姓は「矢代」で固定
第五話 正しさの証明
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***
沖田は団子屋の奥の席に腰かけて、注文した皿を空にした後。暖簾をくぐって出てきた、見覚えのある売り子の少女に話かけた。
僕が先日、絡まれていたところを助けた人物だと気付いた彼女は、丁寧にあいさつをした後、今日のお代は要らないと言いながら、空になっていた茶碗にお茶を足してくれる。
「ねえ、それより背の高い子、今日はいないの?」
「背が高い…って、ななしはんどずか?」
「うん、確かそんな名前の子。君が浪士が絡まれてた時にも居た子」
「あぁ、それならななしはんやわ。今日はお休みよ」
少し申し訳なさそうに、彼女は眉をハの字にする。そして他の客に呼ばれた彼女は、「すんまへん」と一声かけてから、僕の席を離れた。
そもそも、あの時僕の助けが必要だったかが疑問だけどさ
あの時の彼女は、喧騒に対して恐る恐るといった感じで、及び腰だった気がする。だからこそ、持っていた箒を奪い取ったのだから。
まんまと騙されていたのか。はたまた、背格好の似た他人か……あんな大女、なかなか居ないとは思うが。
茶碗を再び空けた僕が、客と談笑していた店員の娘に「ごちそうさま」と声をかけて、店を出て行こうとすると。「あ、待って!」と、彼女の声がかかる。
「この前はほんまに、えろうおおきにどした。あの時な、お武家はんは二人守ってくれたんどす」
……?
確かに、絡まれていた彼女と、止めに入ろうとした女の二人を助ける形にはなったが。わざわざ言うことだろうかと、沖田が不思議そうに彼女を見ると。女ははにかみながら、愛しいものを見るように、自分の帯のあたりを優しく撫でた。
「うちね、ここにやや子がおってね」
臨月だという腹の膨らみは、傍目にはあまり分からない程であり、沖田は幼顔である彼女の言葉に心底驚いた。
しかし、彼女の幸福感に満ちた表情は、それを疑うべくもなく清らかなもので。「ほんまにおおきに」と柔和な笑顔を向けられて、思いもよらず湧き上がったのは、幸せに似た何か温かい気持ち。
そこにまだ生まれぬ命があるのだと、それを自分が守ったのだと知って、指先が熱くなるのを感じる。
間違いなく、自分は『善いこと』をしたのだと知った。
なんとも面映ゆい気持ちになって、照れくささを誤魔化すように、「どういたしまして」と頬を緩めて返す。
「じゃあね」
それから沖田は踵を返したのだが、店を出て少ししてから彼は背に、「すんまへん、お武家はん! 忘れとった!」と、再び慌てたような彼女の声を聞く。振り返ると、店先から小走りにこちらへ出てきていた彼女がいて、沖田の方も目を剥いて、慌てて戻った。
「ちょっ...走っちゃだめでしょ!!」
「え? あぁ、これくらい大丈夫よ......って、あかんあかん。忘れてたんやったわ。ななしはんのことなんやけど…」
彼女の話によると、ななしは彼女が子を無事に産むまでの、手伝いをしてるだけだそうだ。それも近いうちに生まれるのではないかと言う。なら、走らないでほしい。
「やからね、お声掛けはるなら早い内にしはった方が良ろしゅうおすえ?」
「ふーん…分かった」
「ななしはん、お店では真面目やからか大人しゅうしてるけど、明るくて元気な良い子なんよ。やからたくさん話しかけてみて。笑った顔が一番可愛いんやから」
口元にそろえた指先を当てて、悪戯っぽく笑う彼女の意図に気づいて。左之さん達といい、みんな何でそういう考えしかないのだろうかと、沖田は肩をすくめて少し呆れ交じりに応える。
「いいよ、別にそういうのじゃないし」
「そうなん? ふふ......ななしはんが奥手みたいやから、お兄はんみたいな人やったらエエなぁって、うちが思っただけやから。気分悪うされたんならすんまへん」
「...別に...じゃあね」
「またお越しやす」
ふんわりと笑う彼女へ、ひらりと手を一振りしてから、今度こそ沖田は団子屋を後にした。
次の日。
朝餉の最中、後から現れた土方さんから「総司」と、硬い声で名前を呼ばれ、朝っぱらから一体なんだと思えば。
「お前が昨日行った団子屋、出入りするのは当面禁止だ」
「...どういうことですか?」
沖田は意味が分からなくて、箸を止めたまま、土方の話の続きを待つ。
原田はちらりとその二人のやり取りに目を向けた。
「その団子屋の向かいのうどん屋に、山崎達が張ってる」
「...張ってるって...」
「長州の連中の隠れ蓑の一つじゃねえかって、あいつらの報告だ。そこに不審な奴らがいるのは確実だが、今はそれが何の組織かと、規模の調査中だ」
「で、なんで出入り禁止なんですか」
「向かいに新選組の幹部が出入りしてるって知られてみろ。逃げられるかもしれねぇだろうが」
近藤の隣に座って、「当然だろ」という顔で、味噌汁に箸をつけた土方に、沖田は不快感も顕わにしていたのだが。
あくまで新選組として必要なことである限り、それを否とすることは無理だろうと、沖田は何も言わずに箸を再び動かした。
膳を片づけた後、朝稽古へ向かって廊下を歩く僕に、同じく道場へ向かうであろう左之さんと新八さんの声が掛かった。
「総司、昨日おまえの“これ”見かけたぜ?」
左之さんは自身の顔の前で、小指を立てる。それが意味するものを分からない筈もなく、昨日は二人で夕方から島原へ出かけていたから、どこかの店の子の話かと思ったのだが。
「お、そういや、それっぽい大女見たな」
「おい、新八。もうちょっと言い方あるだろ」
原田が肘で永倉を小突くと、永倉は「おお、わりぃ」と言って、沖田の顔色を見てから、話を続ける。
恐らく、僕が不機嫌な顔をしたのを、二人が何か勘違いしただろうことは明らかだった。
「いやな、昨日の行きしななんだけどよ!
道の隅っこの方を歩いてた、そうだな…平助くらいの背丈の女がいてよ。一緒に並んで歩いてる女が、小っさく見えるくらいだったからすぐに分かったぜ」
「その連れの娘が、さっき出入り禁止になった茶屋の子だったんだけどな、それだろ? 総司が懸想してる女ってのは。
さっきの土方さんの話で、ピンと来たんだ。あんな大女滅多にいないからな」
「総司がしれっと『相撲取りそうな大女』とか言うから、一体どんな醜女かと思ったら…お前、なかなかいい趣味してんじゃねえか」
ニイッと新八さんは深い笑みを刻み、左之さんは顎に手を当てて、どこか感慨深そうに頷いた。
...懸想? そんなんじゃないって、何回言ったら分かるんだろう。勝手な詮索は大概にしてほしいよね
僕が何を理由に眉根を寄せたのか、勘違いし続けているだろう新八さんと左之さんは、二人してニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。
「ありゃあ、元は武家の娘だろうな。穏やかな表情はしてても、触れたら切れそうな雰囲気だったぜ。そん所そこらの安い男は似合わねえぞ」
出自が出自の新八さんがそう言うと、説得力がないこともないが……あんまり無い。同じことを思ったのか、左之さんは「俺は…」とそれに続く。
「確かにそれもあるが......あれは変な男に捕まって、苦労するような類の女に見えたな」
「はあ? 左之、どこに目つけてんだ。どう見たって、気の強そうな姐さん女房肌だろ」
「いやいや、独り身の時にああいう女に限って、夫婦になったら従順になるんだって。
あれは素直じゃないからこそ、落とし甲斐のある女だな。いっぺん落とせばこっちのもんだ」
「っか――!! 自分がモテるからって、腹立つ奴だな!」
天井を仰いだ永倉に、原田はトントンとその肩を叩きながら、再び沖田に視線を送る。
「妬むなって......で、どうなんだ、総司。首尾の方は」
「…! そうだぜ、落とす算段は付いてんのか?」
沖田が沈黙したまま、白い眼で彼らを見ること僅かの間。
「...要は、気が強そうだったってことだね」
「ん、まあ、そういう事になるか?」
「ああ...」
「ふぅん...」
少なからず、顔には出てるってわけだ
新しい情報を得て、自分の見解に保証を得られたにも関わらず、なぜかまた胸のあたりがモヤモヤとして、なんとなく面白くない。
団子屋に出入り禁止となった今、確認する手段もなくなってしまって。折角見つけた玩具を横取りされたまま、壊されてしまったような気分だった。
あの子、いつまであそこに居るかな
期限付きの勤務だと聞いた。彼女は尾行が付くような立場ならば、それすらも怪しい存在だった。そんな場所に潜む怪しい者ならば、土方さんに報告すべきだろうか。
...いや、もしかして......あの時の追手は......山崎君?
彼女を尾行していたのは、小柄な男だった。
不審な女と、それを追う山崎君......有り得る
原田達を前に、黙ったまま悶々と考え始めた沖田だったが。
沖田が“彼女の顔を見たことが無い”などと知らない二人は、彼の反応に当然首を傾げていた。そして先に疑問を投げたのは永倉だった。
「で、本当のところどうなんだ?」
「知らないよ。顔見たことも、話したこともないもの」
「「は?」」
僕の言葉の意味を理解しかねた二人に、説明する気は起きず。ただいつもと同じように、淡々と事実を確認する。
「ところで、なんで左之さんは、その連れの子と知り合いだったのに話さなかったの?」
「い、いや、茶屋の子だって知ってるだけだったし、知り合いとかじゃなくてだな…すれ違っただけで…」
「ふうん…ちらっと見ただけで、気が強そうとか、彼女のこと分かったんだ、新八さんも」
「な、なんとなくだよな、左之!」
「あ、ああ! すまし顔だったからかもしれねえ!」
いつもと変わらぬ調子には聞こえるが、内容が内容だけに、どことなく不穏な空気に気付いた二人は、言葉を詰まらせる。
そしてコクコクと頷きながら、「じゃ、先行くな」と道場の方へと走って行った。
気が強そう?
気どころか、実力も間違いなく兼ね備えている
「...望むところじゃない」
何者かは不明だが、恐らく近々起こるであろう、討ち入りで明らかになるだろう。その時に真っ先に対峙するのは自分と、沖田は内心決めたのだった。
沖田は団子屋の奥の席に腰かけて、注文した皿を空にした後。暖簾をくぐって出てきた、見覚えのある売り子の少女に話かけた。
僕が先日、絡まれていたところを助けた人物だと気付いた彼女は、丁寧にあいさつをした後、今日のお代は要らないと言いながら、空になっていた茶碗にお茶を足してくれる。
「ねえ、それより背の高い子、今日はいないの?」
「背が高い…って、ななしはんどずか?」
「うん、確かそんな名前の子。君が浪士が絡まれてた時にも居た子」
「あぁ、それならななしはんやわ。今日はお休みよ」
少し申し訳なさそうに、彼女は眉をハの字にする。そして他の客に呼ばれた彼女は、「すんまへん」と一声かけてから、僕の席を離れた。
そもそも、あの時僕の助けが必要だったかが疑問だけどさ
あの時の彼女は、喧騒に対して恐る恐るといった感じで、及び腰だった気がする。だからこそ、持っていた箒を奪い取ったのだから。
まんまと騙されていたのか。はたまた、背格好の似た他人か……あんな大女、なかなか居ないとは思うが。
茶碗を再び空けた僕が、客と談笑していた店員の娘に「ごちそうさま」と声をかけて、店を出て行こうとすると。「あ、待って!」と、彼女の声がかかる。
「この前はほんまに、えろうおおきにどした。あの時な、お武家はんは二人守ってくれたんどす」
……?
確かに、絡まれていた彼女と、止めに入ろうとした女の二人を助ける形にはなったが。わざわざ言うことだろうかと、沖田が不思議そうに彼女を見ると。女ははにかみながら、愛しいものを見るように、自分の帯のあたりを優しく撫でた。
「うちね、ここにやや子がおってね」
臨月だという腹の膨らみは、傍目にはあまり分からない程であり、沖田は幼顔である彼女の言葉に心底驚いた。
しかし、彼女の幸福感に満ちた表情は、それを疑うべくもなく清らかなもので。「ほんまにおおきに」と柔和な笑顔を向けられて、思いもよらず湧き上がったのは、幸せに似た何か温かい気持ち。
そこにまだ生まれぬ命があるのだと、それを自分が守ったのだと知って、指先が熱くなるのを感じる。
間違いなく、自分は『善いこと』をしたのだと知った。
なんとも面映ゆい気持ちになって、照れくささを誤魔化すように、「どういたしまして」と頬を緩めて返す。
「じゃあね」
それから沖田は踵を返したのだが、店を出て少ししてから彼は背に、「すんまへん、お武家はん! 忘れとった!」と、再び慌てたような彼女の声を聞く。振り返ると、店先から小走りにこちらへ出てきていた彼女がいて、沖田の方も目を剥いて、慌てて戻った。
「ちょっ...走っちゃだめでしょ!!」
「え? あぁ、これくらい大丈夫よ......って、あかんあかん。忘れてたんやったわ。ななしはんのことなんやけど…」
彼女の話によると、ななしは彼女が子を無事に産むまでの、手伝いをしてるだけだそうだ。それも近いうちに生まれるのではないかと言う。なら、走らないでほしい。
「やからね、お声掛けはるなら早い内にしはった方が良ろしゅうおすえ?」
「ふーん…分かった」
「ななしはん、お店では真面目やからか大人しゅうしてるけど、明るくて元気な良い子なんよ。やからたくさん話しかけてみて。笑った顔が一番可愛いんやから」
口元にそろえた指先を当てて、悪戯っぽく笑う彼女の意図に気づいて。左之さん達といい、みんな何でそういう考えしかないのだろうかと、沖田は肩をすくめて少し呆れ交じりに応える。
「いいよ、別にそういうのじゃないし」
「そうなん? ふふ......ななしはんが奥手みたいやから、お兄はんみたいな人やったらエエなぁって、うちが思っただけやから。気分悪うされたんならすんまへん」
「...別に...じゃあね」
「またお越しやす」
ふんわりと笑う彼女へ、ひらりと手を一振りしてから、今度こそ沖田は団子屋を後にした。
次の日。
朝餉の最中、後から現れた土方さんから「総司」と、硬い声で名前を呼ばれ、朝っぱらから一体なんだと思えば。
「お前が昨日行った団子屋、出入りするのは当面禁止だ」
「...どういうことですか?」
沖田は意味が分からなくて、箸を止めたまま、土方の話の続きを待つ。
原田はちらりとその二人のやり取りに目を向けた。
「その団子屋の向かいのうどん屋に、山崎達が張ってる」
「...張ってるって...」
「長州の連中の隠れ蓑の一つじゃねえかって、あいつらの報告だ。そこに不審な奴らがいるのは確実だが、今はそれが何の組織かと、規模の調査中だ」
「で、なんで出入り禁止なんですか」
「向かいに新選組の幹部が出入りしてるって知られてみろ。逃げられるかもしれねぇだろうが」
近藤の隣に座って、「当然だろ」という顔で、味噌汁に箸をつけた土方に、沖田は不快感も顕わにしていたのだが。
あくまで新選組として必要なことである限り、それを否とすることは無理だろうと、沖田は何も言わずに箸を再び動かした。
膳を片づけた後、朝稽古へ向かって廊下を歩く僕に、同じく道場へ向かうであろう左之さんと新八さんの声が掛かった。
「総司、昨日おまえの“これ”見かけたぜ?」
左之さんは自身の顔の前で、小指を立てる。それが意味するものを分からない筈もなく、昨日は二人で夕方から島原へ出かけていたから、どこかの店の子の話かと思ったのだが。
「お、そういや、それっぽい大女見たな」
「おい、新八。もうちょっと言い方あるだろ」
原田が肘で永倉を小突くと、永倉は「おお、わりぃ」と言って、沖田の顔色を見てから、話を続ける。
恐らく、僕が不機嫌な顔をしたのを、二人が何か勘違いしただろうことは明らかだった。
「いやな、昨日の行きしななんだけどよ!
道の隅っこの方を歩いてた、そうだな…平助くらいの背丈の女がいてよ。一緒に並んで歩いてる女が、小っさく見えるくらいだったからすぐに分かったぜ」
「その連れの娘が、さっき出入り禁止になった茶屋の子だったんだけどな、それだろ? 総司が懸想してる女ってのは。
さっきの土方さんの話で、ピンと来たんだ。あんな大女滅多にいないからな」
「総司がしれっと『相撲取りそうな大女』とか言うから、一体どんな醜女かと思ったら…お前、なかなかいい趣味してんじゃねえか」
ニイッと新八さんは深い笑みを刻み、左之さんは顎に手を当てて、どこか感慨深そうに頷いた。
...懸想? そんなんじゃないって、何回言ったら分かるんだろう。勝手な詮索は大概にしてほしいよね
僕が何を理由に眉根を寄せたのか、勘違いし続けているだろう新八さんと左之さんは、二人してニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。
「ありゃあ、元は武家の娘だろうな。穏やかな表情はしてても、触れたら切れそうな雰囲気だったぜ。そん所そこらの安い男は似合わねえぞ」
出自が出自の新八さんがそう言うと、説得力がないこともないが……あんまり無い。同じことを思ったのか、左之さんは「俺は…」とそれに続く。
「確かにそれもあるが......あれは変な男に捕まって、苦労するような類の女に見えたな」
「はあ? 左之、どこに目つけてんだ。どう見たって、気の強そうな姐さん女房肌だろ」
「いやいや、独り身の時にああいう女に限って、夫婦になったら従順になるんだって。
あれは素直じゃないからこそ、落とし甲斐のある女だな。いっぺん落とせばこっちのもんだ」
「っか――!! 自分がモテるからって、腹立つ奴だな!」
天井を仰いだ永倉に、原田はトントンとその肩を叩きながら、再び沖田に視線を送る。
「妬むなって......で、どうなんだ、総司。首尾の方は」
「…! そうだぜ、落とす算段は付いてんのか?」
沖田が沈黙したまま、白い眼で彼らを見ること僅かの間。
「...要は、気が強そうだったってことだね」
「ん、まあ、そういう事になるか?」
「ああ...」
「ふぅん...」
少なからず、顔には出てるってわけだ
新しい情報を得て、自分の見解に保証を得られたにも関わらず、なぜかまた胸のあたりがモヤモヤとして、なんとなく面白くない。
団子屋に出入り禁止となった今、確認する手段もなくなってしまって。折角見つけた玩具を横取りされたまま、壊されてしまったような気分だった。
あの子、いつまであそこに居るかな
期限付きの勤務だと聞いた。彼女は尾行が付くような立場ならば、それすらも怪しい存在だった。そんな場所に潜む怪しい者ならば、土方さんに報告すべきだろうか。
...いや、もしかして......あの時の追手は......山崎君?
彼女を尾行していたのは、小柄な男だった。
不審な女と、それを追う山崎君......有り得る
原田達を前に、黙ったまま悶々と考え始めた沖田だったが。
沖田が“彼女の顔を見たことが無い”などと知らない二人は、彼の反応に当然首を傾げていた。そして先に疑問を投げたのは永倉だった。
「で、本当のところどうなんだ?」
「知らないよ。顔見たことも、話したこともないもの」
「「は?」」
僕の言葉の意味を理解しかねた二人に、説明する気は起きず。ただいつもと同じように、淡々と事実を確認する。
「ところで、なんで左之さんは、その連れの子と知り合いだったのに話さなかったの?」
「い、いや、茶屋の子だって知ってるだけだったし、知り合いとかじゃなくてだな…すれ違っただけで…」
「ふうん…ちらっと見ただけで、気が強そうとか、彼女のこと分かったんだ、新八さんも」
「な、なんとなくだよな、左之!」
「あ、ああ! すまし顔だったからかもしれねえ!」
いつもと変わらぬ調子には聞こえるが、内容が内容だけに、どことなく不穏な空気に気付いた二人は、言葉を詰まらせる。
そしてコクコクと頷きながら、「じゃ、先行くな」と道場の方へと走って行った。
気が強そう?
気どころか、実力も間違いなく兼ね備えている
「...望むところじゃない」
何者かは不明だが、恐らく近々起こるであろう、討ち入りで明らかになるだろう。その時に真っ先に対峙するのは自分と、沖田は内心決めたのだった。