姓は「矢代」で固定
第六話 新たな出会い
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斎藤side
「はじめ君、彼と喧嘩でもしたの?」
捕えた少女を部屋に戻した後。
横に立つ総司に問われて、その意味が分からずに、斎藤は「何のことだ」と逆に問い返した。
総司は肩を竦めるようにして、「自覚ないの?」とでも言いたげに、呆れたように俺を見る。
「弥月君に対してだけ、ピリピリした緊張感が五割増し。因みに、あの綱道さんの娘と関わるときは、三割増しだけどね」
「…」
態度に出ていたらしいことを不甲斐なく思って、俺は小さな溜息を溢した。
「…己の不甲斐なさを腹立たしく思っているだけだ」
「…どういうこと? あの綱道さんの娘の事じゃないの?」
「そうだ、俺たちはまた同じ失態を犯したのだ。要らぬ目撃者を増やした」
「あぁ、その事ね。はじめ君もそう思うなら、やっぱりすぐに殺しちゃえば良かったのに……というよりも、今すぐに二人とも斬っちゃえば良くない?」
「……」
「分かってるって、冗談だから。怖いなぁ、睨まないでよ」
「何度も言うようだが、冗談に聞こえる冗談を言え」
彼らが『羅刹を見た』ことが問題なのだが、本来、巻き込まれただけの人物を殺すのは、自分たちの本意ではない。
それを総司も分かっているはずで……ただ、口癖のようになっているのだろうと察する。
けれど、その件から何だかんだと問題が長引いているらしい、総司と矢代のあまり良いとは言えない関係。
数日前の野試合で、一区切りが着いたのか、着いていないのか……左之らに聞いても誰も知らぬところだった。
だが、総司の矢代の呼び方が、「あいつ」だの「アレ」だのから、時々「弥月君」へ変わる事を鑑みるに、心境の変化は大きくあったのだろう。
手間のかかるやつだ…
人一倍ひねくれ者な総司と、柔軟なように見えて頑固者な矢代。落とし所をそろそろ見つけてほしいところだと、斎藤のみならず、隊士全員が思っていた。
矢代がここを交代するまでは、連れてきた俺が雪村の見張りを担うべきだろうと、その場で俺が正座する。すると、まだ話足りない事があるのか、総司も壁に背を預けて留まった。
そして、室内の雪村に聞こえないように、空気に乗せる程度の小声で話し出す。
「あの研究、新見さんがいなくなってから、殆ど進んでないんじゃなかったっけ? 討ち入りで何人か捕まえたついでに使ってみたのかな」
前回は羅刹の力が俺たちの想像以上で、彼らは牢を壊して脱走した。
今回は改良された変若水のおかげで、常時は人間らしい会話が可能だったために油断していた。常の彼らは虚ろな目をした人間だったが、喉の渇きを訴えた時点で、やはりただの血に飢えた化け物になった。
「…総司は、あれの精製方法を知っているか?」
「知らないけど…」
沖田は興味がないから気にしたことはなかった。けれど、暗に「知らないことが罪」とでも言うような斎藤の言い様に、先を促す。
「ほとんどの者が口にした直後、或はその数刻の内に死ぬ。
だが、死ななかった者…つまり、薬に耐えた者の血を使って新しいものを精製するのだそうだ」
「う゛ぇ…じゃあ、あれ、人の血なわけ…」
「そんなとこだろうとは思ってたけど」と言いながら、総司はそれを飲むところを想像して、身震いして両腕をさする。
「理由は不明だが……楠から精製したものが、格段に次の適合率が高かったそうだ」
「…あぁ、そういえば飲んだね、あの人」
「…『飲まされた』と言った方が適しているが、な」
落ちる沈黙。
二人は元仲間が変わりゆく姿を見たわけではなかったが、容易く想像することは出来るほどに、変若水で堕ちた人間を幾度も目の当たりにしてきた。
「それで? 楠さんの犠牲のおかげで研究が進んだって話?」
「それもあるが……最近は今までと研究の方法が変わりつつあるようだ。浪士を捕まえたからといって飲ませるわけではなく、人間が適合する可能性の高い変化ができた時にだけ、使っているらしい」
「へえ。でも、それあんまり変わりなくない? どっちにしろ、適合したらいいな~って飲ませるわけでしょ」
「いや、適合率は確実に上昇しつつある。失敗したか、そうでないか、判別し難い者を生かしておく必要もないくらいに、血に飢えるまでは“まとも”な羅刹を作れるようになったそうだ」
「…勿体ぶってないで、端的に教えてくれる?」
その方法や理由を聞いているというのに、遠回しに話すことを躊躇っている斎藤に、沖田が焦れて言うと。
「…今までは捕まえた浪士らに、より“まとも”な適合者が存在するのではないかと、改良などできていないものを飲ませてきた。だから、とても効率が悪いうえに、危険性が高かった…
…だが、今はまず“動物実験”という方法で改良できたものだけ、順に人間に飲ませている」
「動物…?」
斎藤は重く一つ頷いた。
羅刹から採取した血をネズミなどに使用してから、今までと違う効果が期待できものだけ人間に試す。そして適合した羅刹から、また血を採取する。それをまたネズミなどに試す。それを繰り返して、より適合率が高いものを精製していく。
そうして犠牲として屍の山を築くのは、多数の小動物と、少数の人間。
「…なに…その、外道な方法…」
誰が思いついたのか。
確かに羅刹をつくるためには、今までより格段に効率が良い方法かとも思われるが。想像すると胃がむかつくような……生き物として最低なやり方。
「その動物の確保に、今は四苦八苦しているわけだが…」
「はじめ君」
「…あぁ」
気配を消してはいなかったが、一時期に比べれば極端に足音が小さくなった矢代弥月。その気配に二人が気づいたのは、ほぼ同時だった。
「さーせん、お話し中。お邪魔しちゃいましたか」
ふらりと現れた矢代は、一旦、俺と総司に交互に視線をやってから、再び斎藤に顔を向ける。
「構わん。交代できそうか」
「はい。『バッチリ監視24時、ただし厠と風呂以外』との指示を受けました。なので、とりあえず彼女に挨拶してきますね」
そうして障子に手をかけた矢代に声をかけることなく、踵を返した総司。そして首を巡らてチラリと視線をやっただけの矢代。
それを見た斎藤は「やはりどちらも手のかかる奴だ」と思うのだった。