姓は「矢代」で固定
第十二章 歪な情誼
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文久元年八月二十九日
千姫の話と組み合わせると、余計に分からないことがある。
私の身体、おかしくない?
千姫らが遠目に自刃する私を見つけて駆けつけた時、一目でもう駄目だと思うくらいには、現場は血の海だったと言う。そんな状態でも、濃い八瀬の血がもたらす驚異の治癒力で、一命を取り止めたんだと彼女は言った。
じゃあ、いつもの痣(あざ)とか小さい傷とか、この前の銃創は、どう説明するっての
昔からちょっと常人離れした身体能力がある気はするが、そんな超即効で傷治っちゃうチートみたいな能力は持っていない。
しかも結局、首の傷も縫い合わせなければいけない程には、全く塞がっていないらしい。おかげで首が引き攣れている。
やっぱりその状況で、私が生きてるの変じゃない?
生物的に。ホモサピエンス的に。
「神子(みこ)って、神の子って事らしいし、これで人間じゃない確定かなぁ…」
実の父母は他界しているが、もし生きてたって、きっと『あんたは橋の下で拾って来たのよ~』とか言う親だったに違いない。だって私の親だもの。
「爺ちゃん達なら何か知ってるかなぁ…」
今こうして悩んだ所で、“家族に訊けるのは未来に帰れたら”という、どうしようもない状況ではあるのだけれど。
「…ちょっと試しに、明日はアレ振ってみますか」
首だけ回すと傷が痛いので、ゴロンと寝返りをうって、部屋の隅に刀があることを目で確認した。
弥月が千姫の屋敷に滞在して一週間。
夜明け前。
秋の彼岸の中日(秋分)も過ぎたので、暗い時間がだんだんと長くなり、最近は夜明け前に起きるのが自然になってきていた。
「おはよー、千姫」
「体調はどうかしら?」
「良くはないけど、動けますよ」
基本的に血液が足りてないから、そうそうすぐに気分が良くなるわけはないが、貧血の状態であることに慣れてきた。心がけているのは、ドタバタしない、ゆっくり動く、気分が悪くなったら座ること。
縁側に座っていた弥月の横に千姫も腰を下ろし、解いていた髪を束ねながら、千姫は「ねえ」と弥月の気を引いた。
「弥月ちゃん、これからどうする?」
「どうしましょうかねぇ……実は無断外泊もいいところですから、新選組には帰るに帰れないんですよね」
脱走したと思われてるかもしれないから、のこのこ帰ったら……はい、切腹
「あ。それなんだけど、私たちが弥月ちゃんを連れて行くとき、見てた人が居たのよ」
「…え?」
「位置的には、自刃の瞬間も見てたんじゃないかと思うのよね。時間が惜しかったから、声かけてはいないんだけど。
驚いたんでしょうね、呆然と立ち尽くしてたわよ」
「誰ですか?」
千姫は髪を結っていた手を止めて、明後日の方へ視線をやりながら考える。
「えっとね、隊長さんなのは確かなんだけど……若くて、背が高くて、とっても綺麗な顔立ちで…」
「特徴は筋骨隆々とした筋肉ですか、顔面偏差値ですか、お色気ですか」
「……敢えて言うなら、顔?」
「じゃあ、たぶん沖田さんだ」
状況的にも、沖田さんの可能性は十分にある。
彼とは一緒に巡察に出たが、私だけ左之さんに連れられて先に戻った。だから、彼は引っ手繰りを奉行所まで届けた後、屯所に帰還した頃だったのではないだろうか。
しかし、沖田さんが一部始終を見ていたとして。安否不明の私について、隊としてどういう方針に転がったか、全く見当がつかない。私の知る限りそんな前例がない……というか、自殺の末に誘拐される隊士なんて、絶対に前代未聞だと思う。
「しかも、沖田さんかぁ…」
これが斎藤さんとか原田さんなら、好いように取り成してくれるだろうけれど。彼ともなれば何がどう伝わったか、これまた予想がつかない。
「ね、新選組に戻るつもりなの? そんなに嫌なのに、どうして…?」
信じられないという風に、そして、心配そうに問う千姫に、弥月は少し困り顔で返す。
「嫌…なのは、新選組にいることじゃないんです。寧ろ、新選組にちゃんと居たいとずっと思ってました」
言われて気付く。このままトンズラする事よりも、どうやって帰るかを先に考えていた。
あそこは目まぐるしく情報が飛び、ついて行くのに必死だけれど。
漫然としている日々よりも慌ただしい方が、たぶん私は好きだ。“今”を大事に生きてる感じがする。そんな風に頑張っている自分は嫌いじゃない。
「私の時代ではありえない程の覚悟で……みんな自分のすることに責任を持って、志と矜持に命かけてるんです…敵も味方も。そんなカッコいい彼らに混ざってる、勇敢な自分にずっと酔ってます」
「…それ、自分で言う事かしら」
弥月が自虐ぎみにクスリと笑うと、千姫は呆れた顔をする。
「私、新選組のみんなが好きで、そこにいる自分が好きなんです。人を殺すなんてのは、できればしたくないですけど…」
したくないけれど、必要に迫られて、自分はできる。それが結果として、私の事実として残った。
「…色々思う所はありますが、『新選組の隊士です』と胸を張って言うことにしてます。
私が死にたくなるほど嫌なのは、私の大切な人達を、私が殺してしまうことだけです」
自分と関わりがない人間なら『死んでも構わない』とは言わないが、場合によっては『仕方がない』『運が悪い』『申し訳ない』、或は『可哀想』と思うほどには、私は利己的で傲慢だ。
自分が手にかけた死体を前にしてそう思う私は、“新選組”の肩書きがなければ、ただの大量殺人者となってしまうのだろう。
「…だから、もし、私が別の世界からきた人間なら、新選組に戻ることはやぶさかではないです」
途中で戦場を逃げ出して、安穏と生きていくには、この手は返り血を浴び過ぎた。だから戦争が終わるまで、私はその渦中にいるしかない。
生きるならば、剣をとった責を、業を背負っていく義務がある
「…困ったわね。私、あなたのこと引き抜きしようと思ってるんだけど……ダメかしら?」
「引き抜き?」
意味が分からず聞き返すと、千姫は「ええ」と頷いてニコリと笑った。
「私の護衛にどうかなって」
「お菊さんは?」
「お菊はあんまり武芸は得意じゃないし、彼女が偵察とかに出ている間ね、大人しくしとけっていつも煩いのよ。だから女性でもう一人、できれば武芸ができる傍付きが欲しかったの」
「なるほど…」
「新選組よりは危険は少ないし、きちんと手当も出すから、考えてみない?」
なるほど、引き抜きだ。
そこは新選組ではないけれど、私が剣を取り続ける理由にはなるだろうか。
「その護衛って…姫様は普段、何してるんですか?」
「そうねえ……里に居ることが殆どだけど、時々芸妓の振りをして、市中うろうろしたりとか? 長は里に居るのが普通なんだけど、最近は情勢が不安定だから、直接都まで行って確かめた方が早いことの方が多くて」
「…それ、市中でうっかり新選組と出くわした場合、私の首飛んじゃうんですけど…」
「あら。バレなきゃ良いのよ、バレなきゃ! みーんな、金髪の優男さんだって思ってるもの。女の子の格好してたら、そうそう分からないわ」
その語尾が楽しそうに跳ね上がり、トンと肩を小突かれて、「たぶん私と同類だなあ」と思って苦笑いする。彼女の信条は、きっと「楽しんだ者勝ち」のはずだ。
「ま、検討しときます」
「良い返事を期待してるわね。さ、ご飯までに朝のお勤め終わらせとかないと、お菊に怒られちゃうわ」
「ですね、いってらっしゃい」
「ええ、また後で」
お坊さんのように毎朝読経をするのも里長の勤めらしく、千姫は屋敷の中にあるお堂の方へと歩いて行く。
照りつけ始めた西日に目を細め、弥月も一旦部屋へと戻って行った。