姓は「矢代」で固定
第二話 はじめてのお仕事
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文久三年十月四日
天井裏の暗がりの中、額がくっ付くほどに近くで、唇だけで囁きあう。
「意外に早く来ましたね…」
「…本当に」
「やっぱ、私そういうの引く人みたいです」
「運が良いのか?」
「ん、運は悪いですが、悪運が常人の10倍は強いです」
まだ17年しか生きていないが、全く平々凡々とは言い難い人生を歩んでいると思う。そこに加えて、タイムスリップしたらもう『異常』の域だろう。たぶん運は悪い。
因みに“悪運”とは、“悪いことをしても報いを受けず、栄える運”である。
「なので“盗む”系……“窃盗”“盗聴”“強盗”ついでに“盗塁”なんかも得意です」
「…それはあまり褒められたものじゃないな」
山崎は引き攣った顔でそう言ったが、敢えてそれ以上は突っ込まなかった。天井でそんな会話盛り上げるのは得策ではない。
潜入三日目、標的は尻尾を出した。
数は現在十二人。時折、数名減ったかと思えば、元より増えたりもする。
今日までは多くて三人だった。しかも伝言だけという風に、すぐ入れ替わり立ち代わり人が変わってしまい、小声で話されるそれでは、どうにも長州浪士である確証は無く、彼らの全容が把握できなかった。
しかし、今日はずっと十名以上は居る。
最初は神妙な面持ちで居る者が多かったが、気分が高揚しているのか、全員に伝わるように話すためか、いつもより彼らの声が倍増しで大きい。
どうやら重要な案件で集まっているようだ。
まだ誰か待ってるのかな…?
部屋の人口密度的に、もう十分集まっていると思われるのに、いつまでも落ち着かない様子の彼らに、なんとなくそう思う。
それに彼らの様子も、会議と言うより、雑談といった感じが夕方からずっと続いている。
中心になる人がいない感じなんだよね…
その時、山崎の合図があり、二つ向こうの部屋へストンと降り立つ。
ここが我ら流離い(さすらい)の石田散薬売りの拠点である。そのただの焦げた葉っぱの効用を信じて、江戸から遥々、大坂と京に広めに来たという設定付きだ。
「さて、どうしましょうか。今なら結構人数は居ますけど」
「…報告へ行かなければならないが…」
どちらが残るかが問題なのだろう。
「急ぎですし、状況を見た人としての判断が要るなら、山崎さん行きます?
流石にもう張り込みくらいなら、私一人でもたぶん大丈夫ですし」
五日間、何事もなく屋根裏に潜んでいる。
気配を消すというものの基本を身に付けさせてくれた、今は亡き彼に感謝した。もちろん、この任務にあたるまでのたった一日、山崎さんの地獄の特訓をこなしてきたのだが。
山崎はしばし逡巡していたが、一つ頷いて菫色の視線を弥月と絡ませる。
「できるだけ早く戻る。もし不審な動きがあっても深追いするな」
「了解です」
ピッと敬礼する。
「……くれぐれも気を付けて」
「大丈夫です。ここか、上しか行かないです。それ以外は死なないようにしてます」
敬礼したまま、真剣な顔でやる気のない事を言ってしまった。本音ではあるが、最近は癖になりつつあって、無気力系男子という、新しい何かを掴みかけている。
だから、また呆れられるか、怒られるかと思ったのだが、烝さんは「今日のところはそうしてくれ」と返してきて、ちょっと拍子抜けした。
真面目だなぁと弥月は思いながら、少なくとも、捨て駒には思われていないことに気付いて、一人苦笑いする。
山崎さんは着替えず、忍装束のまま出て行った。それを見送って、私は「むーん」と言いながら腕を高く伸ばして、腰を左右に捻る。
「さて……と。まあ、もうひと働きするか」
本来ならば、彼一人でも事足りた現場。ならば、賃金に見合う働きをしようじゃないか。
積み上げた行李に足をかけて、天井裏へと再び舞い上がった。
ガラリと襖を開けて、先ほど出て行った男が戻って来た。
「まだっちゃ」
「おんま、ほんまに先生に時間伝えたんかい」
「きちっと伝えたけぇね、桂先生が遅いんかしゃっちじゃけん」
「おんまら、煩くしんな。…言葉もできるだけ隠さんかい」
ぅおっほほい……まじで誰か…カツラ先生?待ってるみたい
その先生とやらにあまりに待たされて苛ついているのか、どうにも男達は落ち着きがなくなってきていた。
宵五ツ半を知らせる鐘の音が鳴る。
山崎が出て行ってから、もうすぐ四半時。燕のように往復したとしても、彼が戻ってくるのにはまだ時間が掛かる。
あー…10分とかいう単位での約束が欲しい
てか、最近一刻が短くなってる気がするんですけど
なんだっけ、太陰暦だっけ。十三月は知ってたけど、時間の長さまで変わるの?
…あぁ、でもそりゃ夏至と冬至で日の長さは違うもんなぁ。明け六つ暮れ六つで、正午を固定するからしゃーないのか
階下も暇そうならば、天井だって暇だ。
んで、カツラ先生だっけか…
…
……ん? 桂って、確か教科書に居たような……うーん…桂、かつら、カツラ、ヅラ? そういや中学に『ヅラ』って呼ばれてた数学教師がいたなぁ…元気かなぁ……もっと後退してるよね、きっと…
ぼーっとそんなことを考えながら、耳をそばだてる。寝転ばず、前腕と膝をついた状態で頭を天井板にくっつけていた。
『カツラ先生』とやらが来ないと、どうやら会議ができないらしく、どうでもいい話ばかりが聞こえてくる。
大抵は長州の素晴らしさだの、会津や薩摩や桑名の悪口だの、どこの女が好いだの。うっかり寝てしまいそうだ。
早く山崎さん帰ってきてくれないかなぁ………飽きた…
そういえば、この後どうするつもりか聞くのを忘れた。
今日取っ捕まえるかと何となく思っていたが、いきなりこの十数名を捕えにかかるだろうか。次の会合の日と場所を掴んだら、今日は撤退かもしれない。
いや…実は今準備してて、今から討ち入りとか…?
まだ状況は山崎さんが出て行った時と、そう変わりない。少し人が減った気もするが、どうせまた戻って来るだろう。
もし、いきなり、討ち入りだったら…
……
…その…先生来てないし……得策じゃぬ…
……
***