姓は「矢代」で固定
第六話 新たな出会い
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文久三年十二月十七日
『昨晩、眠れたか、眠れなかったか』と問われるならば、よく眠れた。
勿論、雪村千鶴ちゃんが失くした手紙を探しに出かけてないかとか、山南さんに『もしもの時に、身の危険には気を付けて』とか言われたことが気にはなっていたが、昼間歩き回って疲れていたのだから仕方ないだろう。
それで今、寅半刻くらいか、辺りが白んできた頃。
「平助と左之さん寝坊だろうなー…私一人で何作ればいいかなー…」
今日は平助達と朝飯の支度当番なのだが、おそらく彼らも昨夜は緊急事態に奔走していただろう。『起きてこない』に一文賭ける。
弥月はその前に素振りをするつもりで、欠伸をしながらいつものように胴着袴に着替えて、木刀を片手に裏口へ向かった。
「おぉ、うっすら積もった!」
昨晩、「冷えるなぁ」と思っていたら、雪がハラハラと降っていて。今はもう止んでいるが、地面や軒の上に薄らとその跡が残っていた。
その白くて冷たいふわふわしたものに触れて、少しだけを掌に掴む。丸めて遊ぶには、ちょっと積もり足りない。
それに残念な気持ちになりながら、弥月は雪駄を履いて庭を歩く。
屯所の景色が違って見えるから不思議なもので。
シンと冷える空気に寒さもあったが、楽しさと居心地の良さを感じて、庭の真ん中で立ち止まった。
姿勢を正して、身体から余計な力を抜く。意識は自分と刀に向いた。
まずは精神統一。呼吸を整え、丹田に力を落とす。するといつの間にか音が隔絶され、意識は自分の内に向き、世界と遮断される感覚が…
…ー…ー…
「…ん?」
微かに聞こえた声のような、音のようなもの。
屯所内には人がたくさんいるし、今も高いびきが聞こえてくるくらいなのだから、特に気にする必要もないのだが。今日の私にはそれが妙に耳についた。
…ー…ー…
「誰か唸ってる? 寝言かな」
弥月はそう言って自分を納得させようとするが、止まないその微かな音に集中を掻き乱されて、気になって仕方ない。
めんどくさいな、と思って眉間に皺を寄せる。
「――ったく、誰のスヌーズ設定だよ。一向に落ち着いて黙想できやしない。末兄だったら蹴り飛ばしてるわ」
ここにいない人のことを考え悪態を吐きつつ、音の発生源を探しに足を進めた。
…―…――…
歩を進めるごとに少しずつ近づく音は、やはりどうやら人の声のようだ。けれど、やたらとくぐもっていて、全く何を言っているか分からない。
「…なんか、嫌な予感」
右へ左へと首を巡らせて歩いてから、とある縁側の前でピタリと足を止める。件の声は間違いなく目の前の部屋から出ていて。
弥月はうへぇと顔を歪ませて、激しく後悔した。
…あぁ、最悪だわ。探さなけりゃ良かった…
だってここは誰も使ってない部屋のはず。そこからこんな時間にくぐもった声がするとしたら、ナニかしているか…
「―――」
ここまで来ればハッキリと分かる、文字で表現するとしたら「むー」とか「うー」と聞こえる声。
「はあぁ……なんでここで引き返せないかな、私ってば…」
当たらないはずの第六勘が、自信満々に『ここは危険だ』と言っていた。いや、勘だけではなく経験則も含んでいるのだが。
だが、危機感より好奇心が勝ってしまったが最後、弥月は部屋の中を確認せず見なかったフリをするなど不可能だと自覚していた。
周りに人がいないことを確認して、雪駄を脱ぎ、縁側に上がる。そして音もなく障子を僅かに開いた。
――あぁ、デジャビュ…
覗いた先では部屋の真ん中に人が、こちらに背を向けて寝転がっていた。手も足も縄で縛られている。角度的に顔は見えないが、後頭部に二個の布の結び目があるところを見ると、恐らく口と目を布で覆われているのだろう。
だからさ……これ、立派な誘拐だってば…
だが、ここが市中の警察的な存在であるから、誰も取り締まりようがない。しかも恐らく昨晩、幹部が騒がしかったのはこの子が原因だと見て間違いない。
いったいこの人何をしたから捕まって…っていうか、私の時はそのまま転がしてたくせに……なにこの布団と枕って。なんでこんなビミョーに好待遇なのさ。差別反対…
「…ん?」
ちょっと待って、この胴着袴の色合わせ…
バクンと心臓が大きく一つ鳴った後に、サーッと全身の血の気が退くのが分かった。ぐるぐると頭の中で「まじで?」という言葉が乱立し、確信してゴクリと息を飲んだ。
雪村千鶴、ちゃん…
脚が震えそうになった。
何がどうしてこうなったのか、考えたところで分かるはずもないのだが、「どうして」と思った思考がそこから目を逸らすことを拒否した。
手紙の存在が脳裏をチラついて、自分は何か重大な失態を侵したのではないかと、恐怖さえ感じた。
けれど、今ここで覗いている状態で固まっていても良いはずがないと気付けば、私は何をするべきだろうかと、自分自身に問いかける。
助けたいけど…助けるって……今…今って、縄を解いて逃がすってこと…?
え、そもそも何で……私が手紙拾ったのと関係あるの? どこで捕まって……宿、外? あの時間に探しに出かけてた?
…そうじゃなくて、逃がす? 逃がさない?
弥月はしばらくその体勢のまま、障子に顔を挟まんで思案していたのだが。中指でトントンとこめかみを叩く動作をしてから、目を瞑ったまま、開けた障子を閉める。その枠に額を擦り付けて、はぁっとため息をついた。
「…ごめん、助けてあげたいのは山々だけど、何の罪でここにいるのか分かんないし……やっぱり、私も命が惜しい」
「なんだ、残念」
「賢明な判断だ」
「!!」
ビクッとして振り替えると、背後には沖田さんと斎藤さんがいた。
全く気配がなかった…
「あんたは間者の疑いがあるのを忘れた訳では無いのだろう。立場を危うくしたくないのであれば、余計な場所に近付くな」
「すいません…」
斎藤の冷えた声に、小声で謝罪を述べる。そしてチラリと視線を障子にやってから、縮こまってそこを退いた。
***