姓は「矢代」で固定
第四話 歩ける道 歩きたい道
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
弥月side
烝さんだけじゃなくて、誰に言っても、そういう反応が普通なのだろうか。
疑問に思うにまでもなく、兄達だって稽古の時、自分だけには甘い態度をとった。だから、烝さんの変わり様が特段おかしいというわけでは無いのだと思う。
だけど、それを確認したくて、辿り着いた山南さんの部屋の前で、彼に呼びかけるも返事は無い。今この部屋には居ないのだと知ったけれど、ここ以外に行き場が無いような気がして、特に考えもせずそのまま部屋の前に坐する。
こんな思いをしたのは、決してこれが初めてじゃない
子どもの頃からずっと竹刀を振ってきた。才はあったのかもしれないが、努力もしてきた。それは血縁とはいえ部外者だった家に、早く馴染むための手段としては上々だったし、自分でも、強くなることが遊びの中で一番楽しかった。
だけど…
だけど、そこまでしなくて良いと思われているのに気付いたのはいつの頃だったか。兄達に食らい着いてきたつもりで、それを望まれてはいなかったのだと理解した時、ずっと気付かなかった自分に心底がっかりした。
今までの歳月は何だったのかと思いながら、それでも今更自分を変えられず。たとえ兄には勝てなくとも、手にした力は本物で……それを棄てるには、剣術が好きすぎた。
そして、優しい家族は、これから私はどう生きて行くつもりかを誰も聞かなかった。まだ展望も何もないと思っていたのか、ずっと家に居ても良いと思ってくれていたのか…
…お互いの気持ちを大切にして、お互い気付かないふりをし続けている。
そんな時、この時代へ来た。
ここではその才と熱意を必要としてもらえて、本気でぶつかり合い、これからまだ伸びると言ってもらえる。そうして、いつしか私は自分に自信を取り戻していた。
身体を壊すんじゃないかと思うほどの厳しい手解きを受けても、平気どころか楽しくて。
自分でも確実に腕を上げていると思うし、みんなと切磋琢磨する感覚が本当に楽しくて……そうして強くなることが、ここでは正義なのだと思った。
そして、たとえ新選組を離れたとしても、これは私の力になる。
だから手心無く、ただ本当に私の成長を喜んでくれる人達へ、任務を遂行するという方法で、少しばかり恩を返している気になっていた。
だけど「これ以上要らない」と言われた
いつだって同じ
『所詮、女だから』という理由で
なぜ“矢代弥月”が認められていると勘違いしたのだろう。それは嘘と偽りの仲間という姿をとっていたのに。
一番最初に、全てを知っていても受け入れてくれた人がいたから
「…せり、ざわさん…」
新選組のために命を賭した彼が、私にも残そうとしてくれたものを、私はここに返すべきなんだと勝手に思っていた。それが貴方に義を返すことに繋がるだろうと。
貴方が当たり前のように受け入れてくれたから………誰よりも強い貴方が認めてくれたから、私も自分を認められたんです
貴方が私に伝えようとしてくれたのは何だったのか、分からなくなってしまいました
「どうして…」
ガラガラと音をたてて足元が崩れていく。
それと同時に、そんなものが元からあったのだろうかという疑問に気付くと、ふっと底の見えないどこかへ落ちていくような感覚に身震いする。
結局、ここに居る自分は何なのだろう。
私が私らしく生きていて、それで誰が喜んでくれるのだろうか。
ただ、生きたくて生きている
私が生きるために生きていた
死んだって生きたって同じなんて、どうしようもなく惨めだった。
「…帰り、たい…」
要らないなら、居たくない
帰してよ、神様
何度そう願っても、応えるものはいない。
それ以外に帰る方法など見つからないから、ここでこうして生きるしかなくて…
だけど、たかが孤独を感じたくらいで、自分のために涙が滲むことを受け入れられなかった。
誰かに認めて貰えないだけで……どうして諦めて一人で生きていけないんだろう。
なんて弱いんだろう。心が弱いんだろう
泣いてもどうにもならないし、女だから泣くと思われてしまうから、それこそ弱い人間だと思われてしまうから、泣いてはいけないのに。
カタン
突然に背後で音がして、ビクリと弥月は肩を震わせた。そして硬直した弥月の後ろでスッと障子が開く。
さきほどまで暗かった背後の部屋からは、いつの間にか灯りが漏れていた。
「どうしたんだ、矢代君? 山南君はいないだろう」
「――っん藤さ…」
「…どうしたんだ。火急の用なら俺が承る」
声が上手く出なかったが、矢代の只ならぬ様子に、近藤は気を鋭くした。
矢代は違うのだと言おうと、ここから去ろうと思ったのに、足に力が入らなくて、よたつきながら立ち上がろうとすると、その腕を引かれて支えられる。
「大丈夫か!?」
足元が揺れるような感覚の中で、肩を支えられるようにして立った。だけど何も問題はないのだと、心配させるまいと笑おうと顔を上げて「はい」と頷いた拍子に、ポロリと涙が落ちた。
それに自分でも驚いて慌てて俯き、急ぎの用がないことを説明しようとすると、酷く鼻にかかる湿った声が出た。
「すいません、何でも無いんです」
けれどそう言って、ここを離れようと思った時に気付いたことは、寒空に冷えてきていた私の肩を持っている近藤の手が温かいことで。その大きくて少し硬い手で、しっかと私を支えている。
宙に浮いたような心地の中で、それでも私はここに立っている
足は縫い止められとように動かなくて。思いやりによって差し出された彼の手を振り払うことなど、今の私には出来なかった。
「...矢代君…少し話をしないか? 一度君と話をしたいと思っていたんだ」
不意に彼がそう言って、私は彼の意図することが何も理解できなかった。ただこのままでは行き場の無い自分が可哀想で、その手に導かれるままに彼の部屋へと足を踏み入れた。
近藤は座布団を弥月に勧めてから、「近頃めっきり寒くなってきたなあ」と言って火鉢に火をくべる。その姿を弥月はぼんやりと目に映していた。
彼は私との間にそれを置いて、正面に胡坐をかいてから何気ない調子で言った。
「君がここに来てから、三ッ月は経ったかな?」
「…軟禁されていた頃を含めれば、三ケ月半経ちました」
「そうか、早いものだ。ここの生活にも慣れたかな」
「はい…なんとか…」
「隊務の方も多岐に渡ってこなしてくれているようで、とても感謝しているよ。撃たれたと聞く傷の方は大丈夫かな」
「はい…もう殆ど癒えました」
事実として返事はきちんとできていると思う。彼の努めて明るい声が聞こえるが、自分の心を占めていたのは重苦しいものだったから、問われる事はまるで他人事のような感覚だった。
虫の音もしない静かな夜半。一つだけ灯りの点った部屋に静けさが戻る。
火が空気を含んで静かに燃える音と、時折ぱちりと炭が爆ぜる小さな音がする。気まずさも何もなく、弥月はただ静かに座ってそれを眺めていた。
今ここに独りきりでないことを感じながら。
ふっと、彼が再び立ち上がる気配がしてそれを目で追うと、彼は押入れを開けてガサゴソと何かを探しているようだった。
「おぉ、あったあった」
嬉しそうな声で、広げたのは半纏。それを弥月の方へ持って来て、ふわりと肩にかけた。
「ははっ…少し大きいが、大は小を兼ねるからな!」
「…あ、りがとうございます」
身幅の長い半纏は袖を通さなくても、弥月の身体を覆い包む。最初はひんやりしていたものの、衿を胸元に寄せると、段々とその中は優しい温度になる。
「…あったかい、です…」
それに包まれているだけで、強張っていた身体の力が少し抜けた気がした。
ちょっとくらい歪んだ表情でも良いだろうかと、綻んだ顔で感謝を込めて近藤さんを見ると、彼もほっとしたような顔で私を見つめる。
そしてその視線を絡ませたまま、近藤は徐に口を開いた。
「…もし差し支えなければ、君が思っていることを話してはくれないだろうか。今、困っているのだろう…?」
弥月は再び表情を曇らせる。
図らずして、彼に縋りつく形となってしまっていることに弥月は気付いた。
「順序立てる必要はない。思いついたことを言ってくれれば良い」
なにを言えば良いのだろうか
どうしてこの部屋へ来たのかと……烝さんの姿を思い出す。彼は女だから手加減するようになった。そんなことを私は望んでいないのに。
自分の努力が足りなくて、蔑まれたり悔しいだけならまだ良かった。最初から、彼…いや、彼らに対等に見てもらえる可能性が全く無かった。
私が私である限り、嘘を吐き続けなければ、欲しいものは永遠に得られないのだろうと……それが心に深く刺さって苦しかった。
この人もきっと同じなのだろうと、どこかで絶望した気持ちになる。
また一筋、涙が落ちる。
無駄だと知りながらも何かを言わなければ、胸に詰まった鉛のようなものに、圧し潰されてしまいそうだった。
「…どうしても……どうしても駄目なんでしょうか、どこにいても私の努力は無駄になるんでしょうか…」
どうして二つ同時には選べなかったのだろう。
綺麗なものも可愛いものも好きだ。女性らしくいて褒められれば嬉しいし、おしゃれをして出かけるのは楽しい。
だけど、成長するにつれて、剣術と関係なく自分が女だと自覚することは……誰かに「要らない」と言われたから剣術を棄てるようで、今までの自分を否定するようで…
…必死に、直向(ひたむ)きに思いを捧げてきた幼い頃の自分が可哀そうで……私自身がそれを許さなかった。
「…この腕は……フッ…わたしの才は…好きな剣は、望まれないものだったんでしょうか……」
“剣術以外の私”は、“1番なりたい私”では無かった。
どちらかを棄てるしか、私には選べなかった。
「…なんで、私がここに来たんでしょうか…」
この時代に来なければ、“1番以外”でも諦められたのに。
彼らとともに居れば、大好きな剣術に伸びる才があるのだと知ってしまった。
「…必要っと、されてなんて無いのに……」
どこに居ればいいのだろうか。どこにも行けないのに、何にもなれないのに。
「…ただ、帰りたいのに…」
先の見えない未来に、いつまで悩めば良いのだろう。
すすり泣く弥月に、近藤は何も言わなかった……言えなかったというのが正しいのだろう。
「…近藤さん」
その時、何の前触れもなく、耳に届いたのは落ち着いた声。廊下へつながる障子には人影が映っていた。
***
弥月side
烝さんだけじゃなくて、誰に言っても、そういう反応が普通なのだろうか。
疑問に思うにまでもなく、兄達だって稽古の時、自分だけには甘い態度をとった。だから、烝さんの変わり様が特段おかしいというわけでは無いのだと思う。
だけど、それを確認したくて、辿り着いた山南さんの部屋の前で、彼に呼びかけるも返事は無い。今この部屋には居ないのだと知ったけれど、ここ以外に行き場が無いような気がして、特に考えもせずそのまま部屋の前に坐する。
こんな思いをしたのは、決してこれが初めてじゃない
子どもの頃からずっと竹刀を振ってきた。才はあったのかもしれないが、努力もしてきた。それは血縁とはいえ部外者だった家に、早く馴染むための手段としては上々だったし、自分でも、強くなることが遊びの中で一番楽しかった。
だけど…
だけど、そこまでしなくて良いと思われているのに気付いたのはいつの頃だったか。兄達に食らい着いてきたつもりで、それを望まれてはいなかったのだと理解した時、ずっと気付かなかった自分に心底がっかりした。
今までの歳月は何だったのかと思いながら、それでも今更自分を変えられず。たとえ兄には勝てなくとも、手にした力は本物で……それを棄てるには、剣術が好きすぎた。
そして、優しい家族は、これから私はどう生きて行くつもりかを誰も聞かなかった。まだ展望も何もないと思っていたのか、ずっと家に居ても良いと思ってくれていたのか…
…お互いの気持ちを大切にして、お互い気付かないふりをし続けている。
そんな時、この時代へ来た。
ここではその才と熱意を必要としてもらえて、本気でぶつかり合い、これからまだ伸びると言ってもらえる。そうして、いつしか私は自分に自信を取り戻していた。
身体を壊すんじゃないかと思うほどの厳しい手解きを受けても、平気どころか楽しくて。
自分でも確実に腕を上げていると思うし、みんなと切磋琢磨する感覚が本当に楽しくて……そうして強くなることが、ここでは正義なのだと思った。
そして、たとえ新選組を離れたとしても、これは私の力になる。
だから手心無く、ただ本当に私の成長を喜んでくれる人達へ、任務を遂行するという方法で、少しばかり恩を返している気になっていた。
だけど「これ以上要らない」と言われた
いつだって同じ
『所詮、女だから』という理由で
なぜ“矢代弥月”が認められていると勘違いしたのだろう。それは嘘と偽りの仲間という姿をとっていたのに。
一番最初に、全てを知っていても受け入れてくれた人がいたから
「…せり、ざわさん…」
新選組のために命を賭した彼が、私にも残そうとしてくれたものを、私はここに返すべきなんだと勝手に思っていた。それが貴方に義を返すことに繋がるだろうと。
貴方が当たり前のように受け入れてくれたから………誰よりも強い貴方が認めてくれたから、私も自分を認められたんです
貴方が私に伝えようとしてくれたのは何だったのか、分からなくなってしまいました
「どうして…」
ガラガラと音をたてて足元が崩れていく。
それと同時に、そんなものが元からあったのだろうかという疑問に気付くと、ふっと底の見えないどこかへ落ちていくような感覚に身震いする。
結局、ここに居る自分は何なのだろう。
私が私らしく生きていて、それで誰が喜んでくれるのだろうか。
ただ、生きたくて生きている
私が生きるために生きていた
死んだって生きたって同じなんて、どうしようもなく惨めだった。
「…帰り、たい…」
要らないなら、居たくない
帰してよ、神様
何度そう願っても、応えるものはいない。
それ以外に帰る方法など見つからないから、ここでこうして生きるしかなくて…
だけど、たかが孤独を感じたくらいで、自分のために涙が滲むことを受け入れられなかった。
誰かに認めて貰えないだけで……どうして諦めて一人で生きていけないんだろう。
なんて弱いんだろう。心が弱いんだろう
泣いてもどうにもならないし、女だから泣くと思われてしまうから、それこそ弱い人間だと思われてしまうから、泣いてはいけないのに。
カタン
突然に背後で音がして、ビクリと弥月は肩を震わせた。そして硬直した弥月の後ろでスッと障子が開く。
さきほどまで暗かった背後の部屋からは、いつの間にか灯りが漏れていた。
「どうしたんだ、矢代君? 山南君はいないだろう」
「――っん藤さ…」
「…どうしたんだ。火急の用なら俺が承る」
声が上手く出なかったが、矢代の只ならぬ様子に、近藤は気を鋭くした。
矢代は違うのだと言おうと、ここから去ろうと思ったのに、足に力が入らなくて、よたつきながら立ち上がろうとすると、その腕を引かれて支えられる。
「大丈夫か!?」
足元が揺れるような感覚の中で、肩を支えられるようにして立った。だけど何も問題はないのだと、心配させるまいと笑おうと顔を上げて「はい」と頷いた拍子に、ポロリと涙が落ちた。
それに自分でも驚いて慌てて俯き、急ぎの用がないことを説明しようとすると、酷く鼻にかかる湿った声が出た。
「すいません、何でも無いんです」
けれどそう言って、ここを離れようと思った時に気付いたことは、寒空に冷えてきていた私の肩を持っている近藤の手が温かいことで。その大きくて少し硬い手で、しっかと私を支えている。
宙に浮いたような心地の中で、それでも私はここに立っている
足は縫い止められとように動かなくて。思いやりによって差し出された彼の手を振り払うことなど、今の私には出来なかった。
「...矢代君…少し話をしないか? 一度君と話をしたいと思っていたんだ」
不意に彼がそう言って、私は彼の意図することが何も理解できなかった。ただこのままでは行き場の無い自分が可哀想で、その手に導かれるままに彼の部屋へと足を踏み入れた。
近藤は座布団を弥月に勧めてから、「近頃めっきり寒くなってきたなあ」と言って火鉢に火をくべる。その姿を弥月はぼんやりと目に映していた。
彼は私との間にそれを置いて、正面に胡坐をかいてから何気ない調子で言った。
「君がここに来てから、三ッ月は経ったかな?」
「…軟禁されていた頃を含めれば、三ケ月半経ちました」
「そうか、早いものだ。ここの生活にも慣れたかな」
「はい…なんとか…」
「隊務の方も多岐に渡ってこなしてくれているようで、とても感謝しているよ。撃たれたと聞く傷の方は大丈夫かな」
「はい…もう殆ど癒えました」
事実として返事はきちんとできていると思う。彼の努めて明るい声が聞こえるが、自分の心を占めていたのは重苦しいものだったから、問われる事はまるで他人事のような感覚だった。
虫の音もしない静かな夜半。一つだけ灯りの点った部屋に静けさが戻る。
火が空気を含んで静かに燃える音と、時折ぱちりと炭が爆ぜる小さな音がする。気まずさも何もなく、弥月はただ静かに座ってそれを眺めていた。
今ここに独りきりでないことを感じながら。
ふっと、彼が再び立ち上がる気配がしてそれを目で追うと、彼は押入れを開けてガサゴソと何かを探しているようだった。
「おぉ、あったあった」
嬉しそうな声で、広げたのは半纏。それを弥月の方へ持って来て、ふわりと肩にかけた。
「ははっ…少し大きいが、大は小を兼ねるからな!」
「…あ、りがとうございます」
身幅の長い半纏は袖を通さなくても、弥月の身体を覆い包む。最初はひんやりしていたものの、衿を胸元に寄せると、段々とその中は優しい温度になる。
「…あったかい、です…」
それに包まれているだけで、強張っていた身体の力が少し抜けた気がした。
ちょっとくらい歪んだ表情でも良いだろうかと、綻んだ顔で感謝を込めて近藤さんを見ると、彼もほっとしたような顔で私を見つめる。
そしてその視線を絡ませたまま、近藤は徐に口を開いた。
「…もし差し支えなければ、君が思っていることを話してはくれないだろうか。今、困っているのだろう…?」
弥月は再び表情を曇らせる。
図らずして、彼に縋りつく形となってしまっていることに弥月は気付いた。
「順序立てる必要はない。思いついたことを言ってくれれば良い」
なにを言えば良いのだろうか
どうしてこの部屋へ来たのかと……烝さんの姿を思い出す。彼は女だから手加減するようになった。そんなことを私は望んでいないのに。
自分の努力が足りなくて、蔑まれたり悔しいだけならまだ良かった。最初から、彼…いや、彼らに対等に見てもらえる可能性が全く無かった。
私が私である限り、嘘を吐き続けなければ、欲しいものは永遠に得られないのだろうと……それが心に深く刺さって苦しかった。
この人もきっと同じなのだろうと、どこかで絶望した気持ちになる。
また一筋、涙が落ちる。
無駄だと知りながらも何かを言わなければ、胸に詰まった鉛のようなものに、圧し潰されてしまいそうだった。
「…どうしても……どうしても駄目なんでしょうか、どこにいても私の努力は無駄になるんでしょうか…」
どうして二つ同時には選べなかったのだろう。
綺麗なものも可愛いものも好きだ。女性らしくいて褒められれば嬉しいし、おしゃれをして出かけるのは楽しい。
だけど、成長するにつれて、剣術と関係なく自分が女だと自覚することは……誰かに「要らない」と言われたから剣術を棄てるようで、今までの自分を否定するようで…
…必死に、直向(ひたむ)きに思いを捧げてきた幼い頃の自分が可哀そうで……私自身がそれを許さなかった。
「…この腕は……フッ…わたしの才は…好きな剣は、望まれないものだったんでしょうか……」
“剣術以外の私”は、“1番なりたい私”では無かった。
どちらかを棄てるしか、私には選べなかった。
「…なんで、私がここに来たんでしょうか…」
この時代に来なければ、“1番以外”でも諦められたのに。
彼らとともに居れば、大好きな剣術に伸びる才があるのだと知ってしまった。
「…必要っと、されてなんて無いのに……」
どこに居ればいいのだろうか。どこにも行けないのに、何にもなれないのに。
「…ただ、帰りたいのに…」
先の見えない未来に、いつまで悩めば良いのだろう。
すすり泣く弥月に、近藤は何も言わなかった……言えなかったというのが正しいのだろう。
「…近藤さん」
その時、何の前触れもなく、耳に届いたのは落ち着いた声。廊下へつながる障子には人影が映っていた。
***