姓は「矢代」で固定
第二話 はじめてのお仕事
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文久三年十月二日
井筒屋に客として入り、さらにそれから忍装束に着替えるらしい。
準備されたのは、山崎さんと同じ忍装束。黒の上衣と袴、それから鉢金と、両手足用の籠手みたいなの。
弥月はそれらを床に並べてみて、ゴクリと喉を鳴らす。
えっ、やばい! これ着るとか超テンション上がる!!
うわ、どうしよ、結構…いや、かなり楽しくなってきた。楽しんでたら絶対怒られるのに、顔ニヤける。やばーばばいっ、コスじゃん!楽しいっ!!
だがしかし、今から一旦着替えるのは、通常の三割増し薄汚れた着物。
着ます、えぇ着ますよ。たとえ裾がほつれてようと、丈が短かろうと、なんか妙に臭かろうと着りゃあ良いんでしょ、着りゃあ。臭いなんかすぐ慣れるんだよ、鼻曲がるわコン畜生
それらの衣装とその他、武器や何やら小道具を、これまた薄汚れた風呂敷に包んでいた。
しかし、ふと重要なことに気付いて、横で自分の分を準備していた山崎を見る。
「…あのですね、山崎さん」
「なんだ」
「すっごい今更なんですけど…どう考えたって、私って変装したところで、髪の毛で私じゃないですか。
ある程度は隠せますけど、覗き込まれたら見えるし……この界隈には、そこそこ知られてるような気がするんですけど…」
「…髪は染めてもらう」
「え゛っ!?」
「それに、知れ渡っているからこそ、君の特徴なのだからな。髪の色が黒ければ、君を新選組にいた矢代弥月と気付く人は減るだろう」
「そ、や、ちょっと待ってください!」
必死に抗議の声を上げるが、彼も彼で手を止めて、この上ない渋面をしてみせた。
「…林や川島らが何をしてるか、俺も知らない訳ではないが…
…今回の任務はこちら側の仕事だ。できないというならば……降りてくれ」
考えること、五数える間ほど。
「…わ、かりました」
***
「親仁、例の頼みだが…」
「へぇ、お伺いしとります。おい、お前…」
「どうぞ、こちらへ」
顔を見ただけで承知した店主と、そのお上さん。髪切り所のようだが、いつも屯所に来ている親仁さんではなかった。協力者という奴なのだろうか。
通された部屋に並べられた道具。弥月の目に留まったのは…
「…美玄香…」
…知っているぞ。これはアレだろう、ビゲ○香りのヘアカラ~♪だろう。
「染めなきゃだめか…」
どちらかと言えば、自分を納得させるための言葉で、口から出たそれに確認をする意図はなかった。だが、最期の抵抗とばかりの言葉を、山崎は拾って返した。
「…君には不本意なのかもしれないが、任務として、それなりの準備をしてくれなければ困るんだが…」
半ば強制的な言葉だったが、困った表情なのは彼も同じで。
きっと「嫌」といえば、彼はこの任務を降りることを、今からでも許してくれる。けれど、弥月はここまで来て、彼を困らせていることを情けなく思った。
「…わ、わかってます……髪は伸びますもんね、いいです。大丈夫です。
大丈夫、丸刈りにするわけじゃあるまいし。いや、もう丸刈りでも大丈夫、安藤さんともっと仲良くなれそうですね。大丈夫、仲良きことは美しきかな」
眉をハの字に下げながらも、なんとか笑顔でそう言った。
しっかり染めるためには、三刻以上液をつけっぱなしにしなければならないそうで、寒くなってきたらもはや拷問。今の時期でギリギリか。
お上さんに準備をしてくるからと待たされた部屋で、弥月は髪ならぬ、神に祈るように手を組んで黙祷を捧げる。
「あぁ、ごめんなさい兄ちゃん。染めるなって散々言われたのに、不肖弥月はついに貴方の教えに背きます」
絶対に怒る。うちの三男が怒るのなんか日常茶飯事だけど。夏はドライヤー面倒くさがって普通に怒らすけど。
髪は女の命だって言うから、きっとこれ帰ってエノちゃんがスウィ○ニ○・トッドに変身しても可笑しくないよね。え、それ、帰れても首飛んじゃうくない?
「あぁ、神様仏様。帰る時には髪伸びてますように…」
すると、いつから聞いていたのか、髪切り屋のお上さんが「え?」と驚いたように言って、桶に入った美玄香を棒でかき混ぜながらこちらに来る。
キョトンとした顔で弥月を見た。
「なんや、お兄はん髪染めたぁないの?」
「ううぅ…どちらかといえばものすごく不本意ですが、お仕事なのでどうしようもないんです…」
「…そうやったの、難儀やねぇ。折角綺麗な御髪してはるのに……前からいっぺん触らして貰いたいわぁって、うちのと言うてたんどす」
「どうぞ、触り納めなので触ってやってください。髪も喜びます」
ほっかむりを取って、頭を差し出す。…お賽銭もらったら儲かるかもしんない。
「ぷっ…クスクス…おおきになぁ」
笑いながらお上さんは頭を、梳くように易しく撫でた。
…! そう、これ! 私が欲していた触り方はこれです! ボサボサになるまで撫でくり倒すそれではありません!!
やっぱ良い。女の人の気遣い。
こういうの斎藤さんとか、烝さんとかバッチリ備わってて、身体に優しく、心に嬉しい。お母様一号二号。
…斎藤さんに頭撫でられるとか、想像できないけどさ。なんか想像したら恥ずかしくなってきたよ。照れる
「枝毛もあらへんし、えぇ髪してはるわぁ…羨ましいくらい」
なんか傷んできたと思っていたが、どうやらまだまだ棄てたものではないらしい。
自分が手入れしていたわけでは無いが、少し照れながら「ありがとうございます」と言うと、お上さんは毛束を掴んだまま、じっとそれを見て考えていた。
「…ねぇ、お兄はん。これ、ずっと黒やなかったら困るん?」
「え、あ、はい、ん?……たぶん? とりあえず、今回の任務終わるまでは困ると思いますけども」
「任務って言うても、休憩とかもあるんよね?」
「…うーん、たぶん? どんなに少なくても、食べたり、寝たりしなきゃ生きれませんし…」
そう応えると、お上さんはまたもやじっと考えていて、「今の時期ならいけるかな…」と独り言ちた。
弥月は首を傾げる。
「あのー…染めるの時間かかるんやったら、早くした方が良いかなと思いますが…」
山崎さんは先に目的地へ向かっている。これが終わったら現地集合だ。
「…お兄はん、ようけ汗かきはる人?」
「? まあ人並みかなって感じですけど…」
「あんな、少うし手間かかってええんなら、美玄香やなくても黒く染める方法あるんよ」
「…え?」
慎重に、確かめるように、お上さんは言葉を選ぶ。
「そりゃあ美玄香に比べたら、洗ったり、汗かきはったら落ちてまうんやけどね。髪傷めへんし、すぐに落とせるんよ」
「どうやって…?」
「墨汁で塗るんよ」
「ぼ…」
何とも言えず固まる。
確かに黒いとか、そりゃ水で落ちるわとか、それで染まるのかとか、カピカピのカチカチになるんじゃないのとか。
しかし、話を聞くに、どうやら割と一般的に使われる方法らしい。
頭をひっつめにした後は、あまり洗わないからこそできる方法で。色落ちやすいから頻繁に染直しが必要だと言うが、自分でも気軽にできるそうだ。
今回の任務はおそらく頭はしばらく洗えない。それに多少落ちたところで、今回の任務はそもそも人目に付かないようにしているはず。
…有っちゃ有りなのか?
相談するにも、山崎さんは現地入りしてしまった後だ。
弥月は腕を組んで、しばらくの間「うーん…」と唸っていたが、
「とりあえず、一回してみてもらう事ってできますかね。」
物は試し、上手くいったらそのまま行こう
割と軽い気持ちで決定してみた。