姓は「矢代」で固定
第十一話 禁門の変
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元治元年七月二十五日
山崎side
禁門の変の後、長州藩士の火付けによる火災は、北は一条から南は七条に到り、建物の倒壊に巻き込まれた者や、逃げ遅れた者を数百人出しながら、三日目にしてようやく終息した。
火災の最中、新選組は一部の隊士を屯所に残し、他は近藤局長と土方副長に率いられて、長州藩の残党狩りに大坂へ出陣していた。
山崎は京に残留する山南と、近藤間の連絡役とともに、屯所での出来事を、助勤率いる分隊とともに四散している監察方へ伝え回っていた。
「新田さんが…!?」
なんで…と弥月が言外に尋ねるも、山崎は沈鬱な面持ちで首を横に振る。
「数日前までは順調に回復していたらしい。九条河原の出動にも参加せず、屯所内で過ごしていたが……一昨日、巡察に行った後から突然に呼吸が悪くなって、深夜には…」
「――っ、そんな…」
口を塞いだ彼女は「どうして」と溢す。俯く彼女の嘆きは“疑問”ではなく、新田さんの無念を想った哀悼だった。必死に治療に携わっていた、雪村君の努力が報われなかった悔しさをも嘆いているのだろう。
「…斎藤さんから君に伝言だ」
大火の中、非常時に山南さんの指示で動けるようにと、斎藤さんの隊は屯所内に残留していた。
亡くなった新田さんを前に雪村君が涙するのを、藤堂さんや斎藤さんが慰めていて……斎藤さんは弥月君にも伝えてほしいと俺に頼んだ。
「新田さんはまだ巡察に出る予定ではなかったが、町人のために自分も何かしたいと言い、本人の強い希望で巡察に同行させたそうだ。
その日は自分の身体も省みず、焼けた材木を運んだり、行方不明になった人を探したり、人一倍一生懸命に働いていたと。志半ばであることは無念だっただろうが、最期は満足気な顔をしていた…と」
弥月君は口惜しそうに顔を背けながらも、耐えるように俺の話に耳を傾けていて。その姿が痛々しくて、他人の傷みを憂う彼女が、泣いてしまうのではないかと思った。
「…あ、りがとうございました、伝言…」
「弥月君……大丈夫か?」
俯く弥月君に手を伸ばしたが、俺がその手に触れる前に、身を引いて彼女は顔を上げた。そして悲しげな顔をしながらも、ゆっくりと頷く。
「――…」
弥月は何かを言おうとしたのだろう、俺の眼を見て一度は口を開いたが、何かに気付いたように一瞬動きを止めて、自身を諌めるように唇をキュッと引き結んだ。
「…どうした?」
「いえ……大丈夫です」
フルフルと首を横に振る彼女が、感情に飲み込まれないように努めていることは一目瞭然だった。それは彼女が強くあろうとしているから、という事を俺は知っていた。
池田屋の事件以降、彼女がまた何かに悩んでいることに気付いたのは、『治療室』の案が雪村君から浮上した時だ。だから、弥月君の悩みの種は恐らく、俺達の生死に関わることだとも分かっている。
だが、今、彼女は前を向いている
今まで幾度も壁にぶつかり、悩み、誤魔化し、誰かを頼り、後悔し、時には自棄し、泣いて…
…その度に、辛いことから目を逸らす手段を得ていた彼女が、今、真っ直ぐに俺達を見ることを辞めない。心を自分で制御しようと、一人でもがいている。
「正式な長州追討の勅命は今日あったそうだが、恐らく、今日明日にも、新選組は大坂から引き上げることになると思う。そのつもりでいてくれ」
「…? 追討の命があったなら、そのまま常駐ではないんですか?」
「幕吏内で揉めてる様子だ。討伐するか、官吏だけに責を問うか。俺達に会津から命が下ることがあるとしても、かなり先になると思う」
「なるほど、分かりました。今、数名を匿っていると思しき米蔵が一件、民家が一件あるんですが、局長達へ協力依頼の伝達をお願いしても良いですか?」
「心得た」
今回の件で、長州側の死者は数百に及ぶとは思われるが、上京した長州勢は数千いた。生き残り達は大坂の港からの帰藩、または兵庫を通過する隙を伺っている。
「君は何もしなくても目立つからな、きっと敗残兵の中にも、君を新選組と知っている輩はいる。くれぐれも暗躍し、一人で無茶をしないように。あと、武具の補充は必要ないか?」
「私は戦闘してないので補充は大丈夫です……それに、これ着てないと目立つのは今更ですから、フラグ立てないで下さい。今まで私が自主的に無茶なんてしたことありますか?」
そう言って、彼女が苦笑できる間は、きっと大丈夫だと信じている。
彼女は監察の任を始めた頃から、常に真剣を持ち歩き、俺が把握しているだけでも三度は抜刀している。そして、既に必要に駆られて、幾人かを殺(あや)めたはずだ。
それは彼女にとって重責だっただろうけれど、『仲間を護るため』に強くなると、俺にその覚悟をすると誓った。彼女がそれを乗り越え、約束を違えていないこと……それは彼女を『隊士として』信頼するには十分な理由だ。
彼女は今や守られるだけの存在じゃない。頼れる一人の仲間だ
誰かの助けを必要とせず、歩みを止めない弥月君が、今度は一人で立ち上がれることを、俺は信じていた。