姓は「矢代」で固定
第四話 歩ける道 歩きたい道
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文久三年十一月五日
な、ん、で
「みたらし二つね」
なんで今日も居るんだああぁぁぁ!!?
しれっとした顔で、店の最奥の席に坐した、沖田総司を見る。
そして弥月は心の底から叫びたいのを、喉のところでグッと堪えた。任務中だ。私はしがない団子屋の店員、ななし。
動揺のあまり、手が茶碗の上を空振りしたりするが、なんとか無事に盆に茶と団子を整える。
わざとか、わざとなのか!?
疑うものの、それは流石に無い。
私が潜入操作をしていることを彼は知っているから、私が矢代弥月と分かっていて此処に来るなんてあるはずがない。彼がここに出入りしていると知ったら、正面のうどん屋が私たちの聞き込みや、張り込みに感付いてしまうかもしれない。
たとえ沖田さんが嫌がらせ大魔神だとしても、新選組の負になることはしないだろう。
兎も角、偶然だろうと何だろうと、バレる前に帰ってくれ!!
勿論、対象にとっての、彼の存在然り。沖田さんにとっての、私の存在然り。
この前は、横からサッと団子とお茶を出したところで、すぐに他の客に呼ばれて身を翻したので事なきを得たが、何度もそう上手くいく訳はないだろう。顔を合わせたら終わりだ。
ななしは眉間に皺を寄せて考えるものの、もう一人は外の団体客を相手にしていて、自分が提供するしかない状況。暖簾の向こうの店主が、盆を片手に立ち尽くす私を訝しんでいる。
…もう腹を括るしかない
下駄を不自然ではない程度に鳴らしながら歩く。唾液を飲み込んで、いつもより少し高めの声を出す。
「お待たせしました」
コトッ、コトッ
印象に残らないよう然(さ)り気無く、かつ素速く。最悪、顔を見られても視線は合わないよう、伏し目がちに。
「どうも」
彼はわざわざ店員の顔を確認したりはしないようだ。あとは踵を返して、二度と彼の方を向かなければ良し。
明日以降はこの店に近づかないよう、土方さんに言っといてもらえば大丈夫だろう。
とりあえず、それ食ったら帰れバカ!!
***
沖田side
あの子、愛想悪いなあ…
団子を咀嚼しながら、今自分の客席から去ったばかりの、臙脂色の着物の店員を見る。
この前から思っていたが、お茶運び担当の子の愛想がすこぶる悪い。なるべく客に関わりたくないというのが、客に丸分かりなのだ。
あっちの子と相殺って感じかな
この前の子はいないようだが、今日主に接客している娘も気の良い娘といった感じだ。ゆったりとした所作で動き、ずっとニコニコしているせいか、色んな客に話しかけられている。
しかし、臙脂色の着物の彼女は、盆を手に暖簾をくぐって出てきたと思えば、あっという間に奥へと戻る。客の方も雑談を持ちかける隙がないようだ。
まあ、あそこまで愛想無いと、いっそ清々しいよね。…寧ろ、僕にとってはありがたいくらいだし
ここは店員が自ら話しかけてくることがない。客から話しかけてお喋りすることはあるようだが、客が引き留めない限りそっとしておいてくれる。
先日現場にいたはずの彼女に至っては、事件に関する声すらかけてこない。それは人としてどうかとも思うが。
沖田は自分の容姿は悪くないと自覚している。そのせいで、ただ団子を食べに来ただけだと言うのに、女性からの要らない接客や、詮索を受けることに辟易していた。
だからこの店は、一度目はみたらしの味が、二度目は店の雰囲気が気に入った。前回はごたごたで草餅を食べ損ねたこともあって、今日の再来だ。
炭火焼きが香ばしいみたらし団子を頬張りながら、沖田の視線に映ったのは、店内を忙しなく動く売り子。お喋りが少なく、淡々と仕事をこなす彼女の背を見る。
外の客に持っていった団子を配りながら、店員同士で何か言葉を交わしあったが、そのまま元の通り営業を続ける。
二人並んだ時に気付いたのだが、彼女は背が高い。二人の差は頭一つ分違った。そして俯きがちなのに、不思議と姿勢が良い。
結い上げた黒髪から露わになる、項が存外日焼けをしているのが、ただ白いだけの女よりも健康的だ。白粉で隠さないのは、まだ若いからだろうか。
そんな風に彼女の後ろ姿をぼんやりと眺める。
その時、ふっと店の奥とこちらの境で、人が動く気配を感じれば、頭にねじり鉢巻をした親父が、暖簾の向こうから顔を出した。
きっと団子を作っているのは彼なのだろう。額から汗が滲んでいた。
「ななし、ちょっと!」
すると、追加注文を聞き終えた彼女が、トトトッと小走りに奥へと引っ込んだ。
…ななし、ね…
そこで団子の最後の一欠片を咀嚼し終えた僕は、席を立つ。ちらりと顔を向けるも、暖簾の向こうは見えなかった。
「ご馳走さま、また来るね」
「へえ、おおきに! また起こしやす!」
声をかけられたのが意外だったのか、売り子は少し驚いた顔をした後、ニコリと笑ってから頭を下げた。