姓は「矢代」で固定
第五話 正しさの証明
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***
あのときは山崎君の言葉に手を引いてしまったが、彼女が『ただの一般人』のはずがない。
近々討ち入ることになる向かいの店に最近来たばかりで、誰よりも逸早く新選組の到着に気付いて、直前に逃げようとした。そして同時に現場から関係のない娘を逃がそうとして、間違いなく手練れの女が、『一般人』の括りに入るはずがない。
だけれど一番の謎は、山崎君と思しき人物が、彼女を尾行していた経緯があるにも関わらず、「彼女は無関係だ」と言い張った事。
彼女の不審さを知っていて庇うというのならば、新選組の関係者じゃないはずがない。
「だから誰なんですかね、土方さん」
「大女なんか知らねぇつってんだろ、仕事の邪魔すんな」
この問答も何度目か。
ひとまず形だけの詰問を受けていた茶屋の売り子が、一連の騒ぎに動揺してか産気づいてしまい、その搬送等に肝心の山崎君は出かけてしまって、質問をぶつける相手が土方さんしかいないのだ。
そして土方さんは「知らない」の一点張りである。
確かに、僕達は指示されたことをこなす役割だ。隊士として屯所内を出入りする者ならまだしも、 監察方が抱える協力者全てを、副長助勤である僕らは把握していない……それ自体に不満はないし、興味もない。
だけど、それは元々監察方の裏切りはないという前提のもと、土方さんの信頼があるからできることで。そこに今、矢代弥月という怪しい人物が混じっているというのに、「協力者が分からない」などど、大雑把な管理をしているはずがない。
この無駄に細かくて口煩い土方さんが。
そして、僕達に正体を隠される協力者がいる方が変だ。だって今の僕の状況が、絶対に生まれるから。“協力者”と“不審者”の区別がつかない状況が起こり得る。
「協力者の把握もできてないなんて、よくそんなんで副長が務まりますね」
「…さっきから同じことを、何度もぐちゃぐちゃ煩えな。んなもん、知らねえつってんだろ! 後で山崎に聞いといてやるから、てめぇはとっとと報告書出しやがれ!!
危うくてめぇ無しで討ち入りする所だったんだ。他の奴等の気持ちも考えろ!」
という、土方の怒号が飛んだのは少し前のこと。
“総司が捕まえ損ねた不審な女”という話がそれなりに気になっていた土方は、ここ一ッ月以上、団子屋に張っていた弥月を、すぐさま呼び出していた。
監察方の動きは、彼らの自主的な報告に任せている面もあって、土方は彼らの人脈も、情報収集の方法も完全に把握しているわけではない。そこに矢代を組み込むことに、不安がないわけではないが、そちらの動向は逐一山崎に報告させているし、特に問題は無かったはずだ。
そして彼の“新選組”としての人脈は今のところ、以前俺も見た香乃って女一人で、今回の件では関わっていない。
「失礼しまーす」
「……なんだ、その頭」
土方が会津への報告書の下書きをしている所に、障子越しに「呼ばれました」と声がかかり、入室を許可すると。
適当な挨拶をして現れた矢代弥月は、いつも結っている髪を下ろしていたのだが……全体的に墨色に濁った金髪が、あちこちに濃淡を作っていて、なんとも中途半端な様子をしていた。
一言で言うなら、小汚い
「…あのですねぇ、私だってこんな斑でなんか歩きたくないですから。着物にも手ぬぐいにも墨付くし。誰ですか、すぐ来いって言ったの」
矢代は「心外だ」とでも言いたげに、ぶすくれた表情で土方を見ながら、手に持っていた手拭でトントンと髪の湿気を吸っていた。
「そりゃあ悪かったな。だが、急用だ。茶屋にいた大女とやらに、心当たりは」
「あります」
あまりに速い即答に、わずかながら違和感を感じて視線をやると、矢代はそれに気づいてか「大したことじゃないですよ」と、肩をすくめて応えた。
「そりゃ毎日張ってましたもん。周辺の情報収集くらいしてますって。
居ましたよ。うどん屋の向かいの団子屋に、背の高い女性。」
「その不審な女が、うどん屋に居た茶屋の店員を逃がそうとしたと聞いてる。まだ山崎から報告は上がってねえが、お前らの連れじゃねぇのか」
「“連れ”って、仲間ってことですか? 違いますよ、彼女は関係なく一般人。
で、見ましたけどね、彼女達が連なって出て行くのは。でも、事実無関係ですし、放っておきました」
「その判断は誰がした」
「…烝さんですけど」
ならば、やはり後で山崎に聞くべきかと思い、下がるように言おうかと思ったのだが。ふと気付いて、彼に一つ問う。
「討ち入りの時、てめぇを見た奴がいねえが、何処にいた。他の浪士を逃がしに行ってたか?」
「…今日は随分と直球で聞きますね。私が逃走者の追跡係だったって、知ってるんでしょう? で、山南さん達の方も予定通り捕まえたんですよね?
嫌味ばっかり言ってると、性格曲がりますよ。顔ばっかり良くて、その他は大丈夫ですか?」
「うるせぇ、余計なお世話だ。それに、お互い様だろうが」
これに関しては、島田の姿も見ていないから、大した問題ではない。戯れに鎌をかけてみただけだ。
…それよりも、以前より更に物怖じしない物言いになっている気がするのは気のせいか。どっから来るんだ、その自信
「なら、てめぇは大女のことは一切知らないんだな?」
「ええ、はい」
「島田なら知ってるか」
「いえ、知らないと思いますけど」
「じゃあ、島田を呼んで来い」
「なんでですか」
別にそれを拒否する理由も無ければ、素直に承諾するものだと思っていたため、土方は矢代の拒否を含んだ言葉に訝しむ。
「知ってるかもしれねぇだろうが」
俺の少し重い声に対して、彼は意外にも無言。
真っ直ぐにこちらを見ているようで、何かを考えているのだろう。微妙に視線が合っていない。
「…知ってるんだな」
「だから、彼女の存在なら私も知ってます」
「総司が会わせろって喧しいんだ。直接話も聞きてえし、一編屯所に連れてこい」
「じゃあ今度、団子屋に来たらでいいですか」
「なら先に島田に聞く」
「…じゃあ魁さん、呼びに行ってきます」
そう言って、今度はすぐに腰を切った矢代だったが、その様子が不審極まりないわけで。
「待て、俺が自分で行く」
俺が腰を上げると、障子に手をかけていた矢代はその場で固まってしまった。
一体何なんだと思いながら、様子を見ていると。彼は項垂れて肩を震わせたかと思うと、勢いよく振り返った。
「私ですよ! 私!」
こちらを見た矢代は、悲壮な表情をしていて。
けれど突然何かを主張し始めた彼に、何が「私」なのかと、土方は説明を求めて彼を見た。
「その女、私なんです!」
「……は?」
障子の前で仁王立ちになった矢代は、何が可笑しいのか、顔に歪んだ笑みを浮かべながら。自分より少し目線の高い俺を見上げ、ふんぞり返って鼻息荒く言った。
「だ・か・ら! 私が女装して茶屋に潜入してたんです! どうだ参ったか!!」
やけくそのように、ハッキリと揚々と彼は宣ったのだが。
聞き慣れぬ単語に、今度は土方が固まってから、矢代が言ったことを理解するのに、いくらか時間が必要だった。
は?
なんだって…? 女装?
女装ってあれか、男が女の着物着て…ってことか? で、矢代が…?
…いや、待て……監察方が商人とか、用心棒とか、薬売りとか、草履持ちとか、乞食のフリをしていることは知ってたが…
そして監察方の情報収集は、自分が想像だにしていなかった方法で、行われているらしいことを土方は理解する。
女装
何といえばよいのか、ただ土方は言葉を失った。
「笑って、笑って下さいよ!」
「…」
「困らんといて!」
「……ご苦労だったな」
「そんな可哀想なもの見る顔せんといて下さい!!」
とりあえず「分かった、下がれ」と言いながら、土方が腰を下ろした後も、悲鳴というか、悲痛な声があがっていたが、とりあえず聞き流すことにした。要は山南さんの「謀略」で決まったらしい。
それにハマらざるをえず、その事実を必死に隠そうとしていた彼に、正直、何と声をかけてやれば良いか俺には分からなかった。
***
「……は?」
「だからてめぇが散々言ってた、茶屋の大女の正体は矢代だ」
「頭逝かれたんですか」
「…そりゃ、山南さんにでも言え」
総司が報告書を出しに来た時、事実のみを端的に伝えてやった。するとまあ、彼も動作が完全に停止するという、予想通りの反応が返っては来たのだが。
これで彼も状況を飲み込めただろうはずが、総司の呼吸が明らかに変わった。それに気付いて、彼の顔を見ると、未だかつてないほどに眉間に深い皺を刻んでいた。
「そ」
「ありえない」
土方が声をかけるよりも先に、鋭く断言した沖田は、俺が目の前にいることも忘れたかのように、バタバタと部屋を出ていく。
「おい、総司! 殺すなよ!?」
ただならぬ、総司の怒気のようなものに、些か矢代の身が心配になって咄嗟にそう言ったが、殺気ではなかった...と思う。
なんだ、あいつら…
総司と大女の間で、何が起こったのか……初手の突きを避けられて、逃げられただけではなかったのか。その女が矢代だったならば、逆に納得できることだとも思えるのだが。
...まあ、いつもの喧嘩の続きか
確かあの二人は、未だ稽古でもやり合ったことはないはずだ。その機会がひょんな形で回ってきたのだろう。
にしても、だ。
「…ありえねぇか?」
そう断言した言葉が妙に耳に残っていて、土方は筆を止めて、改めて考える。
確かに、あのざっくばらんな性格では、京女のフリなんぞ不可能だろうが、見た目だけはどうにかなるのではないかと思う。
だからこそ、山南さんの指示に逆らわないであろう矢代を不憫に思ったのだ。誰が好んで女のフリなんかするか。きっと男としての自尊心を、根刮ぎ殺られたことだろう。
「心理的に攻撃をしてるのは山南さんの方じゃねぇか」
ちょっと逆さに吊って痛めつけようとする俺より、よっぽど質が悪い。
うんうん、と土方は一人納得して、また筆を動かしたのだった。
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あのときは山崎君の言葉に手を引いてしまったが、彼女が『ただの一般人』のはずがない。
近々討ち入ることになる向かいの店に最近来たばかりで、誰よりも逸早く新選組の到着に気付いて、直前に逃げようとした。そして同時に現場から関係のない娘を逃がそうとして、間違いなく手練れの女が、『一般人』の括りに入るはずがない。
だけれど一番の謎は、山崎君と思しき人物が、彼女を尾行していた経緯があるにも関わらず、「彼女は無関係だ」と言い張った事。
彼女の不審さを知っていて庇うというのならば、新選組の関係者じゃないはずがない。
「だから誰なんですかね、土方さん」
「大女なんか知らねぇつってんだろ、仕事の邪魔すんな」
この問答も何度目か。
ひとまず形だけの詰問を受けていた茶屋の売り子が、一連の騒ぎに動揺してか産気づいてしまい、その搬送等に肝心の山崎君は出かけてしまって、質問をぶつける相手が土方さんしかいないのだ。
そして土方さんは「知らない」の一点張りである。
確かに、僕達は指示されたことをこなす役割だ。隊士として屯所内を出入りする者ならまだしも、 監察方が抱える協力者全てを、副長助勤である僕らは把握していない……それ自体に不満はないし、興味もない。
だけど、それは元々監察方の裏切りはないという前提のもと、土方さんの信頼があるからできることで。そこに今、矢代弥月という怪しい人物が混じっているというのに、「協力者が分からない」などど、大雑把な管理をしているはずがない。
この無駄に細かくて口煩い土方さんが。
そして、僕達に正体を隠される協力者がいる方が変だ。だって今の僕の状況が、絶対に生まれるから。“協力者”と“不審者”の区別がつかない状況が起こり得る。
「協力者の把握もできてないなんて、よくそんなんで副長が務まりますね」
「…さっきから同じことを、何度もぐちゃぐちゃ煩えな。んなもん、知らねえつってんだろ! 後で山崎に聞いといてやるから、てめぇはとっとと報告書出しやがれ!!
危うくてめぇ無しで討ち入りする所だったんだ。他の奴等の気持ちも考えろ!」
という、土方の怒号が飛んだのは少し前のこと。
“総司が捕まえ損ねた不審な女”という話がそれなりに気になっていた土方は、ここ一ッ月以上、団子屋に張っていた弥月を、すぐさま呼び出していた。
監察方の動きは、彼らの自主的な報告に任せている面もあって、土方は彼らの人脈も、情報収集の方法も完全に把握しているわけではない。そこに矢代を組み込むことに、不安がないわけではないが、そちらの動向は逐一山崎に報告させているし、特に問題は無かったはずだ。
そして彼の“新選組”としての人脈は今のところ、以前俺も見た香乃って女一人で、今回の件では関わっていない。
「失礼しまーす」
「……なんだ、その頭」
土方が会津への報告書の下書きをしている所に、障子越しに「呼ばれました」と声がかかり、入室を許可すると。
適当な挨拶をして現れた矢代弥月は、いつも結っている髪を下ろしていたのだが……全体的に墨色に濁った金髪が、あちこちに濃淡を作っていて、なんとも中途半端な様子をしていた。
一言で言うなら、小汚い
「…あのですねぇ、私だってこんな斑でなんか歩きたくないですから。着物にも手ぬぐいにも墨付くし。誰ですか、すぐ来いって言ったの」
矢代は「心外だ」とでも言いたげに、ぶすくれた表情で土方を見ながら、手に持っていた手拭でトントンと髪の湿気を吸っていた。
「そりゃあ悪かったな。だが、急用だ。茶屋にいた大女とやらに、心当たりは」
「あります」
あまりに速い即答に、わずかながら違和感を感じて視線をやると、矢代はそれに気づいてか「大したことじゃないですよ」と、肩をすくめて応えた。
「そりゃ毎日張ってましたもん。周辺の情報収集くらいしてますって。
居ましたよ。うどん屋の向かいの団子屋に、背の高い女性。」
「その不審な女が、うどん屋に居た茶屋の店員を逃がそうとしたと聞いてる。まだ山崎から報告は上がってねえが、お前らの連れじゃねぇのか」
「“連れ”って、仲間ってことですか? 違いますよ、彼女は関係なく一般人。
で、見ましたけどね、彼女達が連なって出て行くのは。でも、事実無関係ですし、放っておきました」
「その判断は誰がした」
「…烝さんですけど」
ならば、やはり後で山崎に聞くべきかと思い、下がるように言おうかと思ったのだが。ふと気付いて、彼に一つ問う。
「討ち入りの時、てめぇを見た奴がいねえが、何処にいた。他の浪士を逃がしに行ってたか?」
「…今日は随分と直球で聞きますね。私が逃走者の追跡係だったって、知ってるんでしょう? で、山南さん達の方も予定通り捕まえたんですよね?
嫌味ばっかり言ってると、性格曲がりますよ。顔ばっかり良くて、その他は大丈夫ですか?」
「うるせぇ、余計なお世話だ。それに、お互い様だろうが」
これに関しては、島田の姿も見ていないから、大した問題ではない。戯れに鎌をかけてみただけだ。
…それよりも、以前より更に物怖じしない物言いになっている気がするのは気のせいか。どっから来るんだ、その自信
「なら、てめぇは大女のことは一切知らないんだな?」
「ええ、はい」
「島田なら知ってるか」
「いえ、知らないと思いますけど」
「じゃあ、島田を呼んで来い」
「なんでですか」
別にそれを拒否する理由も無ければ、素直に承諾するものだと思っていたため、土方は矢代の拒否を含んだ言葉に訝しむ。
「知ってるかもしれねぇだろうが」
俺の少し重い声に対して、彼は意外にも無言。
真っ直ぐにこちらを見ているようで、何かを考えているのだろう。微妙に視線が合っていない。
「…知ってるんだな」
「だから、彼女の存在なら私も知ってます」
「総司が会わせろって喧しいんだ。直接話も聞きてえし、一編屯所に連れてこい」
「じゃあ今度、団子屋に来たらでいいですか」
「なら先に島田に聞く」
「…じゃあ魁さん、呼びに行ってきます」
そう言って、今度はすぐに腰を切った矢代だったが、その様子が不審極まりないわけで。
「待て、俺が自分で行く」
俺が腰を上げると、障子に手をかけていた矢代はその場で固まってしまった。
一体何なんだと思いながら、様子を見ていると。彼は項垂れて肩を震わせたかと思うと、勢いよく振り返った。
「私ですよ! 私!」
こちらを見た矢代は、悲壮な表情をしていて。
けれど突然何かを主張し始めた彼に、何が「私」なのかと、土方は説明を求めて彼を見た。
「その女、私なんです!」
「……は?」
障子の前で仁王立ちになった矢代は、何が可笑しいのか、顔に歪んだ笑みを浮かべながら。自分より少し目線の高い俺を見上げ、ふんぞり返って鼻息荒く言った。
「だ・か・ら! 私が女装して茶屋に潜入してたんです! どうだ参ったか!!」
やけくそのように、ハッキリと揚々と彼は宣ったのだが。
聞き慣れぬ単語に、今度は土方が固まってから、矢代が言ったことを理解するのに、いくらか時間が必要だった。
は?
なんだって…? 女装?
女装ってあれか、男が女の着物着て…ってことか? で、矢代が…?
…いや、待て……監察方が商人とか、用心棒とか、薬売りとか、草履持ちとか、乞食のフリをしていることは知ってたが…
そして監察方の情報収集は、自分が想像だにしていなかった方法で、行われているらしいことを土方は理解する。
女装
何といえばよいのか、ただ土方は言葉を失った。
「笑って、笑って下さいよ!」
「…」
「困らんといて!」
「……ご苦労だったな」
「そんな可哀想なもの見る顔せんといて下さい!!」
とりあえず「分かった、下がれ」と言いながら、土方が腰を下ろした後も、悲鳴というか、悲痛な声があがっていたが、とりあえず聞き流すことにした。要は山南さんの「謀略」で決まったらしい。
それにハマらざるをえず、その事実を必死に隠そうとしていた彼に、正直、何と声をかけてやれば良いか俺には分からなかった。
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「……は?」
「だからてめぇが散々言ってた、茶屋の大女の正体は矢代だ」
「頭逝かれたんですか」
「…そりゃ、山南さんにでも言え」
総司が報告書を出しに来た時、事実のみを端的に伝えてやった。するとまあ、彼も動作が完全に停止するという、予想通りの反応が返っては来たのだが。
これで彼も状況を飲み込めただろうはずが、総司の呼吸が明らかに変わった。それに気付いて、彼の顔を見ると、未だかつてないほどに眉間に深い皺を刻んでいた。
「そ」
「ありえない」
土方が声をかけるよりも先に、鋭く断言した沖田は、俺が目の前にいることも忘れたかのように、バタバタと部屋を出ていく。
「おい、総司! 殺すなよ!?」
ただならぬ、総司の怒気のようなものに、些か矢代の身が心配になって咄嗟にそう言ったが、殺気ではなかった...と思う。
なんだ、あいつら…
総司と大女の間で、何が起こったのか……初手の突きを避けられて、逃げられただけではなかったのか。その女が矢代だったならば、逆に納得できることだとも思えるのだが。
...まあ、いつもの喧嘩の続きか
確かあの二人は、未だ稽古でもやり合ったことはないはずだ。その機会がひょんな形で回ってきたのだろう。
にしても、だ。
「…ありえねぇか?」
そう断言した言葉が妙に耳に残っていて、土方は筆を止めて、改めて考える。
確かに、あのざっくばらんな性格では、京女のフリなんぞ不可能だろうが、見た目だけはどうにかなるのではないかと思う。
だからこそ、山南さんの指示に逆らわないであろう矢代を不憫に思ったのだ。誰が好んで女のフリなんかするか。きっと男としての自尊心を、根刮ぎ殺られたことだろう。
「心理的に攻撃をしてるのは山南さんの方じゃねぇか」
ちょっと逆さに吊って痛めつけようとする俺より、よっぽど質が悪い。
うんうん、と土方は一人納得して、また筆を動かしたのだった。
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