姓は「矢代」で固定
第十一話 禁門の変
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会津公からの書状で伏見に布陣するように命があったため、新選組は伏見奉行所へ向かうも、そこでは所司代からシッシと言う風に追い払われた。仕方なく、会津藩邸に伺いを立てに行ったというのに、家老から聞かされたのは「九条河原へ向かってくれ」ということ。新選組は伏見へとんぼ返りをすることになった。
九条河原には聞いていたとおり、会津藩が布陣していたが、彼らにも「そんな沙汰は受けておらん」と言われた。そのため彼らとも一悶着あったものの、夜には新選組は会津藩とともに、九条河原で布陣していた。
周囲の様子を見に行っていた井ノ上は、幹部のいる輪に戻って腰を下ろす。
「どうやらこの会津兵たちは主戦力じゃなく、ただの予備兵らしい。主だった兵たちは蛤御門の方を護っているそうだ」
今日一日、あちらこちらへと歩き、所司代や会津藩から新選組がどう扱われているのか知った千鶴は、思わず不満を口にする。
「それでは、新選組は予備兵扱いってことですか?」
「必然的にそうなるね」
神妙に頷いた井ノ上に対し、納得しきれず気色ばんだ永倉が舌打ちをする。
「チイッ…屯所に来た伝令の話じゃ、一刻を争う事態だったんじゃねえのか」
「そうですね、もう始まってるので」
突然に、彼らの会話に入り始めた、聞き知った声に皆が振り返ると。
砂利を踏む音をわずかにさせて、頭の先から足先まで黒衣に身を包んだ男が、千鶴たちの輪に近づきながら、口布を取り去る。
「弥月」
「弥月さん!」
彼らの驚きに応えるようにペコリと頭だけ下げて。弥月はどこから持ってきたのか、笹包みに入った握り飯を取り出して、立ったままそれを食べ始めた。
「始まってるとは、どういうことなのかね、矢代君?」
さも当然という風に、新選組にとって恐らく重大な事実をサラリと言った弥月に、井ノ上は困惑した様子で尋ねた。
「モグ…作朝、長州藩と大垣藩が戦闘を開始しました」
「!?」
「な…っ!?」
バッと皆が北の御所の方向を見るが、弥月は「藤の森なんでそっちじゃないです」と。
「伏見陣営の話なので、すぐそこです」
「ならば、この陣営は…!?」
流石の斎藤も激しく動揺した様子で、弥月へ向き直って問う。
「すでにその伏見にいた長州勢は大方、大坂へ向かって退却をしています。ここにいる会津兵は、それを追討していない分隊です。つまり分隊の分隊です」
「つまり、なんだ! 戦は終わったのか!?」
永倉や原田だけでなく、弥月の話を聞いていた隊士全員が、今にも噛みつかんとするように寄って来て、弥月を取り囲む。彼は全員の怒りの表情をぐるりと首を巡らして一瞥したが、ふと、ある一点を認めて、咀嚼していたものを飲み込んで口を開いた。
「…土方さん、説明してないんですか?」
「詳しくは未だだ。士気に関わる」
会津藩の陣営で会議をしていた近藤と土方は、どちらも渋い表情をして帰ってきて、弥月の横に並んだ。
弥月曰く、会津藩と見廻組、総勢四百人はかれこれ二十日以上ここで陣営を張っていた。そして作朝早朝、長州藩がついに動き出し、藤ノ森にて大垣藩と戦闘になったため、そこへ会津藩らは参戦した。
彼らの猛攻に敗れた長州勢は、その日の夕刻前に敗走の途に付いた……とのことだった。
そして、長州勢は未だ天王山に兵六百、嵯峨野に六百が布陣しており、予断を許さない状況であると、土方が改めて説明し終えると。
握り飯を二つ食べ終えた弥月は、腰に下げていた水筒で喉を潤してから言った。
「あと、これは確かなことじゃないんですが…伏見に陣を張ってた隊の指揮官が死んだから、兵が動き出したみたいですね」
「大将が陣中で死んだってことか?」
不思議そうに問う永倉に、弥月は「恐らく」と頷く。
「兵八百を率いるはずの福原という者が亡くなったと、耳にしました」
「…なるほどな。それで散り散りになった浪士や敗残兵を捕えるために、まだここに布陣してるってわけか」
納得したという顔の皆を横目に、弥月は土方へ向き直って問うた。
「副長、今からその情報を探った方が良いですか。それとも、御所の方にいる山崎さんから他方の状況を確認してきた方が…」
「伏見はもういい。終わった戦の詳細を知るのは、俺達の仕事じゃない」
「承知しました。では、御所の方へ」
「…いや、待て」
弥月はすぐに次の場所へ向かおうと歩を進めていたが、土方の制止の声に振り返る。彼もこちらを振り返って、顎を使い、千鶴らの方を指し示した。
「敗残兵が動くとしたら今日明日だ。何かあった時は、お前が会津藩本陣へ知らせに走れ。それまでは指示するまでここに居ろ」
「…承知しました」
そうして、新選組の陣幕へと下がる近藤と土方と見てから、弥月もその場を後にしようとしたのだが、背に「えっ」と千鶴の声を聞く。
「どこ行くんですか? 弥月さん」
「敗残兵がいないか探索してくる」
「少し休憩していかれませんか…?」
「…いや……」
ひどく間を空けてから、弥月が「いい」と返答しようとすると、それに被せるかのように斎藤が口を開いた。
「ここに居ろと言われただろう、矢代」
「そうだよ、矢代君。こっちにおいで」
井ノ上に手招きされて、わずかに弥月の瞳が揺らぐ。
「まあまあ座れって。今座らないで、次いつ座れっか分かんねえぞ?」
まるで酔っ払いのように永倉が手招いて、弥月は今度こそ首を振った。
「…いいです」
「いいから、こっち来て座れって!」
そう言って立ち上がった原田に、腕を引かれて、強引に隣に座らされる。わずかに不服そうな表情をした弥月に、井ノ上は微笑んだ。
「矢代君、ここにいる間は私達が居るから、安心して休めばいいよ」
そう言われて弥月が下唇を食んだのを見て、原田は隣に座らせた彼の肩に手をおいて、苦笑いしながら言った。
「仕事が気になるのは分かるけどな、あの土方さんが休めって言ってんだから、休んで良いんだ。たとえ敗残兵が来ても、俺達が通さねえし、御所や天王山の方は他の監察方が見てくれてんだろ。
だから、ちょっとでも寝ろ。どうしても横になるのが嫌ってなら、そこの岩にでももたれかかって休め」
原田は自分の後ろ側にあった大きな岩を指さした。
「…いざと言う時のために、休息は必要だ」
斎藤がボソリと言うと、弥月は溜息をひとつ溢し、上目に視線を上げた。
「…私、そんなに眠そうですか?」
弥月の質問に、皆が愛想笑いで押し黙る。
ここに平助がいれば「ものすっっっごく機嫌悪そうだ」とか、沖田ならば「愛想もへったくれもないブ男」とか答えたのだろうが…
…恐らく、弥月のそれが疲れから来るものなのだろうと、ここにいる皆が察した。
「…もしかしたら、弥月さんは働き過ぎで分からなくなってるかもしれませんけど、身体は疲れてると思うので、休ませてあげてください」
「…あのさ、千鶴ちゃんって、兄弟姉妹いないって言ってたよね?」
「え? はい、一人っ子ですけれど…」
「親戚に同じくらいの年の子とかは?」
「いえ…父様から近しい血縁は他にいないと…」
「そう。ならいい」
唐突に訊かれた質問に、千鶴は困惑ぎみに答え、その意図について、その場に居た皆が疑問に思うが。
弥月がようやくそこで目を閉じたので、誰も問質(ただ)すことなく、寝かしてやることにした。
それから弥月カクンカクンと船を漕ぎ始めるまでに、ほんの十数える間ほども必要なかった。
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会津公からの書状で伏見に布陣するように命があったため、新選組は伏見奉行所へ向かうも、そこでは所司代からシッシと言う風に追い払われた。仕方なく、会津藩邸に伺いを立てに行ったというのに、家老から聞かされたのは「九条河原へ向かってくれ」ということ。新選組は伏見へとんぼ返りをすることになった。
九条河原には聞いていたとおり、会津藩が布陣していたが、彼らにも「そんな沙汰は受けておらん」と言われた。そのため彼らとも一悶着あったものの、夜には新選組は会津藩とともに、九条河原で布陣していた。
周囲の様子を見に行っていた井ノ上は、幹部のいる輪に戻って腰を下ろす。
「どうやらこの会津兵たちは主戦力じゃなく、ただの予備兵らしい。主だった兵たちは蛤御門の方を護っているそうだ」
今日一日、あちらこちらへと歩き、所司代や会津藩から新選組がどう扱われているのか知った千鶴は、思わず不満を口にする。
「それでは、新選組は予備兵扱いってことですか?」
「必然的にそうなるね」
神妙に頷いた井ノ上に対し、納得しきれず気色ばんだ永倉が舌打ちをする。
「チイッ…屯所に来た伝令の話じゃ、一刻を争う事態だったんじゃねえのか」
「そうですね、もう始まってるので」
突然に、彼らの会話に入り始めた、聞き知った声に皆が振り返ると。
砂利を踏む音をわずかにさせて、頭の先から足先まで黒衣に身を包んだ男が、千鶴たちの輪に近づきながら、口布を取り去る。
「弥月」
「弥月さん!」
彼らの驚きに応えるようにペコリと頭だけ下げて。弥月はどこから持ってきたのか、笹包みに入った握り飯を取り出して、立ったままそれを食べ始めた。
「始まってるとは、どういうことなのかね、矢代君?」
さも当然という風に、新選組にとって恐らく重大な事実をサラリと言った弥月に、井ノ上は困惑した様子で尋ねた。
「モグ…作朝、長州藩と大垣藩が戦闘を開始しました」
「!?」
「な…っ!?」
バッと皆が北の御所の方向を見るが、弥月は「藤の森なんでそっちじゃないです」と。
「伏見陣営の話なので、すぐそこです」
「ならば、この陣営は…!?」
流石の斎藤も激しく動揺した様子で、弥月へ向き直って問う。
「すでにその伏見にいた長州勢は大方、大坂へ向かって退却をしています。ここにいる会津兵は、それを追討していない分隊です。つまり分隊の分隊です」
「つまり、なんだ! 戦は終わったのか!?」
永倉や原田だけでなく、弥月の話を聞いていた隊士全員が、今にも噛みつかんとするように寄って来て、弥月を取り囲む。彼は全員の怒りの表情をぐるりと首を巡らして一瞥したが、ふと、ある一点を認めて、咀嚼していたものを飲み込んで口を開いた。
「…土方さん、説明してないんですか?」
「詳しくは未だだ。士気に関わる」
会津藩の陣営で会議をしていた近藤と土方は、どちらも渋い表情をして帰ってきて、弥月の横に並んだ。
弥月曰く、会津藩と見廻組、総勢四百人はかれこれ二十日以上ここで陣営を張っていた。そして作朝早朝、長州藩がついに動き出し、藤ノ森にて大垣藩と戦闘になったため、そこへ会津藩らは参戦した。
彼らの猛攻に敗れた長州勢は、その日の夕刻前に敗走の途に付いた……とのことだった。
そして、長州勢は未だ天王山に兵六百、嵯峨野に六百が布陣しており、予断を許さない状況であると、土方が改めて説明し終えると。
握り飯を二つ食べ終えた弥月は、腰に下げていた水筒で喉を潤してから言った。
「あと、これは確かなことじゃないんですが…伏見に陣を張ってた隊の指揮官が死んだから、兵が動き出したみたいですね」
「大将が陣中で死んだってことか?」
不思議そうに問う永倉に、弥月は「恐らく」と頷く。
「兵八百を率いるはずの福原という者が亡くなったと、耳にしました」
「…なるほどな。それで散り散りになった浪士や敗残兵を捕えるために、まだここに布陣してるってわけか」
納得したという顔の皆を横目に、弥月は土方へ向き直って問うた。
「副長、今からその情報を探った方が良いですか。それとも、御所の方にいる山崎さんから他方の状況を確認してきた方が…」
「伏見はもういい。終わった戦の詳細を知るのは、俺達の仕事じゃない」
「承知しました。では、御所の方へ」
「…いや、待て」
弥月はすぐに次の場所へ向かおうと歩を進めていたが、土方の制止の声に振り返る。彼もこちらを振り返って、顎を使い、千鶴らの方を指し示した。
「敗残兵が動くとしたら今日明日だ。何かあった時は、お前が会津藩本陣へ知らせに走れ。それまでは指示するまでここに居ろ」
「…承知しました」
そうして、新選組の陣幕へと下がる近藤と土方と見てから、弥月もその場を後にしようとしたのだが、背に「えっ」と千鶴の声を聞く。
「どこ行くんですか? 弥月さん」
「敗残兵がいないか探索してくる」
「少し休憩していかれませんか…?」
「…いや……」
ひどく間を空けてから、弥月が「いい」と返答しようとすると、それに被せるかのように斎藤が口を開いた。
「ここに居ろと言われただろう、矢代」
「そうだよ、矢代君。こっちにおいで」
井ノ上に手招きされて、わずかに弥月の瞳が揺らぐ。
「まあまあ座れって。今座らないで、次いつ座れっか分かんねえぞ?」
まるで酔っ払いのように永倉が手招いて、弥月は今度こそ首を振った。
「…いいです」
「いいから、こっち来て座れって!」
そう言って立ち上がった原田に、腕を引かれて、強引に隣に座らされる。わずかに不服そうな表情をした弥月に、井ノ上は微笑んだ。
「矢代君、ここにいる間は私達が居るから、安心して休めばいいよ」
そう言われて弥月が下唇を食んだのを見て、原田は隣に座らせた彼の肩に手をおいて、苦笑いしながら言った。
「仕事が気になるのは分かるけどな、あの土方さんが休めって言ってんだから、休んで良いんだ。たとえ敗残兵が来ても、俺達が通さねえし、御所や天王山の方は他の監察方が見てくれてんだろ。
だから、ちょっとでも寝ろ。どうしても横になるのが嫌ってなら、そこの岩にでももたれかかって休め」
原田は自分の後ろ側にあった大きな岩を指さした。
「…いざと言う時のために、休息は必要だ」
斎藤がボソリと言うと、弥月は溜息をひとつ溢し、上目に視線を上げた。
「…私、そんなに眠そうですか?」
弥月の質問に、皆が愛想笑いで押し黙る。
ここに平助がいれば「ものすっっっごく機嫌悪そうだ」とか、沖田ならば「愛想もへったくれもないブ男」とか答えたのだろうが…
…恐らく、弥月のそれが疲れから来るものなのだろうと、ここにいる皆が察した。
「…もしかしたら、弥月さんは働き過ぎで分からなくなってるかもしれませんけど、身体は疲れてると思うので、休ませてあげてください」
「…あのさ、千鶴ちゃんって、兄弟姉妹いないって言ってたよね?」
「え? はい、一人っ子ですけれど…」
「親戚に同じくらいの年の子とかは?」
「いえ…父様から近しい血縁は他にいないと…」
「そう。ならいい」
唐突に訊かれた質問に、千鶴は困惑ぎみに答え、その意図について、その場に居た皆が疑問に思うが。
弥月がようやくそこで目を閉じたので、誰も問質(ただ)すことなく、寝かしてやることにした。
それから弥月カクンカクンと船を漕ぎ始めるまでに、ほんの十数える間ほども必要なかった。
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