第十一話 禁門の変

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 六月中旬、池田屋事件の惨時が長州藩へ伝わると、急進派こと過激派の長州藩士は、公武合体の阻止と、会津・薩摩に握られた京の実権の奪還に向け、東へ挙兵した。その旗には『尊王攘夷』『討薩賊会奸』と掲げていた。

 大坂へ上陸した兵の数は千や二千やと言われ、彼らは伏見の長州藩邸に入ると、嵯峨野、伏見、天王山の三手へ布陣した。そして、先の“八月十八日の政変”における藩主達の赦免を願い出る。
 しかし、禁裏御守衛総督・一橋慶喜は『大軍を擁して入洛するだけでも大逆行為』、孝明天皇も『長州の入京は不可』と、哀願書を撥ねつけた。

 そののち長州藩から、七月十三日に世子(帝の世継ぎ・元徳)が大軍を率いて出陣するとの報せが、布陣していた長州勢軍議へ届いたのだが…
 …その到着が、幕府から示された退去期限を過ぎることを悟った長州軍は、死を決しての進軍を決めた。






元治元年七月十七日




 去る六月二十二日、長州勢が淀城を通過したという報せを受けた容保公は、各藩、見廻組に京の護りを固めるよう通達し、会津藩と見廻組、計四百人が竹田街道の銭取橋を固めていた。
 そして、長州軍の退去期限が迫った今日、新選組へも容保公より拝命があった。


 千鶴side



 斎藤さんから、私も集合するように言われたものの、隊士さん達が並ぶ中でどこに座れば良いかもわからず、とりあえず出入り口に近い所に座ってみるが。



  …ここで良いのかなぁ



 わざわざ呼ばれたのだから隅の方に座ってるのも何だと思い、よく見知った幹部皆さんに近い位置にと座ったのだが……誰にも咎められないから、構わないのだとは思うけれど……存外、上座の方になってしまって、なんだかソワソワする。



「会津藩より正式な要請が下った。長州制圧のため出陣せよとのことだ」

「そいつはすげぇなあ…!」


 目を輝かせた隊士全員の「おおぉ…!」と歓心する声につられて、近藤は目頭を押さえ、感極まった声で言った。


「会津藩も我々の働きをお認めくださったのだ…」


 そんな近藤の様子を温かく見守った幹部の中で、今にもその長い髪を揺らして駆けださんとした藤堂が、拳を高く振り上げた。


「よっしゃ―! 新選組の晴れ舞台だ!!」


  よかった!お役目をいただけるなんて…!


 みんなの努力が報われたのだと、私も嬉しくなる。

 しかし、それをぬか喜びだと揶揄うかのように、彼の横に居た永倉が「何言ってやがる」と、藤堂を指さした。


「平助、お前はまだ傷が治ってないんだから留守番だろ」

「えええぇっ!? そんなぁ!」


 藤堂の“出鼻をくじかれた”という反応を、面白可笑しく見ていた沖田が、それに追い打ちをかける。


「まっ、怪我人はここで大人しく待機すべきじゃないかな」

「そういう沖田君もですよ」

「えぇ?」



  えっと…


 新八さんと山南さんの意見に、少し思うところがあって、異見をはさむべきか様子を窺いみる。


「不服でしょうが私もご一緒します」


 そう言った山南さんが一番「不服」というか、暗い表情をしていて。
 指名されたお二人は反論できずに、同時に「はあああぁぁ」と盛大に溜息を吐いた。



  うーん……お二人とも無理をされないなら、大丈夫なんだけど…



 けれど、「無理をするな」って言う方が無理だろうから、山南さんの言う通り、屯所に居てもらった方がいいのかもしれないと思って、私は笑って黙っておいた。



  …それよりも、お二人は兎も角、山南さんは…



 池田屋のときからそうだったのだけれど、傷の状態としては、山南さんは完全に治っている。
 それでも出陣しないと、彼自身が決めていた。兵士として力不足であると。
 

  
  しんどい、よね…
  


「雪村君、君も一緒に行ってくれるか」


  ……


「…え!?」

「戦場に行ってくれと言うわけでは無い。伝令や負傷者の手当など、今は一人でも人手が欲しい」


 一瞬、なぜそうなるのかを受け取り切れずに困惑したが、理由を聞いて「なるほど」と納得する。しかし、場所が戦場であることに変わりはない。
 そう思い、答えあぐねていると、土方さんから「無理にとは言わん」と注意をされる。


「行くか行かないかは自分で決めろ」



  自分で決める



「私…」


 治療室のことが頭を過(よ)ぎる。

 新田さんは先日から稽古に復帰している。
 けれど、池田屋事件から一ヶ月以上が経つにも関わらず、安藤さんは傷が治りきらず、未だ安静が必要な状態である。



  その処置はまあ…問題なさそう、かな…



 そんな患者さん達がいるとはいえ、屯所内に残る隊士さんに傷の処置をお願いしても問題ないくらいには、状態は落ち着いていた。

 そして池田屋での経験を思い出す。飛び込んだ室内で淀む、血の臭い。痛みに苦しむ声。


  …

  ……また、たくさんの怪我人が出るかもしれない



 皆さんがどう思っているのか気になり、広間を見渡すと、幹部も平隊士さん達も、ただ私の答えを待っていた。

 あれから何度も巡察に出かけて、幾度か彼らの捕り物を見た。
 私が怪我一つせずに、ここに帰って来れているのは、彼らが守ってくれているお陰だ。



  そのお返しができるのなら



「私がお役に立てるのなら」


 しっかりと近藤さんと土方さんの目を見て答える。彼らは命令じゃなく、私に決めさせてくれた。
 近藤さんが口元を緩めて「よし」と言うと、安堵したような声がそこここから上がり、私は私の役割を期待されているのだと知り、なんだか嬉しくなる。


「千鶴、俺達の分もしっかり働いて来いよ!」

「…うんっ、頑張るね!」


 先程まで落ち込んだ表情をしていた平助君に激励されて、一層やる気になり、彼と同じように拳を握って応えた。


「遊びに行くのではありませんよ。くれぐれも皆の足を引っ張らないよう」


 言われてドキッとしたけれど、山南さんは私が行くことを反対したわけでは無い。


「はい…っ」


 きっと私の成果があるような事態は無いに越したことはないのだけれど、それでもその可能性があるならば、心して一生懸命に務めようと思った。



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