姓は「矢代」で固定
第六話 新たな出会い
混沌夢主用・名前のみ変更可能
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***
山崎Side
弥月君には申し訳ないが、彼女の単独での外出は、まだ完全に許されたわけではなかった。ひとまず俺が、彼女の監視を担うことになっている。
これは前回の任務中、自由な時間はあったにも関わらず、不審な動きがなかったことを鑑みた試用期間といったところだ。
しばらくは「許可制」という……誰かがこっそり見張っていられるかどうかが考慮される、条件つきの外出許可である。
…局長に引けを取らず、副長も総長も、厳しくはあるが優しい方々だからな
寛大な局長のように見えやすくはないが、土方副長や山南総長のの厳しさの裏にある配慮と優しさは、一度気付いてしまえば、人を惹きつけて止まない。そして、他人へ以上に自分に厳しい方々だからこそ、その人望は揺るがない。
彼女も、それに捕われたうちの一人なのかもな…
明らかにいつもより軽い足取りで廊下を歩く弥月の背に、「よかったな」と心の内で声をかけて、少し離れたところから、穏やかな表情で見守る山崎だったが。
「だーれにもっ内緒で・おでかけなのよ、どーこにっ行こうかな♪」
どこへ行くつもりだろうか…
湯屋の件があるから、気が気でないのも確かで。
「ドーレミ、ファソラシド・ドシラソファミレ」
!!? 呪文!? なんの呪文だ!?
弥月君は意味の分からない言葉を繰り返し続けて、元気に門番に「行ってきまーす」と挨拶し、屯所から大手をふって出ていった。
…
……
「……どぅえみはそらしど?」
未だに彼女の口から紡がれ続けるそれを、彼女には聞こえないように、真似て口にしてみる。
何度も同じ調子で唱えられるそれは、独特の音程があり、端唄(はうた)のようにも聞こえる。しかし、明るいのは雰囲気ばかりで、やはり怪しげな呪文にしか聞こえなかった。
どういう意味なのだろうか…
高まる山崎の不安を他所に、弥月はサクサクと歩いて指定された墨屋に辿り着く。
「おはようございまーす」
「よう、おこしやす……ああ、あんたはんどすか」
ここの墨屋は質の良いものを安く売っているため、以前から副長達は重宝しているのだが。店主が気難しい…というよりも、東言葉をあからさまに白い眼で見ることは、遣いを頼まれたことのあるものは誰でも知っている。
「すんまへんけど、いつものはこの前買占めはったから、まだ新しゅう入って来とりまへんえ」
「ああ、それは構へんのですよ。今日はちゃうん買いにきてて。予算こんくらいで、二三本買えるんあらへん?」
「…なんや、今日は羽振りがエエどすなぁ」
「うちが使うもんやないさかい。お駄賃残すためにマケとってくれると嬉しいわぁ」
屯所内では評判のよくない店主だったが、髪に塗る墨をここで山崎と共に大量買いした時に、すでに店主と顔見知りとなっていた弥月は、笑いながらそんな会話をする。
そうして彼女は難なく買い物を済ませた。
「おおきに」
「はばかりさんどす」
金髪の浪士が何者か知らないはずはなく。新選組であることは気にしていないのか、上方言葉を使えれば他はどうでも良いのか…店主は上物の墨におまけまで付けて、彼女にそれを売った。
…どこにも寄らないのか?
そのまま真っ直ぐ来た道を戻ろうとする彼女。
寄ったら寄ったで色々心配なのだが、こうもアッサリ帰るとは心底意外である。彼女の性格上、それだけはあり得ないと思っていた。
「あ、そか。あれも行っとこ」
けれど、やはりそうなるらしい。屯所の方向へ歩いていた足を突然ピタリと止めた。くるんと回って、今来た道を戻ろうとするので、山崎は慌てて物陰に隠れる。
これからが本領発揮ということか
途中、酒屋に寄った彼女は、小さめの徳利二提げと、大きめのものを一提げ手にして、先ほどよりも更にニコニコと楽しそうにしていた。
「準備万端レッツゴー!」
弥月は鼻歌交じりに、足を踏み出す。
トトンットトンッ
!? な、なんだその動きは…?
弥月君は歩いていた……もとい、童が歩くように跳ねた歩いた。その歩調は独特で、まるで馬の駆け足のようである。『不審な動きがないか』見張る方としては、間違いなく不審なのだが……だからどうって訳でもないから困りものだ。
藍の手拭いの下から覗く、彼女の結った一束の金糸がプラプラと揺れる様は、ご機嫌な馬の尻尾のようである。
…いや、大丈夫。これくらいの不審さなら、彼女は至って普通だ。彼女の普通
自分にとっての普通が、他人にとってはそうでも無い事など往々にして起こりえるのだと、山崎は自分を納得させる。「いつも他人の予想の斜め上をいく彼女ならば猶の事」と。
「こんにちはー!」
巡察で通るギリギリの街の外れまで来て、弥月君が声をかけたのは、何の変鉄もない民家。
…なぜ、手ぬぐいを外した?
「なんや、用…」
「初めまして、うちは矢代弥月って言います」
言葉の途中で絶句した男に、弥月がペコリと頭を下げると、後ろで縛った金髪がピョコンと前へ垂れた。男は驚いた顔のまま、慌てて「お、おおあはじめまして」と軽く会釈をする。
そして弥月君は不自然なほどに満面の笑顔で、じっと相手と目を合わせたまま間をおいた後、軽く首を傾げた。
「お訊ねしたいことがあるんやけど、横の牛舎にいてはる牛さんは、おじさんのですか?」
「そ、そうや…が?」
「お乳は出はる?」
「は?」
「は?」
山崎も思わず男と同じことを言ってしまい、慌てて口をつぐむ。
牛の乳、だと…?
「…うちのは雄牛やさかい、そりゃあ無茶やわ、お武家はん」
「あ、そか。雌じゃなきゃあかんかった」
弥月がお道化たように舌を出して「失敗失敗」と笑うと、農夫も彼の目的が自分の過失などではないと分かって少し安心したのか、「あと…」と続ける。
「それに、乳が出るんは子ども生んでから十月程度ですわ」
「えぇっ!? ……ってあぁ、でもまあ、そりゃそうか。なんか何時でも出るイメージがあったから…」
考えてみれば当たり前の指摘を受けて、がっくりと項垂れた弥月を見て、農夫はいったいこの珍妙な客は何に乳を使うつもりなのかと尋ねようとしたのだが。家の中から聞こえてきた声に遮られる。
「あんたー、誰やったん?」
中から出てきた男の女房らしき女性。女将は男と向かい合った矢代君を見止めて、パチパチと眼をしばたたかせはしたものの、「あらまあ…」と言いながら前掛けで濡れた手を拭いていて。珍客に対して旦那ほどには驚いた風ではなかった。
「おやまぁ…これが噂をすれば言うもんかしら」
「えっと、どこかでお会いしましたか?」
「いやぁ……ははっ、話には聞いてたけど、ほんまにおるんやねぇ。あんたやろ? 新選組の南蛮人って」
旦那は「新せっ!?」と裏返った声をあげたが、女将は弥月を上から下までマジマジと眺めていて、旦那が袖を引くのを全く意に介していない。
「うちの好みじゃあないけど、確かにええ男やわ」
「アハハー、ありがとうございますー」
……。どういう気持ちなんだろうな…
山崎は「見ているこっちが何とも言えない気持ちだ」と思い、改めて弥月が男と思われている日々を思い出す。本人も全くもって不快という訳ではないようだが……やっぱり不憫にも思えた。
「子牛産まれそうな雌牛なら、佛現寺の裏の甚太ん所におるはずやから、そっち行ってみたらええ思うわ。トキちゃんならあんたのこと知っとるから、旦那より早よ話つくと思うえ」
「ほんまどすか!? えらいおおきに! あ、これ良かったらどうぞー」
肩に下げていた小さ目の徳利をひとつ渡して、弥月はその民家を後にした。
それからも、その牝牛がいるという甚太の所へやら、羊羹がウリの和菓子屋やら、すき焼き屋やらに、午前中は連れ回された。その歩く速さたるや見上げたもので、やはりただの女子と思うなかれと感心するほどだった。
そして昼を過ぎてからも、屋台の田楽を口に咥えた彼女が足を向けたのは、またもや屯所の方角ではなかった。
この方向はまさか…?
途中で心当たりに気付いたのだが、まさか本当に監察方の借家に入って行くとは。
今はここに誰もいない時間なのだが、一体何の用だと言うのか。
それから待たされること半刻。
借家の中にいることは確実なのだが、閉め切られては中の様子が分からない。偶然のフリをして開けて確認しようと、何度思ったことか。
…いや、待つことには慣れてるが、な
ガラッ
そうこう思っている内に出てきた弥月に気付いて、息を潜めて様子を窺うと。驚いたことに先ほどまでは金髪だったのが、すっかり真っ黒になっていた。
なので待たされた時間に、山崎は「なるほど」と納得はしたものの。
さっきまで、藍染めの手ぬぐいを被って徘徊していたのだから、今更染める理由が分からず山崎は首を傾げる。
休みを謳歌する弥月に連れ回されるのは、まだまだこれからなのだと、この時の山崎はまだ知らない。
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山崎Side
弥月君には申し訳ないが、彼女の単独での外出は、まだ完全に許されたわけではなかった。ひとまず俺が、彼女の監視を担うことになっている。
これは前回の任務中、自由な時間はあったにも関わらず、不審な動きがなかったことを鑑みた試用期間といったところだ。
しばらくは「許可制」という……誰かがこっそり見張っていられるかどうかが考慮される、条件つきの外出許可である。
…局長に引けを取らず、副長も総長も、厳しくはあるが優しい方々だからな
寛大な局長のように見えやすくはないが、土方副長や山南総長のの厳しさの裏にある配慮と優しさは、一度気付いてしまえば、人を惹きつけて止まない。そして、他人へ以上に自分に厳しい方々だからこそ、その人望は揺るがない。
彼女も、それに捕われたうちの一人なのかもな…
明らかにいつもより軽い足取りで廊下を歩く弥月の背に、「よかったな」と心の内で声をかけて、少し離れたところから、穏やかな表情で見守る山崎だったが。
「だーれにもっ内緒で・おでかけなのよ、どーこにっ行こうかな♪」
どこへ行くつもりだろうか…
湯屋の件があるから、気が気でないのも確かで。
「ドーレミ、ファソラシド・ドシラソファミレ」
!!? 呪文!? なんの呪文だ!?
弥月君は意味の分からない言葉を繰り返し続けて、元気に門番に「行ってきまーす」と挨拶し、屯所から大手をふって出ていった。
…
……
「……どぅえみはそらしど?」
未だに彼女の口から紡がれ続けるそれを、彼女には聞こえないように、真似て口にしてみる。
何度も同じ調子で唱えられるそれは、独特の音程があり、端唄(はうた)のようにも聞こえる。しかし、明るいのは雰囲気ばかりで、やはり怪しげな呪文にしか聞こえなかった。
どういう意味なのだろうか…
高まる山崎の不安を他所に、弥月はサクサクと歩いて指定された墨屋に辿り着く。
「おはようございまーす」
「よう、おこしやす……ああ、あんたはんどすか」
ここの墨屋は質の良いものを安く売っているため、以前から副長達は重宝しているのだが。店主が気難しい…というよりも、東言葉をあからさまに白い眼で見ることは、遣いを頼まれたことのあるものは誰でも知っている。
「すんまへんけど、いつものはこの前買占めはったから、まだ新しゅう入って来とりまへんえ」
「ああ、それは構へんのですよ。今日はちゃうん買いにきてて。予算こんくらいで、二三本買えるんあらへん?」
「…なんや、今日は羽振りがエエどすなぁ」
「うちが使うもんやないさかい。お駄賃残すためにマケとってくれると嬉しいわぁ」
屯所内では評判のよくない店主だったが、髪に塗る墨をここで山崎と共に大量買いした時に、すでに店主と顔見知りとなっていた弥月は、笑いながらそんな会話をする。
そうして彼女は難なく買い物を済ませた。
「おおきに」
「はばかりさんどす」
金髪の浪士が何者か知らないはずはなく。新選組であることは気にしていないのか、上方言葉を使えれば他はどうでも良いのか…店主は上物の墨におまけまで付けて、彼女にそれを売った。
…どこにも寄らないのか?
そのまま真っ直ぐ来た道を戻ろうとする彼女。
寄ったら寄ったで色々心配なのだが、こうもアッサリ帰るとは心底意外である。彼女の性格上、それだけはあり得ないと思っていた。
「あ、そか。あれも行っとこ」
けれど、やはりそうなるらしい。屯所の方向へ歩いていた足を突然ピタリと止めた。くるんと回って、今来た道を戻ろうとするので、山崎は慌てて物陰に隠れる。
これからが本領発揮ということか
途中、酒屋に寄った彼女は、小さめの徳利二提げと、大きめのものを一提げ手にして、先ほどよりも更にニコニコと楽しそうにしていた。
「準備万端レッツゴー!」
弥月は鼻歌交じりに、足を踏み出す。
トトンットトンッ
!? な、なんだその動きは…?
弥月君は歩いていた……もとい、童が歩くように跳ねた歩いた。その歩調は独特で、まるで馬の駆け足のようである。『不審な動きがないか』見張る方としては、間違いなく不審なのだが……だからどうって訳でもないから困りものだ。
藍の手拭いの下から覗く、彼女の結った一束の金糸がプラプラと揺れる様は、ご機嫌な馬の尻尾のようである。
…いや、大丈夫。これくらいの不審さなら、彼女は至って普通だ。彼女の普通
自分にとっての普通が、他人にとってはそうでも無い事など往々にして起こりえるのだと、山崎は自分を納得させる。「いつも他人の予想の斜め上をいく彼女ならば猶の事」と。
「こんにちはー!」
巡察で通るギリギリの街の外れまで来て、弥月君が声をかけたのは、何の変鉄もない民家。
…なぜ、手ぬぐいを外した?
「なんや、用…」
「初めまして、うちは矢代弥月って言います」
言葉の途中で絶句した男に、弥月がペコリと頭を下げると、後ろで縛った金髪がピョコンと前へ垂れた。男は驚いた顔のまま、慌てて「お、おおあはじめまして」と軽く会釈をする。
そして弥月君は不自然なほどに満面の笑顔で、じっと相手と目を合わせたまま間をおいた後、軽く首を傾げた。
「お訊ねしたいことがあるんやけど、横の牛舎にいてはる牛さんは、おじさんのですか?」
「そ、そうや…が?」
「お乳は出はる?」
「は?」
「は?」
山崎も思わず男と同じことを言ってしまい、慌てて口をつぐむ。
牛の乳、だと…?
「…うちのは雄牛やさかい、そりゃあ無茶やわ、お武家はん」
「あ、そか。雌じゃなきゃあかんかった」
弥月がお道化たように舌を出して「失敗失敗」と笑うと、農夫も彼の目的が自分の過失などではないと分かって少し安心したのか、「あと…」と続ける。
「それに、乳が出るんは子ども生んでから十月程度ですわ」
「えぇっ!? ……ってあぁ、でもまあ、そりゃそうか。なんか何時でも出るイメージがあったから…」
考えてみれば当たり前の指摘を受けて、がっくりと項垂れた弥月を見て、農夫はいったいこの珍妙な客は何に乳を使うつもりなのかと尋ねようとしたのだが。家の中から聞こえてきた声に遮られる。
「あんたー、誰やったん?」
中から出てきた男の女房らしき女性。女将は男と向かい合った矢代君を見止めて、パチパチと眼をしばたたかせはしたものの、「あらまあ…」と言いながら前掛けで濡れた手を拭いていて。珍客に対して旦那ほどには驚いた風ではなかった。
「おやまぁ…これが噂をすれば言うもんかしら」
「えっと、どこかでお会いしましたか?」
「いやぁ……ははっ、話には聞いてたけど、ほんまにおるんやねぇ。あんたやろ? 新選組の南蛮人って」
旦那は「新せっ!?」と裏返った声をあげたが、女将は弥月を上から下までマジマジと眺めていて、旦那が袖を引くのを全く意に介していない。
「うちの好みじゃあないけど、確かにええ男やわ」
「アハハー、ありがとうございますー」
……。どういう気持ちなんだろうな…
山崎は「見ているこっちが何とも言えない気持ちだ」と思い、改めて弥月が男と思われている日々を思い出す。本人も全くもって不快という訳ではないようだが……やっぱり不憫にも思えた。
「子牛産まれそうな雌牛なら、佛現寺の裏の甚太ん所におるはずやから、そっち行ってみたらええ思うわ。トキちゃんならあんたのこと知っとるから、旦那より早よ話つくと思うえ」
「ほんまどすか!? えらいおおきに! あ、これ良かったらどうぞー」
肩に下げていた小さ目の徳利をひとつ渡して、弥月はその民家を後にした。
それからも、その牝牛がいるという甚太の所へやら、羊羹がウリの和菓子屋やら、すき焼き屋やらに、午前中は連れ回された。その歩く速さたるや見上げたもので、やはりただの女子と思うなかれと感心するほどだった。
そして昼を過ぎてからも、屋台の田楽を口に咥えた彼女が足を向けたのは、またもや屯所の方角ではなかった。
この方向はまさか…?
途中で心当たりに気付いたのだが、まさか本当に監察方の借家に入って行くとは。
今はここに誰もいない時間なのだが、一体何の用だと言うのか。
それから待たされること半刻。
借家の中にいることは確実なのだが、閉め切られては中の様子が分からない。偶然のフリをして開けて確認しようと、何度思ったことか。
…いや、待つことには慣れてるが、な
ガラッ
そうこう思っている内に出てきた弥月に気付いて、息を潜めて様子を窺うと。驚いたことに先ほどまでは金髪だったのが、すっかり真っ黒になっていた。
なので待たされた時間に、山崎は「なるほど」と納得はしたものの。
さっきまで、藍染めの手ぬぐいを被って徘徊していたのだから、今更染める理由が分からず山崎は首を傾げる。
休みを謳歌する弥月に連れ回されるのは、まだまだこれからなのだと、この時の山崎はまだ知らない。
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