第十二章 歪な情誼

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 目が覚めた。






  私は 目が 覚めたんだ
 



 目の前には広い天井が広がっていて。むくりと起き上がると、私は広い広い畳の部屋に寝かされていた。

 首を動かすと痛みが走り、そこを触ると布が当ててある。服は肌着と、薄桃色の襦袢一枚のみ。枕元には二本の刀と、私が着ていた服一式。




  ……?



 立ち上がろうとして、頭が痛いような、世界が回るような感覚を得る。転びそうになって膝を着き、四つ這いで気分の悪さをやり過ごした。



  気持ち悪い…



 吐くほどではないが、気分が悪い。

 世界が揺れるのが少しましになったのを確認して、そのまま四つん這いで畳を歩き、光が差し込む障子を開けた。


 外は苔の生茂った瑠璃の庭に、一条のせせらぎが流れている。ゆっくりとした悠久の時間を感じさせるほどの穏やかな景色。


「…どこ?」


 顔を出しても、遠くの方まで庭園しか見えないし、ぐるりと見渡しても、ここは純和風の古い建物であった。令和の世に帰って来られたとはどうにも思えなかった。


「目覚められましたか」

「ぅお!?」

「主をお呼びしますので、そのままお待ちください」



  その襖 開ける音したっけ!?



 背後にあるたくさんの襖の一枚が開いていて、そこに女性が座っていた。
 そのわずかな音も立てない所作だけでなく、くノ一風の身形であったことからも、ここは絶対に令和の世ではないことだけは確信する。



  …主、ねえ…



 何が起こったのかさっぱり分からないが、タイムスリップしてから自刃したことまで、一つも夢ではなかった。

 なんだか痒い気がして、首の傷を指の腹で叩く。

 今のこの状況については、その主さんとやらが説明してくれるのだろう。たぶん首の治療をしてくれた人だ。



  …いや、ホント……人が、決心したのにさあ…



「ハアァァァ…」


 どうしてこうなるのか。
 助かった事はこの上なく幸運なのだろうけれど、なんとも言えない、ガッカリしたような、徒労のような溜息が零れる。



  …かと言って、アレ予想外に痛いから、今すぐもう一回する気にはならないもんだわ



 確実に楽に死ねるだろうと思ったのだけれど、失血で意識が飛ぶまでは、すごく痛い。逆手だと、ひと息に大動脈を斬る勢いが無くて、のこぎりみたいに力入れて引かなきゃいけないから、それがものっっっっっすっごく痛い。楽な自殺ってたぶんない。


 もう一度溜息を吐くと、パタパタと軽い足音が聞こえてきて、そちらへ顔を向ける。


スパンッ
弥月ちゃん! 良かった!!」

「…主さん?」

「え? あるじ…あぁ、まあそうね!」


 セクシーダイナマイトくノ一が『主』と言っていたから、どんなおっさんかと思いきや、現れたのは櫨(はじぞめ)色の着物を着た、年下と思しき女の子。


「首痛むわよね、大丈夫?」

「はい。ちょっと痛いけど大丈夫です」

「本当? よかった! 場所が場所だけにどうしようかと思ったんだけど、回復力が桁違いで助かったわね! 見つけた時は血塗(まみ)れで、もうこれ駄目なんじゃないかって心配したんだから!」


 両手を組んで喜んでくれる彼女が、どうやら助けてくれたらしいことを理解する。


「助けて下さって、ありがとうございました。あの、ここはどこかと、日付をお聞きしたいのですが…」

「ここは八瀬の里。あなた丸三日眠っていたのよ。今は元治元年八月二十四日」



  …日付は全く動いていないらしいが、八瀬……ってことは、比叡山?



「え。私、あそこから運ばれたんですか?」

「そうよ? 会いに行ったら、死にそうなんですもの。拾ってくるしかないじゃない」

「…」


 もしかしたら、瞬間移動してきたのかと思ったのだが。
 さも当然のように言われても、血塗れで死にかけで倒れてる人を拾って、遠くの家まで運んでくるって……善人通り越して、絶対おかしいだろう。



  知り合いでもないし…って


「…ん? 私に会いに来たとは…?」

「そうそう、天霧から聞きだすの苦労したのよ。なーんかこそこそと動いてるなあと思ったら、正体不明の鬼の子の素性を探ってるって言うんだもの。そんなの本人に訊いたら良いじゃない、ねえ?」

「ねえ、と言われましても…」


 初対面だと言うのに、ビックリするほど押しが強いというか、かなり砕けた感じの子というか、一人で突っ走って話が微妙にずれているというか。



  …っていうか、そんなに私の何が知りたい――



 半眼になっていた目をパチリと開く。



  天霧!?



「あなた、薩摩藩の方ですか?」


 『天霧』というと、池田屋にいた富士額の体格の良い男で、蛤御門の件では薩摩藩の代表として現れたと、烝さんから聞いている。
 現状、新選組の敵ではないけれど、大いに警戒すべき人物。

 目つきを鋭くした弥月だったが、少女は清らかに微笑んだ。


「いいえ、八瀬の里はどこの藩にも属しません……私は八瀬の里の長、千姫」


 彼女が凛然と名前を掲げると、空気がピンと張る。悠と笑んだ口元と対照的に、彼女の大きな橙の瞳は、挑戦的なまでにしっかりと私を捉えていた。


「初めましてでしたね、お客人。あなたの名前をお教え願えますか」


 彼女が居住まいを正すと、鈴の転がるようだった声は威厳を持ち、彼女が位の高い女性であることを語っていた。

 弥月は息をのんだ。彼女から目を放し、きちんと正座をして、浅礼する。


「…新選組 総長補佐、矢代弥月と申します」


 目を伏せて述べると、「やだっ」とまた朗らかな声が返ってきた。


「神子様に畏まられると、私の立場なくなっちゃうから、自由にしててちょうだい」

「みこ…?」

「隠さなくても良いわ、ここは夢見の力を継いだ八瀬の里。弥月ちゃんは過去の世界から来たんでしょう?」


 思わず目を見開き、弥月は言葉にならないほどに驚いた。
 しかし、目の前でニコニコする訳知り顔の少女に害意がないことを悟って、少し考えた後にへらりと笑う。


「…惜しい、未来です」

「ええっ!? 時渡りは未来にしか行けないものだと思ってた! あなたすごいわね!!」



  …驚くとこ、そこ?



「大通連、小通連は現存確認できてるのに、ずっと顕明連だけは行方不明で……でも、未来に行ってしまってたのなら、どこにも無くって当然ね!」

「…そうですかね」

「それに、てっきり過去の子なのかと思ったら、未来なのに血が濃いってことは、どういう理屈なの?」

「…さあ、どうなんでしょう」

「飛ぶときってどんな感覚? 過去も未来も調整できないのよね?」

「……」

「…大丈夫? 私の話、付いて来れてる?」

「いえ、全然」


 フルフルと首を振ると、傷がビキビキと痛くて、現実に引き戻されたような感覚がした。


「…弥月ちゃんは自分の状況についてどれくらい理解してる?」

「うーん……まあ、死んだら未来に帰れるかなぁなんて妄想を実行するほどには、何も理解できずに心病んでます」

「…」


 鳥のさえずりが通り過ぎた。


「……分かったわ。あなたが疑問に思いそうな事、私が知りうる限り話すわね」



 年下の女の子に、ものごっつ心配そうな顔をされてしまった

 





 千姫の説明は、弥月が理解できるまでかなり時間がかかった。

 まず、千姫は“夢見の力”という予知夢が少し見えるらしい。その能力を残そうと続いてきたのが、八瀬の里の衆。女系でしか継げない能力で、一番強い能力を持った千姫が現里長。千姫の祖先にあたる鈴鹿御前とは、伝説に出てくる鬼の姫様で、霊剣を三本持っていたと。

 そして、私が未来から持ってきた刀は、そのうちの一振り“顕明連”という名前のそれで。“三千大千世界”……シャカとか大仏とか宇宙規模のすげえ話だったから説明は省略するが……広大無辺に何億、何兆と存在する世界全てを見渡せる力があるらしい。

 天霧と風間は“夢見の力”はないものの、里の長という千姫と似たような立場にいて、私の異様さに勘を働かせて、探っていたのだろうということ。


「で、時渡りって?」

「八瀬の夢見の力は、今こそその程度しか力が残っていないのだけれど、元は“時を司る力”があったとされているわ。その能力が強いものは、度々神隠しにあったそうよ」

「……へえ。じゃあ私は『時を司る』なんて、すっげぇカッケー能力持ってるわけですか」

「そういうことね。あなたの血からは、私よりも強い八瀬の力を感じるもの」


 中学二年生もビックリな能力をあっさりと認められて、信じる云々よりも拍子抜けする。


「なんじゃそりゃ」

「…と思うわよね、普通」


 弥月がとぼけた声で言うと、うんうんと千姫も頷いてくれた。


 どこまでが事実で、どこからが言い伝えで、どれが想像で妄想なのやら。
 けれど、信じないわけにはいかない事実…江戸時代に私が存在しているから、全て事実だと考えたほうが腑には落ちた。



  んー…まあ、何にせよ、ここであったが百年目。私にとって大切なことは一つだけ


「どうやったら、帰れますか」


 こちらに来て一年を超えた。今までウンともスンとも言わなかった“帰る希望”が見えた。

 食いつくように千姫へ期待を寄せたのだが、彼女は「えっと…」言いあぐねている様子だった。


「…もしかして、神隠しから帰れた人はいない、とか…?」

「いえ……勿論、消えたままの者もいるけれど、ほんの数日で帰って来た者もあれば、数十年後に、という記録もあるわ。それが偶然か意図されたものかは後から考えるとして、それよりも問題なのは…」


 千姫は眉をハの字に下げて、顕明連を指さした。


「…三千世界を通って来たなら、真っ直ぐに帰れる保証がないのよ」

「…え?」



  まっすぐ、とは?



「夢見ってね、見た通りにならないことがあるの。それは大抵、夢見がその未来を回避するために動くからなんだけど、それすら元々は存在した世界って説があって…
 …つまり、私が言いたいのは、実は夢見が見るのは三千世界全てだって説なんだけど…」


 意味が分からないという顔をした弥月に、千姫は言葉を選んで話す。


「ええっとね、つまり、顯明連を使って時渡りした先と元は別世界って可能性があるかもって…」
  



  別世界



 その言葉に驚かない。私はずっとそれが起こることを恐れてきた。同時に、渇望もしてきた。


「…タイムパラドックス……同時に存在する、分岐した世界が三千世界ってこと…?」

「…という説もあってね…」

「時渡りしてきただけならまだしも、コレのせいで、私のいた世界とここはズレてるかもってこと? どうにかして150年後に戻れても、私の家にはつながってないってこと?」

「…可能性よ。そもそも夢見とは違って、顯明連は起きてるときに使うもので、『三千世界を見るためには、朝日に向かって虚空を三度振る』とされているし…見れるから行けるだなんて……ねぇ?」



  ねぇ…って、千姫様とやら…



「なんすか、ねえ。これ、もう折って良いっすか」

「きゃあああぁぁ!!ダメダメダメ! 帰れなくなるわよ!!?」



 その後。

 千姫の悲鳴を聞いて、君菊さんが抜刀して部屋に飛び込んできたり、貧血の私がまた倒れたりと、なんやかんやバタバタした。



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