姓は「矢代」で固定
第十一話 禁門の変
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元治元年 七月二十一日
蛤御門が突破されて三日目。長州藩邸と鷹司邸から始まった火災は強風に煽られて、未だじわじわと西へ広がっていた。
沖田side
そわそわとした平助が、昼夜問わず一刻おきくらいに火の手の様子を見に行っているので、僕は屯所に居るだけで、街のだいたいの様子を知る事ができた。
今は朝食後に出て行った彼の報告を、山南さんと一緒に広間で待っていた。そして、バタバタバタと音がして、彼が帰ってきたらしいことを知る。
「山南さん! もう火が空也堂まで来てるけど、逃げた方が良いのか!? みんなの荷物どうしたら良いんだ!?」
「…落ち着きなさい、藤堂君。火事など江戸で見慣れたものでしょう」
「そうは言ってもさ、もう三日目じゃん! 火消しも江戸と違って全然だし!!」
そう。当たり前に火事がおこる江戸とは違って、どうにも京は組織だった火消しというものが行き届かず鈍間らしい。
…とはいえ
「本当、落ち着きなよ。東は堀川があるから、そうそうこっちまで来ることないって。そんなに心配なら、東堀川で桶でも持ってたら?」
「そっか! そうだな、ちょっと行ってくる!!」
「え」
バタバタバタ
「……行っちゃった」
半分は冗談だったのだが。
まあ、この状況で落ち着いていろという方が無理難題なのかもしれない。
新選組のほとんどは敗残兵の追討に出かけている。屯所の襲撃に備えて待機を命じられたはじめ君も、消火活動に出たきりで。一度、部下の隊士を屯所の様子見に戻しただけで、本人は一度も帰って来ない。
はじめ君と違って、あくまで僕たちは出動できない状態だから、屯所に居残るよう言われているのだが……そんなこと、平助の頭から抜け落ちているのだろう。
僕も桶くらい持てるし、見に行った方がいいかな…
「弥月君はこの事態を予想していたと思いますか?」
唐突に訊かれて、沖田は一瞬意味を理解できなかったが、理解したところで、疑問の残る質問ではあった。
山南さんが怪我をした時に、その手の問答は終わっているはずで。それを収めたのは他でもない、山南さんなのだから。
それを山南さんが訊くのは、“らしく”無い
「どうしたんですか、藪から棒に」
「今回の火事もそうですが……沖田君から見たら、一緒に池田屋にいた彼女がどう見えたか、お尋ねしたいのです。この一連の事件、本当に彼女は知らなかったのか」
「…一緒に池田屋に斬り込んだんですよ? ふつうに考えて、知ってたら来ませんよ。あの子の場合は」
「…ええ、私もそう思います」
山南さんは何の根拠もなく、人を貶める話を掘り返すような人じゃない。
ただ、彼女が“普通”なんかじゃないことは、言わずと知れたことだった。
「彼女、ついに尻尾でも出しましたか?」
だから、もし根拠があって、それを僕に教えようというのならば、そういう役割を期待されているのだろうと思ったけれど。
山南さんは思ったほどには陰った表情をせず、僕に面白可笑しい様子で笑みを向けた。
「いいえ。最近の沖田君は邪心なく弥月君を見ているようなので、単純に意見をお聞きしたまでです」
「……」
「おや、私の勘違いでしたか?」
「…邪心があったのはあっちなんですから、仕方ないでしょう」
「過去形ということは、『魚心あれば水心』を理解できた頃でしょうか」
弥月は自身の失言に気付いて、思わず黙ったが、ふと、山南の言葉の真意に気付いて問い返す。
「…山南さん、もしかして最初からそれが目的で、彼女に善くしてたんですか…」
「さあ、それはどうでしょう」
クスクスと笑う山南さんに、改めてこの人だけは敵に回したくないと心底思った。
「さて。私たちは八木さん達の様子でも見て来ましょうか。いざ避難するとなったら、隊士達の二束三文な持ち物より、八木さんの家の家財を運び出した方が、よっぽど有意義でしょうから」
「そうですね」
「とは言っても、屯所まで火が及ぶことはないでしょうけれど」
「…それも、 弥月君が言ってましたか?」
「いいえ。彼女は知ってて、火事を見過ごせる子ではありませんから」
つまり、今回の火事は知らなかったと、山南さんは思っているということで。
…だから池田屋も知らなかったから、少人数で挑む結果になったんじゃないの?
山南さんの彼女に対する信用と判断基準は、僕には到底理解しがたいものらしい。