姓は「矢代」で固定
第十二章 歪な情誼
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***
「誰か! お願いします、弥月さんを呼んで来てください!!」
千鶴の悲鳴のような叫びが、屯所に高く響いた。
池田屋事件から二ヶ月半。
安藤さんの傷は膿んで膿んで全く癒合しないながらも、本人の気力が成すものか、長らく小康状態を保っていただったけれど。一昨日から高熱を呈していて、どうにも様子がおかしかった。今朝から呼びかけに反応が鈍いのは寝ているのではなく、どうにも意識が斑であるようだ。
夕方、湿布を替えに来た千鶴は、様子を看てくれていた隊士にお礼を言って交代する。熱は下がったみたいだと教えてもらい、少しホッとした。
「安藤さん、分かりますか?」
「……あぁ…」
「おでこの布、冷たいのに変えますね」
「……」
彼の額にある布を取って、桶に浸して絞る。
「…やっと…仏さ、迎えて……」
「え…?」
「……ぃがたぃ…」
振り向いて見ると、今は彼の目はうっすらと開いている。千鶴は何度か呼びかけてみて、眉間に皺を寄せた。
スッと彼の額に手を当てて、絶句する。慌てて彼の指先にも触れて、千鶴の血の気が退いた。
冷たすぎる
手首の脈が触れなかった。
「――っ誰か! 弥月さんを呼んでください…!」
治療室の戸を開いて叫んだ千鶴の声を聞いて、最初に飛んで来たのは原田だった。
「千鶴、どうした!?」
「お願いします、弥月さんを…!」
「弥月…!? 医者じゃなくてか!?」
「――っ、お医者様は…もう…」
千鶴は悲痛な面持ちで首を横に振り、言外に「打つ手がない」と。
安藤が病床に就いて二ケ月半、何度も医者に診せたが、誰もが眉根を寄せ、今の千鶴と同じように首を振った。今朝も「薬を飲んで熱が下がるのを待つしかない」と。
「弥月さん、安藤さんと一度も会ってないんです。会わないと絶対後悔します! お願いします、彼を連れて来てください!!」
「――分かった!」
すぐに走り出そうとした原田だったが、踵を返し、安藤の枕元に膝をついて、大声で彼に呼びかける。
「おい、安藤さん! 頭に金の輪っか乗せた奴なんて、ここでも見れんだからよ、拝ませてやるから待ってろ!!」
千鶴が握った安藤の手に、わずかに力が入る。
「――ッ聞こえてます!」
「行ってくる!!」
***
何の説明もないまま、原田さんを追いかけて屯所内へ駆け入った。そして草鞋を脱ぐひまもないまま、ドタドタと奥へ進み、私たちが向かっている先は治療室なのだと気づく。
…――っ
何が起こったか、ここまで来れば説明されるまでも無かった。
千鶴ちゃんや新八さんが必死に名前を呼び、彼をここに繋ぎとめておこうとする声が聞こえる。
そして私たちが部屋に辿りつく、少し手前で聞いたのは
ずっと彼の名前を呼び続けていた皆の、一瞬の間
「安藤君!」
「安藤!!」
「安藤さん!」
左之さんの足が刹那止まる。けれど、さらに大股で彼は歩きだした。
「連れて来た!」
入り口付近にいた隊士が振り返る。顔を伏せる彼らの間を縫うようにして、原田は横たわる彼に近づいた。
涙を頬に伝わせた千鶴が顔を上げて、原田と弥月を認め、また大粒の涙を溢れさせて、小さく首を振る。
「――ッ、待てって言ったじゃねえか…」
膝をついた左之さんの潰れるような声。
青白い安藤さんの顔
「弥月君…」
戸口で立ち止まったままの私に、誰かが触れようとするより早く、皆の輪の中心にいる彼へと近付く。
「…安藤さん」
あぁ、やっと
「お疲れさまでした」
彼の手を取り、胸の上で組ませる。
その手は重く、冷たかった。
***
「誰か! お願いします、弥月さんを呼んで来てください!!」
千鶴の悲鳴のような叫びが、屯所に高く響いた。
池田屋事件から二ヶ月半。
安藤さんの傷は膿んで膿んで全く癒合しないながらも、本人の気力が成すものか、長らく小康状態を保っていただったけれど。一昨日から高熱を呈していて、どうにも様子がおかしかった。今朝から呼びかけに反応が鈍いのは寝ているのではなく、どうにも意識が斑であるようだ。
夕方、湿布を替えに来た千鶴は、様子を看てくれていた隊士にお礼を言って交代する。熱は下がったみたいだと教えてもらい、少しホッとした。
「安藤さん、分かりますか?」
「……あぁ…」
「おでこの布、冷たいのに変えますね」
「……」
彼の額にある布を取って、桶に浸して絞る。
「…やっと…仏さ、迎えて……」
「え…?」
「……ぃがたぃ…」
振り向いて見ると、今は彼の目はうっすらと開いている。千鶴は何度か呼びかけてみて、眉間に皺を寄せた。
スッと彼の額に手を当てて、絶句する。慌てて彼の指先にも触れて、千鶴の血の気が退いた。
冷たすぎる
手首の脈が触れなかった。
「――っ誰か! 弥月さんを呼んでください…!」
治療室の戸を開いて叫んだ千鶴の声を聞いて、最初に飛んで来たのは原田だった。
「千鶴、どうした!?」
「お願いします、弥月さんを…!」
「弥月…!? 医者じゃなくてか!?」
「――っ、お医者様は…もう…」
千鶴は悲痛な面持ちで首を横に振り、言外に「打つ手がない」と。
安藤が病床に就いて二ケ月半、何度も医者に診せたが、誰もが眉根を寄せ、今の千鶴と同じように首を振った。今朝も「薬を飲んで熱が下がるのを待つしかない」と。
「弥月さん、安藤さんと一度も会ってないんです。会わないと絶対後悔します! お願いします、彼を連れて来てください!!」
「――分かった!」
すぐに走り出そうとした原田だったが、踵を返し、安藤の枕元に膝をついて、大声で彼に呼びかける。
「おい、安藤さん! 頭に金の輪っか乗せた奴なんて、ここでも見れんだからよ、拝ませてやるから待ってろ!!」
千鶴が握った安藤の手に、わずかに力が入る。
「――ッ聞こえてます!」
「行ってくる!!」
***
何の説明もないまま、原田さんを追いかけて屯所内へ駆け入った。そして草鞋を脱ぐひまもないまま、ドタドタと奥へ進み、私たちが向かっている先は治療室なのだと気づく。
…――っ
何が起こったか、ここまで来れば説明されるまでも無かった。
千鶴ちゃんや新八さんが必死に名前を呼び、彼をここに繋ぎとめておこうとする声が聞こえる。
そして私たちが部屋に辿りつく、少し手前で聞いたのは
ずっと彼の名前を呼び続けていた皆の、一瞬の間
「安藤君!」
「安藤!!」
「安藤さん!」
左之さんの足が刹那止まる。けれど、さらに大股で彼は歩きだした。
「連れて来た!」
入り口付近にいた隊士が振り返る。顔を伏せる彼らの間を縫うようにして、原田は横たわる彼に近づいた。
涙を頬に伝わせた千鶴が顔を上げて、原田と弥月を認め、また大粒の涙を溢れさせて、小さく首を振る。
「――ッ、待てって言ったじゃねえか…」
膝をついた左之さんの潰れるような声。
青白い安藤さんの顔
「弥月君…」
戸口で立ち止まったままの私に、誰かが触れようとするより早く、皆の輪の中心にいる彼へと近付く。
「…安藤さん」
あぁ、やっと
「お疲れさまでした」
彼の手を取り、胸の上で組ませる。
その手は重く、冷たかった。
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