姓は「矢代」で固定
第四話 歩ける道 歩きたい道
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***
ずっとお互いに間を詰めて打ち合っていた所から、彼女が不自然なまでに大きく後ろへ飛躍し、俺から離れた。
そして「前回から思ってたんですけど…」と前置きしてから、わずかに時間を置いて彼女は言った。
「…手、抜いてませんか」
ドキリと俺の心臓が跳ねた。
「…そのつもりは無い」
問題ない、いつも通りの調子で応えることができた。こんな時こそ、自分は監察に向いているのだと自覚する。
嘘偽りなく、俺は手を抜くつもりは全く無い
そう、無いのだが……正直なところ俺の手が勝手に一瞬躊躇うのは否定できない
一応、原因は分かっている。
矢代君を監察として使えるようにするために、死ぬ気で訓練させることは当然と思っている。だから、彼女と刃を交えている時に、俺に見えているのは“彼”である事に気付いた時……申し訳ないとも思うが、男に見えることがこれほど有難いことはないと思った。
だから数日前、“いつも通り”に鍛錬したら、その後、借家に戻れないくらいに疲弊させてしまった。疲弊するだけなら問題ないが、それに至るまでに何度彼女に打撃を与えたか。
そして昨日、彼女を観察していて気付いた事。
彼女が腕捲りをした時に見える幾多の痣の内、自分が付けたのはどれだけあるのか……見えない場所にも打った斬撃……それを思い出してゾッとした。
彼女との鍛錬に、手を抜いている訳では無い。
ただ、痣になるほど木刀で叩いたり、蹴り飛ばしたりするのを避けているだけ……要は、寸止めすることが増えたように思う。
だが、それに直接剣を交えている矢代君が気付かないわけがなく、彼女は怒気を含んだ声で言った。
「最近、烝さん変なんですけど。この任務が始まっても、最初の頃はもっとなんか……厳しい稽古してくれてましたよね? どっか調子悪いんですか」
「…体調は悪くない。それに俺は稽古に手を抜いていない。君に指導を怠っているつもりはない」
薄暗闇の向こうで、彼が顔を顰めただろうことが分かった。
「そうですね。…そうですけど、もしそれで私が納得すると思ってるんだったら、本気で怒ります」
「……」
ビュッと一筋、風を斬る音がした。
「…銃の傷が治ってなくても容赦なかったし、最初は関係ないかなと思ってたんだですけど………どういう気の迷いかは知りませんが、やっぱり、そういうことなんですかね。
厳しい稽古ができない理由は、私にあるってことで良いんですよね、烝さん」
橙色の灯りに照らされる顔の右側と、影になって見えない反対側。深い陰影の中で、光を跳ね返す右眼が真っ直ぐに俺へと訴えるのは、怒り。
なのに、半分だけ映しだされる口元は自嘲するように笑っていた。
この声を、表情を、俺は知っている
彼女が師の死を悼んだ晩に……悲しみのような、怒りのようなものを混ぜながら……言葉を俺に向けず、俺を通して遥か遠くまでを見ていた。
『何が正しいか分からない』と
けれど、今は…
「なめてる」
記憶の間にいた俺の耳に残ったのは、冬の外気よりも冷えた彼女の声だった。たった四文字に集約された思いを、俺が一身に受けている。
その彼女が身に纏う気迫で、俺の身体は独りでに緊張し身構える。ピリピリと肌を刺す空気に、俺は細く長い息を静かに吐く。
これが彼女の殺気なのだと、俺は初めて知った。
俺の勘は正しかった。今まで以上の速さで、無言のままの彼女の斬撃が飛んできた。
大きく袈裟懸けに返し返し斬る三手までを避けてから、切り結んで、刀の向こうの彼女へ唸るように声を上げた。
「俺は君にそこまでしろとは言わないだけだ」
山崎がグッと身体を入れると、矢代は押し負けてきて、悔しさにギッと奥歯を強く噛む。
「――っ期待してないってことでしょう!?」
交わしたまま詰め寄るような山崎の刀を、矢代は渾身の力で振り払うと、発する言葉の語尾が跳ね上がった。けれど、その後も山崎から距離を取るのではなく、追撃をかけるために一閃振り上げた。荒々しく、攻めるような太刀筋を彼女は隠さない。
しかし、山崎の剣先も逃げるではなく、睨む視線と共に彼女へ向かっていく。
「違う!」
「違わない!!」
カンッカッ…ガンッ
矢代が打ち負けて、一本の刀が飛んだ。
だが矢代は山崎から目を離さなかった。自分の手から刀が離れる瞬間、彼の表情に隙を見た。滑り出すように足を伸ばして、内から外へ山崎の片脚を払うと、山崎の重心が崩れる。
しまっ――…!
山崎は目を見開いて、残った足を軸に体勢を立て直そうとするが、矢代が腕を伸ばして腕を捕える方が速かった。それから反対の手で彼の胴衣を掴んで、自分ごと彼を斜めに引き倒した。
ダンッと二人分の質量が床板を鳴らす。
「くっ…!」
ほぼ横向きに倒れた山崎が反射的に起こそうとした体を、 矢代は馬乗りになって食い止める。斜めに重なった彼の下肢に、矢代は自分の足を絡ませて、彼がもがこうとも抵抗を許さなかった。
そして懐から取り出した苦無を、勢いよく山崎の鼻先に振り下ろす。
ヒュッ…ドッ
眼前からわずか一寸程の位置に、風を斬る音と共に突き立てられた苦無に、俺は息を飲んだ。
「ハッ…ハッ……嘗めん、とって、下さい。私はこの力、を、得るための努力はしてきました…」
山崎の上に跨がったまま、矢代は顎から落ちそうになる汗を右手の甲で拭う。
「実力が無くて使えないと言うなら努力します。だけど、女だからどうせできないと思われる事には納得できない! 私は強い!!」
矢代は叫ぶように言ったが、言い切ったところで気に緩みができた。山崎は片手で彼女の衿を掴んで引き、彼女の脚ごと両脚共を振り上げて、自分の上から引きずり下ろし、軽くなった側から自分が起き上がる。
今度は矢代が目を瞠る番だった。目の前の男の袖を掴むも、勢いよく回転し始めていた身体は、敢え無く上下が逆転した。
ダンッと再び重たい音が道場内に響く。
矢代は背中を強かに打ちつけて、カハッと咳をした。
しまった、つい…!
咳込む矢代を見て、山崎は不利な体勢に思わず技を返してしまったこと後悔した。けれどまた抵抗を試みる彼女の肩を反射的に掴み、床へと抑えつける。
ともすれば解放させられてしまう程の抗う力を、俺は言葉で押さえるように、喉元まで出掛っていたものをハッキリと口にした。
「君の実力を否定できる者は、きっとここにはいない。君の努力を知らない者はいない。たとえ助勤達に名を連ねても、見劣りしない実力を君は持っている!」
自分の中でもまだ考えは纏まっていなかったが、黙って見ていることが出来ない程に、複雑な彼女の事情に自分も巻き込まれていた。
見ないように、見えないようにしていた、自分の中で渦巻くのはいったい何なのだろう。
「上っ面に騙されている」と助言された時の、不信感に似て非なる感情。直面しているはずの今でも、はっきりとは答えの見えないもどかしさがあった。
「ゴホッ――だったら」
彼女が言い募ろうとしたのを、俺は「だが!」と遮る。
「矢代君は俺達とは違う!」
「…!」
「新選組に全てを捧げられない! 俺たちに後ろ砂をかけようとも、生きたいと願っているだろう!?」
君が真にそう願うから、俺は助けてやりたいと思ったんだ。今だってそれは変わらない。
両肩を床に完全に縫いとめられた彼女は、身体の抵抗を諦めたようだったが、忌々しげに俺の腕を一度見てから、鋭い目で俺を睨んだ。
「それを承知で連れて行ってくれるんでしょう!? 責任は果たすと約束しました!!」
それは君が新選組で生きることを選び、そして“彼”らしく活きようとしているのだと思って受け入れた。
だがそれは”彼”と約束したことだった。
「君が責任を感じない人間だと言っているんじゃない! 出来ることと出来ないことがあるという話だ!!」
「私が命の危険がある戦闘になったら、真っ先に逃げるように見えたってことですか!?
私は自分も仲間も守りたいから、貴方に真剣で教えてほしいと言ったんです! 請け負った任務は出来る出来ないじゃなくて、絶対にする!!」
「あの時とは状況が違う、任務以前の問題だ! 君は女性だったんだろう!?」
「はあ!? 何でまたここで女なことが関係あるんよ!? 私が生きたいんがどうやって話と違うん!?」
「一緒じゃないか!」
「違うわ! そもそも全然言うてる話が分からん!! 女でも十分強いんは認めるんやろ!?
だったら私が思うてることはずっと一緒やん! ただ無駄死にはしたぁないって言うてるだけ! 女であろうと無かろうと、前と何も変わらへんやないの!! 努力して実力つけて、任務行っても死なんように稽古したいんや!!」
噛みつくような言葉。それにどうしてか酷く苛つく自分がいた。
聞き分けの良い君が、何故こんな簡単なことが分からないのだろうかと。
俺は自分が説明できていないなどと思いもしなかった。
「俺が思ってた君と、実際の君が違ったんだ! 仕方がないだろう!? 俺が手心を加えたと言うならば、それ以外に何の理由が要るんだ!!
君にはもう十分に実力がある! 鍛錬を積むのは悪くないが、それ以上傷だらけになってまで剣技を極める必要はないだろう!? 君が女性だと知ったなら、身体を潰させてまで誰も指導するはずがない!!」
ヒュッと矢代が息を吸う音がした。それに山崎は激しい怒声が来ることを身構えたのだが、唐突に、抑えつけていた彼女の身体の力が緩んだ。
そして覆いかぶさるようにした俺の陰の中で、すっと彼女の表情が消えたのを見る。
矢代はフハッと詰まった吐息を吐きだしてから、顔を両手の甲で覆って、静かにクツクツと笑いだした。
「……なんやの………結局、女やからあかんって事やんか」
けれども程なく、喉を鳴らすように笑っていたのが収まり、「はぁ」とまた息を吐いてからその手を除ける。
じっと山崎を見た目は笑っていなかった。
その目は“俺”を見る時の彼女の眼では無くて、無機質なものでも見るような彼女の表情に、俺は自分の中の熱がすっと冷えていくのを感じた。
「退いてください」
「矢代君、俺は」
「退いてください」
聞いたこともない硬い声に、山崎は僅かに怯んで彼女を解放する。矢代はゆっくりと起き上がりながら、解けた髪を軽く手櫛で梳いて、そのまま立ち上がった。
「ちょっと頭冷やしてきます。明日にはちゃんと戻るので、少し放ってて下さい」
そう言って出入り口へ足を進める矢代君に思わず名前を呼びかけるも、彼女は俺を振り返らない。
そして彼女は音を立てずに、道場の戸を閉めた。
ずっとお互いに間を詰めて打ち合っていた所から、彼女が不自然なまでに大きく後ろへ飛躍し、俺から離れた。
そして「前回から思ってたんですけど…」と前置きしてから、わずかに時間を置いて彼女は言った。
「…手、抜いてませんか」
ドキリと俺の心臓が跳ねた。
「…そのつもりは無い」
問題ない、いつも通りの調子で応えることができた。こんな時こそ、自分は監察に向いているのだと自覚する。
嘘偽りなく、俺は手を抜くつもりは全く無い
そう、無いのだが……正直なところ俺の手が勝手に一瞬躊躇うのは否定できない
一応、原因は分かっている。
矢代君を監察として使えるようにするために、死ぬ気で訓練させることは当然と思っている。だから、彼女と刃を交えている時に、俺に見えているのは“彼”である事に気付いた時……申し訳ないとも思うが、男に見えることがこれほど有難いことはないと思った。
だから数日前、“いつも通り”に鍛錬したら、その後、借家に戻れないくらいに疲弊させてしまった。疲弊するだけなら問題ないが、それに至るまでに何度彼女に打撃を与えたか。
そして昨日、彼女を観察していて気付いた事。
彼女が腕捲りをした時に見える幾多の痣の内、自分が付けたのはどれだけあるのか……見えない場所にも打った斬撃……それを思い出してゾッとした。
彼女との鍛錬に、手を抜いている訳では無い。
ただ、痣になるほど木刀で叩いたり、蹴り飛ばしたりするのを避けているだけ……要は、寸止めすることが増えたように思う。
だが、それに直接剣を交えている矢代君が気付かないわけがなく、彼女は怒気を含んだ声で言った。
「最近、烝さん変なんですけど。この任務が始まっても、最初の頃はもっとなんか……厳しい稽古してくれてましたよね? どっか調子悪いんですか」
「…体調は悪くない。それに俺は稽古に手を抜いていない。君に指導を怠っているつもりはない」
薄暗闇の向こうで、彼が顔を顰めただろうことが分かった。
「そうですね。…そうですけど、もしそれで私が納得すると思ってるんだったら、本気で怒ります」
「……」
ビュッと一筋、風を斬る音がした。
「…銃の傷が治ってなくても容赦なかったし、最初は関係ないかなと思ってたんだですけど………どういう気の迷いかは知りませんが、やっぱり、そういうことなんですかね。
厳しい稽古ができない理由は、私にあるってことで良いんですよね、烝さん」
橙色の灯りに照らされる顔の右側と、影になって見えない反対側。深い陰影の中で、光を跳ね返す右眼が真っ直ぐに俺へと訴えるのは、怒り。
なのに、半分だけ映しだされる口元は自嘲するように笑っていた。
この声を、表情を、俺は知っている
彼女が師の死を悼んだ晩に……悲しみのような、怒りのようなものを混ぜながら……言葉を俺に向けず、俺を通して遥か遠くまでを見ていた。
『何が正しいか分からない』と
けれど、今は…
「なめてる」
記憶の間にいた俺の耳に残ったのは、冬の外気よりも冷えた彼女の声だった。たった四文字に集約された思いを、俺が一身に受けている。
その彼女が身に纏う気迫で、俺の身体は独りでに緊張し身構える。ピリピリと肌を刺す空気に、俺は細く長い息を静かに吐く。
これが彼女の殺気なのだと、俺は初めて知った。
俺の勘は正しかった。今まで以上の速さで、無言のままの彼女の斬撃が飛んできた。
大きく袈裟懸けに返し返し斬る三手までを避けてから、切り結んで、刀の向こうの彼女へ唸るように声を上げた。
「俺は君にそこまでしろとは言わないだけだ」
山崎がグッと身体を入れると、矢代は押し負けてきて、悔しさにギッと奥歯を強く噛む。
「――っ期待してないってことでしょう!?」
交わしたまま詰め寄るような山崎の刀を、矢代は渾身の力で振り払うと、発する言葉の語尾が跳ね上がった。けれど、その後も山崎から距離を取るのではなく、追撃をかけるために一閃振り上げた。荒々しく、攻めるような太刀筋を彼女は隠さない。
しかし、山崎の剣先も逃げるではなく、睨む視線と共に彼女へ向かっていく。
「違う!」
「違わない!!」
カンッカッ…ガンッ
矢代が打ち負けて、一本の刀が飛んだ。
だが矢代は山崎から目を離さなかった。自分の手から刀が離れる瞬間、彼の表情に隙を見た。滑り出すように足を伸ばして、内から外へ山崎の片脚を払うと、山崎の重心が崩れる。
しまっ――…!
山崎は目を見開いて、残った足を軸に体勢を立て直そうとするが、矢代が腕を伸ばして腕を捕える方が速かった。それから反対の手で彼の胴衣を掴んで、自分ごと彼を斜めに引き倒した。
ダンッと二人分の質量が床板を鳴らす。
「くっ…!」
ほぼ横向きに倒れた山崎が反射的に起こそうとした体を、 矢代は馬乗りになって食い止める。斜めに重なった彼の下肢に、矢代は自分の足を絡ませて、彼がもがこうとも抵抗を許さなかった。
そして懐から取り出した苦無を、勢いよく山崎の鼻先に振り下ろす。
ヒュッ…ドッ
眼前からわずか一寸程の位置に、風を斬る音と共に突き立てられた苦無に、俺は息を飲んだ。
「ハッ…ハッ……嘗めん、とって、下さい。私はこの力、を、得るための努力はしてきました…」
山崎の上に跨がったまま、矢代は顎から落ちそうになる汗を右手の甲で拭う。
「実力が無くて使えないと言うなら努力します。だけど、女だからどうせできないと思われる事には納得できない! 私は強い!!」
矢代は叫ぶように言ったが、言い切ったところで気に緩みができた。山崎は片手で彼女の衿を掴んで引き、彼女の脚ごと両脚共を振り上げて、自分の上から引きずり下ろし、軽くなった側から自分が起き上がる。
今度は矢代が目を瞠る番だった。目の前の男の袖を掴むも、勢いよく回転し始めていた身体は、敢え無く上下が逆転した。
ダンッと再び重たい音が道場内に響く。
矢代は背中を強かに打ちつけて、カハッと咳をした。
しまった、つい…!
咳込む矢代を見て、山崎は不利な体勢に思わず技を返してしまったこと後悔した。けれどまた抵抗を試みる彼女の肩を反射的に掴み、床へと抑えつける。
ともすれば解放させられてしまう程の抗う力を、俺は言葉で押さえるように、喉元まで出掛っていたものをハッキリと口にした。
「君の実力を否定できる者は、きっとここにはいない。君の努力を知らない者はいない。たとえ助勤達に名を連ねても、見劣りしない実力を君は持っている!」
自分の中でもまだ考えは纏まっていなかったが、黙って見ていることが出来ない程に、複雑な彼女の事情に自分も巻き込まれていた。
見ないように、見えないようにしていた、自分の中で渦巻くのはいったい何なのだろう。
「上っ面に騙されている」と助言された時の、不信感に似て非なる感情。直面しているはずの今でも、はっきりとは答えの見えないもどかしさがあった。
「ゴホッ――だったら」
彼女が言い募ろうとしたのを、俺は「だが!」と遮る。
「矢代君は俺達とは違う!」
「…!」
「新選組に全てを捧げられない! 俺たちに後ろ砂をかけようとも、生きたいと願っているだろう!?」
君が真にそう願うから、俺は助けてやりたいと思ったんだ。今だってそれは変わらない。
両肩を床に完全に縫いとめられた彼女は、身体の抵抗を諦めたようだったが、忌々しげに俺の腕を一度見てから、鋭い目で俺を睨んだ。
「それを承知で連れて行ってくれるんでしょう!? 責任は果たすと約束しました!!」
それは君が新選組で生きることを選び、そして“彼”らしく活きようとしているのだと思って受け入れた。
だがそれは”彼”と約束したことだった。
「君が責任を感じない人間だと言っているんじゃない! 出来ることと出来ないことがあるという話だ!!」
「私が命の危険がある戦闘になったら、真っ先に逃げるように見えたってことですか!?
私は自分も仲間も守りたいから、貴方に真剣で教えてほしいと言ったんです! 請け負った任務は出来る出来ないじゃなくて、絶対にする!!」
「あの時とは状況が違う、任務以前の問題だ! 君は女性だったんだろう!?」
「はあ!? 何でまたここで女なことが関係あるんよ!? 私が生きたいんがどうやって話と違うん!?」
「一緒じゃないか!」
「違うわ! そもそも全然言うてる話が分からん!! 女でも十分強いんは認めるんやろ!?
だったら私が思うてることはずっと一緒やん! ただ無駄死にはしたぁないって言うてるだけ! 女であろうと無かろうと、前と何も変わらへんやないの!! 努力して実力つけて、任務行っても死なんように稽古したいんや!!」
噛みつくような言葉。それにどうしてか酷く苛つく自分がいた。
聞き分けの良い君が、何故こんな簡単なことが分からないのだろうかと。
俺は自分が説明できていないなどと思いもしなかった。
「俺が思ってた君と、実際の君が違ったんだ! 仕方がないだろう!? 俺が手心を加えたと言うならば、それ以外に何の理由が要るんだ!!
君にはもう十分に実力がある! 鍛錬を積むのは悪くないが、それ以上傷だらけになってまで剣技を極める必要はないだろう!? 君が女性だと知ったなら、身体を潰させてまで誰も指導するはずがない!!」
ヒュッと矢代が息を吸う音がした。それに山崎は激しい怒声が来ることを身構えたのだが、唐突に、抑えつけていた彼女の身体の力が緩んだ。
そして覆いかぶさるようにした俺の陰の中で、すっと彼女の表情が消えたのを見る。
矢代はフハッと詰まった吐息を吐きだしてから、顔を両手の甲で覆って、静かにクツクツと笑いだした。
「……なんやの………結局、女やからあかんって事やんか」
けれども程なく、喉を鳴らすように笑っていたのが収まり、「はぁ」とまた息を吐いてからその手を除ける。
じっと山崎を見た目は笑っていなかった。
その目は“俺”を見る時の彼女の眼では無くて、無機質なものでも見るような彼女の表情に、俺は自分の中の熱がすっと冷えていくのを感じた。
「退いてください」
「矢代君、俺は」
「退いてください」
聞いたこともない硬い声に、山崎は僅かに怯んで彼女を解放する。矢代はゆっくりと起き上がりながら、解けた髪を軽く手櫛で梳いて、そのまま立ち上がった。
「ちょっと頭冷やしてきます。明日にはちゃんと戻るので、少し放ってて下さい」
そう言って出入り口へ足を進める矢代君に思わず名前を呼びかけるも、彼女は俺を振り返らない。
そして彼女は音を立てずに、道場の戸を閉めた。