姓は「矢代」で固定
第十二章 歪な情誼
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
沖田side
それは巡察中のできごと。
時季遅めの台風でも来ているのかもしれない…そんな天気が一昨日くらいから続いていた。
巡察中、ちょっとした揉め事があり、新選組の管轄外ではあるが、僕たちが御所の東側の鴨川沿いを隊士たちと共に歩いていたときに、「ちょっと、放しなさいよ!」と叫ぶ女の子の声が聞こえた。
見ると、笠をかぶった位の高そうな女性と、男が橋の上で揉めており、先頭を行く僕の組下の隊士が咎める。
永倉は「お」と感嘆漏らしてから、おかしそうに言う。
「総司のとこのは、よくできた隊士ばっかだよなあ」
「組長に似たんじゃない?」
新八さんにそう返すと、少しの間の後、彼は「それはねえだろ」と呟いたが、聞かなかったことにしてあげた。
僕たちが行くまでもなく、分が悪いと踏んだのか、男はそそくさと逃げて行った。
しかし、僕たちの顔を見て動揺したのは、その不逞の輩だけではなく、女性の方も「ありがとう」と言いつつも、腰が引けているのが見て取れる。けれど、新選組が嫌われているのも今更の事だった。
「お怪我はありませんか?」
僕の組下の中で、一番物腰が穏やかな隊士がそう尋ねると。
「…ええ、助かりました」
「お一人ですか?」
「ええっと…」
言い澱む女に、隊士たちが自然と目配せする。
「どちらまで?」
「……御所に…連れは彼らの足止めを…」
「足止め?」
「…あの、川沿いを見て来ては頂けませんか? もしかして、何かあったのかも…」
それを先に言いなよ
足止めをしきれていないと言う事は、何かあった可能性が高いのだろうから。
ただ単に、僕らに遠慮していただけか、それとも今頃それを思い出すほどに狼狽えていたというのか……彼女が男相手に叫んでいたときは、豪胆な風を呈していたのだけれど。
「組長、どうしますか?」
「女の子が困ってんだ! 助けるに決まってんだろ!」
永倉が意気揚々と即答したのをチラリと見て、沖田は溜息を吐く。
「新八さんらはその子、御所の方に連れて行って。その連れの方は、僕が見て来るから」
「おい、総司。何人か連れていけよ?」
一人フラフラと行こうとする沖田に、永倉は釘を刺すが。
沖田は首だけで振り返り、永倉の横にいる、笠で顔を隠した女を見る。
「…君、追手の数は」
「五くらいかと…」
「じゃあいいよ。新八さん、残りの巡察も宜しく」
「は!? あ、おい!」
さりげなく仕事を押し付けて、スタスタと僕はその場を後にした。
しかし、
「…あの子、どこから来たのさ」
この川沿いだと言っていたのだが、小走りに行けども行けども、それらしい人影は見えず。全て事は終わった後なのかもしれないと、僕が思い始めた頃。
「死ねえええぇぇぇっ!!」
と、ようやくそれらしい声が耳に届き、それらしき人影があった。
連れって、女の子か…
勝手に下男か用心棒を想定していたから、些かそれに驚きつつ、今まで持ち堪えていたことに感心する。
――っと、不味い…!
懐剣で男の上段を受け止めたが、二対一でどうしようもなくなったらしい。ジリジリと方向を変えて、もう一人を警戒はしているが、どう見ても次の攻撃は避けきれない。
沖田は走る。女が斬られるなんて、寝覚めの悪いものはない。
「よくも、このアマ…死ねえぇ!!!」
キンッ
滑り込ませた僕の刃は、なんとか間に合ったらしい。
「新選組…っ!」
うん、お決まりの反応。どうも
男達は僕を敵視するような視線を送ってくるが、困ったことに、それだけで必ずしも彼らが新選組の敵とは限らない。現に、彼らは僕の登場に狼狽えてはいるが、襲い掛かって来るわけではない。
彼女がどのような立場で彼らと刃を交えているのか、この浪士たちを殺して良いのかを、先に知るべきなのだろうけれど。
…とりあえず、この場を収めるのを先にしようか
「君、邪魔だからその辺の隅にでも退いててくれる。事情は後で訊かせてもらうから」
何をしているのか、動きの止まった彼女へ、そう言ったのに。
僕を背にして、彼女が太刀を構え直す気配があった。
「…何」
別に、味方じゃないんだけど
そう言外に匂わずが、恐らく、全く伝わらなかった。
女はこっちの浪士を僕に任せ、残りを片づけるつもりらしい。僕の背に剣戟の音が聞こえ始めた。
困ったなぁ…
「恨みはないが、邪魔立てするなら死んでもらう!」
「……それは助かるよ」
「は?」
あとは一瞬だった。
男はてんで素人で、刀を振り上げるだけ振り上げている間に、腹を一文字に斬った。とどめを刺すか否かやはり迷ったが、蹴っ飛ばして転がすに留めておいた。
そして腹を斬るときに気付いたことには、すでに男が左側を負傷していたこと。
剣戟の音が続く方を見ると、男を川へ落とそうとしているのか、一歩…一歩と、相手を岸へ追い詰める女の姿があった。
…なんだかなぁ
以前、千鶴ちゃんが『小太刀の道場に通ってた』云々と言っていた。確かに、江戸の千葉道場には普通に女児もいると聞いた事があるし、弥月君みたいに、ヘタな男より剣を使える女なんて、探せば案外たくさんいるのかもしれない。
それでも女は武士になれない
男は金で武士になることができるが、どうしたって女は帯刀できない。
新選組に男しかいない理由……それは武士が男しかなれないものだからだが……死んだ彼女が、男のフリをしなければ生き辛い世の中だったことを、少し可哀想に思う。
彼女はまだ強くなれるはずだった
そうして、彼女がいなくなってから、火の消えたような屯所を思い出し、ほんの少しだけ物悲しいような気持になる。
沖田がぼんやりとそんな事を考えているうちに、勝敗は決した。
あの懐剣一本で、何人を退けたのか
気が抜けたのだろう、ガクンと膝を地に着いた女性を、沖田は心から称賛したい気持ちだった。
***
沖田side
それは巡察中のできごと。
時季遅めの台風でも来ているのかもしれない…そんな天気が一昨日くらいから続いていた。
巡察中、ちょっとした揉め事があり、新選組の管轄外ではあるが、僕たちが御所の東側の鴨川沿いを隊士たちと共に歩いていたときに、「ちょっと、放しなさいよ!」と叫ぶ女の子の声が聞こえた。
見ると、笠をかぶった位の高そうな女性と、男が橋の上で揉めており、先頭を行く僕の組下の隊士が咎める。
永倉は「お」と感嘆漏らしてから、おかしそうに言う。
「総司のとこのは、よくできた隊士ばっかだよなあ」
「組長に似たんじゃない?」
新八さんにそう返すと、少しの間の後、彼は「それはねえだろ」と呟いたが、聞かなかったことにしてあげた。
僕たちが行くまでもなく、分が悪いと踏んだのか、男はそそくさと逃げて行った。
しかし、僕たちの顔を見て動揺したのは、その不逞の輩だけではなく、女性の方も「ありがとう」と言いつつも、腰が引けているのが見て取れる。けれど、新選組が嫌われているのも今更の事だった。
「お怪我はありませんか?」
僕の組下の中で、一番物腰が穏やかな隊士がそう尋ねると。
「…ええ、助かりました」
「お一人ですか?」
「ええっと…」
言い澱む女に、隊士たちが自然と目配せする。
「どちらまで?」
「……御所に…連れは彼らの足止めを…」
「足止め?」
「…あの、川沿いを見て来ては頂けませんか? もしかして、何かあったのかも…」
それを先に言いなよ
足止めをしきれていないと言う事は、何かあった可能性が高いのだろうから。
ただ単に、僕らに遠慮していただけか、それとも今頃それを思い出すほどに狼狽えていたというのか……彼女が男相手に叫んでいたときは、豪胆な風を呈していたのだけれど。
「組長、どうしますか?」
「女の子が困ってんだ! 助けるに決まってんだろ!」
永倉が意気揚々と即答したのをチラリと見て、沖田は溜息を吐く。
「新八さんらはその子、御所の方に連れて行って。その連れの方は、僕が見て来るから」
「おい、総司。何人か連れていけよ?」
一人フラフラと行こうとする沖田に、永倉は釘を刺すが。
沖田は首だけで振り返り、永倉の横にいる、笠で顔を隠した女を見る。
「…君、追手の数は」
「五くらいかと…」
「じゃあいいよ。新八さん、残りの巡察も宜しく」
「は!? あ、おい!」
さりげなく仕事を押し付けて、スタスタと僕はその場を後にした。
しかし、
「…あの子、どこから来たのさ」
この川沿いだと言っていたのだが、小走りに行けども行けども、それらしい人影は見えず。全て事は終わった後なのかもしれないと、僕が思い始めた頃。
「死ねえええぇぇぇっ!!」
と、ようやくそれらしい声が耳に届き、それらしき人影があった。
連れって、女の子か…
勝手に下男か用心棒を想定していたから、些かそれに驚きつつ、今まで持ち堪えていたことに感心する。
――っと、不味い…!
懐剣で男の上段を受け止めたが、二対一でどうしようもなくなったらしい。ジリジリと方向を変えて、もう一人を警戒はしているが、どう見ても次の攻撃は避けきれない。
沖田は走る。女が斬られるなんて、寝覚めの悪いものはない。
「よくも、このアマ…死ねえぇ!!!」
キンッ
滑り込ませた僕の刃は、なんとか間に合ったらしい。
「新選組…っ!」
うん、お決まりの反応。どうも
男達は僕を敵視するような視線を送ってくるが、困ったことに、それだけで必ずしも彼らが新選組の敵とは限らない。現に、彼らは僕の登場に狼狽えてはいるが、襲い掛かって来るわけではない。
彼女がどのような立場で彼らと刃を交えているのか、この浪士たちを殺して良いのかを、先に知るべきなのだろうけれど。
…とりあえず、この場を収めるのを先にしようか
「君、邪魔だからその辺の隅にでも退いててくれる。事情は後で訊かせてもらうから」
何をしているのか、動きの止まった彼女へ、そう言ったのに。
僕を背にして、彼女が太刀を構え直す気配があった。
「…何」
別に、味方じゃないんだけど
そう言外に匂わずが、恐らく、全く伝わらなかった。
女はこっちの浪士を僕に任せ、残りを片づけるつもりらしい。僕の背に剣戟の音が聞こえ始めた。
困ったなぁ…
「恨みはないが、邪魔立てするなら死んでもらう!」
「……それは助かるよ」
「は?」
あとは一瞬だった。
男はてんで素人で、刀を振り上げるだけ振り上げている間に、腹を一文字に斬った。とどめを刺すか否かやはり迷ったが、蹴っ飛ばして転がすに留めておいた。
そして腹を斬るときに気付いたことには、すでに男が左側を負傷していたこと。
剣戟の音が続く方を見ると、男を川へ落とそうとしているのか、一歩…一歩と、相手を岸へ追い詰める女の姿があった。
…なんだかなぁ
以前、千鶴ちゃんが『小太刀の道場に通ってた』云々と言っていた。確かに、江戸の千葉道場には普通に女児もいると聞いた事があるし、弥月君みたいに、ヘタな男より剣を使える女なんて、探せば案外たくさんいるのかもしれない。
それでも女は武士になれない
男は金で武士になることができるが、どうしたって女は帯刀できない。
新選組に男しかいない理由……それは武士が男しかなれないものだからだが……死んだ彼女が、男のフリをしなければ生き辛い世の中だったことを、少し可哀想に思う。
彼女はまだ強くなれるはずだった
そうして、彼女がいなくなってから、火の消えたような屯所を思い出し、ほんの少しだけ物悲しいような気持になる。
沖田がぼんやりとそんな事を考えているうちに、勝敗は決した。
あの懐剣一本で、何人を退けたのか
気が抜けたのだろう、ガクンと膝を地に着いた女性を、沖田は心から称賛したい気持ちだった。
***