姓は「矢代」で固定
第十二章 歪な情誼
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***
土方さんが「あ」という顔をしたあたり、完全に忘れていたらしい。
「忙しくなさそうなのに、珍しいですね」
「忙しくなくても、することは山積みなんだよ」
「…今日、割と色艶いいですよね。恩償金で島原通いですか」
「うるせえ」
否定しないんじゃん
思ってもツッコむほど野暮じゃない。遊里が公に認められてること自体もそうだけれど、新八さんなんか見てると、なんかもう「そういうもんなんだ」と思うしかない。
それに、八月上旬に池田屋事件の恩償金が出てからは、私の懐もばっちり潤っている。今から何の甘味を買いに行こうか、自分も考えていたところだ。
「明後日、平助を江戸に出す。基本的に不在時は伍長を繰り上がりで助勤代理に置いているが、戦力減は否めないからな。そこの補充要員として入れ」
「…江戸ってことは、片道半月くらいかかりますよね?」
「あぁ。監察の方で急務が無い限り、少なくとも二、三ヶ月程はそっちに就いてもらう」
「分かりました。千鶴ちゃんを連れて歩くのは…」
「お前のとこからは外す。知ってるとは思うが、市中は前にも増して荒れてる。前と同じと思って気を抜くなよ」
「あいあいさー」
「あー…あと、アレだ。今月はとりあえず我慢しろ」
…?
アレとは何だ。土方さんとアレソレで通じる仲になった覚えはない。
「何のことですか?」
「…そのうち分かる。今月だけと思ってろ」
「…はい?」
土方さんが何を臭わそうとしたんか、全く分からなかったのだが、蓋を開けて見れば「ああ、これね」と至極納得した。
この状況に釘を刺しておかなければと、土方さんが何を心配したのかは一目瞭然。
「平助は」
「今日から出張だって、今朝ご飯の時に言ってたじゃないですか」
「だからって、なんで君がいるのさ」
「代理ですよ、戦力補充。訊かなくても分かってるんでしょ、
今月だけの辛抱ですから。嫌なら嫌で構いませんから。話しかけませんし静かにしてるんで、サクサク行きましょ」
他の隊士が怖々と私たちを見ているのが可哀想で仕方ない。
二隊一組の巡察の片割れは、沖田さんの隊だった。
「斬り合いは沖田さんにお任せしますよ。私は食い逃げ専門で」
片手を挙手して「じゃっ!」と隊の中ほどに入る。沖田さんは隊の最後尾に着くから、これで問題ないだろう。
「…って言って出て来てみれば、本当に捕り物をせにゃならんとは」
捕まえたのは、ただの引っ手繰り。走って追い付くのに苦労はしなかったし、木刀一発で足止めして滞りなく捕縛。
しかし、私が縄で縛っている間中、男が喚きもしないことを不思議に思っていると、隊士らが一様に溜息を吐いたから、その理由を問えば。
「ここんとこ、殆ど毎日なんすよ」
「聞けば、家財一切燃えてなくなったとか、一家露頭に迷ってるとか、家族も死んだとか言うから、こっちも何とも言えなくて…」
元気印の藤堂について行く隊士たちは、隊長と同じく、血気盛んでワイワイとした雰囲気の人が多いのだけれど……今日はどうにも様子が違った。しおれた草木のようで、どうにも見るに忍びない。
「…そっか、皆も大変だったね」
最近の自分の仕事は専ら監察であり。街の現状は知っていても、隊士の側に立ってみることなどしなかった。
京が天子様の御膝下と言えど、この動乱の時代では、町人が前を向いて新しい生き方を選ぶまで、相当に長い年月がかかることを想像するのは容易い。
厄災に見舞われ、生きるために必死にあがく被災者を、縛り上げるなんて悲しいことはない。彼らは犯罪に走らなければならないほど、今日明日の食い扶持に困るほど切迫した状態で。
それが人為的な厄災なら猶更、やるせない気持ちになる。
でも、秩序を保てないなら、私たちは動かざるをえない
「とりあえず、奉行所はもうすぐそこだから、私持って行ってきます…っと?」
「―――っ、弥月! 弥月!!」
遠くから誰かが呼ぶ声がすると思えば、私の名前を呼んで、走って来たのは左之さんだった。その只事ではない様子に、隊全体に緊張が走る。
「どうしました!?」
「ハアッ、弥月…すぐに屯所に!」
「襲撃ですか!?」
「違う…っ、が、良いから今すぐにだ…!」
「えっ!?」
「お前らも付いて来い!」
困惑する全員に原田はハッキリとそう言って、自分の息が切れていることも構わずに、弥月の手を取って、全力で屯所の方へと走りだした。
原田の鬼気迫る様子に、弥月も事態の緊急性だけを理解して走った。
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土方さんが「あ」という顔をしたあたり、完全に忘れていたらしい。
「忙しくなさそうなのに、珍しいですね」
「忙しくなくても、することは山積みなんだよ」
「…今日、割と色艶いいですよね。恩償金で島原通いですか」
「うるせえ」
否定しないんじゃん
思ってもツッコむほど野暮じゃない。遊里が公に認められてること自体もそうだけれど、新八さんなんか見てると、なんかもう「そういうもんなんだ」と思うしかない。
それに、八月上旬に池田屋事件の恩償金が出てからは、私の懐もばっちり潤っている。今から何の甘味を買いに行こうか、自分も考えていたところだ。
「明後日、平助を江戸に出す。基本的に不在時は伍長を繰り上がりで助勤代理に置いているが、戦力減は否めないからな。そこの補充要員として入れ」
「…江戸ってことは、片道半月くらいかかりますよね?」
「あぁ。監察の方で急務が無い限り、少なくとも二、三ヶ月程はそっちに就いてもらう」
「分かりました。千鶴ちゃんを連れて歩くのは…」
「お前のとこからは外す。知ってるとは思うが、市中は前にも増して荒れてる。前と同じと思って気を抜くなよ」
「あいあいさー」
「あー…あと、アレだ。今月はとりあえず我慢しろ」
…?
アレとは何だ。土方さんとアレソレで通じる仲になった覚えはない。
「何のことですか?」
「…そのうち分かる。今月だけと思ってろ」
「…はい?」
土方さんが何を臭わそうとしたんか、全く分からなかったのだが、蓋を開けて見れば「ああ、これね」と至極納得した。
この状況に釘を刺しておかなければと、土方さんが何を心配したのかは一目瞭然。
「平助は」
「今日から出張だって、今朝ご飯の時に言ってたじゃないですか」
「だからって、なんで君がいるのさ」
「代理ですよ、戦力補充。訊かなくても分かってるんでしょ、
今月だけの辛抱ですから。嫌なら嫌で構いませんから。話しかけませんし静かにしてるんで、サクサク行きましょ」
他の隊士が怖々と私たちを見ているのが可哀想で仕方ない。
二隊一組の巡察の片割れは、沖田さんの隊だった。
「斬り合いは沖田さんにお任せしますよ。私は食い逃げ専門で」
片手を挙手して「じゃっ!」と隊の中ほどに入る。沖田さんは隊の最後尾に着くから、これで問題ないだろう。
「…って言って出て来てみれば、本当に捕り物をせにゃならんとは」
捕まえたのは、ただの引っ手繰り。走って追い付くのに苦労はしなかったし、木刀一発で足止めして滞りなく捕縛。
しかし、私が縄で縛っている間中、男が喚きもしないことを不思議に思っていると、隊士らが一様に溜息を吐いたから、その理由を問えば。
「ここんとこ、殆ど毎日なんすよ」
「聞けば、家財一切燃えてなくなったとか、一家露頭に迷ってるとか、家族も死んだとか言うから、こっちも何とも言えなくて…」
元気印の藤堂について行く隊士たちは、隊長と同じく、血気盛んでワイワイとした雰囲気の人が多いのだけれど……今日はどうにも様子が違った。しおれた草木のようで、どうにも見るに忍びない。
「…そっか、皆も大変だったね」
最近の自分の仕事は専ら監察であり。街の現状は知っていても、隊士の側に立ってみることなどしなかった。
京が天子様の御膝下と言えど、この動乱の時代では、町人が前を向いて新しい生き方を選ぶまで、相当に長い年月がかかることを想像するのは容易い。
厄災に見舞われ、生きるために必死にあがく被災者を、縛り上げるなんて悲しいことはない。彼らは犯罪に走らなければならないほど、今日明日の食い扶持に困るほど切迫した状態で。
それが人為的な厄災なら猶更、やるせない気持ちになる。
でも、秩序を保てないなら、私たちは動かざるをえない
「とりあえず、奉行所はもうすぐそこだから、私持って行ってきます…っと?」
「―――っ、弥月! 弥月!!」
遠くから誰かが呼ぶ声がすると思えば、私の名前を呼んで、走って来たのは左之さんだった。その只事ではない様子に、隊全体に緊張が走る。
「どうしました!?」
「ハアッ、弥月…すぐに屯所に!」
「襲撃ですか!?」
「違う…っ、が、良いから今すぐにだ…!」
「えっ!?」
「お前らも付いて来い!」
困惑する全員に原田はハッキリとそう言って、自分の息が切れていることも構わずに、弥月の手を取って、全力で屯所の方へと走りだした。
原田の鬼気迫る様子に、弥月も事態の緊急性だけを理解して走った。
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