第四話 歩ける道 歩きたい道

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弥月side



 昨日の死ぬほど恥ずかしかった件については、記憶から抹消することにした。烝さんに半分はからかわれているのだと気付いていて、受け流せなかった自分は本気で馬鹿じゃないのかと思う。

 勿論、私が意地の悪いことを言う事自体はわざとでは無くて、ただ押しつけがましく無いようにと思ったら、自分言本位の言葉が閃(ひらめ)くのだから仕方ない。



 …ほらあれだ、陽動作戦ってやつだ。普通、爆弾投下するぞって脅されたら回避しようとするじゃん。だから誘導して「しめしめ…騙されよって(笑)」ってする予定だったんだよ。


 だけど昨日は、何故かどっかーんしたのは私で……誤爆した。
 きっとこれは思い通りに人を動かそうとした天罰なんだと思う。…なのに、それで善い人扱いとか、居たたまれないから止めて下さいお願いします。

 あの後、魁さんと見張りを交代するまで借家に二人きりで、意味もなく追ってくる烝さんの視線がとてもとても痛かった。穴があったら入りたいとはまさにアレで、もはや入れるなら、壺でも冷蔵庫の隙間でも良かった。




 そんなことを思い出しては、狂気の沙汰に陥りそうになる一人反省会をしながら、今日も静々と売り子さん業。








 数日ごとに弥月は山崎と共に屯所に帰り、文武館へ足を運ぶのが日課だ。黒髪の状態をあまり他の隊士に見られないようにと、山南から言われていることもあって、明るいうちに戻ることは控えていた。

 それ以外の日は、監察と弥月が主に使う借家で寝泊まりをしている。屯所に帰った日はそこで寝てしまうこともあるが……寝れたらもはや何でも良いと言ったら、たぶん烝さんが怒るので言わない。

 因みに呉服屋の横の家は、山南が別で手を回した物件なので、監察用の借家とは別物である。



 弥月は今から屯所に帰るために丸髷を解いて、カッチリと髪の一本一本を覆った墨を落としていた。その洗い流し方がザックリしているのは、墨もこれだけ使えばそれなりに値が張るため、勿体無いから残しているという事にしておく。まさか性格の問題じゃないはず。

 借家の一角の土間に弥月はしゃがんで、前かがみに半分だけ桶に頭を突っ込む。
 パシャパシャと水音が立ち、黒く濃くなっていく桶の白湯を見ると、そこに自分の顔が映っていた。

 いつも通りの私の顔になんだか少し安心する。



 まあ変装に関しては、割と上手に化けたと思っていたのに、無垢な子どもに「似てる」と指摘されて以来あまり自信は無い。道で隊士とすれ違うことが時々あるが、見つかるのではないかと心臓バクバクだ。

 見つかった場合、これも任務の一環だと思ってもらえるか、実は女だとバレるか、趣味が女装だと思われるか…



 …いや、絶対趣味だと思われる。



 自信がある。屯所内で女だと疑われたことはない。
 しかもこんな大女、この時代にはそうそういない。デカすぎて無駄に目立つせいで、横目にチラチラ見る人が後を絶たないので、道の端っこをこそこそと歩かねばならないのだ。
 いつ誰が正体に気付いても可笑しくないこれは、潜入捜査としては企画から間違いだろう。



「山南さんのこの企画は嫌がらせでしょうかね、烝さん。」

「……どうだろうな。」


 …分かってる。林さんがそこに居る時に訊いたって、烝さんが困ることくらい。愚痴だよ。



「ははは! 面白いからじゃね?」

「…さぞ面白いでしょうとも。」


 火鉢の前で、山崎の隣に座る林に素っ気なく返す。


「まあまあ、怒るな。似合ってるって、な、山崎さん。」

「……変装としては十分だ。君だとバレなければそれで良い。」


 山崎はズズズ…と冷や飯に緑茶を掛けて、梅干しを入れただけの茶漬けを啜った。



 …待って、烝さん。それやっぱり元が元だから、仕方ねぇから妥協するよって事ですか。本職とは思えない似合わなさってことですよね。え、泣くぞ。


 弥月は今それを彼に追及できないもどかしさを抱えたのだが、それを知ってか知らずか、山崎は「食べたら行くぞ」と何事も無げに言う。
 弥月は悲壮感溢れる表情で山崎を見ていたけれど、そう言われては、わしゃわしゃと髪を拭いていた手を止めて、慌てて彼らと同じように火鉢の前に座り、自分も茶漬けをかけ込んだ。


「モゴ…もひそうさまでした!」


 林が「またな」と言うのに応じてから、先に戸に手をかけた山崎の方へ駆けて、自分も草履を履くために上り口に座る。


「…これは拭いたのか。」

「?」


 意味が分からなくて見上げると、烝さんが上から見下ろしていて。

 不思議そうな顔をする弥月に呆れた顔をしつつ、先ほど彼女がそこの板間に放った手ぬぐいを掴んできて、それを金色の頭にのせた。


「わっ」


 解(ほど)いたまま、湿気たままだった髪を、上からくしゃくしゃと拭かれる。


「急かしたのは俺が悪いが、きちんと水気を取れ。もう冬だから風邪をひいてしまうだろう。」


 そう言いながら、烝さんは最初は片手で適当そうに拭いていたものの、段々と両手で丁寧に根元から揉み上げるようになって。
 自分より大きな手が頭を押す、ほど良い強さが気持ち良くて、弥月はなんだか得したような気分になったので、手ぬぐいの下で忍び笑いをしながら任せておいた。



 自分で言うのもなんだけどさ、『世話焼き』と『世話焼かれ』で悪くない組合わせだと思うんだよね。



「…よし、行こう。」


 烝さんが満足気に言ったそれがまた可笑しくて、今度は吹き出しそうになった。代わりに、顔を上げて元気よく「はい」と返事をすると、彼は優しい顔で一つ頷いた。


 タオルで拭いた時のようにすぐには乾かないが、水気が減って幾分ふんわりとした髪を低い位置で緩く纏める。それからいつもの藍染めの手ぬぐいを簡単に被って、弥月は軽快に山崎の隣を駆けて行った。





***







山崎side




 文武館の中。板の間を力強く踏み鳴らす音と、金属が交わる音、そして彼らの話声が蝋燭を一つ灯っただけの薄暗い室内に響く。


ダダンッ…キンッ


「矢代君、手応えは?」

「疑われては無いとっ、思い、ますっ!」


 矢代が胸の高さで薙いだ刃を、山崎は腰を落として頭上で交わす。山崎も彼女の腹部を狙って得物を振るが、後退して避けられた。


「君は何人に目星をつけてる。」

「とりあえず二組、か三組です、か、ね! この前言ってたのと、昨日の、昼前だっ、たか後だったかの!」


 俺が突き出す刃を、矢代君はカッカッと全て刀身に当てて受け流していく。彼女は目が良いのだろう、避けることも除(よ)けることも、上達が速かった。

 監察は仮に敵と対峙しても、斬り倒すことは元来目的では無い。どんな時でも生きて情報を持って帰る事……つまり逃げ帰ること。そういった点では、彼女は監察に向いていると言える。


 任務中は複数名と対峙することも多く、一つのことに集中できない場合が想定される。その訓練として、一つの攻撃への集中を半分にするため、敢えて話をしながら刃を交えていた。一番良い方法は複数対一だが、そうそう都合良くこの時間に稽古の相手は捉(つか)まらない。


「でも、連れが特定じゃないのっ、がっ、面倒!」


 乱れる息を振り切るように、突きの合間に彼女は声を張って喋る。

 ぶつかり合った刃がキンッと高い音で鳴り、刃毀(こぼ)れのない刀同士が滑る。一歩下がった矢代を壁際に追い込むように、山崎は歩を進めた。


「そうだ、まだ確信が無い段階だ! どれが長州浪士か確心がない限り踏み込めない! なら、今はど……!?」


 その時、ふっと明かりが消えた。

 山崎は置きっぱなしになっていた油が、あまり多くは残っていなかったことを思い出して、案外時間が経っていたのだと知る。そしてそのままスッと刀を引いた。
 額に流れる汗を袖で拭ってから刀を納める。


「…なら、今は何を観察すれば良い? 踏み込みの機会を判断するのは副長だが、それは俺達の報告を基にしてこそできることだ。君なら監察として何を把握すべきだと思う。」


 火が消えて、ほぼ真っ暗闇になった向こうで、キチンッと刀が鞘に収まる音がした。


「……確実に長州浪士の人を、一人でも顔を覚えれば……川島達と連携して、芋づる式を狙うこともできるし…」

「前半はそうだな。ある意味、一網打尽を狙う機会があると言える。
 だけど今の状況では、転々とする彼らのどこまでが一つの組織か、把握するのに時間が掛かるとは思わないか? 監察の人数は限られている。」


「…そうなんですよね……あ、ちょっと水分補給します。」


 そう言って、矢代君は道場の端に用意していた桶の方へ歩いて行く。
 彼女に誘われて俺も向うと、コポコポと湯飲みに水を注ぐ音が聞こえた。壁の明かり取りから僅かに外の光が入るだけの暗がりに、座った彼女が斜め下から差し出す湯呑みが見えて、それを受け取って喉を潤す。


 少し荒くなっていた息が整う頃に、山崎は「だから」と話を続けた。


「当然、この前のような大掛かりな会合を待って、捕まえるのが一番効率は良い。けれど彼らが警戒を強めている今の状況では、大人数が一堂に会することは少ない。」

「…地道に少しずつ減らしていくってことですか?」

「副長がそう決定する可能性もあるということだ。
 俺の見解としては、どちらかと言えば副長は大物を待つことが多く、総長は手堅く着実に進めて行く指示を出しやすいように思うが………今回は恐らく数人で良さそうだな。」


 矢代は考えながら「ふん」と頷き、それから彼女の方に向いていた山崎を見上げる。


「…じゃあ今度からとりあえず目星しい人達が来たら、しらみ潰しに尾行するとかどうでしょう。」

「…俺達がな。君は団子屋の営業があるだろう。」

「そうなんですよねー……潜入ってなんだかんだ不便なんですよねー…」

「そうだ。だから潜伏できる状況が、早くて確実で一番有難い。潜入ができるならば、それも情報に信頼が置けるが、情報収集以外の事に時間を取られがちなのが難点だな。
 聞き込みは一番身軽で、得られる情報の源も広いが、不確かなものに惑わされやすいのが問題だ。情報を追っても、無駄足を踏んでしまう事が多い。」


 それを聞いて、湯呑みを左右に傾けながら溜息交じりに「ですよねー」と呟いた矢代に、山崎は頷いてから「だが」と付け足す。


「それらは膨大な可能性を追うようにも見えるが、経験を積み重ねることによって、相手の行動の規則性が見えて来る。
 …君も『なんとなく』不審だと思う輩に目星をつけている訳だろう? そういうものの積み重ねだ。」


「……何となく過ぎて、困ってるんですけどね。」


「俺だってきっと大して変わらない。それに君に観察力がどれほど備わっているのか、まだ審議の段階だからそう気にすることはない。
 長州の動き方を予想して、必要な情報を得るための最短の手順を考えることが、何より監察にとって難しく重要なことだ。そして副長達の思考を推測し間違えることなく、必要な情報を掴むことが監察の仕事だと、今回は分かりさえすれば良い。」


「…長州浪士の動き方の傾向もだけど、決断する土方さん達の考え方も推測して情報収集するってことですか…」


 俺が腰を折ってその場にコトンと湯呑みを置くと、矢代君も休憩の終了を察して立ち上がる。そして消えた蝋燭を点しに向かった俺の背に、「…ってことは」と声がかかった。


「実は裏で新選組を牛耳ってるのって、監察方ですか?」



 …


 …この人は…


「…あくまで俺達は副長らの手足だ。方針を考えるのは俺達じゃ無い。
 副長が必要とするだろう事を逸早く察して、多忙で自由の利かない副長御一人では、集めきれない情報を持ち帰るのが役目。それでも得た情報は主観と客観を分けておくべきだ。」


 語弊があるにも程がある、恐ろしい訊き方をしてくれる。しかも悪意が無い。
 確かに報告の仕方次第で情報の価値が変わり、方針を左右することがあるのは事実だが、そういう風に使えるものだと思われては困る。



 …いや、矢代君がそういう使い方を既にしてるのも事実か。

 しかも総長が仕組んだそれに、自分も加担しているのだ。



 納得したのかそうでもないのか、「ふーん」と彼女は曖昧な返事をしていた。
山崎は灯りを点し直してから、再び道場の真ん中に着く。



「話は少し戻るが……君自身は今回の潜入自体に関してはどう思っているんだ?」

「…まあ、堅気の仕事がほとんどだから、命の危険が遠いって意味でなら、これほど有難いことはないです。」

「…他の意味でなら?」

「……」


 少し待ってみたのだが、完全に黙ってしまった弥月に、応えにくい事を察して山崎は問いを変える。それから何気なく得物を鞘から抜き去った。


「まあ、その成果を判断するのも副長達だからな。任務終了時には訊かれるだろうと思っておいた方がいい。
 ところで、ずっと気になっていたんだが、君は長州浪士のことをどう思っているんだ?」


 タタッと微かに音を立てながら駆けて、彼女目がけて刀を振り下ろす。
 矢代君は質問の答えを考えていたようではあったが、滑らかに鞘から抜く勢いを殺さずに、逆手で俺の振りを打ち払った。


「…政論に興味がない隊士さんと、そう変わらないと思いますよ。仕事だから捕まえる、ただそれだけです。」


 それは予想できる無難な回答だった。


 そうすると、その前の質問の答えが気になるもので、長州浪士を「悪」と思えない彼女にとって、きっと気持ちとして「ありがたくない」任務なのだろうと思う。


 山崎はそれを追及することはないまま、四撃五撃…と打ち合っていた。




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