姓は「矢代」で固定
第十話 池田屋事件
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元治元年 六月中旬
千鶴side
「安藤さん、おはようございます。包帯を変えますね、座れますか?」
「おぉ、おはようさん。どっこいせー…」
暑気あたりと中熱になった人達が回復する頃、新選組の屯所内に【治療室】が設けられた。そこで今、安藤さんと新田さんが絶対安静のもとに過ごしている。
「新田ぁ、生きとるかー」
「……」
「おーい、にったー」
「……」
「もう死んだかー」
「…ん、生きてますよ。寝てただけじゃないっすか」
安藤はハハハッと笑って、生じた痛みに「イテテ…」と体躯を折った。
時刻は昼四つ。
彼らの傷の処置をし、包帯を取り換えた千鶴は、彼らの分の朝食兼昼食をとりに勝手場へ向かう。
「あっ、弥月さん、おはようございます!」
「おはよう、…治療室から?」
「はい、今日も安藤さんたち、体調良さそうでしたよ!」
「そう、それは良かった」
久しぶりに屯所内で見つけた弥月さんに、駆け寄ってそう伝えると、彼は淡く微笑んだ。
「この前、安藤さんが弥月さんが見舞いに来ないって悲しんでらっしゃったので、今から一緒にどうですか?」
「ごめんね、私これから仕事あるから」
「……少しだけでも、顔出して行かれませんか?」
「…ごめんね」
弥月は申し訳なさそうに眉尻を下げて首を横に振り、千鶴に背を向ける。
弥月さん…
彼の様子がおかしいと思えばそうだし、おかしくないと言われれば、そうなのかもしれない。
以前、山南さんが怪我をしたときのような、明らかな変化があったわけじゃない。池田屋事件以降も、監察の仕事に出かけていることが多いけれど、見かけるときは、弥月さんは普通に生活している様子ではあった。
けれど、彼が一切【治療室】に立ち入らないこと……それを設置する時にも、彼は一切口を出さなかった。それがおかしくない事とは、私にはどうにも思えなかった。
だって、弥月さん、全然嬉しそうじゃな
「変だな」
「きゃあ!?」
思いがけず近くでした声に驚いて跳び上がる。
「……」
「すっ、すみません、土方さん!ちょっと考え事をしていて…!」
「…矢代のことか」
「…はい」
それに私がコクンと頷くと、土方さんも「俺も報告上げに来たあいつを、妙に思ってな」と。
「いつからあんなのか知ってるか?」
「…たぶんですけど、池田屋で夜明けを待ってる時から…」
「…あの時は別におかしくなかったろ。怪我人の介助に指示出してたじゃねえか」
「いえ…」
土方さんが私の意見には心当たりがないと、顔を顰めて見せるが。
私は瞼を伏せて、あの時の彼を思い起こす。
すでに池田屋へ向かっていた土方隊と、縄手通りの角で合流して、一緒に池田屋へ向かった。そして、加勢に入った斎藤さん達に続いて、私も池田屋へ入り、患者さん達にできるだけの処置をして、そこで朝を迎えることになったのだが。
意識不明だった弥月さんは半時ほどで目を覚ました。そして、患者さん達を見て、酷く動揺した様子だった。
最初、それは仲間が重症を負っているからだと思ったのだけれど、どうにも様子がおかしくて。私や斎藤さんが声をかけたのにも気づかない様子で。
そのうちに、何も聞きたくない、見たくないという風に、全てを塞いで。
弥月さんは声を出さずに、何かを叫んだ。
「たった一言、二言だったと思います……その後は少ししたら、まるで何事もなかったみたいに『私が分かる範囲で』って言われて。
淡々と患部を観察したり、話したりしてたんですけど…」
弥月さん自身を心配する私たちの声など届いていないかのように、彼は突然に普通になった。
「あいつが何を言ったか、誰も分からなかったのか?」
「…近くにいた私には、『誰か』に聞こえたんですけど」
「誰か?」
「誰か、です」
土方さんに「意味が分からない」という顔をされても、困り顔でしか応えられず。土方さんは前髪をかき上げながら、やはり眉間に皺を寄せた。
「何と言うかな……気が触れたなんてならどうにでもできるが、気味が悪いのは戴けねぇもんだな…」
「…少し、彼のお仕事を減らしたりはできないものですか?」
「今は無理だな。寧ろ監察の人手が足りないくらいだ」
きっぱりと断られて、それは新選組として無理な話なんだと知るが、
「…じゃあ、いつになったら休めるって言うんですか、皆さんは…」
つい口を尖らせて言ってしまえば、土方さんから「…あ?」と返事が返ってきて。
「いえ、なんでもありません! 失礼します!」
千鶴の反抗的な態度にポカンとした土方に、彼女は気付かないふりをして、勝手場へと早足で向かった。
***