姓は「矢代」で固定
第十話 池田屋事件
混沌夢主用・名前のみ変更可能
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
元治元年五月末
沖田side
あー、暑い
非番だが、出かける気にはならないほどに、日差しが強く降り注ぐ真夏の真昼。僕は湿気と暑さに辟易しながらも、風を求めて、部屋から出てきていた。
そして、洗濯をしている千鶴ちゃんの監視をしながら、型の練習をしているはじめ君の傍(かたわら)で、僕は日陰で柱にもたれてジッとしている。
…毎年訊くけど、はじめ君ってその襟巻暑くないのかなぁ
そのとき、先程まで隊士たちの洗濯物を大量に抱えて、懸命に洗濯をしていた千鶴ちゃんが、不意に振り返ってはじめ君を見る。
「何か言いたい事があるのか」
「あっ、いえ、その……そろそろ父を探しに、外へ出られないものかなぁと思って」
一応、今の監視ははじめ君が引き受けたことになっているから、それを彼に言うのは道理なんだけど……隣で暇そうにしている僕に言わないのは、どういう了見なんだろうね
弥月君の場合、そういう事を指摘すると、それなりに言い返してきて、その不遜な態度に腹が立つなりに、言い甲斐ってものを感じるが。千鶴ちゃんの場合、かなり怖がられてしまって、僕はただ事実を指摘しているだけなのに、彼女を一方的にいびって虐めているみたいで面白くない。
「それは無理だ。今は体調を崩している者が多く、あんたの護衛に割けるほど人員の余裕がない」
とはいえ、千鶴ちゃんも屯所内での生活には十二分に慣れ、要望を弥月君意外にも言えるようになったらしい。はじめ君の期待外れの答えに、「そうですか…」と分かりやすく肩を落とす。
はじめ君の言う事は最近の新選組の悩み事で、中熱(熱中症)になったり、食あたりの隊士が続出して、どこの隊も人員不足という事。
それもあってか、千鶴ちゃんお気に入りの弥月君は、夏の初めごろから監察の仕事に出ずっぱりで、滅多に屯所にいないようだ。
そうして、屯所内にいるならば監視を担当する弥月君が居ないとなると。確かに、彼女がいつまでこうやって屯所内だけで生活し、誰かが監視をしなければならないのか、僕も甚だ疑問ではあった。
そういえば、あっちのは最初は巡察に出たんだっけ…
「…僕たちが巡察に出かけるのに、同行してもらうって手もあるんじゃない」
「本当ですか!」
あ、しまった。彼は最初から“隊士”として出てたんだっけ
「でしたら、是非同行させては貰えませんか!?」
好機を得たとばかりに、キラキラとした眼で訴えて来る千鶴ちゃんに、さてどうしたものかと考える。
「…でも、巡察って命がけなんだよ。下手を打てば死ぬ隊士だって出る」
あくまで彼女は“綱道さんの娘”だから“保護”する方針だ。それは一応、幕府に伝えてある事で、“保護”と銘打つならば、彼女を護る義務が発生しているのだ。安易に巡察に連れて歩いて怪我をさせたら、幕府から大目玉をくらう可能性だってある。
「最低限、自分の身は自分で守れるくらいじゃないと連れていけないな」
できるはずがない。日々、山南さんやはじめ君たちの剣技を目にしていて、できるなどと言えるはずがない
けれど、僕の予想に反して、彼女は心外だとでも言うように、キッと表情を強めた。
「私だって護身術くらいなら心得ています!」
…ほんと、女の子ってどっからその自信が来るんだろう……
立場というものが分かっていない上に、誇るほど強くもないくせに、どうして弱いと言われると、反発するのだろうか。特にここにいる彼女らは、それが顕著だと思う。
…勝気、ってことなら、ミツ姉も負けず劣らずか
「小太刀の道場にだって通ってましたし…」
言いながら最後は不安気に、すい――っと目を逸らした千鶴ちゃんは、力不足を自覚しているだけ、まだ可愛気があるかもしれない。
「面白い。ならば、俺が試してやろう」
「え…?」
…あーあ。はじめ君の人の善さが、面倒な方向へ働いてる予感
「ここで待つ。小太刀を取ってこい」
「…はい!」
嬉しそうに走ってそれを部屋に取りに行く千鶴の後ろ姿を見ながら、さきほどまで彼女が洗濯につかっていた盥を横に避ける斎藤に、沖田は声をかける。
「はじめ君が腕試しなんて、珍しいこともあるんだね」
「…目的があって外に出たいと言うならば、耳を貸す価値はあるだろう」
「まさか本当に彼女が剣を使えると思ってるの…?」
「そんな訳はない」
「だよね。あっちのとじゃ、目つきから比べものにならない」
クツクツと僕が笑うと、それが誰のことか分かったのだろう。溜息を吐きながら、「あれと比べる方がおかしいだろう」と言うから、確かにと思って僕はまた笑った。