姓は「矢代」で固定
第五話 正しさの証明
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***
「矢代…?」
「おーい、弥月?」
「どうした? どっか痛てぇのか?」
「どっこも打たれてねぇんだろ? 疲れたのか?」
いつまでも起き上がらない弥月に、立ったまま話しかける男達。
敗者の方はとっくに起き上がって、ふらつきながらも自室へと帰っていったというのに、勝者は虚ろな目で、宙を見上げるばかりだった。
傍らに膝を着いて、斎藤は「矢代弥月」とその肩を叩いたが、彼は「うん」と返事をして視線が揺れるのみ。
試合の様子を一瞬も見逃さず見ていた俺からすれば、このように矢代が倒れたまま起き上がれない理由が全く分からない。
最初は緊張が解けた解放感から、身を投げ出したのかと思ったが、どうにもボウッとした意識が、回復する様子がみられなかった。
「やし…」
「仕方のない子ですね」
そう言って、いつの間にか現れた山南さんは、新八達の間を縫って、俺とは反対側の弥月の脇に膝をつく。そうして、彼の身体の下に手を差し込んだ。
その時、弥月の視線が初めて意思を持って動いたのを、斎藤は見た。
「…さ、なんさ…」
「まさかとは思いましたが、見上げたものです。誰も貴方が勝つことなど予想していませんでした」
軽々と持ち上げられた彼が、身体をよじったのは抱えられることへの抵抗なのだろう。山南さんが何かを耳元で囁くと、彼は大人しく腕に収まった。
山南さんは後ろから、男達の不躾な声がかかるのを無視して、彼を抱えて前川邸へ戻って行く。
何となく俺は気になって、その後に続いた。
「ただ、上司である私に無断で、こんな決闘まがいのことをしたのは頂けませんがね」
「すみませ…」
苦痛様に顔を歪めて謝ろうとした彼を、山南は穏やかな笑顔で制する。
「謝る必要はありません。結果論とはいえ、君が頑張ったおかげで、私は有能な部下を失わずに済んだのですから」
失う…? 総司が勝ったら、矢代は処罰を受ける必要があったのか?
斎藤が疑問に思っても、それらしい答えは浮かばなかった。
「ところで、その体勢では重心が安定しないので、手を首にかけてもらえませんか」
「えっと…」
「…このままだと、とても重たいのですが」
「…すいません」
弥月は怖々と手を上げて、山南の首へ抱きつくように腕を回した。その様子に山南は「冗談ですよ」と笑う。
それから愛おしむような優しい眼と声で、腕の中の弥月に語りかけた。
「…よく頑張りましたね、弥月君。もう逃げることばかり考える必要はありません」
「…すみま」
「逃げることを“悪い事”と思っているなら、そればかり考えるのは止めて、自分の選択に自信を持ちなさい。貴方はこの数日で逃げれたのに、逃げなかったのでしょう。
確かに、私たちは力添えすることを約束しましたが、貴方は今日、自分で居場所を勝ち取りました。
これからも辛いことは山のようにあるでしょうが、きっとここが君にとって安心できる場所になります。君の信念が許す限り、ここには貴方の居場所があります。どこまでいけるかは分かりませんが、一緒に頑張りましょう」
彼が息を飲んだのが伝わってきた。
何かを喋ろうとしたのだろう、ふっと息が零れる。そして、しばらくしてから「ありがとう、ございます」と震える声で言った。
山南の首に回した腕で、ギュッと彼に身を寄せて、より深く身を預ける弥月。山南はそれ以上何も言わなかった。
奇妙な光景に唖然とする斎藤は、話しかける言葉も上手く浮かばず、ただ二人の後を行く。
「ところで何処か怪我をしたのですか? 立てない程に疲労する試合ではなかったと思いますが」
「…」
それには何故か押し黙った矢代を、山南さんも不可解に思っているようだった。困ったように眉をよせたまま、口を引き結んだ彼の顔を見て、山南さんはもう一度問い直す。
「怪我はしていませんね?」
「はい。意識あるだけましかも…」
「なら良いです。ところで、斉藤君はいつまで付いてくるのですか?」
山南さんは足を止めることなく、こちらも見ずに言った。
それから今初めて、俺がついて来ていたのに気付いたらしい矢代が、山南さんの肩越しに俺を見る。瞳一杯に涙を溜めてはいたが、いつも通りの顔で笑ったので、その表情に一安心した。
だが、山南さんの言葉に、牽制の色が含まれていたことに気付かぬ俺ではない。「失礼しました」と一言だけ声をかけて、進む彼らを見送った。
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「矢代…?」
「おーい、弥月?」
「どうした? どっか痛てぇのか?」
「どっこも打たれてねぇんだろ? 疲れたのか?」
いつまでも起き上がらない弥月に、立ったまま話しかける男達。
敗者の方はとっくに起き上がって、ふらつきながらも自室へと帰っていったというのに、勝者は虚ろな目で、宙を見上げるばかりだった。
傍らに膝を着いて、斎藤は「矢代弥月」とその肩を叩いたが、彼は「うん」と返事をして視線が揺れるのみ。
試合の様子を一瞬も見逃さず見ていた俺からすれば、このように矢代が倒れたまま起き上がれない理由が全く分からない。
最初は緊張が解けた解放感から、身を投げ出したのかと思ったが、どうにもボウッとした意識が、回復する様子がみられなかった。
「やし…」
「仕方のない子ですね」
そう言って、いつの間にか現れた山南さんは、新八達の間を縫って、俺とは反対側の弥月の脇に膝をつく。そうして、彼の身体の下に手を差し込んだ。
その時、弥月の視線が初めて意思を持って動いたのを、斎藤は見た。
「…さ、なんさ…」
「まさかとは思いましたが、見上げたものです。誰も貴方が勝つことなど予想していませんでした」
軽々と持ち上げられた彼が、身体をよじったのは抱えられることへの抵抗なのだろう。山南さんが何かを耳元で囁くと、彼は大人しく腕に収まった。
山南さんは後ろから、男達の不躾な声がかかるのを無視して、彼を抱えて前川邸へ戻って行く。
何となく俺は気になって、その後に続いた。
「ただ、上司である私に無断で、こんな決闘まがいのことをしたのは頂けませんがね」
「すみませ…」
苦痛様に顔を歪めて謝ろうとした彼を、山南は穏やかな笑顔で制する。
「謝る必要はありません。結果論とはいえ、君が頑張ったおかげで、私は有能な部下を失わずに済んだのですから」
失う…? 総司が勝ったら、矢代は処罰を受ける必要があったのか?
斎藤が疑問に思っても、それらしい答えは浮かばなかった。
「ところで、その体勢では重心が安定しないので、手を首にかけてもらえませんか」
「えっと…」
「…このままだと、とても重たいのですが」
「…すいません」
弥月は怖々と手を上げて、山南の首へ抱きつくように腕を回した。その様子に山南は「冗談ですよ」と笑う。
それから愛おしむような優しい眼と声で、腕の中の弥月に語りかけた。
「…よく頑張りましたね、弥月君。もう逃げることばかり考える必要はありません」
「…すみま」
「逃げることを“悪い事”と思っているなら、そればかり考えるのは止めて、自分の選択に自信を持ちなさい。貴方はこの数日で逃げれたのに、逃げなかったのでしょう。
確かに、私たちは力添えすることを約束しましたが、貴方は今日、自分で居場所を勝ち取りました。
これからも辛いことは山のようにあるでしょうが、きっとここが君にとって安心できる場所になります。君の信念が許す限り、ここには貴方の居場所があります。どこまでいけるかは分かりませんが、一緒に頑張りましょう」
彼が息を飲んだのが伝わってきた。
何かを喋ろうとしたのだろう、ふっと息が零れる。そして、しばらくしてから「ありがとう、ございます」と震える声で言った。
山南の首に回した腕で、ギュッと彼に身を寄せて、より深く身を預ける弥月。山南はそれ以上何も言わなかった。
奇妙な光景に唖然とする斎藤は、話しかける言葉も上手く浮かばず、ただ二人の後を行く。
「ところで何処か怪我をしたのですか? 立てない程に疲労する試合ではなかったと思いますが」
「…」
それには何故か押し黙った矢代を、山南さんも不可解に思っているようだった。困ったように眉をよせたまま、口を引き結んだ彼の顔を見て、山南さんはもう一度問い直す。
「怪我はしていませんね?」
「はい。意識あるだけましかも…」
「なら良いです。ところで、斉藤君はいつまで付いてくるのですか?」
山南さんは足を止めることなく、こちらも見ずに言った。
それから今初めて、俺がついて来ていたのに気付いたらしい矢代が、山南さんの肩越しに俺を見る。瞳一杯に涙を溜めてはいたが、いつも通りの顔で笑ったので、その表情に一安心した。
だが、山南さんの言葉に、牽制の色が含まれていたことに気付かぬ俺ではない。「失礼しました」と一言だけ声をかけて、進む彼らを見送った。
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