姓は「矢代」で固定
第二話 はじめてのお仕事
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***
…
…
…ハッ…いかん、いかん
軽く寝かけていた。
板の隙間から覗くと、また少し人が減っていた。いつの間にか十人を切っている。
…うん…? そんな私、ガチでは寝てないけど…?
あのノリで会議があったなら、流石に気付かないはずはない。残った人達も、先ほどと変わらぬ様子で話していたが、また数名立ち上がって出て行った。
……?
『不審な動きがあっても深追いするな』という、山崎の言葉が頭を過(よぎ)る。
…うーん…これは…
残った数名を見守るのが無難のはず。
だが、彼らも今もう腰をきって立ち上がろうとしていた。
おしまい?
完全なる任務終了?
不測の事態すぎて、どうして良いか分からない。思わず首を傾げる。
えぇ…困るー…
そして誰も居なくなった。
えー…これどうやって烝さんに説明しよう…
まさか馬鹿正直に『転寝(うたたね)してました』とは、よう言わない。
だけど、特に大きな動きもなく、静かに気づけば彼等全員が出て行ってしまったことは、まぎれもない事実だった。
…ここに居ても仕方ないか
しばらくそのまま考えていたが、諦めて控えの部屋に戻ることにする。
火を灯していなかった部屋はすっかり暗くなっていたが、ずっと暗い所にいたから夜目は利く。まず顔だけ出して、部屋に誰もいないことを確認し、ぶらんと天井から降り立った。
ガラッ
「お、出てきた出てきた」
ドクン
バッと振り返りざま、横に跳び退く。胸元から縄の付いた苦無を取り出した。
パンッ
「―――っヴ!!」
「ヒュゥ…寝起きの割には、良い反応してんなぁ」
何かがそこを圧して通り抜けた感触と同時に、熱くなり、痛くなる脇腹。
弥月は苦無を右手に構えて、左手は意識が飛びそうなほどの痛んできた右脇腹を押さえた。
なんで…!?
襖の向こうの気配も確認した。山崎さんに比べれば下手だが、殺気なら自分も分かるはず。
けれど、それがこの男からは発せられていないことに弥月はすぐに気が付いた。
そして、横っ腹をかすったのは何だったのか。男が顔の横に持ち上げていたものを見てすぐに理解する。
拳銃…!?
それを初めて見たことと、「この時代にあったのか」ということに驚いたが、「龍馬が持ってたっけ」と頭の片隅で納得もした。
左手が生暖かいもので濡れていく
彼はこちらに銃口を向けたまま、次の弾を装填した。あとは引き金を引けば私に当たる。
撃たれる…!
「てめぇどこの手のもんだ?」
息を詰めていた弥月は、話しかけられたことに驚き固まっていた。
それを見た男はニヤリと笑う。
「オレは女子どもに手を挙げるのは好かねぇんだ」
!?
女と判断されたのか、子どもと判断されたのか。どちらにしてもそんな言葉に安心などできない。男は銃口を下げはしなかった。この状況が、好き嫌いで片付く問題でないことくらい誰にでも分かる。
自分の太刀はすぐそこに置いてあったが、取りに行くのは無謀すぎる。それに太刀があったところで、銃と対峙できるとは思えない。
状況は最悪。避ける自信なんてない
万が一の時は、何があっても「逃げろ」と言われている。それが監察の役割だと、山崎さんは言った。
…それが嘘なことくらいは、知ってるけどね……
「真上で寝るたぁ、どんな図太い男が出てくるかと思ったんだけどよ。まさか女だとはな、思わず撃っちまって悪かったなぁ」
「……」
「おーい、聞いてるか?おまえに言ってんだよ。そこのくノ一さんよう。まだ寝ぼけてんのか?」
「…起きてるよ」
「おぉ、それは良かった、ビビらせんなよ。もう一回説明しなきゃいけないのかと思ったぜ。
…なら答えな、お嬢ちゃん。誰のところから来た」
ニヤニヤと楽しげに向けられる視線と銃口。
弥月は下唇を食む。
どうすればいい?
この縄の付いた苦無ごときで何ができる? 振り回したところで、この部屋の大きさでは遠心力なんかかからない、確実に止められる。
たとえ隙をついて太刀を拾えたとして、この男を真正面から斬りにいくべきではない。刀を振り回すには室内であることも不利な上、銃口を向けられている今、相撃ちもままならないことは目に見えている。
私の背後の開いた窓から逃げる隙があるか? 背を向けた瞬間、撃たれるに決まってる。
今逃げるためだけに、身元を吐くか…
…いや……女子ども何チャラは、自白させるための嘘の可能性が高い……ならば意味がない
退くか
進むか
グッと脚に力をいれる。
男もそれに気づいてか、目を細める。その指に力が入った。
「ななし!」
「!」
シュシュッ
「おっと…!」
パンッ
跳べ
弥月は窓へと走った。枠に足を掛けて、宙へと身を翻らせる。
「お、まっ―…!」
男が何か言った気がするが、あとは野となれ山となれ。
勿論、初日に飛び出せることは確認してある。
頭を庇うように腕と脚を縮こめる。地面と衝突する衝撃に備え、体を丸めてゴロゴロと転がると、向かいの店の塀にぶつかって止まった。
「―――っ!」
痛い。ぶつけた膝も背中も、撃たれた脇腹も痛い。
だけど逃げなければ、このままではあの部屋から丸見えだ。
立ち上がって走り出すと、更に強く痛んだが、そんなこと構ってられない。
「…ハアッ…!」
隠れるところ
脇腹を片手で抱えたまま走る。
怪我をした
治るのか…助かるのか分からない。小さな傷が膿んで死ぬ人だっている。ここには治療する薬なんかない。
これは大きな傷だ
「…ハッ…ハッ……」
走れ
腹が痛くても、脚は動くだろう
傷みか、絶望か……自分を過信して、半端な気持ちで引き受けたことへの後悔か。泣きそうになった。
「ななし! その度胸に免じて、見逃してやるよ!!」
ハッとして顔を上げると、男が近くの屋根の上にいる。弥月は見上げたときに思わず一歩下がって、おびえた表情で後ろの塀にぶつかった。
「まぁ、見つかったのはてめぇのせいじゃねえから、精々頑張んな」
弥月の眼に恐怖の影を落としたのに対して、その男は愉快そうにそれを見ながら、楽しげに「またな!」と言う。
それから反対の屋根へと跳び去り、すぐにその姿は見えなくなった。
彼が向こうの屋根に消えるその時、逆光に照らされて、波打つ髪が束になって揺れているのだけが弥月の印象に残る。
程なくして、弥月はペタンとそこに座り込んだ。
……助か、った……?
「矢代!!」
「………さぃとさん…」
「ななし君!」
角を曲がって走ってきたのは、焦った表情の斉藤と、先ほどから弥月の偽名を呼んでいる山崎だった。
先を走ってきた斉藤が、真っ青になった弥月の横へ膝をつく。
「…! 撃たれたのか!?」
斉藤は患部を押さえていた弥月の手を取った。
着物だけではなく、その赤く染まった手がぬるりと滑って、彼は表情を曇らせた。
「脱げ!」
斉藤が襟首を掴んで叫ぶ。
驚きとともに、咄嗟に弥月は彼の手を強く掴み、身体を捻って抵抗した。
「やっ、う゛っ!」
捻った時に痛みが強くなる。吐き出すように必死に声を出した。
「自分でします!」
「何、を…!?」
「自分で手当します!!」
首を振ると同時に、彼の手を払うように大きく振り回した。
驚きによって一度離れた斎藤の手が、再びこちらへ伸びるのを、弥月は振りきって立ち上がる。
「矢代!」
そのまま縺(くず)れそうになる脚を突っ張る。
しかし、足を踏み出して逃げようとしたら、グッと片手首に強い拘束を感じた。
「矢代弥月!」
弾かれるように顔を上げて、情けない顔を向けてしまった。山崎さんに合わす顔なんてないのに。
自分の方へと強く腕を引くが、逆に引かれてその手は動かない。握られた手首が痛かった。
「死にたくないんだろう!? 止血させなさい!!」
「――っ!」
『命令』
終わりか
初任務で終わりって笑えないな…
山崎が掴んでいた、弥月の腕から力が抜ける。苦痛に歪んだ顔で項垂れて、「すみません」と蚊の鳴くような声で弥月は言った。
「…すみません、斉藤さん。席を、はずしてください…」
崩れ落ちていく立場を、守ろうとする自分が余計に情けなかった。
…
…
…ハッ…いかん、いかん
軽く寝かけていた。
板の隙間から覗くと、また少し人が減っていた。いつの間にか十人を切っている。
…うん…? そんな私、ガチでは寝てないけど…?
あのノリで会議があったなら、流石に気付かないはずはない。残った人達も、先ほどと変わらぬ様子で話していたが、また数名立ち上がって出て行った。
……?
『不審な動きがあっても深追いするな』という、山崎の言葉が頭を過(よぎ)る。
…うーん…これは…
残った数名を見守るのが無難のはず。
だが、彼らも今もう腰をきって立ち上がろうとしていた。
おしまい?
完全なる任務終了?
不測の事態すぎて、どうして良いか分からない。思わず首を傾げる。
えぇ…困るー…
そして誰も居なくなった。
えー…これどうやって烝さんに説明しよう…
まさか馬鹿正直に『転寝(うたたね)してました』とは、よう言わない。
だけど、特に大きな動きもなく、静かに気づけば彼等全員が出て行ってしまったことは、まぎれもない事実だった。
…ここに居ても仕方ないか
しばらくそのまま考えていたが、諦めて控えの部屋に戻ることにする。
火を灯していなかった部屋はすっかり暗くなっていたが、ずっと暗い所にいたから夜目は利く。まず顔だけ出して、部屋に誰もいないことを確認し、ぶらんと天井から降り立った。
ガラッ
「お、出てきた出てきた」
ドクン
バッと振り返りざま、横に跳び退く。胸元から縄の付いた苦無を取り出した。
パンッ
「―――っヴ!!」
「ヒュゥ…寝起きの割には、良い反応してんなぁ」
何かがそこを圧して通り抜けた感触と同時に、熱くなり、痛くなる脇腹。
弥月は苦無を右手に構えて、左手は意識が飛びそうなほどの痛んできた右脇腹を押さえた。
なんで…!?
襖の向こうの気配も確認した。山崎さんに比べれば下手だが、殺気なら自分も分かるはず。
けれど、それがこの男からは発せられていないことに弥月はすぐに気が付いた。
そして、横っ腹をかすったのは何だったのか。男が顔の横に持ち上げていたものを見てすぐに理解する。
拳銃…!?
それを初めて見たことと、「この時代にあったのか」ということに驚いたが、「龍馬が持ってたっけ」と頭の片隅で納得もした。
左手が生暖かいもので濡れていく
彼はこちらに銃口を向けたまま、次の弾を装填した。あとは引き金を引けば私に当たる。
撃たれる…!
「てめぇどこの手のもんだ?」
息を詰めていた弥月は、話しかけられたことに驚き固まっていた。
それを見た男はニヤリと笑う。
「オレは女子どもに手を挙げるのは好かねぇんだ」
!?
女と判断されたのか、子どもと判断されたのか。どちらにしてもそんな言葉に安心などできない。男は銃口を下げはしなかった。この状況が、好き嫌いで片付く問題でないことくらい誰にでも分かる。
自分の太刀はすぐそこに置いてあったが、取りに行くのは無謀すぎる。それに太刀があったところで、銃と対峙できるとは思えない。
状況は最悪。避ける自信なんてない
万が一の時は、何があっても「逃げろ」と言われている。それが監察の役割だと、山崎さんは言った。
…それが嘘なことくらいは、知ってるけどね……
「真上で寝るたぁ、どんな図太い男が出てくるかと思ったんだけどよ。まさか女だとはな、思わず撃っちまって悪かったなぁ」
「……」
「おーい、聞いてるか?おまえに言ってんだよ。そこのくノ一さんよう。まだ寝ぼけてんのか?」
「…起きてるよ」
「おぉ、それは良かった、ビビらせんなよ。もう一回説明しなきゃいけないのかと思ったぜ。
…なら答えな、お嬢ちゃん。誰のところから来た」
ニヤニヤと楽しげに向けられる視線と銃口。
弥月は下唇を食む。
どうすればいい?
この縄の付いた苦無ごときで何ができる? 振り回したところで、この部屋の大きさでは遠心力なんかかからない、確実に止められる。
たとえ隙をついて太刀を拾えたとして、この男を真正面から斬りにいくべきではない。刀を振り回すには室内であることも不利な上、銃口を向けられている今、相撃ちもままならないことは目に見えている。
私の背後の開いた窓から逃げる隙があるか? 背を向けた瞬間、撃たれるに決まってる。
今逃げるためだけに、身元を吐くか…
…いや……女子ども何チャラは、自白させるための嘘の可能性が高い……ならば意味がない
退くか
進むか
グッと脚に力をいれる。
男もそれに気づいてか、目を細める。その指に力が入った。
「ななし!」
「!」
シュシュッ
「おっと…!」
パンッ
跳べ
弥月は窓へと走った。枠に足を掛けて、宙へと身を翻らせる。
「お、まっ―…!」
男が何か言った気がするが、あとは野となれ山となれ。
勿論、初日に飛び出せることは確認してある。
頭を庇うように腕と脚を縮こめる。地面と衝突する衝撃に備え、体を丸めてゴロゴロと転がると、向かいの店の塀にぶつかって止まった。
「―――っ!」
痛い。ぶつけた膝も背中も、撃たれた脇腹も痛い。
だけど逃げなければ、このままではあの部屋から丸見えだ。
立ち上がって走り出すと、更に強く痛んだが、そんなこと構ってられない。
「…ハアッ…!」
隠れるところ
脇腹を片手で抱えたまま走る。
怪我をした
治るのか…助かるのか分からない。小さな傷が膿んで死ぬ人だっている。ここには治療する薬なんかない。
これは大きな傷だ
「…ハッ…ハッ……」
走れ
腹が痛くても、脚は動くだろう
傷みか、絶望か……自分を過信して、半端な気持ちで引き受けたことへの後悔か。泣きそうになった。
「ななし! その度胸に免じて、見逃してやるよ!!」
ハッとして顔を上げると、男が近くの屋根の上にいる。弥月は見上げたときに思わず一歩下がって、おびえた表情で後ろの塀にぶつかった。
「まぁ、見つかったのはてめぇのせいじゃねえから、精々頑張んな」
弥月の眼に恐怖の影を落としたのに対して、その男は愉快そうにそれを見ながら、楽しげに「またな!」と言う。
それから反対の屋根へと跳び去り、すぐにその姿は見えなくなった。
彼が向こうの屋根に消えるその時、逆光に照らされて、波打つ髪が束になって揺れているのだけが弥月の印象に残る。
程なくして、弥月はペタンとそこに座り込んだ。
……助か、った……?
「矢代!!」
「………さぃとさん…」
「ななし君!」
角を曲がって走ってきたのは、焦った表情の斉藤と、先ほどから弥月の偽名を呼んでいる山崎だった。
先を走ってきた斉藤が、真っ青になった弥月の横へ膝をつく。
「…! 撃たれたのか!?」
斉藤は患部を押さえていた弥月の手を取った。
着物だけではなく、その赤く染まった手がぬるりと滑って、彼は表情を曇らせた。
「脱げ!」
斉藤が襟首を掴んで叫ぶ。
驚きとともに、咄嗟に弥月は彼の手を強く掴み、身体を捻って抵抗した。
「やっ、う゛っ!」
捻った時に痛みが強くなる。吐き出すように必死に声を出した。
「自分でします!」
「何、を…!?」
「自分で手当します!!」
首を振ると同時に、彼の手を払うように大きく振り回した。
驚きによって一度離れた斎藤の手が、再びこちらへ伸びるのを、弥月は振りきって立ち上がる。
「矢代!」
そのまま縺(くず)れそうになる脚を突っ張る。
しかし、足を踏み出して逃げようとしたら、グッと片手首に強い拘束を感じた。
「矢代弥月!」
弾かれるように顔を上げて、情けない顔を向けてしまった。山崎さんに合わす顔なんてないのに。
自分の方へと強く腕を引くが、逆に引かれてその手は動かない。握られた手首が痛かった。
「死にたくないんだろう!? 止血させなさい!!」
「――っ!」
『命令』
終わりか
初任務で終わりって笑えないな…
山崎が掴んでいた、弥月の腕から力が抜ける。苦痛に歪んだ顔で項垂れて、「すみません」と蚊の鳴くような声で弥月は言った。
「…すみません、斉藤さん。席を、はずしてください…」
崩れ落ちていく立場を、守ろうとする自分が余計に情けなかった。