姓は「矢代」で固定
第五話 正しさの証明
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***
沖田side
「そうかしら」と聞こえた時には、随分と安っぽい女なんだと、なぜかがっかりしたような、苛立ちのような、胸のざわめきを持った。
それからも煽り文句とでも云おうか、女を唆す常套句が聞こえて。あんなものに引っかかる方がちゃんちゃら可笑しいと僕は思うのに、鼻につくようなわざとらしい明るい声で「こんなうちでも綺麗になれるんやったら」と、ついに彼女が承諾の返事をするのを聞いた。
「...つまんない女」
無意識にそう溢した。
これから彼女が碌でもない所に連れて行かれるだろうことは目に見えているのだが、道行く人は彼らをチラチラと横目にしながらも、誰も止めはしない。
それは誰が悪いのかと、何の気なしに僕はぼんやりと考える。
汚い所へ売る男が悪いのか、売られるような馬鹿な女が悪いのか、知っていて止めない…僕を含めた…町の人達が悪いのか。
こんな風にして都の治安が悪いのは、ここにいる全員のせいなのだろう。それだけ今は情勢が不安定で、世間の風は冷たかった。
...まあ、そのために身を粉にして頭回して頑張るのが、土方さんの仕事なんだけどさ
大嫌いなあの人へ、責任を押し付けてみても治まりきらぬ、モヤモヤした胸の気持ちに蓋をするように、沖田は瞼を僅かに伏せる。
そして彼らが入っていた路地には視線もくれず、雑踏と同じように、そのまま通り過ぎようとした。
「ヴッ…」
「てめブッ…!?」
けれど彼女達が入っていった路地から、男のうめき声のようなものが聞こえて。反射的にそちらへ顔を向けると、彼女の後姿が見えた。そして男が立っていただろう所に、突きだされた彼女の肘。
威力を増すために反対側の手で押し出すようにして、明らかにわざと突き出された肘が、背後にいた男の腹に直撃した後、男が膝を着いて崩れ落ちるところだった。
「...は......」
背後で僕が、それを唖然として見ていることなど気付いていないのだろう。彼女は着物の裾を片手で引き上げて、既に前方に倒れていた男を悠然とまたぐ。
それから恥ずかしげもなく、がバッと裾を更にたくし上げ、脹脛(ふくらはぎ)も膝も露わにして、一目散に大股で走り始めた。しかも、カンカンと鳴りはじめた下駄の音は、驚くほどの速さで遠ざかっていく。
二つ先の角を曲がってしまった彼女はすぐに見えなくなり。僕の視界には、細い路地で腹と股間を抱えて、痛みに呻る男達だけが残った。
…
……あんなのアリ?
僕が目を離した隙に起こった事の速さは、時間にしてほんの一瞬。彼女の攻撃は、何の迷いも躊躇いもなく行われたのだろう。しかも確実に一撃で仕留めている。
慎ましやかさなど微塵もなく、堂々と男達をまたいで走り去る姿は、あまりにも豪快で……静々と仕事をこなす彼女の印象とは、全く逆の姿だった。
それどころか、あんな女がこの世にいるのかと疑うほどの異色を、彼女は一瞬にして僕に見せつけた。
あの子いったい何者なのさ…
そして記憶を辿って、ふと思い出したのは、この前の湯屋ですれ違った時に見た、彼女の後ろ姿。跳ねるように陽気に歩く姿は、どちらかといえば、今しがたの彼女に近かった。
変な子だと思ったんだっけ
沖田は我知らず、ふつふつと徐々にこみ上げる笑いを口の端に乗せる。
...なにあれ、面白いんだけど
訂正する、『つまらない』馬鹿な女じゃ無かった。
たぶん最初の“馬鹿なカモ”もフリだったのだろう。路地裏に連れ込まれてから、こっそりとこの男達に制裁を下すための。
普段は大人しく粛々と振る舞っているようだが。間違いなく彼女は狡賢く、力があり、度胸がある……どうやら普通とは程遠く、一癖二癖ある女のようだった。
沖田はゆっくりと不敵な笑みを浮かべる。その眼光はわずかに、獲物を狙う獣のような鋭さを孕んでいた。
彼女と言葉を交わしてみたくなった。
茶屋で箒を握って出てきたとき、本心は何を考えているのだろうかと。人売りの男達に向けて明るい声で笑っていた時、彼女はどんな顔をしていたのだろうかと。
化けの皮剥がしてみたいじゃない
ここのところ、取り立てて面白いことのない日々が続いていたけど……新しい玩具、見つけた。
そこまでを思って、沖田が路地から目を放そうとしたその時。スッと一つ向こうの角を曲がって来て、件の路地を遠くに駆け行った男が目に映った。その小柄な男も素早い速度で、彼女が曲がったのと同じ角を折れる。
沖田の笑いは止んで、鋭い視線だけが残る。
...尾行?
恐らく偶然じゃない。さっきこの大通りで、遠目にあの男を見かけた気がする。
町人に尾行が付くなんてそうそうある状況ではないが、沖田に理由の見当などつくはずもなく。
しばらくの間、沖田は彼等が行った先を睨んでいたが、ふっと視線を逸らして、屯所へと足を進めた。
訳有りそうな彼女、本人に訊けば分かることだろうと。
沖田side
「そうかしら」と聞こえた時には、随分と安っぽい女なんだと、なぜかがっかりしたような、苛立ちのような、胸のざわめきを持った。
それからも煽り文句とでも云おうか、女を唆す常套句が聞こえて。あんなものに引っかかる方がちゃんちゃら可笑しいと僕は思うのに、鼻につくようなわざとらしい明るい声で「こんなうちでも綺麗になれるんやったら」と、ついに彼女が承諾の返事をするのを聞いた。
「...つまんない女」
無意識にそう溢した。
これから彼女が碌でもない所に連れて行かれるだろうことは目に見えているのだが、道行く人は彼らをチラチラと横目にしながらも、誰も止めはしない。
それは誰が悪いのかと、何の気なしに僕はぼんやりと考える。
汚い所へ売る男が悪いのか、売られるような馬鹿な女が悪いのか、知っていて止めない…僕を含めた…町の人達が悪いのか。
こんな風にして都の治安が悪いのは、ここにいる全員のせいなのだろう。それだけ今は情勢が不安定で、世間の風は冷たかった。
...まあ、そのために身を粉にして頭回して頑張るのが、土方さんの仕事なんだけどさ
大嫌いなあの人へ、責任を押し付けてみても治まりきらぬ、モヤモヤした胸の気持ちに蓋をするように、沖田は瞼を僅かに伏せる。
そして彼らが入っていた路地には視線もくれず、雑踏と同じように、そのまま通り過ぎようとした。
「ヴッ…」
「てめブッ…!?」
けれど彼女達が入っていった路地から、男のうめき声のようなものが聞こえて。反射的にそちらへ顔を向けると、彼女の後姿が見えた。そして男が立っていただろう所に、突きだされた彼女の肘。
威力を増すために反対側の手で押し出すようにして、明らかにわざと突き出された肘が、背後にいた男の腹に直撃した後、男が膝を着いて崩れ落ちるところだった。
「...は......」
背後で僕が、それを唖然として見ていることなど気付いていないのだろう。彼女は着物の裾を片手で引き上げて、既に前方に倒れていた男を悠然とまたぐ。
それから恥ずかしげもなく、がバッと裾を更にたくし上げ、脹脛(ふくらはぎ)も膝も露わにして、一目散に大股で走り始めた。しかも、カンカンと鳴りはじめた下駄の音は、驚くほどの速さで遠ざかっていく。
二つ先の角を曲がってしまった彼女はすぐに見えなくなり。僕の視界には、細い路地で腹と股間を抱えて、痛みに呻る男達だけが残った。
…
……あんなのアリ?
僕が目を離した隙に起こった事の速さは、時間にしてほんの一瞬。彼女の攻撃は、何の迷いも躊躇いもなく行われたのだろう。しかも確実に一撃で仕留めている。
慎ましやかさなど微塵もなく、堂々と男達をまたいで走り去る姿は、あまりにも豪快で……静々と仕事をこなす彼女の印象とは、全く逆の姿だった。
それどころか、あんな女がこの世にいるのかと疑うほどの異色を、彼女は一瞬にして僕に見せつけた。
あの子いったい何者なのさ…
そして記憶を辿って、ふと思い出したのは、この前の湯屋ですれ違った時に見た、彼女の後ろ姿。跳ねるように陽気に歩く姿は、どちらかといえば、今しがたの彼女に近かった。
変な子だと思ったんだっけ
沖田は我知らず、ふつふつと徐々にこみ上げる笑いを口の端に乗せる。
...なにあれ、面白いんだけど
訂正する、『つまらない』馬鹿な女じゃ無かった。
たぶん最初の“馬鹿なカモ”もフリだったのだろう。路地裏に連れ込まれてから、こっそりとこの男達に制裁を下すための。
普段は大人しく粛々と振る舞っているようだが。間違いなく彼女は狡賢く、力があり、度胸がある……どうやら普通とは程遠く、一癖二癖ある女のようだった。
沖田はゆっくりと不敵な笑みを浮かべる。その眼光はわずかに、獲物を狙う獣のような鋭さを孕んでいた。
彼女と言葉を交わしてみたくなった。
茶屋で箒を握って出てきたとき、本心は何を考えているのだろうかと。人売りの男達に向けて明るい声で笑っていた時、彼女はどんな顔をしていたのだろうかと。
化けの皮剥がしてみたいじゃない
ここのところ、取り立てて面白いことのない日々が続いていたけど……新しい玩具、見つけた。
そこまでを思って、沖田が路地から目を放そうとしたその時。スッと一つ向こうの角を曲がって来て、件の路地を遠くに駆け行った男が目に映った。その小柄な男も素早い速度で、彼女が曲がったのと同じ角を折れる。
沖田の笑いは止んで、鋭い視線だけが残る。
...尾行?
恐らく偶然じゃない。さっきこの大通りで、遠目にあの男を見かけた気がする。
町人に尾行が付くなんてそうそうある状況ではないが、沖田に理由の見当などつくはずもなく。
しばらくの間、沖田は彼等が行った先を睨んでいたが、ふっと視線を逸らして、屯所へと足を進めた。
訳有りそうな彼女、本人に訊けば分かることだろうと。