が少しでも笑顔になれるようにと、そのために自分も笑顔を絶やさずにいようと、弥月は心のうちに決めた。