姓は「矢代」で固定
第二話 はじめてのお仕事
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文久三年十月一日
朝餉の後、山崎に「副長たちが呼んでいる」と言われて、弥月は土方の部屋に連れられて来た。
ぷらぷらと呑気に入ったものの、そこに山南も坐していたので、『今朝の朝餉に沢庵がなかった件について』よりは重要な話だろうと悟る。
弥月と山崎が座ったのを確認して、口火を切ったのは山南だった。
「君に新たな仕事を命じようと思います」
『君』とは当然、弥月に向けて発せられた言葉である。
「今、あなたには“補充用員”として、主に原田君の組の巡察に参加してもらっていますが、元々それは君がこの時代に慣れるまでの、一時的な措置として考えていました。
“総長補佐”という肩書きを持つからには、他の隊士と区別するために別の仕事もこなす必要があります。分かりますね?」
「はぁ…まぁ、そうですね」
「あなたが巡察や稽古に出るようになってから一ッ月以上が経ちました。
斎藤君や原田君だけではなく、藤堂君や永倉君からも、君の剣技以外の身体能力の高さについては聞き及んでいます。
そこで、その能力を生かした任務をお任せしたいのです」
「はぁ…なんでしょうか」
いまひとつ弥月が歯切れの悪い返事をすることに関して、山南は気にしていない風なものの、隣の土方が渋い顔をしていた。
「てめぇ本当に分かってんのか?」
「えぇ、まぁ、言いたいことは」
「…なら、返事はシャキッとしやがれ」
「しゃっきー…ん」
……
「…矢代君」
「…土方君、まぁ抑えて」
やる気が無い?
そう、私は今日やる気が無いんだ
まあ、昨日の失態に関係があるかどうかは別にしても、なんせ今日は新月だからね
身体が怠くて怠くて、つい余計な口も滑ってしまうんだよ。頭で考える前に、口が勝手にしゃべり出すんだよ。それはいつものことだけど
思い返せば、先月も月のものは来なかった。季節と時間を飛んできたから、仕方ないとも思っているけれど。実際のところ、一体どうなっているのやら……何気にストレス溜まりまくりなのかもしれない。
この状況で来られても鬱陶しいだけだから、有難いっちゃ有難いのだが。
あからさまにやる気のない弥月に、山南はいつもの笑顔を保って続ける。
「引き受けて貰えますね?」
「監察方ですか? いいですよ」
『いいですよ』の前に『どうでも』が付くことを察したのは、この場に居た全員だった。
「…相変わらず察しは良いようですね。それでは監察の仕事をお任せします」
そう穏やかな顔で話す山南に、弥月は事もなげな視線を向けて言った。
「ただし、生き残れるもののみに限る」
ついに山南の眉が跳ね、正面では土方が「…てめぇは…本当に…」と頭を抱えたのだが。
ぼけらっとした顔で、至って気にしない様子の弥月に、山崎は隣で溜息を吐いた。
「矢代君、君は例外的に入隊したとは言え、もう少し隊士としての自覚を持って、発言に気を付けた方が良い。本音と建前は使い分けてこそ、人としての美徳がある」
「…ん、私もそう思います」
「……そうか。ならば何とかそれを身に着けてくれ」
山崎はもう一度、先ほどより大きな溜息を吐いた。彼にも今の弥月は「お手上げ」と言いたいらしい。
山南は諦めたのか、気を取り直したのか。若干目つきの鋭くしつつ、変わらぬ口調で続けた。
「…本題ですが。君の任務は井筒屋への潜伏捜査です」
「井筒屋…って、宿屋さんでしたっけ?」
「そうです。そこで時折長州の浪士が密会をしているという噂が報告に上がっています。君と、山崎君にはそこを探ってきてほしいのです」
「一緒に?」
弥月が横を振り向くと、山崎は一つ頷いた。
「俺が君と組んで、この件に当たる。今回、君は初任務だからな。常に補助できるように、最低限の人員としてこの件を任されている」
「ふーん……最低限ってことは林さん達とも、行動することがあるってことですか?」
「今回の任務は短期とは限らないからな。途中の報告などで彼らと接触する機会もある。
基本的には俺と君で潜伏している状態を保って、定期報告は彼らに任せる予定だ。緊急などの必要時は、どちらかが報告しに屯所へ戻ると思ってくれて良い」
「はーい」
土方はようやっと素直に返事をした弥月に、最後の駄目押しをする。
「山崎と組ませてやるから、仕事の仕方を覚えて来い。内容の詳細は、既に山崎に伝えてある。追って聞け」
彼はそれだけ言うと、もう言うべきことは全て言ったという風に、腕を組んでこちらを見た。
…細かい文句は聴かないつもりだな。今日は言う気も起きないし、別に良いけどさ
「了解です」
とりあえず弥月は、まあいいや、という顔で頷いておいた。
***
山崎side
正直、俺は賛成できない
これだけ性格というか、生活習慣的に、監察方は向いて無いという事実があるのに。ただ単に身体能力の高さだけで登用されることは、何か裏があるのではと探らずにはいられなかった。
恐らく、この長州浪士の会合に対して、矢代君がどのような反応を見せるかという点で、彼を試しているのだと思われるが……実は長州の間者であるなら、なんとか同士を逃がそうとするだろうと。
それは良い。副長達が考えていることはまだ分かる。
問題は、それを引き受けた方の矢代君だ。
俺らが隠す”秘密”を知りたくないからと、自ら監察方の部屋を出た彼が、あっさりとこの任務を引き受けたことに、とてつもない違和感があった。
比較的、矢代君を信用していると思われる総長も、流石に不審な顔をしていた。
山崎は土方の部屋を出た後、自分のすぐ後ろを付いて来ていた矢代を振り返る。
「どういうつもりだ」
「へ…? 何がですか」
「以前、監察とは関わりたくないと言っていただろう」
「…そーんな、誤解生むような言い方しましたっけ?」
首を傾げて困ったような顔をする矢代に、山崎は少し考える。
そうだな、少し語弊があるか
「監察部屋は嫌いでは無いが、命の危険は避けたいし、だけど好き勝手したいから納戸に移動した。それからできるだけ早く帰りたい云々と言っていただろう」
「…まあ、気持ちとしては、それから大して変わってはないんですけどね………って言うか、纏めると、私、すっごい自分勝手で嫌な奴にしか見えないですね。知ってたけど、なかなか凄い」
矢代君は「あはは」と空笑いしていたのだが、俺が何も応えないでいると、「あ―…」と視線を明後日の方にやった。
そして、また別の方へと視線をやっていたが、垂れた前髪を一度梳きながら、眉尻を下げて、今度は俺を見る。
「ん、と…監察の部屋着いてからでも良いですかね?」
「…分かった」
当初からそのつもりだったので、そのまま二人は監察方の部屋へ向かう。矢代がキッチリと障子を閉める間に、山崎は腰を落ち着けた。
矢代君は俺の正面に座ると、自ら話し出した。
「左之さん、報告してないみたいなんですけど、昨日ちょっと巡察の時にやらかしちゃって。で、このままで良いのかなって考えてるところで…」
「…やらかした?」
大事な所を素っ飛ばそうとするので、さり気なく言及すると。チラリと俺の表情を窺いながらも、彼はすんなりと昨晩起こった事の一部始終を話した。
深夜の死番で、不逞浪士に取り囲まれたこと。
刀を抜かなきゃいけない場面で、結局、抜こうともしなかったこと。
それで自分も仲間も守れなかったこと。
期待されていたのに、応えられなかったのが悔しいこと。
なのに、相手を殺さずにいたくて、でも自分が生き残りたい気持ちもあること。
…
…自惚れではないと思うんだが…
恐らく、自分は少しばかり、他の方達よりも信頼されているのだろう。彼は心の迷いを隠そうとはしない。
矢代君は目を伏せて、唇を噛みながら言った。
「私が中途半端だから、仲間が危険に晒されるんです。それだけは絶対に駄目なんです」
……
「それで…君は監察に入れば、何か変わると思ったのか?
確かに、一人で潜伏していて、君が戦闘で失態を犯した時に、直接的な仲間への危険性は少ないかもしれない。だが、情報管理という点では、君の失態が大きな損失を生む危険性は、監察方の方が大きいとも言える」
「……」
「自分のすることに責任が伴うのは、どこに居ても同じではないか?」
酷なことを言うのは分かっていたが、監察も半端な気持ちでは務まらない。
膝の上で拳を握った彼が、身の置き場に悩んでいることを俺は気付いている。選択肢の一つとして、監察方に挑戦してみようとしていたことも。
けれど、本人の口からきちんと答えを聴くべきだ。
自分の身一つというのは、いざという時に誰からも助けを得られない、常に最悪の事態を想定しておかなければならない。
矢代君の中での最も重要なことは『自分の命を守ること』。
だが、ここに居て安住を求めるのは、誰もが不可能なことだった。それを彼も分かっているはず。
「…島田君らから、話は聞いている」
それだけで何のことかは伝わったらしく、矢代君は苦々しい顔で「そうですか」と呟いてから、畳に手をついて、深く頭を下げた。
「すみませんでした…それから、助けて頂いて、ありがとうございます」
その小さくなった背に見た、一抹の不安。
それを今、山崎が感じたことに、山崎本人すらも気付いていなかった。
「…顔を上げてくれ。本当は法度が出来た時……いや、君があの部屋から出されたときに、気付くべきだった。
実力ばかり目が行って、君が隊士に相応しいかどうかに気付けなかったのは、こちらの責任もある」
「…私も、腕に自信だけはあって、大抵のことは出来ると思ってましたから……誰が悪いとか、そういうことはあまり考えたくないです…
ただ…私が納得してここで生きていくのに、どうしたら良いのか……私が知りたいんです。今回の任務も、そのための機会としてしか、考えていません」
矢代は聞こえないほどの大きさで、「すみません」と息を溢した。
それから眉根を寄せて、一度きつく目を閉じてから、真っ直ぐに山崎を見上げて、スッと息を吸い込む。
「多少は分かってるつもりです。監察が危険で、重要な役職にあること。
でも、してみたいです、監察。できると信じてもらって命じられて、それなら私ができることをするし……任されたんだから、できないことも努力します。
今回は山崎さんが援護してくれるから、指示通り動けば、勝手なことで失敗して迷惑をかけるなんてことは少ないと思うし……与えられた選択肢として、監察のことを知った上で、自分がどこに居れば良いのか、考えさせて欲しいんです」
「お願いします」と今度はハッキリと彼は述べた。
これを誠実だと心から思えないのは、俺も副長と同じように、彼を疑っているのだろうか
かつて『上っ面に騙されている』と意味深に言った男の言葉は、俺の中でまだ燻ぶったままなのかもしれない
それでも、できるなら無事に帰してやりたいと、むせび泣く矢代君を見て強く思った時のことを、俺は忘れてはいなかった。
「…自分の身は自分で守れなければ……その上で、仲間を守るための覚悟がなければ、監察は務まらない」
「…はい」
「俺は君の努力に関しては、信頼している。
君がどんな時も俺の指示を違(たが)えることなく、仲間のために全力を尽くすと誓えるならば、君を連れて行こう」
俺らのために命を賭(と)せ、とまでは言わない。
けれど、間違いなく、自ら敵対の意を示すことはないと……どんな時も新選組の隊士として、責任を負っている自覚をすると、約束してくれ。
君がここで活きられる場所を探すように、俺も君が共に生きられるよう努めるから
「約束、できるか」
「…はい」
「分かった」
「……宜しく、お願いします」
矢代は再び深々と頭を下げた。
山崎はその垂れた頭を見ながら、彼と共に務める者、そして教示する立場としての責任を自覚したのだった。
***