姓は「矢代」で固定
第四話 歩ける道 歩きたい道
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
文久三年十一月一日
沖田side
最近、また監察の仕事を始めたらしい隣の住人。
そのために以前ほどは文武館に顔を出さなくなり、食事も平隊士と共にしなくなったようで、 そこここで寂しく思う声があった。
正直、僕はそれが鬱陶しい以外の何物でもない。
あんだけ嫌な目にあったら、懲りるでしょ、普通
やっぱり何処かおかしい子なんだな、と思う。或は、信用を得るために身体を張って、健気さを装っているつもりか。
今日は弥月が何日かぶりに自室へ帰ってきて、着替えもせずに敷きっぱなしの布団に倒れこむように眠ったのを、沖田は物音で察する。
「…ねえ、一くん。起きてるよね?」
気配に敏感な彼が、矢代が立てた物音に気づかない訳がないと声をかければ、「あぁ」と小さく返事があった。
「彼、そんなキツい仕事してるの?」
「いや…俺も詳しいことは知らないが、潜入捜査のようだ」
「潜入って…人の話に聞き耳立ててるだけじゃない」
「……多少身の危険は生じる故、呑気に座っているわけでは無いだろう」
「彼あの性格で、呑気にでもなく、毎日毎日過ごしてられるわけないと思うんだけど」
「…それは否めん」
いったい何がそんなに疲れるんだろうと、心底から思う。
全く気配の無くなった隣の部屋へわずかに意識を向けながら、沖田は眠りについた。
***
次の日。
沖田組の巡察は昼から。まだ日は高いというのに随分と肌寒さを感じた。
僕は「そろそろ冬の着物に替えようかな」なんて思いながら街を歩く。
とっくに衣替えの時季は過ぎてしまったが、気にしていなかったのだから仕方ない。それに、冬の着物は、春に浪士組の資金繰りのために売ってしまったから手元に無かったのだ。夏からは給金が入っているから、着物の一枚や二枚買っても問題ない。
…いくら僕が服とかに無頓着でも、流石に年中腹出ししてるような人とはね……
更には、年中襟巻きをしている同僚がいたことを思い出すと、自分の回りは変な奴ばかりだということに気付く。
「はぁ…土方さんはいっつも僕を怒って憂さ晴らしするし、僕って本当に気苦労が絶えないよね」
その独り言を列の前で聞いていた組下が、何を思ったかは言うまでもない。
沖田は店の配置の記憶をたどりながら、首を回(めぐ)らす。
古着屋はあそこに一件と、四条にも二件あったかな……あぁでも、あのみつ豆屋に寄るなら、ちょっと遠いけど…
巡察後の予定をぼんやりとたてながら歩く。そんな大したことは考えていないのだが、自分が見回すだけで、町人達が不審な顔をするのにも慣れてしまった。
「ん…?」
ふと目に留まったもの。黒の着物に、白のほっかむりを被った後ろ姿は、町人のようだった。
暖簾を押し上げて窺うように、外からとある店を覗いていたが、おそらく店の者に、手を引かれて入っていった。
髪は全て隠れていたが、店に入る一瞬だけ見えた横顔は、間違いなく矢代弥月だった。
……?
そこは何の変鉄もない呉服屋。あの店が長州の隠れ蓑という報告は入っていない。
だけど元々は不審人物としての扱いだった彼が、まるで隠れるように入っていく姿は十分に怪しく見えた。未だにそういう目で見ているのは僕だけかもしれないが、疑わずにいられないのはもう癖みたいなものだ。
店に用事がないとも言えないが、彼の給金は平隊士程度で、僕たち副長助勤と違って雀の涙。呉服屋で着物を買う程ではないはず。
好い人がいるだけなのかもしれないけど…
恐らく、彼の手を引いたのは女性。ただの逢引という線も十分あり得るが、なによりも疑惑の方が優先されるべき事項。
沖田はあの店を今すぐ改めるべきか、游(およ)がせておくか俊巡する。
…けど、もうそろそろボロが出てくる頃なのかな
組の隊士たちは組長が歩みを遅らせた気付いて、沖田が見やっている方向に揃って顔を向けるが、目新しい物があるわけでもなく困惑する。
「沖田助勤?」
「…君たち先行ってて」
まあ、勘が外れたら外れたで、僕が不利になるわけじゃないし
沖田がふらふらと順路を外れていくのに、驚いた様子の新参隊士もいたが、殆どの隊士は軽く頷きを交わす程度で、伍長の「行くぞ」という声に従って歩を進めた。
店から出てきた女を避けながら、暖簾を押し上げて中に入る。
「おおきに、またお越しやす…ようおいでやす」
先程の客を見送ったばかりだからなのだろう。海老茶色の上品な着物を来た妙齢の女性が、口元に笑みを浮かべていた。別の客も相手にしていて、手には銀糸を織り交ぜた、見るからに高そうな花柄の帯を抱えている。
客が振り返るより早く、僕は口を開く。
「ねえ、矢代弥月いるよね」
「…お客はん、うちにはそないな人おらはりまへんえ?」
少し困ったようにではあったが、笑みを崩さぬまま、そう言う彼女の真意は読み取れない。それが逆に怪しさを募らせてはいるが、京の商人が腹に一物抱えるような話し方をするのは知ったことだ。
でも、そもそも隊服を着た僕を見て、この反応は相当おかしいんだよね
経験上、この格好で店に入れば、そこにいた全ての人間は驚き、そして眉を顰める。それから普通の店は愛想良く振る舞うか、強気に出て早く帰れと暗に示す。後ろめたい店は慌てふためくか、なんとか誤魔化そうと媚を売る。
少なくとも、浅葱色のダンダラ模様のが現れて、平然と応対する店なんか見たことない。あまりにも彼女が平然としすぎて、むしろ客の方が慌てているような風である。
「嘘ついても善いと思ってるの。今すぐこの店検めることもできるんだけど?」
少しきつめの口調で言うと、客に「すんまへん、ちょっと待っとっておくれやす」と言い置いてから、彼女は立ち上がった。
僕の方に視線を投げてから、店の奥へと進む。
「検めはっても全く構いまへんけどね、 土足で入るのだけは止めとくれやす。中は高いお着物も広げてるんやから。
あんたー!ちょっとお客はんの相手したって!!」
そのまま中へと呼び掛けたが誰も出て来ず、溜め息混じりに彼女はまた客の傍へと戻る。
「店主やったら、入って右奥の部屋で休んどるから勝手にしぃ」
「…じゃあ、遠慮なく」
僕が草履を脱ぐ間に、彼女はすでに客の相手を再開していた。それと、彼女が一度も僕に対して不快を示さなかったのに内心驚いていたのを、得意の作り笑顔で隠して上がる。
何も無さそうなことほど、臭うことはない。
粗でも何でも見つけてやると意気込みながら、揚々と沖田は奥へと入っていった。
***
弥月side
そう広くはない畳敷きの一室。何の変哲もない家屋の、二階の一角。
急いでいるのに控え目に鳴らされた、階段を上がって来る足音に気付いて、弥月は着物を脱ぐ手を止めて、苦無を掴む。
サッと襖が開くと、焦った顔の香乃ちゃんが小声で叫んだ。
「大変、弥月はん! 店に…なんやっけ、えっと、前言い合いしてた…そう!沖田はんが来てはる!!」
「沖田さん? 何か土方さんのおつかい?」
「ちゃうと思うの。義兄はん呼んどったから、"矢代弥月"って、言いはったんやと思う。
こっちに用事やったら、うちのこと呼ぶはずやもん!」
「あぁ、そっか……じゃあ何やろ」
着替えを再開して考えるが、考えても出てくるはずがない。
思い返せば、半月くらい会話らしい会話はしていないのだ。隊服を着ていたと言うし、巡察中の彼に、私が店に入るのを見られただけと考えるのが妥当だろうか。
「どないしよ、呼んできた方がええ?」
「いいよ、放っといて」
「…そう?」
…何も悪さしなければ、ね
御用改めとか言って金品盗り出したら、流石に頭を叩(はた)きにいかねばならない。
「でも、うちこっち入って来んように見張るわ!」
「それはダメ、此処おって! 気配に敏感だから逆効果!!」
再び階下へ降りていこうとした彼女を、慌てて止める。いくら隣の建物といえど、バタバタしたらそれだけで見つかりかねない。
「それやったら、チャッチャと化かしてもろうた方がええわ。万が一見つかっても、バレへんかもやろ?」
「…! そうやね!!」
不安そうな顔から、途端に楽しそうに笑う彼女に、なんだか安心する。
弥月はパサリと一本に縛っていていた髪を下ろして、解すように首を振った。金色の髪が揺れる。
…ほんとに、勘は要らんくらい良いんだから…
***