姓は「矢代」で固定
第三話 救われるもの
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***
「…ん」
冷たい物がおでこに張り付いた感覚で、意識が浮上する。それに逆らうことなく、誰かが横にいるのを感じながらそのままゆっくりと目を開いた。
「……起きたか。どうだ、具合は」
烝さん
声を出そうとすると、喉が乾燥していた。首を縦に振ると、彼は少し安堵の息を溢した。
部屋全体が明るいことから、夜ではないことを理解する。
「…何時…」
「…ん?」
「コホッ…何刻ですか?」
「四ツ半前だな。何度か見に来たが、よく眠っていた。起きたなら薬を替えようと思うが…」
烝さんに背を支えられながら起きて、彼が差し出してくれた水を飲み下す。熱い身体に、冷たい水が喉を通っていく感覚がした。
「運んでくれたのも烝さん?」
その問いに彼が首を傾げたのを見て、違うことを知る。「何をだ?」と問い返されたので、昨日の晩のことを答える。
「私、井戸の前で寝てしまったはずなんですけど…誰か、何か言ってませんでした?」
「明け六つ前に見に来た時には、君はここに居たが……というより、何故そんな所で寝てたんだ」
最後は明らかに怒気を含んだ声で言われて、しまった…と、心なし思う。
手水へ立ったことを理由にして、そこで倒れたと説明した。
「…それで、今の具合は」
「今とりあえずは、まあ…はい、座ってるくらいは全然大丈夫です。ちょっと頭ボウッとするのは……思ったより貧血が酷いっぽいんですけど、私そんなに出血してましたっけ?」
来年には献血400ccできる人間だったはず。勿体ない事をした。ジュース飲み放題のチャンスが。
「…ハァ……そうだな、すぐに手当すればもう少しマシだったんだが」
「それは言わないお約束、うわっ、ジュクジュク…てててっ!」
「やはり膿んできたな」
なるほど、やはりこれが発熱の原因か。表面の黄緑色っぽいそれの異臭を嗅ぎながら、考えてみれば当然だよなあと思う。誰か、抗生剤下さい。
あと、頼むから、抗体残ってて下さい
破傷風がどんな病気かは知らないが、金属による傷で感染して、終生免疫でないのは知っている。小児ワクチン打つくらいだから、きっと碌な病気じゃない、恐い。
あとはなんだっけ、緑膿菌? 黄色ブドウ球菌? 分かんないけど、感染しそうなものはいっぱいある。
「そういえば、そろそろ土方さん帰ってきました?」
「今日の夕刻には着くそうだ」
「了解でーす」
今日までは謹慎処分だが、それは(仮)とも言える。さて明日の処遇はどうなるのやら。
一日一回の薬の貼り換えを、また呻きながら実施してもらう。お世話になります。
山崎はキュッと包帯を巻き終わったところで、弥月の目の前に巣ッと手の平を出す。弥月が何かと思えば、前髪を分けて、おでこに当てられる。
それを冷たく感じて、弥月は熱があるのだと再度自覚した。
「…土竜が手に入った。それで手を打たないか?」
「……ミミズの干物?」
「薬だ。解熱作用がある……身体が怠いのだろう?」
この上なく優しい声音で問われる。
…つらすぎて、涙出そう
変なものを飲まされたくないから、平気な振りをしていたのに、バレバレだったらしい。
彼の気遣いと優しさを感じるのに、生のウニョウニョ動くミミズを思い出しては、絶対に素直には頷けなかった。
「…大丈夫、粉末だから薬にしか見えない。少し苦いが、効果は確かだ。楽になる」
ものすごく嫌な顔をしていたのだが、頭を撫でられた。完全に、薬を嫌がる子ども扱い。
弥月が未だ逡巡しながらも、断りきれずに仕方ないと言った表情でゆっくりと首を縦に振ると、山崎はそれに少しの笑みを浮かべて頷き、「準備するから待っててくれ」と出ていった。
弥月は長い溜息を吐く。
ハブ酒と思えば大丈夫
いっしょ
いける、死なない
最近、判断基準が死ぬか、生きるかになってきた。こんなに平和なのにサバイバルとのギャップがえぐい。
サバイバルと言えば、銃を持った長州のあの男。イメージと違い過ぎたから、坂本龍馬って線は思わなかったけど、髪の毛がクルクルだった。坂本龍馬ってどこの藩の人だっけ? 高知県って何藩?
「矢代、良いか」
足音も何もなかったので驚いたが、斎藤さんの声だったので納得する。
戸は開け放しだったのに、彼は律儀にも部屋の中は見えない所に立っているようで、私が返事をするとその姿を現した。
「先程、山崎とそこで会ったのだが、痛み止めの薬を服用していないというのは本当か」
「小豆の粉みたいなのなら飲んでるんですけど…あんま効いてる気はしませんねえ……かと言って、芥子はご遠慮したいところですし…」
あとは、見兼ねた烝さんが葱の煮たものを傷口に塗ったりもしてくれているが、『鎮痛薬』に慣れた身としては、「気の持ちよう」くらいの感覚だ。
烝さんは「阿芙蓉なら効果は著名だ」と言うが、流石に『身体に悪い』とは言えなかった。だって、彼らは普通に使う訳だし。
「何ゆえだ。木立蘆薈(きだちろかい・アロエ)やヨモギは使っていると聞いたが……痛みに対する修行か何かか」
「そんなドえむな趣味はないんですけど、木立蘆薈は効果に信頼できるので」
「…やはり薬師(くすし)のものは信用できぬと言う事か」
「そういう訳では…」
「ならば、これが良いだろう」
彼の懐から出された白い袋。
「蘭方医の薬でも、薬師のものでもないが、なにより信頼できる」
その袋にドでかく書かれた文字。
…忘れた頃にやってくる、石田散薬
弥月は半眼になってその袋を眺めたのだが、斎藤はそれには気付いていないようで、カサカサと薬包紙を一つ出した。
「あんたが山崎の処方を飲んでいるのだと思い、不要かと思っていた。
……それから、これが手持ちの最後だったが故、俺が意気地ないばかりに、今まで出し惜しみをしていた。すまない」
…もはやそのまま意気地なしで良かったです。なんで勇気出しちゃったんですか
忘れてはいないぞ、石田散薬。
斎藤隊に配属されていた折も、何度か打身をした隊士さんが飲むのを見て、再度きっちりと土方さんに確認しに行った。「効果があるのか」と。
土用の丑の日に、刈り取られる『ミゾソバ』。溝の傍に生えるから『ミゾソバ』。それを乾燥させて、黒焼きにして、酒を掛けてから再び乾燥させたものを、粉にしたものらしい。
なかなか黒焼きに手間がかかるそうだが、そんな苦労知ったこっちゃない。土方さんは「効くと思わなきゃ効かねぇ」などと抜け抜けと言った。なんだ宗教かそれは、ちゃっかり信者持ちよって。
因みに、烝さんはそれに関する回答を拒否した。以前「信じていない」と言ったことを、きちんと私は覚えていたが。
「あんたが信頼して飲める薬がないと言うのなら、これを飲むことを勧める」
「とてもお気持ちは嬉しいのですが、丁重にお断りさせて頂きます」
「いや、あんたの様子から、痛みは尋常ではないのだろう、無理な我慢は良くない。
それに、これを飲めば治癒が早まり、隊務への復帰も早くなる。あんたなら一度の失敗くらい、これから挽回できる」
ずいっと押し出される薬包紙。ほぼ押し付けられるようにして受け取ったが、クーリングオフを希望します。訪問販売だから1週間は有効。
だがしかし、斎藤さんがこれを勧めだすと、飲むまで諦めてくれないのは経験済み。
「…斎藤さん、朝稽古はどうしたんですか」
「素振りの指示を出したところだ。…皆、あんたのことを心配していた」
「鈴木さん達が?」
弥月が不思議そうに言うと、斎藤の唇が淡く弧を描いて、「あぁ」と一言を発する。
弥月はそれを目に映しながら、先日のことを思い出して笑った。
「…そっか、あんだけ大騒ぎすれば、みんな知ってるよね」
「少しでも早く良くなってくれ。…鈴木曰く、あんだが寝込むと槍が降るそうだ」
「ハハッ…鈴木に『覚えとけ』って言っといて下さい」
「承知した」
「あ、そういえば斎藤さん、昨日の晩、倒れてた私を運んだ人知りません?」
「…倒れたのか?」
「そんな大したことじゃないんですけど、井戸の所から立てなくって。誰か運んでくれたみたいなんですけど、誰か分かんなくて…」
「俺ではないが…聞かぬな。俺は昨日は夜番だった故、その間の事は…」
「そうですか…誰なんだろ」
二人で首を捻る。どんな親切な人が運んでくれたのか。『名乗るほどの者では無い』ってやつか、イケメンだなぁ。
「…それ故、皆から託(ことづか)っている。これを飲んで早く治すようにと」
…しまった、話逸らしてる途中だった
追い返し損ねたことを後悔しながら、斎藤さんのこれは親切心、と言い聞かせて。やんわりとお断りすることに決める。
私と彼の間にあるそれに、細心の注意を払った。前は油断していて口に入れられたが、今日はそうはいかない。
絶対に、彼のわずかな指の動きすら見逃さない。
「…熱燗が飲める体調じゃないんです。発熱が酷いんです。これ以上体温上げたら、まじで脳が沸騰しちゃ」
こつん
「――確かに熱いな」
……
「………はい、なので烝さんが解熱薬を今準備してくれてます」
「そうだな、其方を優先した方が良さそうだ。熱が下がったら飲むと良い」
腰をきって立ち上がる彼。稽古に戻るというので、「ありがとうございました」と、ヒラヒラと手を振って見送った。
そうして最初から開けっ放しだった戸から、彼の姿が見えなくなった。
「…う」
奇声を上げそうになるのを、顔面を両手で覆って防ぐ。
うおおおぉぉぉぉぉぉなんじゃ今のおおぉぉぉおお!!?
流石に無い。無い。無い。
何だ今の、心臓止まった。なんですか、『こつん☆』て……ちょっと待って、誰か体温計下さい。今これ今日一体温高い。指先まで暑いっす隊長。
「待ってください隊長。流石に、無いです。天然怖いっす。なんだこれ、怖えよお」
頼むから、おでこじゃなくて、体温計下さい
手元ばかり気にして、顔が近づいてくるのに気付くのが遅れた。
いや、気付いたとて、私にどうしろと!?
顔を覆って項垂れていたところに、薬包紙と水を両手に山崎が戻って来て、「待って」「ない」と繰り返す弥月を見て、首を傾げたのは言うまでもなく。頭を上げた弥月の顔の紅潮に、彼は「大丈夫か!?」と慌てて。
弥月は「いえ、なんでもないです、何でも無い事なんです。冷えピタ下さい」と、歪んだ笑みを浮かべるのだった。
「…ん」
冷たい物がおでこに張り付いた感覚で、意識が浮上する。それに逆らうことなく、誰かが横にいるのを感じながらそのままゆっくりと目を開いた。
「……起きたか。どうだ、具合は」
烝さん
声を出そうとすると、喉が乾燥していた。首を縦に振ると、彼は少し安堵の息を溢した。
部屋全体が明るいことから、夜ではないことを理解する。
「…何時…」
「…ん?」
「コホッ…何刻ですか?」
「四ツ半前だな。何度か見に来たが、よく眠っていた。起きたなら薬を替えようと思うが…」
烝さんに背を支えられながら起きて、彼が差し出してくれた水を飲み下す。熱い身体に、冷たい水が喉を通っていく感覚がした。
「運んでくれたのも烝さん?」
その問いに彼が首を傾げたのを見て、違うことを知る。「何をだ?」と問い返されたので、昨日の晩のことを答える。
「私、井戸の前で寝てしまったはずなんですけど…誰か、何か言ってませんでした?」
「明け六つ前に見に来た時には、君はここに居たが……というより、何故そんな所で寝てたんだ」
最後は明らかに怒気を含んだ声で言われて、しまった…と、心なし思う。
手水へ立ったことを理由にして、そこで倒れたと説明した。
「…それで、今の具合は」
「今とりあえずは、まあ…はい、座ってるくらいは全然大丈夫です。ちょっと頭ボウッとするのは……思ったより貧血が酷いっぽいんですけど、私そんなに出血してましたっけ?」
来年には献血400ccできる人間だったはず。勿体ない事をした。ジュース飲み放題のチャンスが。
「…ハァ……そうだな、すぐに手当すればもう少しマシだったんだが」
「それは言わないお約束、うわっ、ジュクジュク…てててっ!」
「やはり膿んできたな」
なるほど、やはりこれが発熱の原因か。表面の黄緑色っぽいそれの異臭を嗅ぎながら、考えてみれば当然だよなあと思う。誰か、抗生剤下さい。
あと、頼むから、抗体残ってて下さい
破傷風がどんな病気かは知らないが、金属による傷で感染して、終生免疫でないのは知っている。小児ワクチン打つくらいだから、きっと碌な病気じゃない、恐い。
あとはなんだっけ、緑膿菌? 黄色ブドウ球菌? 分かんないけど、感染しそうなものはいっぱいある。
「そういえば、そろそろ土方さん帰ってきました?」
「今日の夕刻には着くそうだ」
「了解でーす」
今日までは謹慎処分だが、それは(仮)とも言える。さて明日の処遇はどうなるのやら。
一日一回の薬の貼り換えを、また呻きながら実施してもらう。お世話になります。
山崎はキュッと包帯を巻き終わったところで、弥月の目の前に巣ッと手の平を出す。弥月が何かと思えば、前髪を分けて、おでこに当てられる。
それを冷たく感じて、弥月は熱があるのだと再度自覚した。
「…土竜が手に入った。それで手を打たないか?」
「……ミミズの干物?」
「薬だ。解熱作用がある……身体が怠いのだろう?」
この上なく優しい声音で問われる。
…つらすぎて、涙出そう
変なものを飲まされたくないから、平気な振りをしていたのに、バレバレだったらしい。
彼の気遣いと優しさを感じるのに、生のウニョウニョ動くミミズを思い出しては、絶対に素直には頷けなかった。
「…大丈夫、粉末だから薬にしか見えない。少し苦いが、効果は確かだ。楽になる」
ものすごく嫌な顔をしていたのだが、頭を撫でられた。完全に、薬を嫌がる子ども扱い。
弥月が未だ逡巡しながらも、断りきれずに仕方ないと言った表情でゆっくりと首を縦に振ると、山崎はそれに少しの笑みを浮かべて頷き、「準備するから待っててくれ」と出ていった。
弥月は長い溜息を吐く。
ハブ酒と思えば大丈夫
いっしょ
いける、死なない
最近、判断基準が死ぬか、生きるかになってきた。こんなに平和なのにサバイバルとのギャップがえぐい。
サバイバルと言えば、銃を持った長州のあの男。イメージと違い過ぎたから、坂本龍馬って線は思わなかったけど、髪の毛がクルクルだった。坂本龍馬ってどこの藩の人だっけ? 高知県って何藩?
「矢代、良いか」
足音も何もなかったので驚いたが、斎藤さんの声だったので納得する。
戸は開け放しだったのに、彼は律儀にも部屋の中は見えない所に立っているようで、私が返事をするとその姿を現した。
「先程、山崎とそこで会ったのだが、痛み止めの薬を服用していないというのは本当か」
「小豆の粉みたいなのなら飲んでるんですけど…あんま効いてる気はしませんねえ……かと言って、芥子はご遠慮したいところですし…」
あとは、見兼ねた烝さんが葱の煮たものを傷口に塗ったりもしてくれているが、『鎮痛薬』に慣れた身としては、「気の持ちよう」くらいの感覚だ。
烝さんは「阿芙蓉なら効果は著名だ」と言うが、流石に『身体に悪い』とは言えなかった。だって、彼らは普通に使う訳だし。
「何ゆえだ。木立蘆薈(きだちろかい・アロエ)やヨモギは使っていると聞いたが……痛みに対する修行か何かか」
「そんなドえむな趣味はないんですけど、木立蘆薈は効果に信頼できるので」
「…やはり薬師(くすし)のものは信用できぬと言う事か」
「そういう訳では…」
「ならば、これが良いだろう」
彼の懐から出された白い袋。
「蘭方医の薬でも、薬師のものでもないが、なにより信頼できる」
その袋にドでかく書かれた文字。
…忘れた頃にやってくる、石田散薬
弥月は半眼になってその袋を眺めたのだが、斎藤はそれには気付いていないようで、カサカサと薬包紙を一つ出した。
「あんたが山崎の処方を飲んでいるのだと思い、不要かと思っていた。
……それから、これが手持ちの最後だったが故、俺が意気地ないばかりに、今まで出し惜しみをしていた。すまない」
…もはやそのまま意気地なしで良かったです。なんで勇気出しちゃったんですか
忘れてはいないぞ、石田散薬。
斎藤隊に配属されていた折も、何度か打身をした隊士さんが飲むのを見て、再度きっちりと土方さんに確認しに行った。「効果があるのか」と。
土用の丑の日に、刈り取られる『ミゾソバ』。溝の傍に生えるから『ミゾソバ』。それを乾燥させて、黒焼きにして、酒を掛けてから再び乾燥させたものを、粉にしたものらしい。
なかなか黒焼きに手間がかかるそうだが、そんな苦労知ったこっちゃない。土方さんは「効くと思わなきゃ効かねぇ」などと抜け抜けと言った。なんだ宗教かそれは、ちゃっかり信者持ちよって。
因みに、烝さんはそれに関する回答を拒否した。以前「信じていない」と言ったことを、きちんと私は覚えていたが。
「あんたが信頼して飲める薬がないと言うのなら、これを飲むことを勧める」
「とてもお気持ちは嬉しいのですが、丁重にお断りさせて頂きます」
「いや、あんたの様子から、痛みは尋常ではないのだろう、無理な我慢は良くない。
それに、これを飲めば治癒が早まり、隊務への復帰も早くなる。あんたなら一度の失敗くらい、これから挽回できる」
ずいっと押し出される薬包紙。ほぼ押し付けられるようにして受け取ったが、クーリングオフを希望します。訪問販売だから1週間は有効。
だがしかし、斎藤さんがこれを勧めだすと、飲むまで諦めてくれないのは経験済み。
「…斎藤さん、朝稽古はどうしたんですか」
「素振りの指示を出したところだ。…皆、あんたのことを心配していた」
「鈴木さん達が?」
弥月が不思議そうに言うと、斎藤の唇が淡く弧を描いて、「あぁ」と一言を発する。
弥月はそれを目に映しながら、先日のことを思い出して笑った。
「…そっか、あんだけ大騒ぎすれば、みんな知ってるよね」
「少しでも早く良くなってくれ。…鈴木曰く、あんだが寝込むと槍が降るそうだ」
「ハハッ…鈴木に『覚えとけ』って言っといて下さい」
「承知した」
「あ、そういえば斎藤さん、昨日の晩、倒れてた私を運んだ人知りません?」
「…倒れたのか?」
「そんな大したことじゃないんですけど、井戸の所から立てなくって。誰か運んでくれたみたいなんですけど、誰か分かんなくて…」
「俺ではないが…聞かぬな。俺は昨日は夜番だった故、その間の事は…」
「そうですか…誰なんだろ」
二人で首を捻る。どんな親切な人が運んでくれたのか。『名乗るほどの者では無い』ってやつか、イケメンだなぁ。
「…それ故、皆から託(ことづか)っている。これを飲んで早く治すようにと」
…しまった、話逸らしてる途中だった
追い返し損ねたことを後悔しながら、斎藤さんのこれは親切心、と言い聞かせて。やんわりとお断りすることに決める。
私と彼の間にあるそれに、細心の注意を払った。前は油断していて口に入れられたが、今日はそうはいかない。
絶対に、彼のわずかな指の動きすら見逃さない。
「…熱燗が飲める体調じゃないんです。発熱が酷いんです。これ以上体温上げたら、まじで脳が沸騰しちゃ」
こつん
「――確かに熱いな」
……
「………はい、なので烝さんが解熱薬を今準備してくれてます」
「そうだな、其方を優先した方が良さそうだ。熱が下がったら飲むと良い」
腰をきって立ち上がる彼。稽古に戻るというので、「ありがとうございました」と、ヒラヒラと手を振って見送った。
そうして最初から開けっ放しだった戸から、彼の姿が見えなくなった。
「…う」
奇声を上げそうになるのを、顔面を両手で覆って防ぐ。
うおおおぉぉぉぉぉぉなんじゃ今のおおぉぉぉおお!!?
流石に無い。無い。無い。
何だ今の、心臓止まった。なんですか、『こつん☆』て……ちょっと待って、誰か体温計下さい。今これ今日一体温高い。指先まで暑いっす隊長。
「待ってください隊長。流石に、無いです。天然怖いっす。なんだこれ、怖えよお」
頼むから、おでこじゃなくて、体温計下さい
手元ばかり気にして、顔が近づいてくるのに気付くのが遅れた。
いや、気付いたとて、私にどうしろと!?
顔を覆って項垂れていたところに、薬包紙と水を両手に山崎が戻って来て、「待って」「ない」と繰り返す弥月を見て、首を傾げたのは言うまでもなく。頭を上げた弥月の顔の紅潮に、彼は「大丈夫か!?」と慌てて。
弥月は「いえ、なんでもないです、何でも無い事なんです。冷えピタ下さい」と、歪んだ笑みを浮かべるのだった。