姓は「矢代」で固定
第十二章 歪な情誼
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***
沖田side
「げほっ、げほっ!」
あぁ、最悪。口の中砂まみれ…
口の中だけではなく、泥水で全身ずぶぬれなのだが。
ぺっぺっと砂を吐きだして、溜息を吐きながら一先ずそこに尻もちを着いた。顔に張りつく髪をかきあげて、頬につく砂をぬぐう。
僕よりも幾分水を飲んだのだろう、まだ「うえっ…」と気持ちわるそうに何か吐きだそうと、四つん這いでもがいている少女を横目に見た。
最初は川岸で引っ張り上げてあげようと思っただけだったのだけれど。
男に突き飛ばされて、抵抗している間はまだ見ていられたが、あんなに水の中で暴れたら溺れるのが関の山だと思っていたら。案の定、男は流されているだけなのに、彼女が浮かんでこなくなったから、「探さなければ」と思ってしまった。
それからはこっちも必死だ。鼈(べつ)人を食わんとして却って人に食われては敵わない。
生きててよかったよ、まったく
「う゛ううぅ…」
呻る様な声を出して……けれど、やがて『沖田さん』と名前を呼ばれて、目を瞠る。
自分のすぐ横に仰向けに転がった彼女は、目元を手の甲で隠していて。原型もとどめずグシャグシャになった髪が、草むらに散っていた。
「助かりましたぁぁ、本当に死ぬかと思った、怖かった…っ、怖かった、怖かった!!」
声が震えていて、最後は泣いているのだと分かった。
ただ
その声は
その口調は
それだけで、まさかと疑えるくらいには、僕はこの声の主を知っていた。嫌い合って、無視し合っていても、一年間すぐそばで暮らしていた。
嫌いだったからこそ、そのよく通る声は、嫌でも耳に付いていた。
「弥月君…?」
「――っはい?」
彼女は当たり前のように返事をした。
目元から手を避けて、不思議そうに僕を見上げた。
どうして当たり前のように……生きてるのが当たり前のように、僕の前にいるのか
「生きて…」
生きている
喋っている
聞こえている
動いている
生きている
思わず手を伸ばして、彼女の首に触れると暖かくて、傷を確かめると、そこには縫い糸があり、皮膚が盛り上がっている。
これは証拠……あの時、あそこにいたのは間違いなく弥月君だった……今、隣にいるのも弥月君だ
生きている
「頑丈過ぎて、生き延びちゃいました」
彼女は可笑しそうに、口元を緩めて言う。
何でもないことのように言うけれど、『生き延びた』と笑う君が、あの瞬間どんな表情をしていたのか
僕に迷惑をかけたと謝る君が、どんな気持ちで自分の首を斬ったのか
「今日は沖田さんのおかげで、二回も生き延びました。ありがとうございます」
『生き延びた』
僕たちは日々生き延びている。運が良くてここに生きている
だけど、あの日、君は最期を望んだ
「本当にありがとうございます」
なら、生きていることに感謝する、生き延びたことに感謝する君は
「――っ、馬鹿じゃないの…」
「はい、馬鹿でした。そして今は阿呆です」
馬鹿だったと…過去のことだと笑う君は
「ホント馬鹿…」
君はもう僕の知ってる、生きて、馬鹿みたいに笑う君
どうしてか涙が出そうになる。
「帰りたいです、沖田さん。私を仲間にしてくれませんか?」
君の帰りたい場所は新選組なんだから、「なんで僕に訊くのさ」なんて、頭のどこかで思ったけれど。僕を見て嬉しそうに、ふわりと笑う君に冷たい言葉をかけたくはなくて。
嫌いじゃないよ
馬鹿正直に生きてる君が、翳っていた僕には、少しだけ眩しかったんだ
「君が…新選組の仲間だったことは認めてあげる。君が命をかけて、僕たちと一緒にいることは認めてあげる…」
『今、俺に見えている彼を、俺は仲間と信じている』
『一生懸命な人を信じたいと思うのは、人間の性なんだ。それは総司にも備わっている心だ』
池田屋で、僕は君が仲間であることを疑いもしなかったんだ
「君が……もし、君が背を向ける日が来るとしても、僕たちが君を信頼するのは僕たちの勝手なんだから、君は今まで通りしてればいいよ…
…あの時、池田屋で君が来なかったら…今、土の下にいるのは僕かもしれなかった…から、…りがとう…」
あの日、言えなかった。永遠に言えなくなるはずだった。
生きていてくれてありがとう
そんな言葉は胸の内にしまった。
「…ははっ、どうしたんですか。明日も暴風雨の予定ですか?」
……
「…もう一回、川に突き落としてあげようか?」
「それは嫌!」
アハハッと笑う君につられて、僕もらしくない僕を笑った。
沖田side
「げほっ、げほっ!」
あぁ、最悪。口の中砂まみれ…
口の中だけではなく、泥水で全身ずぶぬれなのだが。
ぺっぺっと砂を吐きだして、溜息を吐きながら一先ずそこに尻もちを着いた。顔に張りつく髪をかきあげて、頬につく砂をぬぐう。
僕よりも幾分水を飲んだのだろう、まだ「うえっ…」と気持ちわるそうに何か吐きだそうと、四つん這いでもがいている少女を横目に見た。
最初は川岸で引っ張り上げてあげようと思っただけだったのだけれど。
男に突き飛ばされて、抵抗している間はまだ見ていられたが、あんなに水の中で暴れたら溺れるのが関の山だと思っていたら。案の定、男は流されているだけなのに、彼女が浮かんでこなくなったから、「探さなければ」と思ってしまった。
それからはこっちも必死だ。鼈(べつ)人を食わんとして却って人に食われては敵わない。
生きててよかったよ、まったく
「う゛ううぅ…」
呻る様な声を出して……けれど、やがて『沖田さん』と名前を呼ばれて、目を瞠る。
自分のすぐ横に仰向けに転がった彼女は、目元を手の甲で隠していて。原型もとどめずグシャグシャになった髪が、草むらに散っていた。
「助かりましたぁぁ、本当に死ぬかと思った、怖かった…っ、怖かった、怖かった!!」
声が震えていて、最後は泣いているのだと分かった。
ただ
その声は
その口調は
それだけで、まさかと疑えるくらいには、僕はこの声の主を知っていた。嫌い合って、無視し合っていても、一年間すぐそばで暮らしていた。
嫌いだったからこそ、そのよく通る声は、嫌でも耳に付いていた。
「弥月君…?」
「――っはい?」
彼女は当たり前のように返事をした。
目元から手を避けて、不思議そうに僕を見上げた。
どうして当たり前のように……生きてるのが当たり前のように、僕の前にいるのか
「生きて…」
生きている
喋っている
聞こえている
動いている
生きている
思わず手を伸ばして、彼女の首に触れると暖かくて、傷を確かめると、そこには縫い糸があり、皮膚が盛り上がっている。
これは証拠……あの時、あそこにいたのは間違いなく弥月君だった……今、隣にいるのも弥月君だ
生きている
「頑丈過ぎて、生き延びちゃいました」
彼女は可笑しそうに、口元を緩めて言う。
何でもないことのように言うけれど、『生き延びた』と笑う君が、あの瞬間どんな表情をしていたのか
僕に迷惑をかけたと謝る君が、どんな気持ちで自分の首を斬ったのか
「今日は沖田さんのおかげで、二回も生き延びました。ありがとうございます」
『生き延びた』
僕たちは日々生き延びている。運が良くてここに生きている
だけど、あの日、君は最期を望んだ
「本当にありがとうございます」
なら、生きていることに感謝する、生き延びたことに感謝する君は
「――っ、馬鹿じゃないの…」
「はい、馬鹿でした。そして今は阿呆です」
馬鹿だったと…過去のことだと笑う君は
「ホント馬鹿…」
君はもう僕の知ってる、生きて、馬鹿みたいに笑う君
どうしてか涙が出そうになる。
「帰りたいです、沖田さん。私を仲間にしてくれませんか?」
君の帰りたい場所は新選組なんだから、「なんで僕に訊くのさ」なんて、頭のどこかで思ったけれど。僕を見て嬉しそうに、ふわりと笑う君に冷たい言葉をかけたくはなくて。
嫌いじゃないよ
馬鹿正直に生きてる君が、翳っていた僕には、少しだけ眩しかったんだ
「君が…新選組の仲間だったことは認めてあげる。君が命をかけて、僕たちと一緒にいることは認めてあげる…」
『今、俺に見えている彼を、俺は仲間と信じている』
『一生懸命な人を信じたいと思うのは、人間の性なんだ。それは総司にも備わっている心だ』
池田屋で、僕は君が仲間であることを疑いもしなかったんだ
「君が……もし、君が背を向ける日が来るとしても、僕たちが君を信頼するのは僕たちの勝手なんだから、君は今まで通りしてればいいよ…
…あの時、池田屋で君が来なかったら…今、土の下にいるのは僕かもしれなかった…から、…りがとう…」
あの日、言えなかった。永遠に言えなくなるはずだった。
生きていてくれてありがとう
そんな言葉は胸の内にしまった。
「…ははっ、どうしたんですか。明日も暴風雨の予定ですか?」
……
「…もう一回、川に突き落としてあげようか?」
「それは嫌!」
アハハッと笑う君につられて、僕もらしくない僕を笑った。