姓は「矢代」で固定
第十二章 歪な情誼
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***
弥月side
「はあっ、はっ…」
先の男を突き飛ばした位置とは違って、ここは河原であり、崖にはなっていなかった。
男が急な流れに足を取られ、よろけたところでその足を払い、それから男が転び、まともに立ち上がれず。また転び、段々と流されゆくのを見届けてから、弥月は力尽きるように川岸に膝を着いた。
どうしても決め手が見つからず、場外押し出しでなんとか片をつけたが、慣れない小太刀で間合いを合わせる緊張感に、非情に神経を使った。
あぁ、もう、絶対小太刀とか使わない…
「避けろ!」
「え…?」
高級な着物が泥水にさらされてるのに気がついて、立ち上がろうとしたその時、沖田さんの声が聞こえた……聞こえたが、遅かった。
振り返ろうとした視界に、こちらへ走って来た人が映り込む。
「…!!」
まだ持っていた小太刀を振り上げるが、男の狙いは違った。
ザバンッ
「この糞女ぁ、よくも弟を!!」
「ちょっ…!」
もつれこまれるようにして、川の流れに巻き込まれる。男の捨て身での狙いは、私と同じだったらしい。
立ち上がろうとしても、どこかしら掴まれて、抗いきれない川の流れへ引きずり込まれる。濁流に押される上に、水を吸った着物ではまともに身動きがとれなくなっていた。
そして、少しずつ流されて、川の真ん中に移動していることに気付いた。
――ッ!足つかなくなるっ!!
足がつかなくなるよりも先に、押し流されてはいたのだけれど。これではされるがままに、流されるしかない。
なぜなら、私は泳げない
大事な事だからもう一度言うが、私は泳げない
所謂、かなづち。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!
ガクン
その瞬間、川の深みにはまった男に引っ張られた。
「…――やっ、泳げな…っ!」
怖い
泳げない
怖い
いつの間にか男の手は離れていたが、成すすべもなく冷たい川に流されて行く。
ザバッ
「!?」
「馬鹿ッ、暴れるな!」
「ぅえ゛っ、ゴホッ!ゲホッ!」
「顔だけ出して息して! しがみついたら斬るよ!」
ふりむく気力は無かったが、後ろから脇を抱えられて、頭部だけでも水中から掬い上げられたことで安堵した。
それから随分と長い距離を下った。その間はただただ無抵抗に彼と共に流されて、言われるがままにできるだけ息をして、力を抜いて、空気を体に溜めることを考えた。
流れが緩くなった所で、どざ衛門のように川岸を上がって来た二人は、二人ともが肩で息をして、飲み込んだ泥水をゲホゲホと吐きだした。
そして呼吸が落ち着くと、沖田が顔にはりついた髪をかき上げながら砂利に腰を下ろした横で、弥月は仰向けに転がる。
「う゛ううぅぅ沖田さんんん……助かりましたぁぁ!本当に死ぬかと思った…怖かった、怖かった、怖かった!!」
めっちゃ怖かった。怖いよ、怖いんだ、水なんか大っ嫌いだ
私の三大嫌いなもの。寒いこと、ひもじいこと…そして、溺れること。(爬虫類は含まず)
ホッとしたせいか、今さら涙が出る。全身濡れていて訳が分からないが。
「…弥月君?」
「…っはい?」
彼が怖々という風に、手さぐりに私の頬を伝ってから、首の左側に触れる。そこにはまだ抜糸前の糸の結び目がある。
「生きて…」
途切れた声に、彼は今まで私が矢代弥月だと気づいていなかったのだと知る。
特に隠す意図はなかったが、「ばれちゃった」と思って、にへらと口元を歪めた。
「…頑丈すぎて、生き延びちゃいました」
「……」
「沖田さんには嫌なもの見せちゃいましたね、すみません」
千姫から、沖田さんは私が連れていかれる一部始終を見ていたはずだと聞いた。そして恐らく、自刃したその瞬間も目にしていただろうと。
そんなもの見たい人間がいるわけないから
未だ傷に触れる彼の手をとって、指を絡めてグッと握る。
「今日は沖田さんのおかげで、二回も生き延びました。ありがとうございます」
「――っ」
「本当にありがとうございます」
「…っ、馬鹿じゃないの…!」
「はい、馬鹿でした。そして今は阿呆です」
「…ホント馬鹿…」
おりょ、沖田さんが感動してくれている?
私が死んでも、喜びも悲しみもしてくれないのだろうと、思っていたのだけれど。
下から見上げた彼の表情は泣きそうで、つないだ手はギュッと握り返された。
すっかり冷えてしまったお互いの手だったが、弥月は面映ゆいような気持になって、ふふっと小さく笑った。
「沖田さん、私、新選組にいるのが辛かったんです。誰かの死を覚悟することがいつまで経ってもできないし、今もしたくないと思ってます。
でも、今は、やっぱりみんなの所に帰りたいと思ってて……自刃するような士道不覚悟者でも、新選組に帰れる私の場所は、今もあるでしょうか」
あなたの着ていたダンダラ模様の羽織を見た時、これだと感じた。私の居場所はそこだと確信した。
勝さんに新選組を馬鹿にされた時、自分のことのように腹立たしかった。彼を見返してやりたいと……汚名返上も名誉挽回も、私自身が、みんなと一緒にしたいと思った。
私はもう心を全部そこに置いていたんだ
「帰りたいです、沖田さん。私を仲間にしてくれませんか?」
私が連れ去られるのを見送ったのが彼で、迎えてくれるのも彼なら、こんな偶然はない。
いつぶりだろう、沖田さんにこんなに素直に話しかけるのは
大事な刀を置いて、咄嗟に羽織も着物も脱いで、溺れた人を助けに入れる彼を、カッコいいなあと心の底から思った。
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弥月side
「はあっ、はっ…」
先の男を突き飛ばした位置とは違って、ここは河原であり、崖にはなっていなかった。
男が急な流れに足を取られ、よろけたところでその足を払い、それから男が転び、まともに立ち上がれず。また転び、段々と流されゆくのを見届けてから、弥月は力尽きるように川岸に膝を着いた。
どうしても決め手が見つからず、場外押し出しでなんとか片をつけたが、慣れない小太刀で間合いを合わせる緊張感に、非情に神経を使った。
あぁ、もう、絶対小太刀とか使わない…
「避けろ!」
「え…?」
高級な着物が泥水にさらされてるのに気がついて、立ち上がろうとしたその時、沖田さんの声が聞こえた……聞こえたが、遅かった。
振り返ろうとした視界に、こちらへ走って来た人が映り込む。
「…!!」
まだ持っていた小太刀を振り上げるが、男の狙いは違った。
ザバンッ
「この糞女ぁ、よくも弟を!!」
「ちょっ…!」
もつれこまれるようにして、川の流れに巻き込まれる。男の捨て身での狙いは、私と同じだったらしい。
立ち上がろうとしても、どこかしら掴まれて、抗いきれない川の流れへ引きずり込まれる。濁流に押される上に、水を吸った着物ではまともに身動きがとれなくなっていた。
そして、少しずつ流されて、川の真ん中に移動していることに気付いた。
――ッ!足つかなくなるっ!!
足がつかなくなるよりも先に、押し流されてはいたのだけれど。これではされるがままに、流されるしかない。
なぜなら、私は泳げない
大事な事だからもう一度言うが、私は泳げない
所謂、かなづち。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!
ガクン
その瞬間、川の深みにはまった男に引っ張られた。
「…――やっ、泳げな…っ!」
怖い
泳げない
怖い
いつの間にか男の手は離れていたが、成すすべもなく冷たい川に流されて行く。
ザバッ
「!?」
「馬鹿ッ、暴れるな!」
「ぅえ゛っ、ゴホッ!ゲホッ!」
「顔だけ出して息して! しがみついたら斬るよ!」
ふりむく気力は無かったが、後ろから脇を抱えられて、頭部だけでも水中から掬い上げられたことで安堵した。
それから随分と長い距離を下った。その間はただただ無抵抗に彼と共に流されて、言われるがままにできるだけ息をして、力を抜いて、空気を体に溜めることを考えた。
流れが緩くなった所で、どざ衛門のように川岸を上がって来た二人は、二人ともが肩で息をして、飲み込んだ泥水をゲホゲホと吐きだした。
そして呼吸が落ち着くと、沖田が顔にはりついた髪をかき上げながら砂利に腰を下ろした横で、弥月は仰向けに転がる。
「う゛ううぅぅ沖田さんんん……助かりましたぁぁ!本当に死ぬかと思った…怖かった、怖かった、怖かった!!」
めっちゃ怖かった。怖いよ、怖いんだ、水なんか大っ嫌いだ
私の三大嫌いなもの。寒いこと、ひもじいこと…そして、溺れること。(爬虫類は含まず)
ホッとしたせいか、今さら涙が出る。全身濡れていて訳が分からないが。
「…弥月君?」
「…っはい?」
彼が怖々という風に、手さぐりに私の頬を伝ってから、首の左側に触れる。そこにはまだ抜糸前の糸の結び目がある。
「生きて…」
途切れた声に、彼は今まで私が矢代弥月だと気づいていなかったのだと知る。
特に隠す意図はなかったが、「ばれちゃった」と思って、にへらと口元を歪めた。
「…頑丈すぎて、生き延びちゃいました」
「……」
「沖田さんには嫌なもの見せちゃいましたね、すみません」
千姫から、沖田さんは私が連れていかれる一部始終を見ていたはずだと聞いた。そして恐らく、自刃したその瞬間も目にしていただろうと。
そんなもの見たい人間がいるわけないから
未だ傷に触れる彼の手をとって、指を絡めてグッと握る。
「今日は沖田さんのおかげで、二回も生き延びました。ありがとうございます」
「――っ」
「本当にありがとうございます」
「…っ、馬鹿じゃないの…!」
「はい、馬鹿でした。そして今は阿呆です」
「…ホント馬鹿…」
おりょ、沖田さんが感動してくれている?
私が死んでも、喜びも悲しみもしてくれないのだろうと、思っていたのだけれど。
下から見上げた彼の表情は泣きそうで、つないだ手はギュッと握り返された。
すっかり冷えてしまったお互いの手だったが、弥月は面映ゆいような気持になって、ふふっと小さく笑った。
「沖田さん、私、新選組にいるのが辛かったんです。誰かの死を覚悟することがいつまで経ってもできないし、今もしたくないと思ってます。
でも、今は、やっぱりみんなの所に帰りたいと思ってて……自刃するような士道不覚悟者でも、新選組に帰れる私の場所は、今もあるでしょうか」
あなたの着ていたダンダラ模様の羽織を見た時、これだと感じた。私の居場所はそこだと確信した。
勝さんに新選組を馬鹿にされた時、自分のことのように腹立たしかった。彼を見返してやりたいと……汚名返上も名誉挽回も、私自身が、みんなと一緒にしたいと思った。
私はもう心を全部そこに置いていたんだ
「帰りたいです、沖田さん。私を仲間にしてくれませんか?」
私が連れ去られるのを見送ったのが彼で、迎えてくれるのも彼なら、こんな偶然はない。
いつぶりだろう、沖田さんにこんなに素直に話しかけるのは
大事な刀を置いて、咄嗟に羽織も着物も脱いで、溺れた人を助けに入れる彼を、カッコいいなあと心の底から思った。
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