姓は「矢代」で固定
第四話 歩ける道 歩きたい道
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それは一週間ほど前の事。
監察用の借り家で髪を染めてから、着流しを東からげにして出かけた。髪を染めるのを手伝ってもらった烝さんから、散々異論を受けたが、下履きを履いてなんとか同意を得ることができた。
ミニスカート程度の気でいたら、えらい目にあった…
女とバレたせいで、烝さんが変に融通が利かなくて、少し面倒な気がしないでもない。女の子として扱ってもらって悪い気はしないが、男の振りしている訳で。足並みが揃わなくなってしまっている。
烝さんにこそ、腹を括って貰わなければいけないような気がする。
この後は一旦別行動だと言われて、山南さんが新たに盟約した人物がいるという店に向かった。
店の売り子として潜入捜査、って言われてるけど……ここ?
指定された場所と店名。そこは自分の力仕事しそうな雰囲気とは全く合わない、高級そうな呉服屋だった。
「ごめんくださーい…」
弥月がその暖簾を分けて顔を出すと、妙齢の女性が「こちらへ」と手を引いた。訳の分からぬうちに裏から連れ出されて、さらに隣の家の二階へと上がる。
そして通された部屋の中には、傍らに風呂敷を置いた、若い女性が一人座って居た。
その顔に見覚えがあって、「あ」と弥月は驚きに目を開く。
「新しい協力者って…」
「はい、うちです。お久しゅう、弥月はん」
そこに正座したまま、私の顔を見上げてニコッと笑ったのは、香乃。別名、おはぎ娘。〈※第1章第六話〉
彼女に会うのは久方ぶりである。以前、巡察中の私と偶然会って、新見さんの情報収集をお願いした関係で、二回ほど会って以来だ。
「なんで香乃ちゃんが…」
襖を開けた体勢のまま、話し出そうとすると、「まあ入って」と勧められて中に座した。
「総長様にお願いされたんどす。お友達の力になれるんやったら、大したことやあらへんし、お手伝いさせてもろうたらええかなと思うて」
明るくそう言った彼女。
それで納得したのかと、自分の状況が分かっているのかと、弥月は不安になる。
「お家、困るんじゃないの…?」
京は勤王攘夷の長州寄りの考えをもった人も多く、町人は新選組をあまり好く思っていない。現に、新選組を受け入れている八木家のタメ坊も、悪口を言われたことがあると言っていた。なかなか口が達者な彼は、返り討ちにしてやったそうだが…
前はそこまで深く考えずに会っていたが、彼女の家……反物屋に嫌がらせをされる可能性がある。今通過してきた店は呉服屋さんだっだから、もしかしたら関係があるのかもしれない。
少なくとも、彼女の母親は新選組に協力することを、絶対に良しとしないだろう。
友達だからと笑う彼女に、申し訳なさばかりが募った。
もしかして…脅されて、断れなかったんじゃないの…?
「うちもね、最初はどないしようかなと思ったんどす。
私が他所で弥月はんとちょっと立ち話するくらいで、誰かが思い違いしはるだけなら、今まで通り説明すればええだけなんやけど……やっぱり協力するってなったら、お店のお客様とかにも、要らん迷惑かかってしまうんやないかって…」
「やったら…」
「ほんなら、誰にもバレなかったらええやないの」
「…」
あっさりと言われたその言葉は、聞き間違いか、言い間違いだろうかと、絶句した弥月。
それを何故か嬉しそうに見ながら、少女は可愛らしく小首を傾げた。
「うふふ…面白ぅ話、総長様から聞いてしまったんよ。是非、詳しい事教えてくれはらんかなって」
「面白い話?」
香乃と反対に首を傾げてみるも、彼女は応える気がないようで、傍らの風呂敷を両手で持ち上げる。
……?
「さ。あんまりお喋ばかりしとったら、怒られてしまいはるんやろうし……そろそろ、お着替えしましょうか?」
そう言って彼女が解いた風呂敷の中には、青鈍色、赤錆色、臙脂色や芥子色のなどの、無地の着物や帯が数点。香乃は一番上のくすんだ無地の着物を持って立ち上がり、広げた着物はパサリと音を立てた。
え
「弥月はん、少うし背が高いから、裾上がってしまうかもしれへんけど、動きやすいとは思うから堪忍したってね」
***
「あぁ、やっぱりこれしかあきまへんなぁ…おはしょり短ぁしても、ギリギリやわ。うーん……この丈は他ないから、新しいん作った方がええなぁ…」
「ごめん、デカくて…」
「あっううん! ちょっと大きいんはええんよ。着た感じはどないどすか?」
令和の世なら兎も角、この時代では「ちょっと」どころでは無く、かなり大きい部類に入ってしまうのだが…
まあ、それ以上慰めようがないのも事実だろう。嘆いて無い、決して辛くない。令和っ子の矜持が許さない。
「うん…案外、楽なんね。ビックリした…」
着物は数度着たことがあるが、あっちこっち締められて動きづらい、息苦しいという印象しかなかった。
けれど今は、帯も独特の硬さはあるものの、使い古したものだからか、生地が柔らかくなっていて、身体の動きに合わせて屈曲する余裕があった。
「そりゃあ、もっとちゃんとしたの着たら、気ぃ張って動かなあかんけどね。総長さんに普通でええって聞いてるし、動き難かったら困りはるやろ?
ただ、その分崩れやすいから、自分で直せるようにならなあきまへんえ」
弥月の頭に櫛を差してから、香乃は「やから、ちゃんとしてな」とポンと帯を叩いた。それから弥月を上から下まで眺めて、下唇を食み、物足りなさげな顔をする。
そして、ふぅっと息を溢した。
「うーん……やっぱりこんな地味なんじゃのうて、綺麗なお着物の方が、お顔にもよう映えてええと思うんやけど……それで、ちょっとうちの店の前に立っとって欲しいくらい」
彼女が持って来てくれた着物数点の内、私がまともに着れるのはこれだけで。明らかに古ぼけた着物を着た私に、気を遣ってなんとか褒めようとしているのだろう。
…本当に初めて着る女用の着物がこれでは、私だって流石に可哀想に思う。
「看板娘なら、香乃ちゃんの方が良いよ。可愛いし。今日の、その深緑色と若草色の併せ、大人っぽくてすごく好い、綺麗」
「…いややわ、ほんまに。その甘い顔に軽い口。すっかり騙されてしもうとったんやもん」
「う……すんません…」
もごもごと謝ると、彼女は舌をペロッと出して「冗談おす」と一言。
「もう怒ってまへんて。はい、仕上げにちょっとお顔触らしてな」
手首を引かれて、そこに座る。
香乃は難しい顔をしながら、至近距離で何度か首を捻った後に、「眉と紅くらいでええか」と。
「……はい、完成! すっごい、全然ちゃう人みたい!」
渡された鏡を、恐る恐る覗き込む。
「おぉ…すっごい…」
髪は先に結い上げてもらっていたのだが、そこに加えて、眉が黒くなった。髪色を黒くした時も、新境地を見た気がしたが、眉毛が黒いだけでも雰囲気が全然違う気がする。
寧ろ、今まで顔のメリハリが無さ過ぎたことを自覚した。
色はともかく、形はしっかり日本人だったんだな、うん、良かった
あと何か…面白いと言うか、変と言うか……マジのおちょぼ口で、ほぼ下唇のみに紅を引かれている。
こっちの女の人がするのは見慣れたけど、自分がするのは奇妙だ。よく清水辺りをちょろちょろしてる、エセ舞妓さんを思い出した。白粉してないだけましか。
弥月は鏡の自分に向かって、大袈裟に二カッと笑う。紅を引いた部分はそんなに広がらず、口角だけが左右の上に延びる。
唇の輪郭があるのに、変だ。変だが……彼女が完成と言うのだから、完成なのだ。あれだ、鼻ピとかカラコンとか、独特の世の流行りってやつなのだろう。私がとやかく言う事じゃない。
ちょっと困り眉とかしてみたり…うわ、変な顔。誰だこの人
「…あんな、弥月はん……見てるんには面白いのやけど、もうちょっとこう…お上品な方が、折角こんなにええ出来を…なぁ……」
「お、お上品…」
確かに、折角女の子っぽくしてもらったのに、動きがおっさんだったら残念過ぎて目も当てられない。
だがしかし、自分とは甚だ無縁な言葉と知って、一体どうしろと言うのか。
「具体的にはどうすれば…」
「…ほんまに、男の子の格好しかしはらんの? こない…あれ、どこいった……あったあった、こないなん見たことあらへんの?」
乱雑に広げた着物の山の下敷きになっていた、紙の束を香乃は発掘する。その紙を捲って捲って、「うーんとね…」と言う彼女の手元を覗いた。
そこには女の人があっち向いたり、こっち向いたりしている絵が描かれていた。
んっと……『綺麗』『話題の』『おすすめ』『髪の結い方』『名古屋帯』……これは…もしや、CANCAN?
「そう、これこれ。ちょっとこんな顔してみて」
いや…あのその、こんな顔って………浮世絵みたいな、目が線と言いますか…
…すいません、全部同じ顔に見えるんだけど……私の目が悪いのかな…
それから無理難題を要求され続けて、四半時経った頃にようやっと彼女から解放されたのだった。