姓は「矢代」で固定
第一話 大切なものの守り方
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翌日、日が高くなり始めた頃。
パラパラ
不浄の地に塩をまく。
わずかに暗い色を残したそこで弥月が佇むのに、誰も何も言わなかった。
「当然の報い」と思う者からすれば、汚れを払っているように見え。
そうでない者が見れば、丁寧に撒かれる結晶が、かつての仲間である故人を悼む気持ちを含んでいることは明らかだったから。
裏切り者に花を手向けることは、誰もできなかったから。
「弥月…」
「…平助」
「俺も撒く」
「…うん」
懐紙にのった粒をつまみ上げ、彼も丁寧に撒いた。
「…聞いたかもしんないけど、明日からさ、おまえ左之さんとこで巡察だって」
「…そうなんだ……後で謝らなきゃな…」
心配したように「喧嘩したのか?」と問う藤堂に、弥月は「ちょっと八つ当たりした」と苦く笑う。
間違ったことを言ったつもりはないが、あれは仕方のないことだとも分かっている。彼もそうしたくてした訳ではないだろうと。
あの時、左之さんに見た表情は、どうしようもなく苦しそうなものだった。
それでも許せなかったのは、真実を捻じ曲げたこと。
『楠や荒木田らが芹沢を暗殺した』などという虚偽を、一体何人の隊士が信じただろうか。
茶番だ
弥月は中身の無くなった懐紙を畳み、一瞬だけ黙祷を捧げる。隣の彼に気付かれないように。
しかし、フッと横にあった顔を見て、少し驚き、少し寂しくなった。平助も、一緒に片づけをしてくれた隊士と同じ表情をしていた。
誰もこんな仲間の最期を望んでいたわけじゃない
弥月の視線に気づいて、平助は無理に口の端を上げる。
いつもの調子で「どうした?」と言う彼に、首を横に振る。そして私も少し口の端を上げて言った。
「平助、今日夜番だっけ? それまで時間ある?」
「あるけど…?」
「甘いもの欲しいんだ。四条まで付き合ってよ」
へへっと弥月は笑う。
気持ちは晴れなかったが、無理にでも意識して笑うと、今日もここでやっていける気がした。
***
紙のおひねりに入った金平糖を買い貯める。
白だけのものより値が張って少し迷ったが、青や黄、赤や黒といった色とりどりな方が目に楽しくて、やはりそちらを選んだ。
「それだけでいいのか?」
平助の問いに「うん」と返す。てっきり団子屋か何かにでも行くと思っていたのだろう。
最近はこれをちみちみ食べることが習慣化している。今は貯金だ、貯金。武士は食わねど高楊枝。
なぜ小包装にしたかといえば、いつまでも食べ続けてしまうことへの防止策なのだが。
付き合ってくれたお礼にと、一つ渡そうとしたが断られる。まあそうなるとは思っていた。
「…あ、そうだ。針と糸売ってるとこも行きたい」
「繕いものでもすんのか?」
「うんまあ、できないけどね、玉留め玉結びからの波縫い以外。平助は裁縫得意?」
「できねぇよ。てか、出来ても変だろ」
「そう?」
何気なく返してしまったが、「あぁそうか」と一人言ちてから続ける。
「この時代はきっとそうだろうな、とは思うよ」
「…? お前んとこでは男もするのか?」
「んー……まあ積極的にする人は少ないかもだけど、男の子も寺子屋で習うから、できないことはないと思う」
「へー……そんなもんかー…なんか気持ち悪いな」
『何を言うか、今は女子力高めのイクメンが流行りだぞ。私もそんな嫁が欲しい』
とは、言わないでおく。ややこしい。
それから針屋と糸屋へ向かう。バラバラにあるなんて不合理。誰か手芸屋を作ってくれたらいいのに。
とりあえず糸は白と黒さえあればと、親父さんの助言と雑談を聞きながら適当に選ぶ。平助は用がないからか表に出ていた。
「おおきに」
「まいど」
しかし、弥月が暖簾をくぐると、そこに藤堂はいない。キョロと辺りを見回し、辺りの店二三件覗いてから、溜息を吐いた。
「…子どもか。ちょっとの買い物くらい待てないの」
ふらふらと何処へ行ったのか。私のお供じゃなかったのか。吉備団子やらなかったから逃げたのか。
仕方がないから、糸屋の店際に立って待つ。
…
……視線が
目立つ羽織を着ていないし、静かに大人しく待っているというのに、町人たちの目が刺さる。
…そんなに見てくれるな、町人AB……そっちのCも二度見するな。迷子の外国人じゃねえぞ。心配なら助けてくれ。
当然、立派な二本差しをしているから、彼らはそんなこと思っていないのだろうけれど。
その時、二人の女がこちらに気付かずに喋りながら通り過ぎた。
「あっちで喧嘩してはるんやて」
「またぁ……今度はなんやの」
「若いお侍はんがどやしおうてはるんやと」
「もう、これやさかい敵んわぁ。危なぁてよう子ども外へやれん」
「ほんまに。うちんもごんたやしねぇ…」
……
「まさか、ね…」
と、口にしたものの、平助の性格を考えると強(あなが)ち否定もできなくて。
弥月は少し考えた後、再び大きなため息を吐いた。
「犬の首輪、経費で落とせないかな…」
喧嘩がどこで起きているかは、人の輪ですぐに分かった。遠巻きにしていた人垣からひょっこりと頭を出す。身長高いって便利。
「わりゃーなしてそねぇなせたんか!?」
「しろしい!てんばやっかんの!!用がのぅで耐え難ぇわ! 」
「せからしか! しごぉしちゃるで!! 」
「ん……?居なくない?」
じっと様子を観察するが、今しがた殴り合いを始めたのは男二人で。どちらも平助ではない。
興味本位で野次馬に混ざってじっと見ていても、正直、単語の意味が全然分からない。
雰囲気的には、『お前何やってんだよ!』『うっせえな、お前には関係ねぇ!』って感じだったが。
そして殴り合いが始まって、一機に人垣が薄くなった。
そりゃ関わりたくないよねー…
『喧嘩と火事は江戸の華』と、喜んで皆混ざっていくと平助から聞いたことがあるが、京都はそうではないようだ。というより、平助の話に絶対誇張があると思う。
私もあまりこう…プロレス的な何かは好きでない。痛そう。
どうしよ……ここで待ってたら、そのうち平助飛び込んでくるかな…
独りで帰っても良いのだが、連れて出てきてくれた彼に待ちぼうけを食らわせるくらいなら、自分が待つ。
迷子の法則は『その場で待つこと』……って、アレ? もうここにいる時点で駄目じゃん
「ぎゃ!あこの蛮人、新撰組じゃ!」
「なんど!?」
……
「……は?」
ボウッとしていたが、指を指されたのは間違いなく、私。
おい待て。さっきまで殴り合ってた奴等が、なにゆえ私に。…てか、誰が蛮人だ。あんたらこそ日本語喋れ
そうは思っても、男たちの切られる鯉口。向けられる二本の刀と、鬼のような形相。
ヒイと声を上げて、足早に逃げる町の人々。
あ、これヤバいやつ
「敵(かたき)じゃああああ!!」
「はああぁぁぁ!!?」
弥月は男が迫ってから気が付いた。
彼らはきっと『新選組』を敵にした『長州浪士』であるだろうことに。
***
平助side
絲屋に戻ると弥月はいなかった。
「…ったく、何処行ったんだよ。鈴でも付けた方がいいんじゃねぇの?」
そっから動くなよと思いつつ、左右へ首を巡らせながら歩く。
「なあなあ、青い手拭い被った男見なかった?」
「あぁ、鬼っ子の浪士だろ? たぶんあっちに歩いて行ったよ」
平助がその辺りにいた町人に声をかけると、三人目の豆腐売りから目撃情報。
幸いなことに、弥月は人に訊きながら探せばすぐ見つかるようだ。彼は深藍色の手拭いを被っていても、なぜか少し目立つ。
ちぇ、反対方向かよ
俺が踵を返した時、
ビュンッ
目の前をすごい速度で通りすぎるものを、思わず見送る。
「あ」
しまった、今の弥月じゃん!
「弥月!」
たなびく金髪を慌てて追いかける。
『らんにんぐ』の時とは違って、噂通りに驚くほどに速いが、せめて声が届く距離まで詰めるしかない。
「弥月!どこ行くんだよ!!」
目的が分からないから、追っかけるしかない。こっちは屯所の方向でもない。
「止まれって、弥月!!」
俺の声に気づいたのか、弥月は速度を落としながら後ろを振り返った。
「弥月!」
「あ。平助!」
あ、じゃねぇよ
やっと足を止めた彼に追い付くと、なぜか俺の後ろを見てキョロキョロしている。それを少し疑問に思いながら、少し乱れた息を整えて文句を言ってやる。
「…ハァ…何、やってんだよ。一人てどっか、行くなよ……」
「うん、ごめん」
それは全くもって上の空の返事で。
俺はムッとしたが、弥月がまだ神妙な顔で来た方向をじっと見ていたので、自分もそちらを見た。
……?
「なんかあったのか?」
「襲われた」
「!!」
つまり、弥月は追っ手を心配しているということ。
「おい、相手誰だ!? 逃げてきたのか!?」
「…ちゃんと、かわしてきたよ」
「そうじゃねぇって!敵前逃亡だろ!」
俺が慌てて指摘すると、弥月は眉根を寄せる。今、思い出したらしい。
「――っ馬鹿!誰かに見られたか!?」
「……うん、まあ観客はそれなりに…」
「馬鹿! お前目立つんだからな! 金髪の奴が逃げたなんて、すぐ新選組の奴ってバレるぞ!? 回りまわって知れ渡るぞ!?」
「……」
弥月はしかめ面をして少し考えていた。俺の眼をじっと見て、口を開く。
「…あちゃー…」
「あちゃーじゃねえぇぇ!!!」
ウガ――!と平助はがなって、地団駄を踏んだ。
「分かってんのか!? 敵前逃亡は切腹だぞ!?」
オレが黙ってたって絶対にバレる。こんな悪気ない顔してる奴、どうすりゃいいんだ!?
現場に戻って、改めてその敵を切ってくればよいのか、それだと組としての体裁が悪くなるだろうかと考える。
「…平助、『いー』って言って」
「…は?」
唐突に訳の分からないことを言う弥月は、相変わらず真面目な顔をしていて。
『弥月は分かりやすい』と、以前誰かが言っていたが、正直、オレには何を考えてるのかなんてサッパリ分からない。
「いいから。いー」
「……いー?」
「もっと長く」
「いー…グぅ!?」
二度目は「?」と語尾をあげる暇もなかった。
弥月の拳が、平助の顎を突き上げた。舌を噛まなかったのは『い』のお陰か。
俺はその場に倒れこんだ。グラグラする頭で、彼の声をどこか遠くに聞く。
「ごめん、平助。ちょっとここにいて。しばらく動かない方が良いし」
俺は意識を失ってはなかった。
来た方向ではない遠くへ行っちまうあいつが何を考えているか。
気付かなければ良かったのに、なぜか突然に分かってしまった。
「…弥月……」
その声は小さくて、とてもあいつに届くようなものではなかった。
***